第29話 西田 1

三代続く金持ちもいないが、九代続く貧乏もいないと言う。金持ちはボンクラさえ生まれなければ、なんとかなるものである。逆に貧乏は傑出したやつがいないと、なかなか脱出は難しいかもしれん。昨今は親の人生は親の人生、子の人生は子の人生と分けて考えられることもしばしば。しかし、いつまで経っても親は親だろうし、子は子である。




ある日、申し込みに来た女性がいた。入ってきた瞬間にあれ?って思ってしまう風貌である。身分を証明するものをと伝えると、免許証を出してきた。ゴールデンだ。俺はいつゴールデンになるんかなってのはまぁ置いといて、とりあえず店長に持っていき、信用情報を調べてもらった。その間に俺は申込用紙に記入してもらうんだけど、名は西田、歳は30過ぎでちょっと小太りした身体。実家暮らしの割に恰好が小汚い。まぁオタクが数日間風呂に入ってないような感じと言えばいいか。着ているTシャツはヨレヨレ、髪はオイルを塗ったようにベッタベタのアブラギッシュ。たぶん本当に風呂入ってないんだろな。少々匂いがするので、鼻の効く俺にはキツい。




仕事は現在準備段階だという。いったい何をするつもりなんだろ?と聞いてみたが、季節ごとの野菜や果物を並べて、地元の食材を売り出すアンテナショップ的なことをしたいという。まぁそのアイデアはいいんだろうけど、どこに出すんだろ?と思ったら、地図でここに親の土地があるから、そこに出せるようにしてると指を差した。見る限り、立地は悪くない。親は何をしてるんだろ?と思ったが、土建屋を営んでいるらしく、母親が経営してるそうな。父親は15年ほど前に亡くなったらしい。兄2人と弟が1人いるんだが、兄の1人は医者、もう1人は地元でも有名な企業に勤めてる。弟は地元で大学生。結構な名家だな。




店長から信用情報が出てきたから見ろと言われたんだが、なかなかのメチャクチャ具合。月払いは結構トバしてるなぁ。登録されてる住所が実家と違うから、おそらく一人暮らしでもしてたんだろう。支払い自体は数年前から止まってるし。以上の事から推察すると、数年前までは一人暮らししてたんだろうけど、何かやらかして実家に連れ戻されたってとこか。しかし身なりだけ見てると、その辺のホームレスと変わらんしな。実家には帰ってないと見るべきか。




店長からどうする?と聞かれたが、




まだ日払いは借りたことないと言ってたから行けると思うし、整理した形跡がないから、一回くらいは親がなんとかするんじゃないかなと思います。家に帰ってる感じはないと思いますので、こいつ自体はあまりアテにならんとは思いますけど。なんかのタイミングで身内括ったら、問題はないと思います。




そう伝えると店長も、そうやな、いこうかと応じてくれた。それから書類を書きあげて、日払いを知らないと言うので、事細かに説明をした。集金にしたいのだが、まだ準備が整ってないのでってことで、持参という形になったのは少々残念だが。まぁ集金のおねぃちゃんに通りすがりに見てもらうか。まぁ俺の予想では準備すらもやっていないと思ってるけど。まぁ嘘に乗っかってみるのも勉強だ。




そうして西田の希望通り、20万を貸し付けることとなった。自分的には50万でも取る自信があったが、本人の希望が20万なんで仕方ないな。早速その日に一週間分払っていったのだが、正直どんな生活をしているのか、GPSでも付けてみてみたいもんだ。




そして貸した翌日、協力関係にあるトコから西田の問い合わせがあった。同じビルに入ってるのだが、早速かよ。誰かに金渡しているのか?とも思ったが、どんな服装で来たかを聞くと、ウチに来た時と同じ服装。男じゃなさそうだな。まぁひょっとしたらホストかなんかにハマってるのかもしれんけど。借りる理由はウチと一緒だから、一件上手くいったから、次も上手くいくだろうと思ってかな。結局、そこも20万貸したとのことだった。




店長とも話したが、破滅型だなこいつ。後先考えてる感じでもないし、収入もない今、どうやって払っていくかに疑問が残る。こういったタイプには、法律がどうのこうのという理屈はあまり通用しないかもな。書類も法律も、それを守ることによって生活が成り立ったり、利益を得たりするものである。それをハナから守ろうとしない人間にはあまり意味を持たない。この手の人間は、自分が契約を破る、法律を破るということに対して、さまざまな言い訳をし、また正当化しようとする。極端な例で言えば、自分がこうなったのは社会が悪いというアホと同じである。実際居た客のことを持ちだすと、自分がこれだけ借金があるのは、自分が悪いわけではなく、金貸す業者がいけないんだってのが居た。何もかも責任をなすりつけてこられるのは心外である。おそらく西田も、最終的には親がケツ拭くか、はたまた放るかの二択だろうな。




しかしこのじょにー、若い頃は町内一のファンタジスタと呼ばれた男!俺はそんなに甘くねぇぞと、闘志を静かに燃やすのであった・・・・




西田の家庭の事情はわからんけど、俺も店長もなんとなく推察は出来た。出来のいい兄2人に、大学行ってる弟1人。その間に挟まれて、いつも比べられてってのはさすがに気の毒とは思う。おそらく家にも帰ってないというか、帰りずらいんだろうな。母親がまぁまぁキツそうな感じなのは、想像に難くない。反発もあったんだろうが、最終的には泣きつくしかないだろう。




ある日西田が支払いに来た時に、窓を開けて下を見ると、西田の乗ってる軽四があった。後部座席にダンボールや荷物の入った袋が見えた。なるほど、車で寝てるっぽいな。まだ嫁入り前だというのに、これはどうしたもんかねぇ。家に帰ってないのは状況からしてわかるが、さすがに年頃の女性がこういった生活をするのは、なんとなく闇を感じるな。




そうこうしてるうちに西田は5件ほど借り入れるに至った。総額で言えば150万ってとこかな。しかもそこに至るまでには2ヵ月経っていない。店長とも相談の上、早めに括った方がいいだろうということになった。あとはチャンスを待つだけである。




意外とそのチャンスは早く訪れた。ウチは基本17時までの支払いが原則である。17時を過ぎて支払いする場合は、前もって連絡することを義務付けている。もちろん連絡せずに1秒でも過ぎると、全額返済の憂き目に会う。一つ言わせてもらうなら、全額回収するのも、見逃して明日からはちゃんと払いに来てねというのも、こちらの胸三寸である。




西田はその日、時間を15分ほど遅れて支払いに来た。西田本人はそこまで大ごとになるとは思っていなかったらしくて狼狽していたが、その辺は一つ一つ噛み砕いて説明していった。そして全額返済を迫ったのである。母親には言えない、兄たちにも言えない。そう言ってその後は黙ってしまった。黙ってりゃ済むと思ってんのかねぇ。そんな中、店長が妥協案を出した。




じゃあ保証人を1人入れてもらえるかな?第三者の保証人。それが今いないなら身内でもいいけど、一週間以内に差し替えること。それが過ぎると、悪いけど母親に話しにいく。自分がどういう立場に立ってるか、よく考えて返事してね。




そういうと店長は裏に引っ込んだ。身内ってのはおそらく弟のことを差すんだろうけど、それを一週間で差し替えかぁ。おぼろげながら理由は見えてきた。そうさせる原因は西田の母親にある。西田の母親はある村の村会議員である。つまり地元では絶大なる力を持ってる可能性がある。そのツテで潰されてはかなわんという店長なりのヨミかな。事実地図で見る限り、西田の実家は敷地が広い。土建屋やってるからってのもあるんだろうけど、田舎に建ててるとはいえ、周囲の家に比べたらべらぼうに広いのである。まぁ現地を見てないので、想像するしかないのだが、田畑が広いってのならまだわかるんだけど、家の敷地が広いってのはちょっと気を付ける部分ではあるな。




結局西田は弟に話して、保証人になってもらうこととなった。弟は通ってる大学の近所で一人暮らしをしてるみたいだ。西田も弟の前だけでは偉そうに出来ると言ってるから、まぁ話しやすいんだろう。んじゃ車出してきますと店長に言ったら、西田の車で行けと言われた。嫌ですと即答しそうになったが、それを言える雰囲気ではないので、仕方なしに西田の車で行くこととなった。まぁ会社の車で行くと、うるさい部分もあるからなぁ。後でモノ言えるようにはしとかないとね。




どの家のどんな車でも独特の匂いがある。西田の車の助手席のドアを開けた瞬間、ムワーっと匂いがしてきた。何とも言えないスッパイ系の匂いだ。後部座席には段ボールなどの荷物がいっぱい。その足元にはコンビニ飯やほか弁の残骸。俺の部屋もそこまでキレイとは思わんけど、これはひどすぎるな。これで彼氏とかいたらビックリするわ。西田は無造作に助手席に置かれていた服を、後部座席に放り投げてどうぞと言うが、現地着くまでに俺がリバースしないか、そっちの方が気になるレベルである。俺は助手席に乗り込むなり、窓を全開にした。この拷問じみた感じで、片道30分のドライブである。




弟の住まいまでいく道中にいろいろ話を聞いてみた。どうしてこれだけ借金してるのかを。借りに来た理由と同じことを言ってはいたが、それで納得するほど、俺は素直じゃないしね。家にも帰ってないんじゃない?と聞いても、準備が忙しくってと平気で嘘とわかる言い訳をしてきた。こいつ人間的には信用出来んな。タバコを吸っていいかと聞いて了承してもらったので、現地に着くまでずっとタバコを何本も吸ってたわ。




そして現地に着いた。俺はタバコの吸い過ぎで、気持ちが悪くなったのであった・・・・

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