第36話 館川 3

翌日、出社して店長に昨晩の報告(岩城さんの分も含む)して、今後のことを話し合った。おそらく破産なりなんなりのリアクションがあると思うけど、どうなんだろなぁ。破産したらしたで後々困るとは思うけどね。義兄からは逃げれんと思うし、まぁ飼い殺しでもえぇんちゃうかな。義兄は少々資産家らしいから、館川が生きていくなら義兄のサポートがないとおそらく無理だろう。ダンナは全然役立たんしな。


なんの動きもなく、その日は終わった。館川はどうするつもりだろうと考えてみたが、破産するしか道はないようにも思うけど。とはいえ、放っとくわけにもいかないんで、自宅はまたダンナがパッカーンしてたら怖いんで、義兄の家に行ってこようと思い、車を走らせた。


義兄のトコに着くと、まぁ業者さんの大名行列。ダンナは役立たんってのがみんなわかったみたいで、一斉に義兄のとこに来たわけね。まぁ昨日岩城さんがかき回してるから、おそらく誰の言葉も聞かんやろしなぁ。けんもほろろにスゴスゴと帰っていく業者ども。昨日の件を知ってたらここに来ようとは思わんのやろうけど。俺は義兄がどんなスケベじじぃかを見に来ただけで、お金払ってもらえるとは全然思ってないけど、貰えるもんなら貰いたい。だってここでケリつくなら楽じゃん。


業者のみなさんが全部帰った後、やっと俺の番になった。何を話そうかと思ってもなかなか思いつかん。館川から聞いた話で揺さぶってみるかと思い、呼び鈴を鳴らした

。出てきた義兄というのがまぁまぁ熊みたいな感じで、生命エネルギーっつーか、バイタリティーというのか、そういったものがあふれてる感じがした。こういうのを生涯現役って言うんだろうな。もみあげから背中まで毛が繋がってそうなくらい毛深い。男性ホルモン旺盛だねぇ。まぁ話してダメ元って感じで話を切り出した。


さっき来てた人達って業者さんやろ?どうせ代わりに払ってくれだの、保証人になってくれだの言われたんやろ。まぁ押し付けられるのは誰でも嫌だろうしなぁ。アンタのことは館川さんから聞いてるよ。お金貸してるんだって?返済できないならいろいろやってくれって言ってるのも聞いてるよ。それとお前の弟、クズやね。嫁さんがこれだけ苦労してるのに、その金奪ってパチンコ麻雀三昧。弟のやったことを責任取ろうとは思わんの?本人出てきたら警察いくようにと入れ知恵しとくわ。おっさんのやったことは取引ではないのよ。脅迫といった立派な犯罪だからね。まぁ金使えんなるけど諦めろ。それとな、人の人生をどうにかしようと考えるなら、自分がどうにかされても文句言うなよ。こっちはこっちでやることがあるから。


そう言うと俺は相手の出方を待った。まぁキレるかこっちの言うこと聞くか、だいたいその二択なんだが、まぁどっちでもいいかな。ここで払ってくれたら面倒じゃないんだけどなぁ。などと考えてると義兄が口を開いた。


弟嫁が何を言ったか知らんが、俺には関係ない。警察連れてくるなら連れてきたらえぇわ。弟のことは金貸してるけど、後は知らん。本人が助けてくれと言っても何もするつもりはない。弟嫁を探してきて助けてくれと言うのなら、話くらいは聞いてやるけど、こっちも散々金むしり取られてきた挙句だからのぉ。


うーん、そっかー。んじゃ仕方ないね。アンタの言うように金借りて返さん方が悪いもんな。ただそれを足かせにして人の女房を寝取るのも、人間としてクズだとは思うけどね。まぁ人の口に戸は立てれんから、この先何がどうなっても自業自得としか言えんけどね。まぁせいぜい長生きしてくだせぇ。因果応報って言葉があることを思い知らせてあげるよ。


そう言い残して俺はその場を去った。店長に報告すると、なかなかめんどくさそうなやつやな、まぁ今日はもうえぇわと言われ、俺はいそいそとパチンコ屋に向かった。俺も一歩間違えばただのパチンカスやなと自虐しながら、今日も吉宗に向かうのである。


翌日出社して、店長と今後どうするかを考えた。今日何も起こらなければ、近所にいない、もしくは死んでると店長は物騒なことを言った。まぁこれも経験といえば経験なのか。息子が匿ってるならそれはそれでいいんだけど、匿ってたらなんかのリアクションがあるはず。今日そのリアクションがなければ、おそらく死んでると。ちょっと身震いしたが、まぁ死んで始末つけようと思うくらいまだマシかもしれん。自分のやったことにペナルティを与えるという意味では。中には破産しましたー取り立てしたらダメよー、支払いしなくてよくなったー、んじゃパチンコ行こうっていうアホもいるくらいだからね。俺は今日中に何もなければ動くことを店長から命じられた。金額もそうだけど、息子いたらなんとかなるやろと楽観的に考えている。まぁ面倒事だけはごめんだ。


その日の17時、いつものように業務終了したが、やはり館川からのリアクションはなかった。こりゃいよいよやべぇなぁ。店長に息子押さえますと伝え、俺は息子の住むアパートへ向かった。着くと息子はまだ仕事から帰ってないみたいで、とりあえず息子の携帯に電話をしてみた。今仕事終わって帰ってる最中だという。俺はお互いのほぼ中間地点にあるパチンコ屋の駐車場を指定し、そこで落ち合うことにした。館川がもし業者に捕まってた場合、絶対息子にいくはずだから、先に押さえときたかったのよね。


待ち合わせのパチンコ屋に行くと、すでに息子は来てるみたいで、向こうから電話がありとりあえず落ち合った。息子を車に迎え入れ、今の状況を伝えた。お母さんから連絡ないか?と聞くと、2日ほど前に連絡があり、内容はたわいもない話だったが、最後に体には気をつけてねと言われたらしい。うーん、最悪の状況が頭をよぎったが、まぁ今は回収に専念だな。


息子に自分の置かれている状況を説明すると、こうなることがわかってたかのように、お金は家にありますと言った。おーこれなら手間かからんやんと思いつつ、こういう風になることは想像出来た?と聞いた。たぶんこうなるんじゃないかと思い、いつでも全部払えるようにはしてたそうな。なかなか出来た息子だわぃ。お互いの車を運転して息子のアパートに着くと、息子は部屋に入りすぐにお金を持って出てきた。俺は書類と領収書を渡し、これで全部終わりですと言ったら、息子から聞かれた。


母がどこにいるか知りませんか?


いや、正直わからん。俺は息子さんが匿ってると思ってたから。ただお母さんから聞いた話では、ちょっと追い詰められてるような感じはしてたのよね。これは言っていいのか悪いのかわからんけど・・・。


俺がためらっていると、何があったのか教えてくださいと、息子は迫ってきた。俺は父親のこと、叔父さんのこと、自宅がどんな状況だったか、館川から聞いた話を洗いざらいぶちまけた。息子は震えながら話を聞いていた。傍から見ても怒り心頭ってのがわかるくらい震えてた。薄暗い街灯にしか照らされてないのに、それでもわかるくらい顔は紅潮していた。とりあえず落ち着くようになだめ、事がハッキリするまでは先走っちゃダメだよと伝えた。今後何かあれば携帯に電話をくれれば、相談くらいは乗ってあげると言い、その場を収めた。その後、店長に回収完了の報告を入れ、息子にも挨拶をして帰路についた。


それから一ヶ月ほど経ったある日、その息子から電話が入った。館川は自宅からそう離れてないとこで首を吊ってたらしい。一部腐乱してたという。身元確認の為に警察に呼ばれたが、行ってみると見るも無残な姿だったらしい。息子の言葉からは悔しさがにじみ出てるように感じた。それでこれからどうするの?と聞くと、叔父さんのやったことをその子供や孫に全部伝える。そして追い込めるとこまで追い込むという。お父さんはどうするの?と聞いたら、葬式は息子たちだけでやったが、父親は出てこなかったらしい。そして昨晩実家に帰って半殺しにしてきましたと言った。暴力はダメだよと諭したが、息子の心境を思うとそんなに強くは言えなかった。


息子が電話を切ると、俺はそのまま店長に電話をかけて報告した。店長はあーやっぱり死んでたか。まぁお前の責任じゃないから気にするなと言われた。まぁ俺の責任ではないんだろうけど、さすがに自分が関わった人間が亡くなるのは少々凹む。


その後、息子と何回か電話のやり取りをしたが、義兄は今まで館川にやってきたことが息子や孫の知れるとことなり、二度と会わないし連絡もしてくるなと宣告されたみたい。あとご近所にもこの悪行が広まり、めでたく村八分にされ、1人寂しく老後を過ごすことになったそうな。


ダンナは館川の死がわかってから一ヶ月ほど経ったある日、壊れかけの軽四に乗って失踪した。その軽四は後に見つかったが、自宅から150kmくらい離れた、海の見えるとこで発見されたらしい。その後父親の姿をみた人はいない。


今回の件に関してはまぁダンナが元凶であることは疑いようのない事実なんだけど、それに義兄が弱みにつけこんできたというダブルパンチだな。逃げればいいという人もいるんだろうけど、人間何もかも放って逃げる決断を下せる人は少ない。死ぬ気があれば何でもできるという人もいるだろう。死ぬ気でなんでもやってやろうと言うことはたやすいが、なかなか実行するには難しいものである。現在のようにサポートが充実してるわけでもない時代である。こちらの立場からすれば、金を借りたのは館川であって、ダンナや義兄ではない。借りたものは返すのが当たり前であり、ビジネスに限らず人間同士の付き合いの中では約束は守って当然である。とはいえ、館川の置かれてた立場、状況を考えてみるとどうしても館川を責める気にはなれなかった。


結婚してみてダンナの本性に気付いたとしても、こればっかりはやーめたってわけにはいかんもんなぁ。ましてや子供でもいたらね。結婚する前に本性を見抜くなんてなかなか出来はしないが、日常の言動をつぶさに観察しているとわかる部分もあるんちゃうかな。これは男も女も一緒である。


館川はどんな気持ちで日々生きてたんだろなぁ。真綿で首を締められるように、ダンナに義兄に蝕まれ、さらにはそこに借金という、動かせない事実までのしかかってくる。普通の人間なら精神おかしくなるわな。まぁ平気な方がどうかしてると言うべきか。


なにはともあれ、今回もいろいろ勉強にはなった。館川には気の毒だと思うけど、俺ごときではどうしようもない・・・

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