第35話 館川 2

そこから2週間ほど毎日、嫌な雰囲気がつきまとった。まぁ息子も付いてるし、額面も10万なんでどうとでもなるとは思うけど。しかし、嫌な予感というものはよく当たるものである。ある日館川は案の定支払いに来なかった。詰んでるのはわかってたけど、仕事もままならず義兄の世話ばかりしてちゃ、金出してもらわん限り回るはずがない。ウチは息子一本でいくつもりだが、ここは俺の経験値を積むために自宅へ急いだ。自宅行くとズラリと軽四が並んでる。こりゃしばらく順番がこねぇなと思い、近くに住んでると言ってた義兄のとこに行ってみた。この義兄のところは道路から少し歩かなければいけないとこにあるんだが、その入り口に軽四が一台停まってた。ナンバーをみると、社長がかなり仲良くしてるとこの車であった。その方の名前を岩城さんという。ここに停めてるってことは義兄のとこに行ってるんだろうから、岩城さんをちょっと待って、状況を教えてもらう方がいいかなと思い、車の中で待機した。


しばらくすると義兄の家に行ってたであろう岩城さんが車に帰ってきた。お疲れ様ですと挨拶すると、おーひさしぶりってな感じで返ってきた。どうですか?と聞いたら状況を話してくれた。


館川の自宅に行ったらもう一杯でね。目先変えて義兄のとこに行ったのよ。一応義兄が家に居たんだけど顔見るなり借金取りかと怒鳴ってきたのよ。そこで違う違うと言って、NTTから来て工事の承諾を取りにきたと言ったのさ。手紙が送ってあって昼間に何回か来たんだけど、不在だったからと。ココに住所と名前書いてもらって、工事やらしてもらえないと電話が止まるからね。そういって借用書の連帯保証人の欄に住所と名前、あとハンコ貰った。もちろん館川の名前や住所、お金借りてると匂わすとこは全部隠してだけど。どうして隠すん?って聞かれたけど、これはそのまま名簿になって、他の人の住所や名前入ってるから。今はそういうのは厳しいのよねぇ。っと言うとそういうもんかねぇって言ってたわ。


えー騙したんですか?と言ったが、騙される方が悪いと悪びれる様子もなく、喜々として話してた岩城さんがちょっと怖かった。これからどうするんですか?と聞くと、書いてもらったから今から取りにいく。そう言い残してまた義兄のとこに入って行った。この人、こえぇわ。


もちろんダマすのはいかんことだけど、ダマすにしてもそれを言いくるめるスキルが必要だと思うし、先に他業者が行ってダメだったのに、機転をきかしてNTTから来たという風にしたのは恐れ入った。まぁ取れるかどうかは別にしても、すごい発想の持ち主だなと少々感心してしまった。もっともこういうことは詐欺にはなりにくい。本人が書いてるから。じゃあ民事で?ってなるけど、民事の裁判を起こすために弁護料を払うか、額面5万を払うかって問題になるな。まぁどちらがいいかは本人が決めるやろ。よい子のみんなはマネしちゃダメだぞ!


これで義兄のとこは岩城さんがいくから潰れたとして、自宅戻ってみるかと、俺は車を走らした。戻ってみると最後の業者が帰るところだった。すれ違いざまにどうでした?と聞くとダメダメと言い残し、業者はそそくさと帰って行った。まぁ考えたとこで始まらんし、出たとこ勝負で行ってみるかと気合をいれ、館川の自宅に向かった。



出たとこ勝負と意気込んでみたものの、やはり初対面のやつと話するのは緊張するな。まぁどの仕事でもそうだが、人と関わる仕事をする以上、話すスキルは必要だと思う。営業とかもそうだけど、初対面の人間と仕事をすることもあるわけで、とりとめのない話をしながら相手の性格などを読み取って行かないとね。そういうのが少々苦手な俺だが、それでもこの仕事をやりだして、幾分は解消されてると思う。


歩きながらいろいろ考えてるウチに館川の自宅に着いた。さてどんなのが出てくるかのぉ。こんばんわーと呼び掛けてみると部屋の中で人の気配はするんだが、出てくる気配がない。何回か呼びかけてやっと縁側のカーテンが開いた。


やかましい!


ほぉ、なかなか言うやんけ。とりま話かけて誰かと聞いてみるが、まぁダンナっぽい。ちょっと目がイッテるな。竹中直人の笑いながら怒る人みたいな感じ。しかし、このオッサン、どっかでみたことあるな。奥さんはどこ行った?とか、俺は奥さんにお金貸してる業者だなどと話しながら、自分の記憶を辿っていった。もうそこまで出てきてる感じがするんだが、なかなか出てこん。便秘から解放されるか否かって瀬戸際みたいな感じ(?)だ。ダンナは兄貴に自分の嫁寝とられても気付かんのか、はたまた知って行かしてるのかわからんけど、まぁクズってのはなんとなく雰囲気でわかった。しばらく会話をしてたが、先ほども言ったように目がイッタまま。こいつクスリでもやってるのか、業者にイジメられてこうなったのか。おそらく後者かなぁ。ちょっとキツいとこの業者も来てたからなぁ。しかし目がイッタままで会話にならん。こっちの言ったことに対してヘラヘラ笑ってウンウンと頷くだけである。埒あかんなぁと思ってたら、


ああああああああああああああああああああああ


思い出したああああああああああ


吉宗おっさんやあああああああああああああ


向こうが思い出さんことを祈るしかないな。しかしこんなのといつまでも話しててもなぁ。先に行ってた業者がダメダメって言ってたのがよくわかる。ちょっと攻め方変えてみるか。


奥さんがウチからお金借りてるのは理解できるわな。それを返してもらわないかんのよ。アンタに貸してはないんだけど、奥さんが借りたお金で電気代を払い、水道代とガス代使ってメシ食ったり風呂入ったりしてるわけやろ。しかもその金使ってアンタパチンコとかやってるやろ?つまり、多少なりともアンタはウチから借りた金で潤ったわけだ。事ここに及んで、俺は知らんなんて理屈は通らんぞ。払えんのやったらとりあえず保証人になっときや。それなら何日か待ってあげるから。


まぁ書いてくれようがくれまいが、大勢に影響はないが、祖父の口癖「何事も経験」だす。決定的に大丈夫と思うと、心にもゆとりが出来てくるもので、結構ベラベラしゃべったな。ダンナはおもむろにペンをもって保証書に書き込みだした。まぁ書いてもらったとこで役立たんだろうけど。書き終わってハンコない?と聞いたがヘラヘラ笑うばかり。めんどくせぇってことで指印にした。さっさと終わらして離れたかったが、そこで俺の悪い癖が出てしまった。ついつい調子に乗って、


いくらか持ってない?


と言ってしまった。ダンナはアレ?って顔してたが、家の奥にヘラヘラ笑いながら入って行った。なんや、あるやないのぉ。もらえるもんはもらっとこうと待ってたが、出てきたダンナの右手にはナタ。あっ、やべぇ。俺死んだなと思ったが、それでもワイはやれば出来る子!とちっちゃい頃に近所で評判だった男。目いっぱい虚勢を張ってみた。


そんなもん持ってどうするつもりや?俺を殺ったとこでお前の人生がどうなるもんでもないわ。やれるもんならやってみぃ!


ダンナは相変わらず目がイッテて、ヘラヘラ笑いながら、


お前、何て言うた?もう一回言うてみぃ!


と凄んできた。俺も負けじと、


何回でも言うたらぁ!そんなもん持ちだしてもどうにもならんわ、カス!警察に突き出されたくなかったら、さっさと金払えや!


そう言ってみたものの、足腰はガクガク。包丁ならまだ対処の仕方もあるんだが、ナタはアカン。頭に振り下ろされたらパッカーンしてしまう。よしんば腕で防いでも、切り落とされてしまう。早く逃げろと俺の中のじょにーが叫んだ。ジリジリと距離を詰められているが、まだ逃げれる距離だ。投げつけられたらオワルけど。


まぁえぇわ。今日はこの辺で帰ったるから、嫁帰ってきたらウチに電話するように言っとけや!


俺は自分の命を削るがごとく、やっとその言葉をひねり出した。背中を見せないように、後ろへジリジリと下がりながら、この距離なら大丈夫だろというとこまで来て、クルっと後ろを向いて走って逃げた。車まで逃げ帰ると全部ロックをかけて、エンジンを吹かし、急いでその場を離れた。


ある程度走ってきて、自販機を見つけた。お茶を買い、一息に飲んでやっと落ち着いた。車に戻り店長に報告をしたが、そんなにヤバい状況だったのかと驚かれた。まぁ先に来てた業者がやり切っていったからだとは思うが、さすがに生きた心地がしなかったな。書いてはもらったものの、たぶん役には立ちませんと伝えると、以前お前から聞いた報告だとダンナは役立たんやろとアッサリ。義兄の方は?と聞かれたがかくかくしかじかとと話したら、あーあの人ならやりかねんなと言われた。そうなの?まぁ岩城さんから連絡あったら、取れたかどうか聞いといてと言われて電話は切れた。


その後岩城さんから連絡があって、まぁお互いの戦果を教え合った。岩城さんは義兄にだいぶゴネられて、警察も呼ばれたらしいが、警察は基本民事不介入。騙されたと言われても、騙された証拠が無かったら警察も動かん。しかも金額は5万という少額。こんなもんでいちいち警察に引っ張られることはない。基本的に警察は面倒なことを嫌う。騙された騙してないの水掛け論をしたところで、ハイハイとしか聞いてくれない。騙された証拠でもあれば出してくれと逆に言われる始末。まぁさっさと帰りたいわなぁ。警察が帰ったとこでさぁどうする?と詰め寄ると弁護士雇って訴えると喚いたらしい。どっちが金かかるかよう考えてモノ言えよと言うと、大人しくなり、奥からサイフを持ってきて支払ったみたいだ。悪い人ですねぇと言うと、わっはっはーと笑っていた。俺の方の話もしたが、それを聞いた岩城さんはツボに入ったらしく、電話の向こうで笑い転げてた。まぁ何事も経験やなとじいさんと同じこと言っとったわ。とりあえず自宅いじくっても何も出ないってのがわかったから、ここは放っとこう。ハッキリしたことがわかるまでは静観しといた方がいいかなぁとも思うけど、館川が弁護士に駆け込むと厄介だな。そうなる前に息子から貰っとくかと思ったけど、まぁ明日会社に行ってから店長と相談だな。

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