第6話


 本邸よりも小さな作りだが、要所要所にこだわりが見受けられ、きっとひとつひとつの調度品も高価なのだろう、と思わず値踏みしてしまう。

 白と蒼で整えられた調度品に、柔らかな雰囲気の使用人たち。本邸よりもずっと息がしやすかった。


「ビー様、おかあさまたちはどちらに……?」


 応接室へと案内され、メイドが用意をしてくれた紅茶で一息を吐きながら、先ほどから姿の見えない公爵夫妻のことを尋ねる。


「母上たちは別邸に行かれたよ」

「別邸とは、ここのことではないのですか?」


 きょと、と目を丸くしたヴィンセントは「あぁ」と思い至ったように首を振る。


「ここは俺の持ち家で、王都にいる間はこの屋敷で過ごしているんだ」

「ビー様のお屋敷、」


 箱入りの菊花にはわからないが、屋敷をいくつも持つことはきっとすごいことなのだろう。

 実際、五大公爵家は自領の本邸のほかに王都とそれぞれの地方にマナーハウスを所有しており、屋敷の数は小さい物まですべて合わせると十を超える。


「王都にいる間、君にはこの屋敷にいてもらう」

「おかあさまと、ご一緒しなくてもよろしいのですか?」

「あぁ。せっかく遠出をしてまで母上に振り回されていては疲れるだろう。ここでゆっくり休むといい」


 君の所有権は俺にあるのだから、とは声に出さなかった。


 傍目に主人と異国の姫君の会話を聞きながら、セバスチャンは内心溜め息を吐く。

 若旦那様はご両親に似ていると言われるのを大層嫌がるが、容姿はもちろん、中身までそっくりなのをわかっているのだろうか。綺麗で可愛らしいモノが好きな奥様と、独占欲と執着心が溢れている旦那様。

 髪や瞳の色は奥様譲りで、容姿は旦那様の若い頃に瓜二つ。綺麗で可愛いモノが好きなところも、それに対して発揮される執着と独占欲もうまい具合に受け継がれていることを認めようとしない。


 異国の、敗戦国の皇女が若旦那様の最近のお気に入り。他の使用人たちに接する際は要注意だと言い含めなければいけないな、と脳裏のメモ帳に書き記した。

 どんな我が儘な姫君が来るかと身構えていたが、とても良いお嬢さんだったのは僥倖だ。身分を笠に着ず、自分の立場をよく理解している。――というよりも、諦めているのだろう。調書には、第九皇女であり、性格は大人しく控えめ、と書いてあった。


 母親は序列四位の妃でありながら気弱でほかの妃たちに見下されていたのも諦めがちな性格の所以だろう。

 控えめで優しく、押しに弱い。綺麗で可愛らしく、小柄で守ってあげたくなる美少女。若旦那様の好みピッタリだ。この屋敷に連れてくるくらいなのだから、よほど気に入っているのだろう。


 若旦那様にピッタリじゃないか、とセバスチャンはひとり納得する。

 公爵家跡取りが、二十四歳にもなりながら婚約者ひとりいないというのは外聞が悪い。姫君も懐いておられるようだし、このまま婚約してくださればいいのに、と思わずにはいられなかった。


「失礼いたします、若旦那様。マリーベル様への贈り物が届きました」

「ありがとう、フジノ」


 綺麗に包装された箱を手に持ったメイドを、菊花はつい目で追ってしまう。帝国では珍しい、菊花と同じ黒髪だった。

 声をかけていいのだろうか。逡巡して、視線だけを向けて紅茶を一口すすった。程よい甘さの紅茶と共に、舌先まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。


「若旦那様、お嬢様にフジノを紹介してもよろしいでしょうか?」

「フジノを?」

「はい。お嬢様の身の回りの世話をフジノに任せようと思っていたのです」

「……そうだな。確かに、彼女が適任だろう」


 ぱち、と黄金に黒髪のメイドを映し出した。セバスチャンを見ると、にっこりと微笑まれる。

 亀の甲より年の劫、とはよく言うが、飲み込んだ言葉を察しての機転だった。元からフジノを側に着けるつもりだったのでちょうどいい。


 伯爵邸には四人のメイドがいる。メイド長のフジノと、その下につくハウスメイドが三人。

 ハウスメイドの三人はお嬢様と同い年くらいの娘で、少々おてんばが過ぎるところがある。ヘマをやらかして若旦那様の怒りを買うよりなら、初めからフジノに任せたほうが良かった。

 ヴィンセントも、騒がしいメイドたちを脳裏に思い描いて頷いた。


「菊花。この屋敷にいる間は、彼女が世話役をしてくれる」

「藤乃と申します」


 表情を変えず、手本のような美しい礼をするメイドに、クッと顎を引いて笑みを浮かべる。


「菊花です。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」


 どこか、後宮で世話をしてくれていた侍女のような雰囲気をしている。愛情を持って接してくれた、美しくて綺麗な、姉のようにしたっていた彼女はいまどこで何をしているのだろう。

 自然と背筋が伸びて、凛とした声音になった。


「フジノは東の島国の生まれだ」

「東の島国というと、もしかして、和歌之國?」

「はい。そうでございます。お嬢様が知っておられるとは嬉しいですね。小さな国ですので、存在すら知らない方のほうが多いんですよ」


 ふんわりと薄く笑みを浮かべた藤乃に親近感が一気に沸く。

 和歌之國は、祖国が唯一親交をしていた小さな小さな島国だ。料理がとても美味しくて、皇族同士の懇親会で出される『ワショク』がとっても好きだった。


「親睦を深めるのは明日にいたしましょう。朝食の場で、使用人の紹介をいたします。さぁ、若旦那様、お嬢様、そろそろ出発いたしませんと夜会に送れてしまいます」


 セバスチャンと藤乃に見送られて、夜会の会場であるディモンド邸へと向かった。




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