【第二話】 聖慮(せいりょ)の天秤。

 ──森の奥、アナスタシアとくろうさぎさんは今まさに残る二つのクエストの内の一つ、大きなクマのビッグベアとの戦闘の真っ最中です。


「クロエ!!」

「うん。わかったよ」


 突進するビッグベアの攻撃を華麗にひらりと躱しアナスタシアが叫ぶと、くろうさぎさんさんはビッグベアの目の前に立ち目と目を合わせます。目の前にいる小さな標的、『黒いうさぎ』に気がついたビッグベアはすかさず仁王立ちのポーズを取るとくろうさぎさんを威嚇します。


「うん。それで良いよ、ビッグベア。キミの獲物は僕だ」


 そう言い放ち次にくろうさぎさんが取った行動、それは全力で背中を見せて逃げる、でした。そんなくろうさぎさんの姿を見たビッグベアはその本能に従い逃げる小さな獲物、『黒いうさぎ』を全力で追いかけます。そして生まれる隙、アナスタシアはビッグベアの背中へとその剣を振り下ろします。


「はぁああっ!!」


 ──ザシュ。


 警戒の外からの一撃にビッグベアはそれをまともにくらうと大きな雄叫びを上げ再び標的をアナスタシアへと戻します。


「すまないな、でどうか幸せになってくれ……」


 振り向くよりも早くビッグベアに次の一撃を加えるアナスタシア。その剣がビッグベアの胸を貫きます。


 ──グォオオォオオ!! バシュン。


 アナスタシアの目の前で淡い光の泡になって消えていくビッグベア。その向こう側にはくろうさぎさん。一人と一匹は見事なまでの連携を見せるとビッグベア討伐のクエストを攻略したのでした。


「お疲れさま、アナスタシア」

「ああ、お陰で楽に倒してあげる事が出来たよ。ありがとう、クロエ」

「いいや、僕は何もしていないよ。キミが彼を救ったんだ」

「そ、そんな事はない。クロエ、キミが隙を作ってくれたから……」

「だとしてもさ。『調和の浄化』の力は斬られた者を『元の状態』に戻し再びこの地に蘇らせる力。その力を持ったキミじゃなければ出来ない事だよ。キミの最期の一撃はいつだって優しいんだ。アナスタシア、だからキミが彼を救ったんだよ」

「……確かにそれはそうかもしれないが……クロエ、キミはいつも少々私を持ち上げ過ぎな気がするよ……」

「ふふふ。そんなことはないさ」


 先程までの緊張感は消えて無くなり温かな空気に包まれる一人と一匹。その空気のせいでしょうか? アナスタシアは自然と自身の胸の内を言葉にします。


「……クロエ。今日の彼らも幸せになってくれるだろうか?」

「うん。きっとなれるさ。キミの想いはちゃんと彼らに届いているよ」

「そうだと……嬉しいな」

「心配かい?」

「いや、心配というか、なんだろうな……こうも一方的な力でねじ伏せるような真似をしてしまって……」

「申し訳ない?」

「ああ、少しも気が引ける気持ちが無いと言えばそれは嘘になるかな……」


 そんなアナスタシアの言葉を聞いてくろうさぎさんは考えます。


「……そうだね……それならそうだ、またいつかこの森に二人で戻って来よう。違うね、ここだけじゃない。今まで辿って来た場所全ての場所にだ。生まれ戻った彼らの幸せな姿を僕らで見に行くんだよ」

「確かにクロエ、それは良い考えだよ。……って、いや、ちょっと待てくれ。でも、それは、わかるのか? 数いるモンスター達の中ではたして私達はそれを彼らだと気づけるのか?」

「うーん。それは……どうしようか……アナスタシア、キミも一緒に考えてくれるかい?」

「なんだそれは、でも……そうだな、ありがとう、クロエ」


 ──くろうさぎさんは知っていました。


 今まで調停者としてその剣を振るってきたアナスタシア。

 彼女が自身だけが持つ『調和の浄化』の力に苦悩をしていたことを。

 それはどこか負い目のような感情で。

 自分だけが特別な場所に立っているという優位な状況が彼女にとっては苦痛なのでした。


 だからそれは自分本来の力ではない。

 調停者の『調和の浄化』の力があるお陰だ。

 自分という人間に見合っていない力を持ってしまった者ゆえの苦悩。


 それを少しでも和らげてあげようとくろうさぎさんはいつも彼女に明るい言葉を贈ります。

 そんなくろうさぎさんの気持ちを彼女も素直に受け入れます。

 そんな一人と一匹は、そう最高のパートナーです。


「じゃあ、残すところあとは……これだね」


 くろうさぎさんが最後の一枚のクエスト依頼書を取り出すと一人と一匹はその紙を見つめます。


「……最後の一枚、トロールの討伐……か……」


 そう呟いたアナスタシアに起こった微妙な変化。

 それは声色から始まり見上げたくろうさぎさんの目に映ったのは鞘の上で静かに震える彼女の手。

 今の今まで平常心を保ち続けて来た彼女に起きたその変化にくろうさぎさんは思慮を巡らせるのでした。

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