素直な気持ちと、本当の気持ち。
──人間の血を引く魔女の子の笑顔を見たい。
そんなピクシーさんの言葉はこの場所に更なる混乱を生み出す種、きっかけとなってしまいます。一層どよめきの声が増す中、ざわつく周囲の反応をよそに彼女は話を続けます。
「私は別に人間が好きでもなければ、魔女が好きな訳でもない。でもね、この子を放って置こうって思う事も出来ない。不思議よね……どうでも良いって思う一方で、どうでも良くないって思ってる私が私の中にはいるんだから……だから、考えたの。この気持ちはなんなのかって、どこから生まれて来たものなのかって……」
その言葉に次第に周囲のどよめきは小さくなって。モンスターさん達はピクシーさんの話に耳を傾け始めます。
「──それで、わかったの。ああ、これは憐れみでもなければ同情でもない、ただ単純に真っ直ぐな想いなんだって。種族とか、言い伝えとか、そういうしがらみの『もっと手前にあった』あたりまえに誰かを思う想いだって……」
そしてピクシーさんは真っ直ぐしろうさぎさんの目を見つめると言います。
「そんな風に私が思えるようになったのは……いつからかこの森に不思議な本を持ってやって来た一匹の動物、うさぎ、あんたに出会えたから。あんたと出会って、この森が、この森のモンスター達が変わっていくのをこの目で見て来たから。私自身があんたに救われたから、だからそれに気づけた」
正直に自身の想いを伝えるピクシーさん。
そんな彼女の言葉にモンスターさん達は皆、それぞれに思いを巡らせます。
何が正しい答えなのか?
それをそれぞれの心の中で模索します。
そんな中、目の前に居るしろうさぎさんは今にも泣き出しそうな顔で言いました。
「ピクシーさん……わ、私……私は、この森の主だから……少しでも不安がそこにあるのなら、それは取り除きたいと、思ってる。森のみんなを守るのが森の主の務め、だから……」
「ええ、そうね」
「ピクシーさんの言動がその不安を呼び込むものなら、それを見て見ぬふりは、やっぱり出来ない……」
「……ええ、それで良い。当然の、ことよ」
それはしろうさぎさんの素直な気持ち。
森の主としての自覚と責任を背負った者の抱く素直な気持ちでした。
ですが、その言葉に続けて彼女は言います。
「で、でもね……こんな事、本当は言っちゃいけないって、わかってはいるけど……私も、本当はその子の笑顔が見たいって思ってる。……何とかしてあげたいって思ってるよ……」
「……うさぎ……あんた……」
それはしろうさぎさんの本当の気持ち。
森の主としてではなく。
一匹の動物、しろうさぎさんとしての本当の気持ちなのでした。
「……だけど、やっぱりね……それは出来ない。……選べないよ」
ポロポロと溢れる涙に目を真っ赤に染めるしろうさぎさん。
そこにあったのは素直な気持ちと、本当の気持ち。
相反する二つの想い。
そのどちらも取れたらどんなに楽なのに……
だけどそれは決して叶わぬ事で。
何かをするという事は、何かを選択する事で。
天秤にかけられた想いのどちらか一つは、考えるまでもなくその重さで下に沈むのでした。
それでも。
頭ではわかっているのに体がそれを拒絶すると。
しろうさぎさんはその手に答えを取ることが出来ません。
二つの想いの狭間で苦悩するしろうさぎさん。
そんな彼女にピクシーさんは言いました。
「──ねぇ、うさぎ……例えば、その二つを一つに出来たらって言ったらどう思う?」
「……え?」
一人では到底辿り着くことの出来ないようなその答えに、しろうさぎさんはピクシーさんの顔を見つめます。
「うさぎ、あんたの気持ちは痛いほどよくわかるわ。森の主として、森の案内人さんとして……私も一匹で考えてる時はそうだった。それで、だから、リリパットやスライムにお願いして、相談して、それで、一つの結論に辿り着いた。あんたの今抱えてる問題ね、森の不安とこの子の笑顔、あんただったらそのどっちも取れるかもって私は思ってる」
「……どういう、こと?」
「……あんたの持ってる何かを変える力。その力を使えば、変えられると思う。言い伝えも、この子の未来も、まとめて全部救える可能性がそこにはあると私は思うの。だからさ……」
そしてピクシーさんはしろうさぎさんではなく森のモンスターさん達に目を向けます。
「ねぇ!! アンタ達もそうは思わない!? 私達は実際にこの目で見て来たでしょ!? スライムが、リリパットが、ゴブリンが、この森が変わっていく瞬間を!! アンタ達に嘘をつくみたいに隠しごとをしていたのは反省してる。それで余計に混乱させる結果になったのも謝る、ごめん!! でもさ、こんな話をいきなりしたところでアンタ達全員聞く耳持たなかったでしょ? でも、今は違う、ちゃんと聞いてくれてる。だから、考えて欲しい……一緒に考えて欲しい!! 新しい未来を私達の手で、この森から始めてみない!?」
そして、この日。
一匹のピクシーさんのこの言葉をきっかけに。
この世界の物語は大きくうねりを上げて動き出します。
それはまるで。
世界のあたりまえ、常識を疑い壊すような選択への問いかけで。
それはつまり。
何かが変わるということを意味しているもので。
彼女はまだ見ぬ未知なる未来の希望へとその手を伸ばしたのでした。
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