第6話 お隣さんにバレちゃった


「ふぅ。腹八分目ってとこか」


 俺はきっちりおかわりもして壁にもたれかかっていた。ただしあえてパンだけは食べずに残してある。


「さて、やるか」


 俺は貯金箱を呼び出し、なるべく音をたてずに起動させる。貯金箱から光が伸び、皿に置かれたパンに放たれた。


 パン

 査定額 二デン

 

 囚人の食事だから期待していなかったが二デンは安い。日本円にして二十円である。まあ少しではあるが換金しておくか。


 チャリ~ン。

 

 貯金箱から二枚の石の硬貨が出てくる。食事も金になるのではないかと試してみたが一応成功だ。硬貨を懐にしまうと、俺は貯金箱を持って立ち上がる。


 わざわざ僅かな金の為だけに貯金箱を呼び出した訳ではない。少しでも牢を調べるためだ。ゲームでも現実でもそうだが、行き詰まったらまず出来ることを色々やってみること。俺は再び査定を開始した。





「とは言っても、前調べた時と同じなんだよなぁ」


 腕組みをしながら考える。当然壁や格子は買取不可。ウォールスライムも同じく擬態中。食器や付属のスプーン(木製)や貸し出された毛布まで調べたが同様。……もう調べる所がないぞ。


「やっぱりスマホを換金して減刑を頼むしかないか。しかしなぁ……」

 

 今の俺には収入がない。品物を換金するだけではいつかどうにもならなくなるのが目に見えている。食事の一部を換金するという手もあるが額は微々たるもの。むしろ腹が減るだけ逆に状況が悪化しそうだ。


「しかし……なぁに?」

「仮にお願いしても減刑されるかどうかは不明なんだよなぁ。ここに長居する訳にもいかないし……って!? イザスタさん!?」

「ハーイ!!」


 いつの間にかイザスタさんが上半身だけを出してこちらに来ていた。壁からニョキっと生える美女。シュールだ。いや、今はそれどころではない。


「あのぉ。イザスタさん……いつからそこに?」

「そうねぇ……トキヒサちゃんが変な箱を出して、パンをお金に変えちゃった辺りからかしら」


 おぅ。俺は手を顔に当てて嘆息する。おもいっきし見られてんじゃん!! 加護のことはなるべく伏せるようにアンリエッタに言われてたのに。

 

「よいしょっと。それでトキヒサちゃん。さっきのは一体なんなのかなぁ? お姉さんと~っても気になるのだけど」


 イザスタさんがニヤニヤしながら見つめてくる。面白そうじゃない。説明をするまで動かないわよって感じの目だ。


「これはですね、そのぉ……」


 俺はそこで言葉に詰まる。こうなればいっそぶっちゃけるか? だけど神様に無理矢理協力させられていますって言っても普通は信じないよなぁ。しかし今のままじゃ八方塞がりだ。それならいっそ。


「……はぁ。分かりました。話します。でもこれは内密にお願いしますね」

「そうこなくっちゃ。大丈夫。お姉さんは秘密やナイショ話は得意なの」


 イザスタさんはパチリとこちらにウインクしてみせる。……本当に大丈夫か? ちょっと不安だ。


「実はですね……」





 俺はイザスタさんに『万物換金』の能力について話した。といっても俺自身把握しきれていないので、何か適当な物に実際に使ってみることになったのだが。


「じゃあ……試しにこれにお願いできる?」


 イザスタさんが持ってきたのは、以前茶会で使っていた食器だった。皿にカップ、ティーポット。あの時は気づかなかったが、どれも装飾の付いた陶製の品だ。


「あの……結構高そうなんですけど」

「そうかもね。アタシが入ったばかりの時、看守ちゃんに用意してもらったの。それなりの値段を吹っ掛けられたから良い品だと思うわよ」


 それなり……ねぇ。俺は物の相場は詳しくないが、少なくとも牢屋にあるような代物ではなさそうだ。


「それじゃいきますよ。『査定開始』」


 貯金箱から出た光が食器を照らす。査定結果は、


 食器類

 査定額 二千デン 買取不可

 内訳

 皿 二枚 八百デン 買取不可

 ティーカップ 二つ 七百デン 買取不可(他者の所有物の為)

 ティーポット 一つ 五百デン 買取不可(他者の所有物の為)


 となった。日本円で二万円。食器でこれはかなりの値段じゃないか? 家の安物とは大違いだ。


 ……ありゃ? 何故買い取れないのかという理由が増えている。これは何度も査定している内に精度が上がったということか? そうだと嬉しい。


「全部合わせて二千デンですね。ただこれは俺の物じゃないから換金は出来ないんですが」

「あらそう? ならしょうがないわね。これはトキヒサちゃんにあげるわ」

「えっ!?」


 イザスタさんがそう言うや否や、査定結果から買取不可の文字が消える。反応早いな……じゃなくて。


「えっとですね。二千デンですよ。ただで貰うのは気がひけると言うか」

「別に良いわよん。お姉さん相当稼いでるからこれくらいなんでもないし、換金する所を見せてもらう情報料だと思えば。……どうせ経費で落ちるし」

「経費?」


 ファンタジーな世界ではあまり出てこない単語に思わず聞き返すが、イザスタさんは何でもないと笑ってごまかす。……なんか気になるが今はおいておこう。改めて食器を換金し、そのまま硬貨として外に払い出す。


 チャリ~ン。チャリ~ン。


 貯金箱から出てきたのは沢山の銀貨。どうやら一枚で百デンらしいので、二千デンだから二十枚あることになる。床に落ちたそれをイザスタさんが一つ摘んでしげしげと眺める。


「へぇ~!! ホントにお金になっちゃったわ。偽金でもなさそうだし幻影とも違う。スゴいわねぇ」


 イザスタさんは驚きながらも軽く指で弾いたりして調べているが、どうやら納得したようだ。まぁスゴいと言っても貰い物の加護なので、俺自身は誉められている感じはしないが。


「どれどれ。一、二、……確かに二千デン有るわね。じゃあ、はい!」


 イザスタさんはそれぞれを確認しながら拾い集めると、そのまま俺に差し出してきた。


「はい! って、受け取れませんよ流石に!! 俺はただ物を預かって金に替えただけですよ。それなら当然これはイザスタさんの物です」

「さっきも言ったけど、今の品はトキヒサちゃんにあげた物よ。それならそれを金に替えてもやっぱりトキヒサちゃんが受け取るべきよん。それに今は少しでもお金が必要な時じゃない?」


 俺は返そうとするが、彼女も頑として受け取らない。……確かに今は金が必要だ。正直欲しい。だからと言って、食事を奢ってもらう程度ならいざ知らず、ほとんど俺は何もしていないのに金を貰うのは落ち着かない。


「もうっ。意外に頑固ねぇ。……それじゃあこうしましょう。これからトキヒサちゃんにはアタシのお願いを聞いてもらうから、その代金として受け取ってもらうのでどう?」


 まぁ頼みにもよるけど、ポンッと貰うよりは良いか。ただ二千デン分となると相当難しいものかね。


「分かりました。それでお願いというのは?」

「簡単よ。……アタシはもうすぐ出所するから、その手伝いをしてほしいの」


 イザスタさんはニッコリ笑ってそう言った。





「出所……脱獄ですか?」

「う~ん。出来なくはないけどそうじゃないわ。正式な手続きを踏んでの出所よん。ホントはもう少しここに居る予定だったけど、ちょっと事情が変わっちゃったの」


 出来なくはないのか。まあこの人ならやれそうだ。話をするならこっちが良いとイザスタさんの牢に連れてこられたが、以前とは大分変わっていた。


 カーペットは丸めて壁に立て掛けられ、絵やハンモック、クッションも一ヵ所に纏められている。本棚はそのままだが、中の本は外に積み重ねられている。他にも小物がちょっとした山になっているが、話をするということで椅子とテーブルはそのままだ。


 俺が頼まれたのは、イザスタさんの私物を処分することだった。


「助かるわ~。出所しても家具は持って行けないし、看守ちゃんに頼んで売り払おうにも時間がかかるから、もう置いて行っちゃおうかって思ってた所なの」


 そりゃこれだけの量ならそうだろうな。時々ファンタジーに登場する“何でも入るカバンや袋”があるならともかく、これを全部持っていくのは大変だ。


「では始めますけど、換金するのは纏められている物で良いですか?」

「それでお願い。換金しない物は別にしてあるから大丈夫。椅子とテーブルは全部終わってからで」

「分かりました。それじゃあ二千デン分しっかり働きますよ。『査定開始』」


 早速貯金箱で査定を始める。事前に許可はとってあるので、おそらく買取不可にはならないだろう。


 ハンモック 五百デン

 クッション 二百デン

 カーペット 三千デン

 本棚  二千デン

 絵(真作) 八千デン

 絵(複製) 二枚 八百デン……。


 どれも高い品ばかりだ。一体幾らかかったんだか。ちょっと聞くのが怖い額になってきた。


「……んっ!?」


 査定の途中小さな袋を発見する。持ってみると割と重く、中に石のような物が沢山入っているようだ。光っているから宝石か何かか?


「イザスタさん。これはなんでしょうか?」

「あぁそれね。それは以前の仕事中に手に入れた物よん。売り払う前にここに入ってそのままだったのを忘れてたわ。丁度良いからそれもお願いねん」


 イザスタさんは椅子に座ってそう気楽に笑う。丁度良いって……売り払う予定があったんなら本職の人に見せた方が良いんじゃないの? 一応査定するけど。


 袋(布製 内容物有り)

 査定額 五十九万六千八百十デン


 ……オカシイナ。今なんか妙な額が見えたような。俺は軽く目蓋の上から目を揉みほぐしてもう一度見てみる。


 査定額 五十九万六千八百十デン。


 …………うん。間違いない。ってえぇ~っ!?


「イ、イザスタさん。な、なんか袋に五十九万デンって査定額が出てますが?」

「へぇ~。そこそこの額ね」


 そこそこって!? 五十九万デンだよ!! 日本円で五百九十万の大金をそこそこって言ってのけたよこの人!! 相当金持ちだよ。道理で牢屋内での待遇にあれだけ金をつぎ込める訳だ。


「だから言ったでしょう。お姉さん相当稼いでるって。さっきも二千デンくらい持っていっても良かったのよん」


 椅子に座ったままのイザスタさんが言った。どうやら驚きが顔に出ていたらしい。あと微妙にドヤ顔なのが何とも言えない。


「……いや。やっぱり貰えませんよ」


 俺は少し悩んではっきりそう言った。今からでも言えば多分くれると思う。だけど相手が金持ちだからって、ただで持ってって良い訳じゃないからな。やっぱその分は働かないと。


「頑固ねぇ。まぁ良いわ。それじゃあどんどんやっちゃって」

「はい」


 俺はまた査定に戻って一つずつ確認していく。途中個人的な持ち物もあったが、判断しづらい物はイザスタさんに聞いて処理していく。そして、


「どう? 終わった?」

「はい。あとはその椅子とテーブルを査定すれば終わりです」


 大体終わったので換金ボタンを押すと、纏められていた物はスッと消えてなくなる。代わりに貯金箱の画面には、今の金額がしっかり表示されていた。


「フフッ。お疲れさま。じゃあこっちで一休みしましょうか?」


 ありがたい。何せ小物を合わせると百点近くあったから少し疲れた。イザスタさんの対面に座って一息つくと、テーブルには元々支給されるコップが二つ置かれ、中には冷たい水が入っている。


「アタシとしたことがウッカリしてたわん。さっき食器一式を換金したからこのくらいしか出せなくて。ゴメンねぇ」


 イザスタさんは申し訳なさそうに言うがどうってこともない。グイッと水を一気に飲み干すと、そのまま気にしないでくださいと手を振った。


「ありがとね。ところで大体いくらになったのかしら?」

「え~と、椅子とテーブルを抜きにして全部で九十六点、査定額は七十三万五千八百十デンになりました。ここに出しますか?」


 彼女はこっくり頷いたので、テーブルの一部にスペースを作ってそこに出すことに。


 ジャララララ。ジャララララ。


 貯金箱のボタンを押すと、一気に大量の硬貨がこぼれ出していく。幸いスペースは広めにとったから下に落ちはしないが、すぐにテーブルの一角はちょっとした硬貨の山が出来た。


「予想より凄いわねぇ。袋に入りきるかしら? 多すぎるからいったん戻して少しずつ出すことって出来る?」

「多分大丈夫だと思いますよ」


 金は査定しても手数料がかからないのは、既に前もって試してある。俺はまた硬貨の山を換金し、今度はキリの良い二十万デンのみを出すことにした。


 ジャララララ。


 貯金箱から放出された硬貨は全て金貨だった。数が二十枚あったことから、どうやら金貨は一枚一万デン。日本円で十万円らしい。日本の金貨はいくらぐらいだったっけ?


 俺はイザスタさんを手伝って袋に金貨を詰め込み始めた。





「一枚くらい持っていっても良いのよ?」

「持っていきませんってのっ!?」

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