俺の弱みを握っている偽の恋人は学年一の美少女なのだが、付き合いだしてから何故か周りの女友達が積極的になってきたんだが!?

天川希望

プロローグ

 人生とは、常に上手く行くものではなく、必ずと言っていいほど黒い歴史が一つや二つはある。


 その中でも、中高生の思春期真只中の時期には、特に男子は後先考えずにはしゃいでしまい、大人になって同窓会などで話を聞くと、恥ずかしくなるようなこともしばしば…。


 そして、それは俺にも当てはまる事で、記憶の奥底に封じ込めて消し去ってしまいたい黒歴史が存在する。



『中二病』



 そんな言葉を聞くと、俺は少し胸が痛くなってしまう。


 なぜかって?それは、聞かないで察してくれ。

 そんなの、理由なんて一つしか存在しないじゃないか。


 そして今、そんな記憶の奥底に封じ込めた黒歴史が、再び解き放たれようとしていた。


「コレ、何だか分かる?」

「……」


 怖いほどの笑顔でそう言ってきたのは、学校一の美少女と名高い女の子。

 しかし、そんな彼女の笑顔を見ても、俺は嫌な汗が滝のように流れるばかりだった。


「し、知りません」

「目、泳いでるけど?」


 俺は隠し切れない動揺を、どうにか押し殺してそう答えたのだが、どうやら全く隠せていなかったらしい。

 目が泳いでるとは、いつもの俺ならそんな失態絶対にしないのにな。


「このノート、すっごく面白い事が書いてるのよね~」


 そう言って、彼女はパッと適当なページを開いて、音読を始めた。


「6月13日金曜日。

 今日は、裏世界の支配者デビル=デーモンの使者と戦った。

 奴らはかなり強敵だったが、この黒炎の堕天使の手にかかれば容易な相手だった。

 しかし、これはすなわち近づきつつあると言うことだ。

 世界の戦い。終焉のラグナロクが」

「…………………」


 俺は、耳をふさぎたくなったのだが、しかしこの文章を認めたくなかったので、聞こえないフリをした。


「どう?面白いよね?」

「……」

「続きが気になるわね~」


 そして、彼女はそう言って、にやにやとこちらの様子をうかがいながら、ページをめくった。


「6月1……」


 そして、本当に続きを読みだしたとき、ついに俺は耐えられなくなってしまった。


「だあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!!!」


 俺はうずくまりながらそう叫んだ。


 俺の虚しい叫び声が、オレンジに染まった空に響き渡る。


「わっ。びっくりした。どうしたの?そんな大きな声なんか出して」

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 俺の叫び声を聞いた彼女は、わざとらしく驚いたふりをして、そう言ってきた。


 俺は、肩で息をしながら精神を統一して、スーッと深呼吸を一度した。

 そして、勢いよく立ち上がると、言葉を返しながら彼女の手にあるノート目掛けて飛びついた。


「どこで手に入れたあぁぁ!!!!」


 しかし、俺の努力は空しく、彼女にひょいと避けられて地面に激突した。

 そして、彼女は普通に会話を続けた。


「とある筋から入手した。とだけ」

「どこの闇ルートを使えば、俺の封印した黒歴史の産物を手に入れることができるんだよ!!」


 俺は地面に手をついて立ち上がりながらそう突っ込んだ。


「それ以上のことはお伝え出来ない契約なので」

「くそが……」


 俺はそう言いながら立ち上がると、彼女を睨みつけた。


「それで?そんな物を持ってきて、俺に何の要だ」


 俺がそう言うと、彼女は「話が早くて助かるよ~」と言って俺の方を向くと、最初と同じ笑顔で要件を言った。


「単刀直入に、これをばらされたくなかった、私と付き合って」

「…………は?」


 そして、俺は思わずまぬけな声を上げてしまった。

 何故なら全く話を理解できなかったからだ。


「もう一度言ってくれ」

「だから、このノートを学校の人達にばらされたくなかったら、私と付き合ってって言ってるの」


 さすがに二度言ってもらえば俺でも分かる。

 こいつは今、俺に付き合えと要求しているのだ。


 俺はその言葉の真意を探るためにさらに。


「意味は分かった。でも、どうして学校一の美少女と名高いあなたが、わざわざ何の変哲もない至って普通の俺なんかに告白を?」


 俺の言葉を聞いた彼女は、少し考えてから返答をした。


「私がすっごくモテるのは鈴橋も知ってるよね?」

「あ、あぁ、勿論」


 自分でモテるなんて言う奴はナルシストか何かかと思うが、実際自分で言っていてもおかしいと思わないほど彼女はモテていた。

 むしろ「私なんて全然モテてないよ~」とか言われた方が気持ちが悪い。


「それで、正直うんざりなの。毎日毎日告白三昧なのが」

「はぁ……」


 俺には一生分かる事の無いような悩みに、俺は呆れ気味に返事をした。


「そこで、私は閃いたの。恋人ができれば回数がぐんと減るのでは、と」


 確かに、彼氏持ちの女子に告白しようとする男は、よっぽどのナルシストなイケメンぐらいだろう。


「でも、それなら俺じゃなくてもいいのでは?例えばサッカー部のキャプテンの桜田先輩とか……」

「それじゃダメなの」

「はぁ……」


 俺が代替案を出ると、彼女はきっぱりとダメだと言った。

 そして、意味が分からないと言った顔をしている俺に、説明をしてくれた。


「普通に付き合うのも面倒なの。第一、恋人としての付き合いをしたくないから付き合わないわけだし」

「それは確かにそうかもだけど……」

「だから、無条件で私の偽の恋人役をしてくれる人が必要だったの」

「……」


 彼女の言葉に、俺は徐々に納得し始めた。


「絶対に裏切ることが無くて、且つ普通のカップルみたいにデートをしなくていい人。必要最低限の昼食と登下校を共にするだけの人が」

「なるほど。だから、俺なら裏切ったら黒歴史をばらされるから、無条件で安全なわけだ」

「そう。ただの口約束に、絶対は存在しないから」

「なるほどな」


 絶対に裏切らない人というのは、裏切ることでその人にも同等のリスクがかかっている人だからな。それ以外は、裏切る可能性がある。


「それで、ここまで説明してもう一度聞くね。この黒歴史をばらされたくなかったら、私の偽の恋人になって」


 そう言いながら、彼女はノートをチラつかせる。


 こんなの、従わない以外の選択肢を選べないじゃねぇかよ……。


 俺は溜息をついて、渋々返事をした。


「分かりました。偽の恋人役になります」

「うん、ありがとう」


 そう言って、綺麗な長い茶髪を風になびかせて、彼女は微笑んだ。


 しかし、やっぱりこれだけの美少女の笑顔を見ても、全くときめかないのは、この状況のせいなのだろう。


「それじゃぁ、これからよろしくね」

「あぁ、分かったよ」


 こうして、俺と学校一の美少女との偽の恋人関係が、残念ながら始まってしまったのである。


 しかし、この時の俺はまだ知らない。

 これが、俺の人生を大きく変えてしまうことになるなんて。

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