サブキャラの俺が何かしましたかっ!?
狼蝶
第1話 俺の唯一の楽しみ
『お前のことが――好きだ』
最後の3文字は吐息ほどの小ささで、言われた張本人である結城以外では結城のすぐ側にいた人物―
真希のこの告白によって、千尋は結城に対する恋心と独占欲を自覚し、結城もまた千尋への思いに真摯に向き合おうという気になる。
そう。この真柴真希という人物は、この漫画の世界の主人公ではない。
言うなれば、 ”サブキャラ” なのである。
××××年から月刊××で連載がスタートし、今では大人気漫画となった『鼠になれっ!』。競争することを好む風潮のある世界でケンカを通して育まれる愛を描いた青春物語である。
この物語の主人公は白島結城。背丈は平均より小さく、体つきは華奢以外の何でもない。栗色の地毛は短くもなく長くもなく丁寧に切りそろえられており、まるで歩く度にさらさらと音を立てるようである。そして特徴的なのは、顔の3分の1を覆っている大きな丸眼鏡。本人に支障はないらしいが、外からは彼の目を見ることは不可能で、一体彼がどの様な相貌をしているのかは今月発売された最新刊でも知ることは出来ない。謎である。そしてややオタク気質。
もう一人のこの物語の主人公黒原千尋は黒髪で口数が少なく(基本的に話しかけられなければ話さない)高身長で、顔は始終機嫌が悪い様に見える。その原因は、見にくいのか目をいつも細めていること。そんな表情だがイケメン。ケンカが強く(大抵売られたケンカを買う)、頭も良い。
4月、彼ら2人はある名の知れた名門国立高等学校へ入学する。入学式の日早々、結城は学校内で年上だと思われる不良生徒に絡まれ、そこを偶然通りがかった千尋に助けられる。千尋は中学生のときから名を知られる強者であり、弱いことがコンプレックスである結城はその強さに憧れて千尋につきまとい、彼から強さを学ぼうとする。千尋はかなりの頻度でケンカをふっかけられるため結城にも火の粉が降りかかり色々と危ない目に遭うが、助けられる度に千尋への憧れだけではない特別な気持ちを抱くようになる。また千尋も、結城が危ない目に遭ったり誰かに絡まれるのを見るとムカムカし今まで抱いたことのない気持ちに困惑するようになる。そこで誰が2人をくっつけるキューピット役をやるのかというと、ここで登場、真柴真希くんである。
真柴真希。千尋の幼馴染みであり右腕でもある存在。背丈は平均よりちょっと小さく、身軽でケンカが強い(だが千尋には負ける)。ピンクブラウンで天然パーマがかかった髪を鎖骨ぐらいまで伸ばしている。猫系イケメン。勉強ができないわけではないが、ちょっとアホっぽいところがある。
高校入学早々共に過ごすことになった結城に興味津々でよくちょっかいをかける。すると慌てる姿にキュン。千尋が結城という存在を好きに側にいさせていることに珍しさを感じていたが、オタク気質なところも、気弱だが芯が通っているところ、すぐ変な奴に絡まれるミラクル体質も次第に気に入るようになる。
真希は千尋も結城もお互いを意識していることは傍から見たら丸わかりなのに本人達には自覚がなく、もどかしさを感じる。しかし勝算はないものの、自分も結城のことが好きだということを自覚。結城のことも千尋のことも大好きで、2人の幸せのために自分は身を引く決心をする。
そして2巻の最後、真希は結城に本心と言えば本心からの告白をする。その告白によって2人は自分の気持ちを思い知らされ、気持ちを打ち明け合い、めでたく結ばれるのである(真希の初恋(?)は見事に砕け散る)。付き合うといっても、R-18にはならないしイチャイチャするシーンも少ない。だが、それはそれでいいと思える作品だ。
そして2巻のその後のおまけで実は真希の気持ちを察していた千尋が真希と学校の帰り道に肩を組んで、その手で真希の頭をわしゃわしゃしながらボソッと「ありがとな」というシーンにとてつもなく感動した。
本編がここで終わるはずがなく、まだまだ続く。2人がくっついたところで物語の第一章が終わったというくらいだ。それから2人は晴れて恋人同士となるが、千尋に恋のライバルが表れたり、千尋にライバルが表れたり、表れたり、表れたり、時には結城にライバルが表れたり・・・と、とにかく忙しいのである。2人でキャッキャウフフという時間は老後にしか用意されていないのではないかと思えてくるくらい邪魔者という名の美形キャラが次から次へと表れる。もちろんそんな単純な話ではなく、話自体も色々と複雑で面白いのだが・・・。そして題名が謎。『鼠になれっ!』・・。「鼠」って何!?この問題はファンの間で色々と議論されており、まだこれといった納得できる答えがない。作者のみぞ知る、だ。そしてもう一つファンに騒がれているのは、結城の素顔である。彼の家族のことも全く触れられたことはないが、なんと言っても主人公なのに顔が見えない。眼鏡がとれない。毎回毎回盛り上がるシーンで眼鏡がとれそうになるが惜しくもとれない。くぅ~とハンカチをかみしめるほど毎回惜しいのだ。
また、この漫画は人気がすごく、アニメ化もされた。声優陣が豪華すぎて、そしてキャラと声が合いすぎて、悶えた。激しく。
現在多くの漫画本が発行されているが、まだ完結はしていない。
そしてこの漫画は、俺の生きがいである。
冗談ではなく。本当に。
俺は、
まあ、俺も漫画のキャラの中だったら自分にしっくりくるのは真希だし、初めて読んだ時驚いたけど少し嬉しくなったのを今でも覚えている。
俺には両親がおらず、物心ついたときから施設で暮らしていた。その中で俺はいつも一人だった。もともと性質的に人と関わるのが苦手で、さらにすぐに頭に血が上ってしまう性格だった。人と関わりたくはないのに寂しがり屋であるという矛盾に、いつもイライラとしていた。
思えば少し“やんちゃ”だっただけかもしれない。それを受け止めてくれる親がいれば・・・と考えたことがなかったわけではないが、暴力的だった俺はみんなから避けられる存在だった。
いつも不機嫌だった。
『俺のことをわかってくれる人なんか、誰もいない』
当時はこんなことを思い詰めて本気で泣いたものだ。懐かしい。
成長していくにつれ、こんなことは当たり前だと思えるようになっていった。
誰も自分をわかってくれない。自分がいなくなっても世界は何も変わらない。
それは当然だ。そんなことは知っている。
でも、孤独だった――
中学を卒業し、施設を出て働きながら高校に通った。
朝起きて、ご飯食べて歯磨きして、服着て職場行って、学校行って勉強して、家帰って、ご飯食べて歯磨きして、風呂入って寝る。
毎日これの繰り返し。
朝起きて、ご飯食べて歯磨きして、服着て・・・
ご飯も食べられて服も着られて、風呂にも入れる。本当に贅沢な生活だと思っている。
だが、孤独でどこか寂しくて・・・・・・いつも空虚だった。
そんな俺の楽しみが『鼠になれっ!』だった。ある日、本屋に行って偶々目にして買って読んでみたらハマった。主人公の結城も施設育ちで、境遇にすごく共感できたのも一因かもしれない。作品の中で主人公は素敵な相手に出会い、助けてもらい、羨ましいと感じた。いつか俺にもこんな素敵で、いざというときに助けてくれる相手に出会えるのだろうかと夢見たりもした。
そして次第に2人の幸せが俺の幸せにもなっていった。また、キラキラしている彼らの高校生活にも羨望を抱いた。
本当に、この漫画が俺の生きがいだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます