ゆず

@BombOmboM

ゆず

麦茶 潮風 ランドセル

ある夏の夜、俺の携帯に一通のメールが届いた。

『久しぶり!颯太、誕生日おめでとう!私たちが埋めたタイムカプセルのこと覚えてる?それの中に颯太への誕生日プレゼントを入れました。探してみてほしいな!』

20歳の誕生日の前日の夜に届いたそのメールは僕の幼馴染のゆずからだった。でもゆずはもう、この世に存在しない。俺が高2のときに心臓の病気で死んでしまった。高1のときは何度も入退院を繰り返していた。だから、僕はこのメールを見たとき驚きを隠せなかった。差出人のアドレスは間違いなくゆずのものだった。タイムカプセルは俺とゆずが小学校卒業のときに一緒に作って埋めたものだ。20歳になったら一緒に掘り起こそうと約束して。どこに埋めたか、確か小学校の桜の木の下だったはず。僕は次の日の朝に探しに行くことにした。幸いなことに大学は夏休み中で時間はたっぷりある。俺は3年前に死んだ幼馴染からの誕生日プレゼントに興味津々だった。

6時のアラームで目が覚めた。急いで身支度をして母校に電話をかけた。7時ごろ用務員さんが校門前で待っていてくれるそうだ。

用務員さんは俺とゆずが卒業したときと変わっていなかった。俺らは用務員さんにたくさん遊んでもらった。だからこそ一目見てすぐにわかった。

「おお、颯太くん!久しぶりだねえ。こんなに大きくなって!ゆずちゃんは元気かい?」

用務員さんも俺らのことを覚えていてくれたみたいだ。

「ゆずは3年前に病気で死んでしまいました。俺は今日で20歳になるんです。ゆずと一緒に来ることは叶いませんでしたが、約束していたのでタイムカプセルを掘り起こしにきました。」

用務員さんは涙ぐんでいた。

「そうか、そうか。僕よりも先に行ってしまったのか。颯太くんはゆずちゃんの分まで生きるんだよ。そして誕生日おめでとう。」

用務員さんは涙ぐみながらも俺にしわしわの笑顔を向けてくれた。俺も少し泣きそうになった。

用務員さんにスコップを貸してもらって桜の木の下に向かった。カンッという音がして箱が出てきた。ゆずと作ったタイムカプセルそのものだった。蓋を開けてみると2枚の紙が入っていた。

『覚えてたんだね!偉い!でも残念ながら本物の中身は違う場所に移しちゃいました〜笑颯太なら見つけられると信じてこの暗号を残します。』

1枚目にはこのメッセージが書かれていた。紛れもなくゆずの字だった。2枚目にはある草の絵が書いてあった。こんなの簡単じゃないか。小学校の頃にゆずと2人で見つけた草で水につけると緑色の文字を書くことができる。水が乾くとその文字は消えてしまう。戻す方法は確か、、、。

「用務員さん、ライターありますか?」

その紙を温めること。あってるよね、ゆず。心の中で呟きながらライターの近くにかざした。浮かんできた文字は『潮風、海』だった。俺はピンときた。海とは中学生のときに俺の家族とゆずの家族で遊びに行ったあの海だ。でも、潮風がわからない。俺は用務員さんにお礼を言ってその海に向かった。海に着いた時刻は午前9時。平日ということも重なって人はほとんどいない。潮風が強く吹いていた。潮風が吹いてくる方向をみると『海の家 柚子』と書かれた看板があった。ゆずが言いたいのは多分ここのことだろう。まだ開店前の『柚子』のチャイムを鳴らした。中から出てきたのは40代くらいの男性だった。

「君は、颯太くんだね。」

男性は俺の名前を知っていた。

「なんで俺の名前を知ってるんですか?」

「俺はゆずの叔父なんだ。ゆずが死ぬ前に君の写真を見せられて『3年後ここに颯太って名前の子が来るからこれを渡して欲しい』って頼まれたんだ。『あいつが忘れてなければね。』ともゆずは言ってたよ。忘れないで来てくれて本当にありがとう。」

ゆずの叔父だというその男性は泣いていた。僕も釣られて泣いてしまった。

俺はお店の奥に通された。冷えた麦茶を出された。

ゆずの叔父さんは黄色のランドセルを持ってきた。ゆずのランドセルだ。『私の名前はゆずだから、柚子と同じ色のランドセルにしたんだ!』とゆずは自慢げに俺に見せた。よく覚えている。叔父さんに手渡されたそれは何か入っている音がした。中をみるとゆずと一緒に作ったタイムカプセルの中身とボイスレコーダーが一個入っていた。俺は困惑して叔父さんの顔を見た。

「俺は一回もそのランドセルを開けてない。ボイスレコーダーの中身も知らない。ただ、ゆずが『きっとびっくりするよ』って楽しそうにしていたのは覚えているよ。きっとそれはゆずが颯太くんだけに向けたものだから俺は席を外すよ。店の開店時間だし。何かあったら店の方にいるから。」

叔父さんはそう言って店の方に行った。俺は恐る恐る電源を入れてみた。よかった。正常に作動した。レコーダーの中には音声ファイルが一つだけ入っていた。開いてみた。

『颯太、ハッピーバースデー!元気にしてる?颯太がこれを聞いてるってことはきっと私は死んじゃったんだね。もしくは颯太と一緒に恥ずかしがりながら聞いてるのかな?私は颯太と一緒に20歳にはなれないからこのメッセージを残しました。私知ってるよ?颯太が私のこと好きだったこと。私のお見舞いに来てくれたときに看護師さんに「ゆずちゃんの彼氏なの?」って聞かれて「彼氏ではないですけど、ゆずは僕が好きな人です。」って答えてたの聞いてたんだ。寝てると思ってたでしょ。颯太をびっくりさせようと思って起きてたんだよ。でもそれ聞いて恥ずかしくて起きれなくなっちゃた。その日は結局寝たふりを貫き通して帰ってもらったけどね。颯太の気持ちだけ聞くのはフェアじゃないと思うから私の気持ちも聞いて。私も颯太が好きです。だけど私は颯太の彼女になれない。きっと大人になる前に死んじゃうから。だから颯太に伝えるね。私のことなんか忘れて幸せになって。私からの宿題。ゆっくりでいいから提出してね。颯太の人生が幸せなものでありますように。ゆずより。』

俺は泣いていた。ゆずの声も途中から涙声になっていた。麦茶はいつのまにかぬるくなっていた。こんなに泣いたのはゆずが死んだとき以来だな。ぬるくなった麦茶を一口飲んだ。涙と混ざって少ししょっぱかった。ゆずからの誕生日プレゼントはゆずの願いだった。

「ゆずのこと忘れることはできないけど、俺は幸せになるよ。」

涙声でつぶやいた。

叔父さんにお礼を言って俺は店を後にした。ゆずのランドセルは叔父さんがゆずの家族に返してくれるそうだ。潮風が肌に当たって心地よかった。俺はゆずの家に向かった。久しぶりのゆずの家になんだか緊張した。インターホンを鳴らすと出てきたのはゆずのお母さんだった。

「本当に来てくれた。」

おばさんは泣いていた。ゆずはおばさんに『颯太が来る』と伝えていたらしい。どんだけ俺の行動を予測してんだよ。

おばさんから手渡されたのは一通の手紙だった。手紙にはどうやってメールを送ったのか書かれていた。どうやらあいつは日付が変わる瞬間にメールが届くようにプログラムを組んだらしいが届いたのは23時。1時間ずれていた。あいつらしい。ていうかどんだけ頭いいんだよ。俺はおばさんにボイスレコーダーを渡そうとしたが「これは颯太くんが持ってて」と断られてしまった。どこまで用意周到なんだか、親用のボイスレコーダーも作っていたらしい。さすがゆず。

「お線香をあげていってちょうだい。きっとゆずも喜ぶわ。」

おばさんは俺にそう言って俺はゆずの家に4年ぶりくらいに上がった。

仏壇には眩しいくらい笑顔のゆずの写真と柚子が置かれていた。

「あの子が季節になったら柚子を備えて欲しいって私たちに頼んだの。でも季節じゃなくても柚子を見つけたら備えるようにしてるのよ。」

おばさんは悲しそうに笑った。俺は仏壇の前に座って線香をあげた。心の中で「俺はゆずを忘れない」と呟いた。届いてるといいな。

おばさんとまた家族で食事をしようという約束をしてゆずの家を後にした。空はすっかり茜色に染まっていた。ゆずの分まで今を生きよう。俺は心に誓った。






その晩、夢にゆずが出てきた。ゆずは笑っていた。

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