きめら

ロセ

きめら

 二、三日行方不明になっていた先輩が合成獣になって帰ってきた。

 わたしはそこまで動物に詳しくなかったので、近所の動物園の飼育員に尋ねたところ、先輩のこれはいろいろと混ざりすぎて一つに絞り切れないなにかになっているらしかった。

 専門家に近しい立場のひとでもそういう意見しか出てこない先輩の状態に、わたしはもんじゃ焼きの種を思い浮かべ、その日の夜は先輩をよそにお好み焼きを焼いて食べた。

 人間だったころの先輩はおもしろおかしいくらいにぐうたらしていた。

 だから悪の秘密結社が実験体を探して近隣をうろついています、といった回覧板がまわってきた時には、先輩が捕まったらきっと牛かカピバラにでもなるのだろうとたかをくくっていた。

 こんな得体のしれない合成獣になるなんて、思ってもみなかったのだ。

 おまけに聞いた話では、先輩のほかに実験体になってしまったひとは少なくとも会話が出来るくらいの意識は残っているらしいのに、先輩はもともとの怠惰が極まりすぎてしまってか、言語野機能があるのかないのかさえ分からない始末だ。

 わたしは嘆いた。嘆いて冷蔵庫に入っていた缶ビールを数本ほど煽りながら、わけのわからないものになり果てた先輩の口らしき部位をかぱり、と開いて自分の頭を突っ込んだ。

 あわよくば食べてくれないだろうかと期待した。

 こうなる前の先輩はクッキーがたいそう好きで、かんかんに入ったそれを賄賂のように渡すとそれは喜ばれたものだった。

 来世があったらクッキーになりたい。スーパーで売っているようなのじゃない。ちょっといいクッキーだ。

 そんな世迷言を思うくらいには先輩のことを慕っていた。ぐうたらだって先輩であったのなら良かったし小さなことは許せたのだ。

 けれども合成獣になった先輩の口からはだらだらと粘着性があるよだれしか出てこず、一向に咀嚼なりなんなりをしてくれる様子がない。

 わたしは泣いた。先輩の栄養素の一端にすらなれないのだと。

 そのまま先輩の口の中に入ったまま、酩酊したわたしはこんこんと眠った。

 先輩の口はたいそうあたたかで、いつぞやの歓迎会として参加した花見の日を思い起こさせた。

 先輩は年長であるにも関わらず、前日からの席取り番として桜の花びらを被りながらいい席を取ってくれていた。

 怒らなくていいんですか。わたしが冷えたワンカップを渡すと、先輩はいいんだとたった四つの文字を吐いてから、するめをもちゃもちゃと食べた。

 隙あらば銘柄もまるで違う煙草を一本他人から譲り受け、競馬場にいるおじさんたちからもつ煮込みとワンカップ酒に呼ばれ、そこらへんの小学生たちに飴玉を貰っては食む先輩はかっこ悪くて、かっこ良かった。

「かわってあげたいなあ」

 心底そう思った。

 翌朝、目が覚めると悪の秘密結社に改造をされていないわたしは当然のように人間のままだった。そして頭の近くにあったのは、先輩ではなくお高そうなクッキーのかんかんだった。

 朝の光を浴びてきらきら煌めくそれにしばし目を奪われていると、腹の虫がないた。仰々しく蓋を開けると、それはもうたくさんのクッキーが敷き詰められていた。

 何気なくひとつ摘まんで食べると、「痛いじゃないか」と非難する先輩の声が頭に響いた。

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きめら ロセ @rose_kawata

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