第6話
正直言って最高だった――。
寿司職人のしなやかな手さばきから生み出される神秘。
新鮮なネタをその場で捌き、極上の酢飯と握り合わせる。
たったそれだけの事なのに……。
「いや~あの寿司、マジで美味かったなぁ~」
シルフィの居ない部屋。
ソファ横のサイドテーブルには、ちょっと良いお豆のコーヒーとお気に入りのスナック菓子。アクセントは、カカオ多めのビターブラックチョコレート。流行のチルPOPをBGMに、部屋の隅に追いやられていた積読本の中から一冊手に取る。
もはや俺の読書を邪魔する奴は誰も居ない。
好きなだけ自分の世界に浸れるやん……。
「充実してるわぁ~」
俺はソファに凭れ、一人暮らしを満喫していた。
* * *
あー、どうしよう、めっちゃアガるんだけど。
とりあえず、インスタ?
あ、シルフィさん、写真って大丈夫なのかな?
てか、一緒に撮ればバズり確定だよね、やったぁ!
「あの、シルフィさん、一緒に写真撮ってもらってもいいですかぁ?」
「好きにしろ」
「やったー! じゃ、撮りますねー、はい、さん・げん・とんっ!」
カシャッとスマホからシャッター音が鳴る。
「うわぁ、ありがとうございますっ! ていうか、綺麗~! さすがです! 加工ナシでも余裕って感じですね!」
「よくわからんが、良かったな」
とりま、インスタよね。
えっと……わたしの親友のシルフィさんですっと……。
ハッシュタグはエルフでいいかな。
よし、投稿っと。
「す、すごっ⁉」
アップした瞬間、瞬く間にいいねが押されまくる。
通知が、通知がとまらないっ⁉
こ、こんなの初めて……っ! ハァ、ハァ!
ク、クソ気持ちいい……! 最高の気分だわ!
「大丈夫か溝口? 様子がおかしいぞ?」
「あ、だ、大丈夫です……ちょっと凄くて……」
ヤバいヤバい、やっぱり私の狙いは正しかったんだわ!
ちょっと写真上げただけでこれってことは……。
もし、シルフィさんと一緒に住んで、Vログとか上げちゃったりしたら……。
え、え、絶対バズるんだけど⁉
一夜にしてインフルエンサーの仲間入り……⁉
「あ、あの、シルフィさん、結界に必要なものってありますか!」
「ん? そうだな……蝋燭は欲しいところだが」
「アロマキャンドルならあるんで持って来ます。あと、Amaで通販できる物ならいくらでも買いますから言ってくださいね」
「本当か⁉ 儀式用のローブも?」
シルフィさんが驚いたように目を見開いた。
「はい!」
「さすがに祭壇用の棚とかは……無理だよな?」
「いえ、全く問題ありません!」
シルフィさんがまっすぐに私を見つめ、両肩に手を置いた。
やだ……めっちゃ顔小さいし天然毛穴レス。
あぁ、私もこんな顔に生まれたかったなぁ……。
「溝口、お前は見所があるぞ。森田とはデキが違うな!」
「え、ホントですか⁉ ありがとうございますっ!」
よし、点数を稼いで一日でも長く引き留めなくちゃ。
折角シルフィさんを呼べたんだから……。
「ところで……物は相談だが、明日、ピザ職人は呼べるか?」
「ふぇ? ピ、ピザ職人ですか?」
「ああ、以前、テレビで『イタリアンピッツァ選手権』を見てから一度くらいは本物を味わってみたいと思っていてな……だが、森田の稼ぎでは冷凍のスナックピザが関の山だ。そこで、溝口ならば我の夢を実現させてくれるのではと、期待してみたんだが……」
「わ、わかりました! 探してみます!」
「おぉ、やってくれるか! では我は結界の作業を進めるとしよう」
そう言ってシルフィさんは、クローゼットの中でごそごそと何かを始めた。
よし! これはチャンスだわ!
ここで良いところを見せておけば、一緒に住みたいと言ってくれるかも!
ふふっ、そうなれば私のフォロワーも……。
あぁ! 万越えも夢じゃないっ!
* * *
「HAHA! グールグルゥマワッテマスヨ~!」
コック帽を被ったイタリアのピザ職人が、部屋の中で陽気にピザを回している。
「素晴らしい! 何という技術だ!」
確かに凄い、大金をはたいただけはあるわ……。
シルフィさんも喜んでくれてるし、これはポイント高いわね!
* * *
「ふぃ~! 何という満足感……寿司とは違った魅力があるな!」
「ですよねぇ、やっぱ味濃い系はクセになります」
シルフィさんはAmaから届いたローブに着替えながら、
「そうだ、我は本場の中華料理というものを恥ずかしながら食べたことがない。いつもは、森田の作った焼き飯か、日○屋のラーメンセットを食べていてな。一度くらいは本物を食べてみたいと思っているのだが……どうであろう?」と、マリンブルーの瞳で私を見た。
「わ、わかりましたっ! 溝口に任せてください!」
――翌日。
「アイアイアイアイアイアイ――――ッ!!」
凄まじい勢いで中華鍋を振る料理人。
火柱が起きる度に、シルフィさんが手を叩いてよろこんだ。
――そのまた翌日。
「こちらは、リコリスの風味を感じる頃に収穫された――愛の雫、当たり年と言われたブルゴーニュワインの……」
美しい所作でグラスにワインを注ぐソムリエ。
くるくると嬉しそうにグラスを回すシルフィさん。
――そのまたまた翌日。
「ウナギってのはぁ、元々ムナギと呼ばれてたそうでよぉ! 古くは縄文時代から食されていたってもんでさぁ! んでんで、タレを付けて食うようになったぁ~ってのはお江戸からよぉ!」
捻り鉢巻きを巻いた江戸っ子職人が赤いうちわをバンバン叩く。
煙が充満する中、シルフィはうな重に舌鼓を打つ。
その姿を隣で見ながら私は一抹の不安を覚えていた。
確かにSNSに投稿すればバズる――。
シルフィさんの美しさを讃えるコメントが殺到し、私にも少なからず恩恵もあった。
だが、これは……まったく持って割に合わない!
もうカードの枠も全て使い切ってしまった。
さすがに親には頼れないし……どうしよう。
私が頭を抱えていると、シルフィさんが嬉しそうにタブレットを持って来た。
「おい溝口、インターネットでマグロ解体ショーというものを見つけたのだが……」
「……」
* * *
「お願いします! もう、ホント限界なんです!」
切羽詰まった声だった。
「ちょ……溝口さん、困りますよ。ここじゃあらぬ誤解を受けそうなんで……あ、そうだ、後でそこのカフェで話しましょうか? 今日はバイト早めに上がらせてもらいますから」
「あ、ありがとうございます。お仕事中にすみませんでした……私、カフェで待ってます」
「じゃあ、なるべく早く行きますので」
溝口さんはぺこりと頭を下げ、ウチの店の斜め前にあるカフェに向かった。
一体、何があったんだろう……。
あの猫っぽい小悪魔的な雰囲気は無くなってしまっていた。
「少し……痩せたかな?」
溝口さんがカフェに入るのを見届け、俺は仕事に戻った。
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