不死者と執行者

Naka

不死者と執行者

「2020年7月11日午前10時20分頃、****駅へ向かう電車で脱線事故が起きました。幸いにも死傷者怪我人共に0でした。凄いですね! 快挙ですね!」

 痛ましいはずの事件がまるで奇跡のように報道されているのを、彼は病室のベッドの上でため息を付きながら見ていた。

「怪我人ゼロねぇ。ま、結果的にみればそうなんだろうけどさァ」

 あの悪夢のような奇跡的な体験はもう二度と出来ないだろうと彼は思った。だが、それは彼女と会うことももう無いのかもしれないということでもある。

(綺麗な人だったよな。今にして思えば、あの時はそんなこと考える余裕も時間も無かったけど)

 骨折していた彼の右足の再生はもうすぐに終わる。そうなれば退院だ。

 彼はまるで想い人を思うように、昨日の事件について、思いを馳せていた。


「隣いい?」

 耳にすっと入り込む綺麗な鈴のような声に、彼……有栖川誠は重い瞼を開けた。普通の少年だ。高校二年生。ただ一つだけ他の人とは違う特殊性を除けば、彼はどこまでも普通の人間だ。

(トナリイイ……? となり、隣……。ああそうか、隣座っていいかってことか)

 有栖川が声の主を見た瞬間、彼は声にならない声を上げた。

「……っ!」

 そこにいたのは女の子だ。肩に届く程度の丸みのある金髪。晴れの日の空の様に透き通る青い目。シックな色合いの軍服の様なワンピースに、死神とか魔女とかそういうのを連想するような黒いマントを被っている。誰が見ても明らかなくらい彼女は美人だった。

(が、外国人……? いやでも、さっき日本語だったよな……)

 有栖川はどう返答すべきか迷って、結局日本語を選んだ。自分のつたない英語力では却って意味が伝わらないだろうとも思っていた。

「いいぜ。空いてるし好きに使って……ってここ公共スペースだよな」

 公共のスペースをまるで自分の場所のように言うことに有栖川は可笑しさを覚えた。この女の子的にもクロスシートの電車の席で、見ず知らずの男子が座っている隣に座るのはそれなりにプレッシャーもあるだろう。

「なら好きに使わせてもらうよ」

 と芝居がかった口調で女の子は言いながら、席に座った。黒いマントは被ったままだ。

「な、なあ……あんた」

「クリスティ」

 有栖川の言葉を制すように、女の子は言った。

「あんたじゃない、クリスティだよ」

 クリスティと彼女は名乗った。どう考えても偽名だと有栖川は思った。見知らぬ男子に自分の名前などの情報を教えたくないという彼女の気持ちもあるのかもしれない。有栖川はそう納得することにした。

「俺は有栖川誠だ。本名だ」

「ふーん、アリス……可愛い名字だね」

「どこが可愛いんだクリスティ。つかそのフードは外さないのか? 熱いだろ」

「熱くはないよ」

 クリスティと名乗る少女は有栖川の方を見ずに言った。軍服の様な服といいマントといい、有栖川はクリスティがコスプレイヤーの可能性を疑った。

(そうだとして、コスプレのまま電車に乗り込むのは違うよなァ。ああいうのは決まった場所でやらないと罰金取られるんじゃなかったか?)

「罰金は取られないよ。あくまで露出度の高い衣装じゃなければね」

 クリスティの言葉に、有栖川は背筋が凍るのを感じた。考えていたことが見抜かれた。恐る恐るクリスティを見ると、こちらを見てほほ笑んでいた。

「ふふ。まったく君は分かりやすい男だ」

「そうかよ」

 見透かされている気がして、悪い気分になった有栖川はクリスティから離れて、車窓を眺めることにした。今はどこだかの山の辺りだ。

「君は何をしに行くんだい?」

「……」

「おっと別に言いたくないなら言わなくていいよ」

「自殺だよ。自殺」

 驚かせてやろうくらいの気持ちで有栖川は言ったのだが、クリスティは思いの外、驚いてはいなかった。むしろ興味深そうに「ほう」とか言っている。

「普通、もっと驚くよな。隣に座る奴が自殺しようとか言ってんだぜ」

「ああそうだった。’普通’はもっと驚くものだよね」

(普通は……?)

 だったら彼女は普通じゃないというのだろうか。いやまあ確かに普通ではない。有り得ない程の美人ではあるが、彼女が言う普通はそれとは違うように誠は思った。

 もっと概念的な、根本的な意味で。

 クリスティがまるで夕飯の献立を聞くくらいの気安さで聞いた。

「で、何で自殺するの? 恋煩い? それとも受験とか? でなければ虐め?」

 愉快そうに愉快でないことを言う彼女に有栖川は気味の悪さを感じた。

「そのどれでもねえよ。なんつうか、俺の人生に意味を持たせるためって言うか……」

「死んで花を咲かせる的なやつ?」

「それを目的に自殺する奴はいないだろ」

 そういうのは他人の為に死ねる奴の行動だと誠は内心でツッコんだ。

「そっか」

 それっきりクリスティは興味無さそうに視線を有栖川から車窓へと移した。有栖川の視点ではちょっと見る角度を変えるだけで、クリスティの端正な顔がはっきりと見えた。更に車窓を見る為に、クリスティと有栖川の間にあるひじ掛けを両手でつかんで、体を車窓側へと向けているため、彼女の服に守られた胸部が強調されていた。

(大きい)

 思考を頭から振り払い、有栖川は言い訳をするかのように彼女に聞いた。

「あんた……クリスティは、何をしに行くんだよ」

 こんな美人が一人で電車に乗っているのは珍しい。もしかしたら自分と目的を同じにしているかもしれない、有栖川はそう思った。

 クリスティは車窓側へ向けていた体を戻し、言った。

「私はね敵を倒しに行くんだよ」

 何の冗談かと有栖川は思った。だが、いつまで経ってもクリスティは「嘘だよ」とか「ドッキリ大成功」とかは言わなかった。それどころかこの敵を倒しに行くと言って以降、彼女の顔は少し険しいものになっていた。

「敵?」

「そうだよ」

 有栖川はけげんなカオをした。数十年前とかならいざ知らず、平和なこの2020年に敵なんているはずもなかろうに。そう言いたげな彼を見て、クリスティは笑った。

「君は知らないだろうけどね。敵は世界中にいるんだよ」

「何だよそりゃ。一人で冷戦でもしてんのかよ」

「ふふ。面白い例えだね」

「どこが面白いんだよ」

 クリスティは笑っていた。本当に楽しそうだった。

(変な女性(ひと)だな)

 彼女の言う敵が何者かは有栖川にはどうでもよかった。仮に敵が本当にいたとして、それは有栖川の敵ではない可能性が高いからだ。

(俺には関係のない話か)

「いいや。実は君にも意外と関係があったりして」

 クリスティはぼそりと呟いたが、有栖川には聞こえていなかった。

「君は死ぬんでしょ? だったらその命を有効に活用しようとかは思わない?」

「有効に……か」

 クリスティが有栖川に顔を近付けた。有栖川は頬を赤くして、仰け反ると頭が電車の壁にぶつかる。クリスティの顔が更に近付いてきた。

「お前……」

「死に花を咲かせられると思うよ?」

 吸い込まれるような瞳。まるで今自分が思っていることは全て見透かされている様なそんな気が有栖川はしていた。

(何だ。口が動かない。まるでこいつに縛り付けられているような気分だ……)

「……俺は別に……」

 有栖川が何かを答えようとした時、前の車両から悲鳴が鳴った。それと同時に連絡通路から大量の乗客がこっちへ向かって走ってきており、それにつられるように有栖川達がいる車両の乗客たちも、後ろの車両へと走って行った。電車内は阿鼻叫喚と化していた。

 それを有栖川はただ見ていた。そしてはっと気付くと、今が何か異常事態になっているのだということに気付いた。

「……?!」

 何があったのか、有栖川が席を立とうとした時、

「座ってて」

 クリスティに頭から抑えつけられ、有栖川は変な声が出た。

「ぐえ……って、何すんだよ!」

 クリスティの視線は完全に前方の車両の方向へとむけられていた。

「敵かもしれない」

「それあんたの妄想だろ!」

「妄想じゃないよ。君には私が誇大妄想狂に見えるの?」

「今のところは」

「だったら現実を見せてあげるよ。付いて来るといいさ」

 クリスティは普通に立ち上がると、そのまま何事もないかのように、前の車両へと歩いていく。それを有栖川は慌てて追いかける。

「おい、待てよ!」

 だが歩いているはずのクリスティに何故か追いつけない。有栖川が下を見ると、足が固まって動いていなかったことに気付いた。

(まさか怖気づいたってのかよ)

 有栖川は自分の太腿を殴りつけ、クリスティの後を追った。

 連絡通路の前に立ったクリスティは通路に落ちているものを拾った。それは何の変哲もない糸だった。だがクリスティはただの糸を親の仇のように見ている。そして何やらブツブツと呟いていた。

「その糸がどうかしたんだ? ここを走って行った誰かの服から抜け落ちたんじゃないのか?」

「違う。やっぱりこれはAGE能力者だ。気を付けた方がいいよ。ここから先は常識が通用しないから」

「AGE? 能力? 何を言ってるんだよ」

「そうだね。異能バトルの世界に紛れ込んだとでも思ってくれればいいよ」

「ちょっとは説明する努力をしてくれないんですか?!」

「そんな時間はない。ここでこうしてるのも敵に隙を見せてるだけなんだよ。大丈夫、戦うのは私がやるから。君はせいぜい後ろでナレーションしていてよ」

 そう言うや否やクリスティは歩いていく。危険だとか自分に言ったにしては迂闊もいいところだ、と有栖川は思った。

 連絡通路を通り、前方の車両に入った瞬間、有栖川が見たのは赤だった。車両の上から下まで、こっちからあっちまで、大量の血が車内を染めていた。あちこちにこびりついた肉の塊は誰かの体だったものなのだろう。何かでバラバラにされたのか座席の破片なんかも落ちている。惨劇の後だ。

「へぇ、こういうのを見ても吐かないんだ。感心感心」

「まあ……な」

 だが見ていて気持ちのいいものではない。それに有栖川の視線は今は血や肉片ではなく、その中で踊る一人の男に注がれていた。

「あははは。あははははははは」

 男は笑っていた。目を見開いて、血だらけの床の上でタップダンスを踊っている。

「あはははははははは。血だァァァァァァ。肉だァァァァァァァ」

「……」

 この世の物とは思えない光景に、有栖川は言葉を発することが出来なかった。だが有栖川の前に立つ、金髪の少女はそんな光景に全く動じていなかった。

「ねえお楽しみの所申し訳ないけど」

 クリスティを敵と認識したのか、又は衝動的なのか、男は落ちている座席の背もたれの部分を片手で掴むと、

「僕の邪魔をするなァァァァ!!!」

 それを振りかぶってクリスティへ向けて投げ飛ばした。背もたれは片手で投げられたとは思えないくらい、正確な軌道と速さで一直線にクリスティへと向かってきた。

「危ないぞ!」

 有栖川はほぼ無意識にクリスティの前に立とうとしたが、

「危ないのは君だ」

 クリスティに首根っこを掴まれて元の場所に戻された。掴まれた時に、来ていた服の首元が、有栖川の首を締めたので、えずいた。背もたれは途中で何かにぶつかることもなく、こちらへとやって来る。クリスティは回避しようというそぶりもない。

(危ないとかいいつつ、何やってんだコイツ!)

「げはははははははァ。死ねぇぇぇぇ!」

 一秒後にやって来るであろう、光景に有栖川は目を瞑った。音だけが鮮明に聞こえる状態で、彼が聞いたのこんな言葉だった。

「ちゃんと見ているといいよ」

 この綺麗な声はきっとクリスティのものだ。有栖川は恐る恐る目を開く。彼の目に映ったのは、投げられた背もたれがクリスティに当たることなく、粉みじんにされている所だった。

 クリスティの使う武器は、ワイヤーだ。彼女の手袋の第二関節の部分の取り付けられた小型のリングからワイヤーが放出される。ワイヤーは鋼線である。よく目を凝らさなければ一本一本を正確に見抜くことなど不可能。その上で、クロスシートの電車の背もたれをシュレッダーにかけたかのように粉々に出来るだけの切れ味を持つ。

「私、こう見えても結構強い方なんだよ」

 どうだ、と言わんばかりにクリスティが有栖川に対して胸を張る。彼女の大きな胸が強調されていた。

「……まさかそんな隠し玉があったなんて思わなかったぜ」

「手札は段々と出していきたいの。私ラスボス気質だから」

「つまり舐めプでいくという訳か?」

「いいや舐めプじゃない。適した敵には適した武器を使いたいだけ」

 もう一つ投げられた、今度は座席そのものも、全く振り返りもせずに、粉々にしてみせた。あの男も異常だが、クリスティも結構異常だったと有栖川は認識を改めた。

「あ、ああああああああ! お母さん!」

 突然(というかさっきからずっとな気もするのだが)、乱心した男がクリスティへ向かって走り出した。その速さは大体40代くらいに見える男のものとは思えないほどに速く、結構離れていた距離はすぐに詰められる。

「クリスティ……!」

 クリスティが男の速さに反応出来てないと思った有栖川は咄嗟に叫んだ。

「大丈夫」

 クリスティは一言だけ言いそして笑った。

「私こう見えて意外とやるタイプだよ」

「何をォ、笑っているんだァァァァ!」

 彼女に肉薄した男は拳を振りかぶる。クリスティは咄嗟にガードしようと、腕を動かそうとするが、腕は動かない。

「糸か……!」

「ははァ!」

 知らないうちに糸で絡めとられていたクリスティは、男の拳を受けて吹き飛んだ。

「うあっ!」

「クリスティ!」

 苦悶の声を上げるクリスティを見て、男は大仰にガッツポーズをしていた。

(もしかして投げてきた背もたれと座席か……やられた)

 宙を飛びながらもクリスティは、冷静だった。彼女はそのまま空中で体をくるりと回転させて、体勢を整え着地する。

「死ネェェェェェ!!!!」

 そして着地したところを狙ってやってきた男がまたも拳を振るう。クリスティは男へ片手を向ける。男の拳を片手だけで受け止めようとしていた。

「無駄ナことをォ」

「だろうね。でももう詰みだよ」

 クリスティがそう言うと、今度は男の動きが止まった。突き出された拳はクリスティには届いていない。男の体は何重にもワイヤーで巻かれていた。男の体が宙へ宙へと押し上げられる。両手を水平に固定されており、まるで磔にされた聖人の様だった。

「あ……あ……アア……お母さん」

「残念だけど、私は君のお母さんじゃない。それにその様子じゃもう手遅れみたいだから、せめて安らかに眠らせてあげるよ」

「おい! 何も殺さなくても……」

 有栖川が言い切る前に、クリスティは腕を振る。それを合図に男に巻かれていたワイヤーが一斉に動き出す。男の肉体がバラバラに切り裂かれ、いくつもの肉片が飛び散る。まるでトマトを潰したような赤が有栖川の視界に広がる。

「あ……」

 それはショッキングな映像だった。バラバラにされた肉がじゃない。そんなことをクリスティが自発的に行ったことがだ。何となく有栖川はクリスティに対して正義の味方の様なものを期待していた。それが裏切られたような気分になって一人で勝手に嫌な気になっていることに、有栖川は自分に対して憤りを感じていた。

「君のそれは正しいよ。有栖川誠君。これからも続けていってほしい」

「あ、ああ……そうか」

 大量の血の雨が降る中をクリスティは一滴の血も受けないまま、有栖川の方へ歩いていた。

(これが彼女の言っていた敵を倒しに行くってやつか……)

 圧倒的だった。死に花を咲かせると彼女は何度か言っていたが、殺して血の花を咲かせていた。そして有栖川は見ていた。血の雨の中、いくつも落ちていく肉の破片の中に、一つだけ白い糸を放出しているものがあったことを。

 そして伸びていく白い糸は、クリスティの心臓へと向けられていた。

「クリス!!」

 咄嗟に走っていた。クリスティは有栖川が何故焦っているのか分かっていない様だった。糸は刻一刻とクリスティの心臓へと向かっている。

「どけ!」

 有栖川はクリスティを突き飛ばした。

 血だらけの床の上に、クリスティが尻もちをつき、べとりとした血が手に付いておもむろに嫌そうな顔をした。

「っ?!」

 だがそれも心臓を貫かれ、右足を切断されている有栖川を見て、驚愕へと変わった。

「有栖川君?!」


「容態はどうだい?」

 有栖川の病室に、一人の闖入者がやってきた。肩までかかる丸みを帯びた金髪の少女だ。彼女は芝居がかった口調のまま、病室内をずんずん入り込んで来ていた。

「まあぼちぼち」

「ふむ、私が思っていたよりも再生が遅いようだけど」

「心臓潰されてたからな。そっち最優先で治した。足は後回しだ」

 これが有栖川誠の持つ特殊性。彼は不死身の体を持っていた。心臓を潰されようとも、右足を切断されようとも、その傍から再生をしていく。決して死なない体。これまで通算二百三十一回の自殺を行い、二百三十二回目は他殺で終わった。

「しかし何で俺が病室に入れられてるのかが謎なんだが」

 電車内で心臓を貫かれ右足を切断(他にも多数の重症)された有栖川はその場で失神した。倒れた彼をクリスティが担いで、動く電車からそのまま飛び降りたと彼女は言った。

(動く電車から、そのまま……?!)

 だがまあそれに驚いていても仕方がないと有栖川は考えるのをやめた。

 この病院はクリスティの知り合いの息がかかった場所らしく、クリスティが仕事で倒した敵や、有栖川みたいな被害者を人目につかないところで治療させるための部屋がいくつかある区画があるらしかった。

「ここなら誰も入ってこないと思うよ」

「そうか。それなら良かった」

 有栖川は被っていた毛布を取った。再生中の右足がそこにあった。

「切れた右足は回収してたけど、不要だったみたいだね」

「ああ。こうやって治ったら、切れた方は溶けていくから、ほっといていいぞ」

 有栖川の視線の先には、焼けるような音を立てている有栖川の切れた右足があった。切れた切断面がジュクジュクと泡立っている。

「うん。予想はしてたけどこれは結構キツイね」

「俺は結構慣れてきたぜ」

「まあ二百三十一回も死にかけてりゃそうだろうね」

「残念だが前ので一回増えてる」

 冗談めかして言った有栖川に対して、クリスティは呆れた様に笑った。

 ひとしきり笑った後、急にシリアスな顔になる。

「今回の件について君は聞かないの?」

「逆に聞いたら教えてくれるのか?」

「教えるよ」

「条件付きで?」

「……」

「考えんなよ。聞きたくなくなるだろ」

 誠は毛布を引っ張ろうとした。が、その手をクリスティは抑えた。

「電車で私が倒したあの男はねAGE能力者なんだよ」

 とクリスティは言った。

「エ、エイジ……?」

「そう。AGE能力者。人の常識を超えた特殊な能力を持つ人達。最近増えてるんだよああいうの。ネットとかで見ない? 変死とか怪死とか」

「特殊能力なんて存在するのかよ……ここは現実だぜ?」

 と誠は言ったが、クリスティはそんな誠を見て笑った。

「何がおかしいんだよ」

「君が不死身って時点で、何があってもおかしくないとは思わないんだね」

「……」

(そんなこと、何度だって思ったさ。おかしいのは俺だけじゃないなんて。だけどよ……)

 不毛な自殺を繰り返す中でクリスティと会って、そして今まで知りもしなかった世界を見せつけられて、しかも自分はあっち側だと言われている様に誠は感じていた。

「俺はこの体質になって、かなり苦労したんだ。それを同類がいるから万事OKってなるのは納得がいかねえよ」

 実の両親からは気味悪がられて捨てられた。治癒する体をいいことに同級生からは考えられないくらい痛めつけられたこともある。最悪の人生なのに、そこから降りることすら出来ない。誠は拳をきつく握った。その手をクリスティは上から被せるように包んだ。

「君も苦労してるんだね」

 それは誰からも言われたことのない言葉だった。むしろ傷が付かない体を便利扱いされることすらあったくらいだ。

(だけど、言われたかった言葉じゃねえ……よな)

 誠はクリスティの手を払った。

「俺はこの体のことに関しちゃ前よりは前向きに考えてるよ。だからそういう慰めはいらない」

「そっか。うん、それならいいんだ」

 クリスティはホッとしたように息を吐いた後言った。

「遠慮なく巻き込める」

「は?!」

 誠が反論しようと、口を開こうとしたが、クリスティの言葉に遮られる。

「電車で戦ったあの男みたいな悪事を働くAGE能力者を倒すのが私の仕事。君は私のビジネスパートナーとして一緒に付き合ってほしい」

 クリスティの言葉を、誠はよく理解できなかった。いや理解しようとしなかった。

「んー。そんな困った顔されても困るんだけど……。君なら即答で首を振ると私は見込んでるんだけど」

「飲み込みの良さを期待するなよ」

 クリスティはベッドの縁に手を置くと、誠に身を近付けた。

「で、君はどう? 私のビジネスパートナー。なってみない?」

「……」

 クリスは誠に手を差し出す。

 誠はその手を取るか取らないか考えた。

 本心からしたらこの提案には否を突きつけたいところだったが、誠の不死性に理解のあるクリスティと共に行動をするのは、自分の人生に何か新たな発見を出来るのではないか、そう誠は思った。

「一つ確認していいか? 俺の不死身って……」

「うん。AGE能力だよ。それに不死身っていう程、不死身でもないと私は見てる」

「どういうことだ?」

「君の能力は再生能力だよ。肉体が死なないんじゃなくて、死んだその瞬間には再生が始まっているって感じかな。だから体の再生が追いつかない程に滅多うちにされるか、再生を阻害するような能力でもない限り、君を殺すのは不可能だよ」

「……どっちにしろ、死ににくい体ってのは、変わらねえんだな」

 誠は反芻するように、自分に言い聞かせた。

 その上でクリスティの顔を見た。電車で横目に見た時にも、戦闘中に後ろから見た時にも思っていたが、正面から見るクリスティは本当に綺麗だった。

「俺はやめとくよ。あんなバトルを見せつけられて、ただ死なないだけの俺が入り込む余地はないと分かった。体張って戦うくらいならなんとかなるなんて思っていた俺がバカみたいに思えてきたよ」

 誠がそう言うと、クリスティは満足したのか、ベッドから降りた。

「君の答えが聞けて良かった」

 それだけ言って病室から出ようとしたが、扉に手をかける直前で、クリスティは立ち止まった。そして振り返る。

「そうだ。君、電車で私のこと変な呼び方で呼んだよね?」

「変って言うと……」

「クリスだとか」

 咄嗟に叫んでしまった記憶があったので、有栖川は頬を赤く染めた。そしてそこで今わの際にクリスティからも何か言われていたのを思い出した。

「ああ、あれは咄嗟で。悪い」

「でもいいよ。君は私をクリスと呼んでも。友達にはそう呼ばせてるんだ」

「へぇ、友達がいたのか」

「失礼な。私にだって友人くらいはいるよ。君と違ってね」

「俺は未だかつてぼっちだと自己申告した記憶は無いんですが?!」

「ふふ、じゃあねアリス。またいつか」

 クリスは手を振って、病室から出て行った。

「ああ」

 やがて右足の再生も終わった誠も病室を出る。クリスが既に手配していた看護師が誠を病院の出口まで送って行った。長い黒髪のぱっつんの女性だった。クリスの知り合いらしいが、彼女の友人の一人ということだろうか。

「この病院……宇都美市のだったのか。がっつり俺の住所知られてんじゃねえか」

 クリスは誠のことをどこまで知っているのだろうか。あれは偶然の出会いだと誠は思っているが、もしかしたら彼女は誠を狙い撃ちでやって来ていたのかもしれないなんて有り得ない妄想を誠は働かせていた。

 

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