逃げ旅

panda de pon

第1話 生きづらい

 ある朝出勤しようと、いつものように満員電車に揺られていた。


 夜型で起きれない高校一年の息子と格闘すること1時間、このままでは自分も遅刻してしまうと、諦めて家を出た 。

中高一貫校に通う息子は中だるみだろうか、此処のところ不規則な生活だ。そのため朝起きれられず、遅刻や欠席が続いている。その事で親子喧嘩が絶えない。

権利を主張する息子と、責任感を求める親。

同じ所を目指している筈なのに、平行線をたどっている。


 仕事も正直微妙だ。新しくやってきた上司はこの令和の時代にそぐわず、男尊女卑ときていた。この上司から、軽くパワハラを受けていた。

しかし、生活の為には働かざる得なかった。

頭を下げる度、愛想笑いをする度、大事な物を切り売りしている感じがしていた。

 

 連休み明けのこの朝はいつもより電車も混んでいた。連休明けは、いつも以上に疲弊感がある。息子も同じなのだろう。

だが、そろそろ自身の事を真剣に考えて欲しい。と昔の自分を棚に上げて思うのだから、親とは言う生き物は救い難い。

鞄の中が震えた。マナーモードのスマホだ。ふと見ると、息子の学校から電話だ。

慌てて最寄りの駅で下車し、折り返しの電話をした。


 担任の先生から、

「悠大君ですが、本日もまだ登校していません。このままだと、卒業も危ぶまれます。ご家庭でよく話あって明日は出席できるようにお願いします。」

と事務的な口調で連絡がきた。

「すみません、今日帰ったら息子と話して、明日は行かせるようにします。」

と言ってはみたが、きっと行かないだろう、と心の中で呟いた。

相手も本当に来て欲しいと思っているのだろうか?問うのも愚問か。


 実際に悠大も、もう高校生。立派な別人格だから子供の頃のように私の意見は反映されない。自分の意志の基でないと動かない。

私がいくら説得しようが、泣きつこうが、彼の意志があって初めて行動に移せるだ。そして致命的な事に、私は悠大を説得する自信も力もない。



 そういえば、次の電車が来ない事を不自然に思い始めた頃、構内にアナウンスがかかった。「人身事故により、列車が駅の手前で停車しております。ご迷惑お掛けして大変申し訳ありません。しばらくお待ち下さい。」

 さぁこれで、私も遅刻です。上司になんて言われるだろう。


 取り敢えず、会社に電話した。

思った通り、上司の怒鳴り声、

「連休明けなのに、何故もっと早目に家を出ないんだ。

意識が低いんだ、だから仕事もできない。」

ごもっともな意見で反論は出来ない。

謝る事しかできなかった。


 そして、気付くと反対方向のホームに立っていた。

自然と来た列車に乗った。

途中駅に停まる度、下車しようとするが一切足が動かなかった。

気が付けば、そこは終点。また来た列車に乗り、終点。

その間、何度もスマホが鞄の中で震えた。何度目か「鬱陶しい」電源を切った。


 列車に乗っている間、ずっと外を眺めていた。ふと気付けば空が赤く染まっていた。

私は我に返って、慌てて次の駅で下車した。

ホームのベンチに腰をかけ、恐る恐るスマホの電源を入れた。

鬼の様な着信履歴に恐怖を覚え、取りあえず画面を伏せた。

深呼吸をして、もう一度画面を見た。


 上司からの鬼の様な着信履歴に混じって悠大の着信履歴があった。

掛けようかと迷っていた時、悠大からの着信。

思わず、スワイプ。

「もしもし」

「母さん、どこ?家の留守電に会社の人からメッセージが入ってる。」

「今、どこだろう?あっ京都駅だ。」

「なんで、京都?」

「分かんない。気が付いてたら京都だった。」

「は?答えになってないし。で、いつ帰るの?」

「しばらく帰らない。」思わず口から出ていた。

「えっ!!」

「お母さんしばらく旅に出る。悠大も高校生だから一人で大丈夫でしょ。

お父さんにも言っておいて。しばらく旅に出るって。」

「いやいや、待ってよ母さん。どうすんだよ。洗濯は?誰が俺を起こすの?」

「そうねぇ、起きられないければ、留年するだけよ。悠大が。

今まであなたの為にと、頑張って戦ってきたけど。なんか頑張るベクトルが間違っていたと思うの。取りあえず、落ち着いたら連絡するわ。」

そう言って通話を終えた。


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