修学旅行①
バスの車中、うつらうつらしていたら窓からの強烈な日差しが眩しくて目を開ける。
今日は修学旅行当日。楽しみすぎてあまり眠れないベタな失敗をして、バスの揺れも加わり眠気が最高潮だ。
大きく欠伸をすると、隣に座る雪穂が優しく微笑む。
「私のことは気にせず、寝ちゃって良いからね~」
「ありがとう雪穂……」
雪穂の厚意に甘えて、しゃっと遮光カーテンを閉めてから再び目を閉じた。そうしていると、微かに咲良と美澄さんの話し声が聞こえてくる。
バスの席は基本班ごとで、私と雪穂の後ろに咲良と美澄さん。前には沙綾と遥香ちゃんが座っている。その前には遥香ちゃんの友達二人……
遥香ちゃんは、あれから少し変わった。肩の荷が降りたような、リラックスした雰囲気を纏うようになった。
もう一つ変わったことといえば……沙綾と遥香ちゃんは最近やけに仲が良くて、一緒にいるのをよく見かける。以前はそうでもなかったというか、二人でいるのを見たことがなかったから余計に何故なのか気になる。
そんなことを考えている間に眠ってしまい、気づいたときには京都の地にいた。
天気は良好。雪穂に起こしてもらい、バスから降りれば気持ちいいぐらいの太陽が照り付ける。思いきり伸びをするとバスでの数時間で眠気が解消されたのを感じた。
そこからはもう自由行動で、事前に班で決めた行きたい場所を回る。周りを見渡すと、もう既に複数人の塊がバスから離れた場所を歩いていた。
「菜瑠美と一緒、嬉しいな」
言いながら咲良が、腕が触れ合う距離まで近づいてくる。その瞬間、カシャッと音が聞こえてきた。音のした方を見ると、私達に向かって美澄さんがスマホを構えている。
私の視線に気づいた美澄さんは、いつもの冷静な口調で言った。
「あ、私のことは気にせず、どうぞお二人とも自然に過ごしていてください。修学旅行での私のミッション、東条さんと西ノ宮さんが一緒にいるところを撮ることなんです」
そう言われても、じっとスマホのレンズを向けられていると気になってしまう。
「えっと……何でそんなミッションをすることに……?」
「普段私が、お二人が一緒にいるところを見られるのって帰り際だけじゃないですか。だから、この機会にカメラで収めておこうと思いまして」
「いやでも――」
何で私達を撮ろうと思ったの、そう続けようとしたけれど美澄さんの勢いに遮られる。
「もちろんお二人にも共有するので、ご心配なく!」
美澄さんって、こんなキャラだっけ……?と思いつつ隣を見ると、咲良は私の肩に頭を載せて目を閉じていた。眠っているわけではなさそうだけど、相変わらずマイペースだ。
体を動かさずに他の班のメンバーはどうしているだろうかと視線を動かす。雪穂は一人地図をじっと見ていて、その側で沙綾と遥香ちゃんは相変わらず二人で話していた。
咲良と美澄さんと一緒に三人の元へ歩いて行くと、遥香ちゃんの友達二人も来て全員が集合する。
とはいえ、今日は二手に分かれて回る予定だ。
私は咲良、雪穂と美澄さんと比較的ゆったり過ごせる場所へ。沙綾と遥香ちゃん、新木さんと草川さんの四人は観光客も多く賑やかな場所メインで回る。
沙綾達と別れてから人混みを抜けて静かな通りを歩いていると、風鈴の音が鳴る涼やかな店があった。
中を覗くと和柄のハンカチやタオル、キーホルダーなどが並んでいる。雪穂と咲良は趣味が合うようで揃って吟味し始めた。私と美澄さんは二人とは違う箇所から見て回ることにする。
「ところで、東条さんは西ノ宮さんにいつ告白するんですか?」
咲良達との距離が遠くなってから、美澄さんは唐突に言う。驚いた私は何か言葉を発しようとして咳き込んでしまった。
「えっ、こっ……」
「西ノ宮さん、そういうことで自分から動くタイプではなさそうなので、東条さんから動かないと何も進展しませんよ」
何故気づいているんだろうとか、美澄さんの言い方だとまるで咲良も私のこと好きみたいだとか、色々突っ込みたいことはあった。でも、私から動かないと何も進展しないというのは、まさにその通りで疑問はどこかへいってしまった。
「本当に、その通りだよね……」
私が肩を落として言うと、美澄さんは下を向いて抑えつつもくすくすと笑っている。美澄さんが私の前で笑うのは初めてだ。
「東条さんって、素直というか……分かりやすいですね」
「そ、そうかな……?」
そんなやり取りをしていると、咲良がひょこっとやってきて不思議そうに美澄さんを見る。
「美澄が笑うの、珍しい。菜瑠美、どうやって笑わせたの?」
「えーっと……。私にも分からなくて」
まさかさっきのやり取りをそのまま咲良に伝えるわけにはいかない。助けを求めるように美澄さんを見ると、
「段々分かってきた気がします。……この間の雨の日もすごかったですし」
美澄さんは主語を言わず含みのある言い方をして、ただ私を見た。雨の日とは、きっと咲良が休んで私が美澄さんに事情を聞きに行った日のことだ。あの時の自分は咲良のことで頭がいっぱいで、すぐに走り出してしまった。改めて思い出すとなんだか恥ずかしい。
「仲良くなったみたいで良かった」
咲良は私と美澄さんを交互に見てから微笑むと、また雪穂のところへ戻っていった。
しばらくまた美澄さんと二人でゆっくり歩いていると猫のキーホルダーに目がとまる。私が咲良と出会えたのも猫……たろまるのおかげだ。何種類かあって、たろまるに一番似ている子を見つける。咲良、お揃い好きっぽいし二つ買っていこうかな。
「お揃い、いいですね」
「もしかして、美澄さん超能力者!?」
頭で考えていたことをそのまま美澄さんが口にして、思わず大袈裟な反応をしてしまう。そんな私とは対照的に美澄さんは表情一つ変えることなく冷静に言った。
「東条さん、穴が空くほどそのキーホルダーを見つめていたので、そうなんだろうなと」
「でも、それだけじゃお揃いって分からなくない……?」
「私、こういう勘は良いんです」
私が納得いかない表情を向けると、美澄さんはちょっと笑って「お互い買うものも決まったみたいですし、レジまで行きましょうか」と言った。気づけば、いつの間にか美澄さんの手には古風な柄の手ぬぐいがある。頷いて私はさっきまで見ていた猫のキーホルダーを二つ手に取った。
「これ、おばあちゃんへのお土産なんです」
歩きながら、美澄さんは優しい表情をして言う。その表情を見ていたらふと思ったことがあった。それをそのまま呟くように言ってみる。
「この言い方が合っているのか分からないけど、美澄さんが咲良の友達で良かったなあ」
「それを言うなら私も、西ノ宮さんと出会ったのが東条さんで良かったです」
美澄さんは立ち止まると私を見てから、まだゆっくり商品を眺めている咲良達の方を見た。私もなんとなく同じ方を見る。
「西ノ宮さんを任せられるのは、東条さんしかいませんからね」
そう言うと、また美澄さんはレジに向かって歩き出した。私はその言葉になんだか背中を押された気がして、この修学旅行の間にタイミングがあれば咲良に想いを告げようと思うのだった。
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