曖昧
休日が明けて、月曜日。沙綾に何を聞かれるのかとビクビクしながら午前の授業を過ごした。
昼休みになり、いつもの場所に三人で集まると、既に沙綾から聞いていたのか雪穂が残念そうにつぶやく。
「私も、菜瑠美ちゃんが気になっている子に会いたかったなぁ」
その声に反応して、沙綾が私を横目で見ながら言った。
「咲良ちゃんといた時の、菜瑠美のデレデレした顔、雪穂にも早く見てほしいなー。私達が見たことないぐらいとろけきってたから」
「忘れてって言ったのに……」
思い出したら恥ずかしさがぶり返してきて、お弁当箱を開く手を止め、顔を手で覆う。少し誇張し過ぎな気もするけど、咲良といるときの自分は明らかに様子がおかしいという自覚があるから何も言えない。
その間に沙綾は黙々と食べ続け、ゆっくり食べる私と雪穂よりいち早くお弁当を片付ける。そして、一呼吸置いてから言った。
「それにしても……菜瑠美、咲良ちゃんのこと好きなの?あ、好きって友達としてじゃないよ、恋愛の好きって意味ね」
予想もしていなかった言葉に、思わずむせる。咳き込む私に、雪穂は優しく背中をさすってくれた。落ち着いてから雪穂にお礼を言うと、沙綾に向き直る。
「ち、違うよ。だって私と咲良、女の子同士だよ……?」
「知ってる。でも、別にあり得ない話じゃないよ。好きに性別なんて関係ないんだし」
咲良に対する正体不明の初めての感情は、沙綾の言う通り、そういうことなのだろうか。私も別に、偏見があるわけでも抵抗があるわけでもない。ただ……未だに自分の気持ちが不明瞭というか、友達に対して感じる好きとの違いを見出せずにいた。
私が腑に落ちていないのを表情で悟ったのか、沙綾はトーンを明るくして言う。
「まあ、ただ憧れていた子に対しても異常な執着心持ってた菜瑠美だし、分かんなくなるのも無理ないよね~」
「って、それもしかして、遥香ちゃんのこと!?」
「遥香ちゃん以外に誰がいるのよ」
「同じ教室内に本人いるのに、やめてよー……」
「私は名前出さなかったのに、菜瑠美が勝手に名前出したんでしょうが」
次第にいつもの調子へ戻った私達に、雪穂が静かにクスッと笑った。それにつられて、私と沙綾も思わず笑い出す。
三人でいると、咲良といるときとはまた違う種類の心地良さがある。真面目な話をしても、重くなりすぎず、でもいつもお互いの力になろうとする。家と同じぐらい安心する場所だ。
その日も、私は咲良の家へお邪魔した。もう勝手知ったる動作で部屋に入るとたろまるの頭を撫でる。相変わらず、飼い主さんからの連絡は来ないようだった。
なんとなくそのままたろまると戯れていると、咲良は掃き出し窓から庭へ出る。そして、数歩進むとその場にそっとしゃがんだ。よく見てみると、そこには数羽の雀がいた。
普通なら、窓を開けた音の時点で逃げ出してしまうのではと首をかしげていると、視線の先にいた咲良がこちらを振り向く。目が合うと、微笑んでこちらに手を振る。その間も雀は静かにちょこちょこ咲良の周りを歩いていた。
咲良はどんなに近くにいても雀たちの側で動こうとはしなかった。私もなるべく音をたてないでいた。たろまるも、何故か私の隣で大人しく咲良の様子を見守っていた。静かな風の音だけが、私達の間を通り抜ける。
そうして、しばらく時間が経つと咲良はゆっくりと立ち上がった。それを合図にするかのように雀たちは一斉にどこかへ飛んでいく。雀たちを見送った後、咲良は部屋に戻りながら、
「みんな、いつもここに休憩しに来るの」
「咲良の家の庭、雀たちにとって居心地良い場所なんだね」
「そうなのかも」
そう言う咲良は嬉しそうで、改めて咲良にとって生き物と触れ合うことは特別なのだと思う。それに……咲良には、生き物たちを引き寄せる特別な何かがあるのかもしれない。私が何か一つでも物音を立てていれば、すぐにでも雀たちは飛んで行ってしまっただろう。
そんなことを考えながら、咲良がたろまるを撫でているのを見つめていると、不意に目が合う。そのままじーっと見つめられ、なんだろうとどぎまぎしつつも見つめ返した。
見つめ合った状態のまま、咲良はこちらまで近づいてくる。至近距離まで来ると、私の頭に手を伸ばし、そのまま撫でた。
「ん……?」
きょとんとする私に対して、咲良は少し不安そうな表情を浮かべる。
「菜瑠美も、こうしてほしいのかなと思って……違った?」
若干瞳が潤んでいるようにも見えた。本当はそうじゃないけど、否定はしたくない。
「いや、えっと……うん。してほしかった、かも」
思いの外曖昧な表現になってしまって、ちゃんと伝わったか不安になる。咲良の様子を窺えば、嬉しそうに表情をほころばせていた。
「……かわいい」
思わずそう呟いて、手が勝手に咲良の頭を撫でる。咲良の髪はさらさらで、艶があって、触り心地が良かった。
そのまま無意識のうちになで続けていると、咲良が微かに頭を動かす。もしかしたら嫌だったのかもしれない、そう思って手を止めると……咲良は予想外の反応をしていた。頬がほんの少し、赤くなっている。
「菜瑠美に撫でられるの、嬉しい」
はにかんでこちらを見る咲良を見ていると、ドキドキしているのが自分でも分かった。これって……でも、誰だってこんな表情を見せられたらドキドキしてしまう、よね……?
自問自答しながらも、しばらく咲良のその表情から目を離すことができなかった。
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