雨.1

 先生の話を聞きながらも、ちらっと窓の外に視線を移す。今日は朝からずっと雨が降っていた。そのせいで、昼間なのに日が暮れてしまったかと思うほど暗い。

 そして私には、一つ気がかりなことがあった。


「咲良、何かあったのかな……」


 体育館への移動中、私がため息をつくと沙綾は呆れたように私を見る。


「返信がこないだけなんでしょう?単に忙しかっただけなんじゃないの。そんなに気になるなら食べた後にでも様子見に行けばいいじゃん」


「……そうしてみる」


 咲良とは用がある時だけしか文章のやり取りはしないけれど、「おはよう」と「おやすみ」のスタンプは毎日必ず送り合っていた。それが、今日の日付になった瞬間、咲良からの返信が途絶えたのだ。

 沙綾からは大袈裟だと言われ、雪穂からは「きっと大丈夫だよ」なんて励まされたけれど、妙な胸騒ぎがずっと収まらなかった。

 食後、沙綾と雪穂に見送られ咲良のクラスの教室前まで行き、中の様子を窺う。目立たない程度に教室中見回しても咲良は見当たらなかった。

 学食で食べているにしても、もう戻ってきていてもおかしくない時間だ。やっぱり、何かあったのかな……。

 入り口に突っ立って、あれこれ被害妄想を繰り広げていると突然肩に手を置かれる。驚いて変な声を上げると、聞き覚えのある声がした。咲良の友達、美澄さんの声だ。


「東条さん」


「美澄さんか……ビックリした……」


 振り返るとほっと息をつく。


「驚かせてすみません。……西ノ宮さんのことですよね」


「う、うん。咲良、今日学校に来てる?」


 私が尋ねると、美澄さんは眉尻を下げると言った。


「来てません。ついでに、去年の同じ日付も学校に来ていませんでした。その日は連絡もつかなかったです。今日もですけど」


「去年も……だったんだ?」


「去年は、次の日には何事もなかったように登校してきていました。何故休んでいたのか、一日音信不通だったのか……気にはなりましたが、聞いてはいけないような、聞かれたくないような雰囲気だったので、私も何も知らないんです」


 言い終わると、美澄さんは下に向けていた視線を上げて私をまっすぐ見る。


「東条さんなら、知ることができると思いますよ。去年の今日、念のため西ノ宮さんの家まで行ってみたんです。ですが、インターホンを押しても応答無しでした。西ノ宮さん、出かけてはいないみたいだったのに。でも……東条さんだったら、きっと」


 そこで言葉を切った美澄さんと視線を交わすと、何が言いたいのか分かった。視線を逸らさないまま頷く。


「美澄さん、ありがとう!私、行ってくる」


 お礼を言い駆け出す私に、美澄さんの驚いたような声が後ろから聞こえてくる。


「えっ、あの、今からですか?まだ午後の授業が――」


「今のままじゃ、いてもたってもいられなくて授業の内容も入ってこないだろうから。だから、大丈夫」


 何が大丈夫なのか自分でも分からない。けど、いてもたってもいられないのは本当で。身体が、気持ちが勝手に動き出していた。

 自分の教室へ戻ると、通学鞄に必要なものだけ素早く詰め込む。


「沙綾、雪穂、私ちょっと用事あるから行ってくるね」


「え、ちょっと、菜瑠美!?」


「菜瑠美ちゃん、どこ行くの?」


 驚く沙綾達の声を背に、私は早歩きで廊下を進んだ。校舎を出てからは、はやる気持ちそのままに走り出す。後先考えず、こんなに衝動的に行動するのは初めてだ。

 嫌な予感と心配が混ざり合って、火事場の馬鹿力というやつなのか自分でも信じられないほどの速さで突き進む。雨は降り続けているけれど、濡れるのも気にならなかった。

 脳裏に過るのは、初めて出会ったときに見た、雨の中瞳が潤む咲良の表情。今の咲良は、あの表情よりさらに悲しい顔をしているのだと何故か確信を持っていた。だから、一刻も早く駆けつけたかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る