愛のキセキ

仲仁へび(旧:離久)

本編

ずっと貴方を利用していたし、見ていたから



01


 ミレイという男性には記憶がない。


 とある組織に捕まって、体中をいじくりまわされたその弊害だろう。


 しかし、不便はしていなかった。


 どこかの危ない組織に囚われていたミレイは、とある少女に助けられたからだ。

 その少女の名前は、パスカル。


 心優しい少女は、ミレイを保護し、何かと気にかけてくれる存在だった。


 そんな彼女が何かを頼むなら、断れるわけがない。


「ミレイさん、一緒に買い物に出かけましょう」

「わかった」

「お買い物メモです。今日は、この品物が必要ですね」


 救出された日からミレイは、シェルターという組織の一員となった。


 シェルターの構成員は多くない。


 だから、ミレイが加わってからあまり日数が経っていないとしても、どんな顔ぶれがいるかはだいたい思えてしまっていた。


「今日の町の雰囲気が暗いですね」


 買い出しに町を出れば、通りを行くかう人々はみな、景気の悪そうな顔。


 ミレイが住んでいる大国には、多くの者達がいる。


 しかし、異端認定された者達に住みかはない。


 だから、パスカルたちは、そんな者達を受け入れているのだ。


 パスカルたちも必然的に、異端認定されているが、具体的に何が異端であるのかはわかっていなかった。


 それでも、自分を助けてくれた者達だから、信じていようと決めていた。


「私達、シェルターみたいな組織がいくつかあるみたいですね。帝国は、組織探しにやっきになっているみたいです」

「軍服を着た連中が顔を殺気立っているな」

「皆さん、安全に日々を過ごせればいいんですけどね」






 少しは勉強しなければ。


 そう思ったミレイは、色々と歴史を調べた。


 機械神の加護を信じない人間は、人ではない。


 この世界には、特にミレイがいる国には、そんな常識がはびこっているらしい。


 人々は機械神を妄信し、従っていた。


 それはいっそ狂気的なほどだ。


 潜伏している異端組織が、仲間のふりをした味方に何度壊滅させられたか。


 そのニュースをしった時は、なんとも言えない気分になる。


 機械神が言うならば、彼らはどんな行動にも出るだろう。


 どんな秘密だって、軽々しく口にするだろう。


 それが例え、長年連れ添った友人に、刃を向けるような事でも。


 広場に向かったミレイ達は、人々に囲まれている青年の姿を遠くから眺める。

 青い髪の青年は、その場に集った多くの人達に笑みを向けていた。


 一見すると、平和な光景だが。


「パスカル、ルルは」

「遠くから見てますけど、相変わらずです。巫女となったルルさんは、以前よりいっそう冷たくみえました」


 ルル。

 それは、かつてのミレイ達の仲間だった。


 もはや過去系だ。


 機械神の加護とやらで、ある日唐突に巫女にされて、シェルターを出ていったきり帰らなくなった。


 そしてこのように、機械神の言葉を人々に告げている。


 洗脳でもされてしまったかのようだ。


 彼を元に戻したい、と考えているがどうすればよいのかミレイには分からなかった。


「前途多難だな」

「ですね。でも、それでもシェルターの活動は続けます。助けを求める人々がいるなら、私達はその手を掴みたい」


 パスカルたちの信念は強い。

 たとえ相手が強大であっても、彼女達の心が屈することはないのだろう。





02


 シェルターに帰ると、ロトという少女が待っていた。


「ん」と突き出された彼女に、買いだした荷物を分ける。


「調達あんがとさん」


 分担して、手早く品物を分けていった。


 当分の食料と生活品は手に入った。


 これで、一週間は危険な外に出ずにすむだろう。


 外に出ると気が休まらない。


 いつどこで、通りをいきかう「一見無害な一般人」に背中をさされるか気が気ではなかった。


「ここのところ、消える人間が多すぎる。出て言ったきり、戻らない。もう何人消えたんだ?」

「三人だね。面倒を見る人間が少なくなって、助かる。なんて思ったりしないよ。ボク達、彼らの心の安寧に協力できたのかな」


 機械神に歯向かった者達は、数週間でなぜか突然消えてしまう。


 組織からふらっと離れて、忽然と。


 例外はある。


 消えない者はいつまでたっても消えないのだ。


 だが、そうである者とそうでない者にある違いは分からない。


 けれど、表に出ていたら数日で捕まってしまう。


 シェルターは気休めだが、それでもわずかな救いになっているのだろうか。


 そう思っていたい、が。


 パスカルが口を開いた。


 その言葉は、仲間を案じるものだ。


「大丈夫ですよ。今までの事は無駄なんかじゃありません。ロトさんの優しさは、きっと皆さんに届いてますから」

「だといいけどね」


 肩をすくめるロト。

 彼女はさっそく、購入した生活用品などをメンバーに配りにいった。


 俺達は、彼等の消失を食い止めるための情報が何もない。

 はがゆかった。


 唯一といってよい手掛かりは、パスカルやロトなどの一部の人間が消えない事くらい。


 ここで保護している人達より、ずっと長い間機械神に反抗している者達がなぜ消えないのか。


 その理由さえ、分かれば。消失は食い止められるはず。


 考え込んでいると、パスカルが声をかけてきた。


「あまり考え込んでいては疲れてしまいますよ。一休みです。お茶にしましょう」


 そして、眉間にしわを寄せているところを、ゆびでついて笑う。


「暗い顔をしていたって、しょうがないですから」

「そうだな」


 少しだけ、力が抜けた。






 地下にある組織、シェルターの内部には、運動不足にならないようにちょっとした運動場がある。


 陽の光も、風もない建物の中だ。じっとしているばかりでは心の病気にかかってしまう。


 だから、思う存分体を動かせるように、と用意されていたのだった。


 運動のための道具も、色々とあった。


 パスカルはスフレと一緒に遊んでいるようだ。

 同年代の少女だ。


 彼女と一番仲の良い同性の人間。


 スフレもこのシェルターを運営している人間。

 古いメンバーの一人だ。


「行きますよ、パスカルさん」

「がってんしょーちです」


 スフレにボールをなげてもらって、パスカルがそれをおいかけてる。


 犬のようだった。


 普段はしっかりしているのに、遊びとなると途端に子供っぽくなるのが不思議だった。


 案外あれがパスカルの素なのかもしれない。


 しばらく、ジョギングしながら体力作りをしていると、突然シェルターの明かりが落ちた。


 そして、真っ赤な非常灯がともる。


 血のような色が闇を染め上げている。


 警報音も鳴り響いた。


 すぐに、焦った様子のロトがやってきた。


「ここは放棄! 荷物をまとめて、逃げなくちゃ! 帝国の奴らがもうすぐここに!」


 どうやら、敵に嗅ぎつけられたようだ。


 俺達は、慌てて荷物をまとめて、シェルターを逃げ出さざるをえなかった。






 いざという時のための、脱出経路はわる。


 用意されていた。地下通路を駆けていた。


 その最中、しんがりをまかされたのは、俺とロトだった。


 俺達は並んで走る。


 俺は護身術として銃のたしなみがあるし、ロトは体術が得意だ。

 戦闘になっても、きりぬけられる可能性が高い。


「じゃあ、気を付けてくださいね」


 パスカルがそう言って、人々の前に立って、先導役をかってでる。


 俺は、その様を後ろで見守り、追ってくる人間がいないか警戒していた。


 誰一人として死なせはしない。

 そう決意しながら。


 長い通路を走っていると、ロトが話しかけてきた。


「ねぇ、いつまで続くと思う? この生活」

「俺には分からない」

「だよね。新入りだし。でもだから、あんたがいなくなっても、他の人間のダメージが少なくすむ」


 その瞬間俺は、ロトに顎をなぐられて、突き飛ばされた。

 頭がぐらぐらして、すぐには起き上がれない。


「悪く思わないで、新入りと他のメンバーを天秤にかけただけ。生き残る確率が高い方を選んだだけ」


 俺を置いて、ロトは駆け出していく。


 つまり俺は、ライオンの前に差し出された餌というわけだ。


 手寧に身動きを封じて。これだ。


 仲間だと思っていたのは、ミレイだけだった。


 背後から無数の足音が迫ってくる。


 俺は今日、死ぬのだろうか?


 裏切られた気持ちが胸を満たす。絶望の感情で頭がいっぱいになった。


 ロトの事は仲間だと思っていた。


 信じていたのに。






03


 許せない。

 

 何で裏切った。


 仲間じゃなかったのか。


 感情の奔流に身をまかせて、どれだけの時間が経っただろう。

 目が覚めたら、そこに見慣れた顔があった。


 ルルだ。


 見慣れた顔がじっとこちらを眺めていた。


 ミレイの体は、鎖につながれて牢獄に入れられていた。


「どうして」


 時間をかけて、気絶する前の出来事を思い出す。


 ロトに裏切られて、そして捕まったのだったか。


 確か、追いつかれた帝国軍人に負けて、頭を殴られて気絶したのだ。


 殺されるのだろうか?


 ルルは、貴族がきるような服を着て、俺の前に立っていた。


 前はそんなじゃなかった。


 もっと素朴な服をきていた。


 ルルは、じっと物でも観察するかのようにこちらを見つづけている。


 その目線も違う。


 以前はもっと、穏やかな視線をしていた。


 鉄格子をはさんで向かい合う。


「機械神に頭をたれるなら、罪を許そう。どうだ? 知り合いのよしみで、特別にチャンスをやろう」


 俺は、嘘をついた。


 どこかで隙を見つけなければならない。


「分かった。お前の言う通りにする。だからここから出してくれ」


 本当のことを言ったって、意味がない。


 言いなりになったふりをしなければ。


 そして、なんとしても戻る。


 あの場所へ。


 すると、ルルは鍵束を懐からだして、牢屋をあけた。


 体を拘束していた鎖も外す。


「ついてこい」


 選択できるものは少ない。


 しかもこの状況では必然的に、一択だ。ルルについていくしかなかった。






 つれていかれたのは、どこかの広い部屋。


 天井が高い。


 円形の部屋の中には、見た事が無い巨大な人型の何かがあった。


 それは、機械、なのだろうか。


「この方が機械神だ。前に進んで、その体に触れて、恭順の意を示せば、罪を許してもらえる」


 何の罪だ。


 異端である事、機械神の言葉をうのみにしなかった事が罪になるのか。


 知識が乏しいままに、自覚のない罪を押し付けられても戸惑うしかない。


 何がなんだか分からず、前に進んで、その機械にふれた。


 そこには、ごてごてしていて、思わず手をはなしたくなるほどの熱があった。


「俺は、機械神に」


 従う。

 そう忠誠の言葉を放とうとした瞬間、何かが頭の中に侵入してくるようだった。


 したがえ。

 したがえ。

 したがえ。


 優先しろ。

 全てを振り払え。

 考えるな。


 頭の中を、無数の言葉が埋め尽くしていく。


 俺は立っていられなくなった。


「何をしているんだ。立て、続けろ」


 急かされる。けれど、俺はもうそれに触れる勇気はなかった。


 ずっとあれに触れ続けていたら、自分が自分でなくなってしまうような気持ちがしたからだ。


 俺は、後先も考えずその場から逃げ出した。


「罪人が逃げたぞ、捕まえろ!」






 多くの兵士達に追いかけられた。

 だが、運が良かったのだろう。

 何とか逃げる事ができた。

 どこをどやって切り抜けたのか、まるで覚えはないが。


 とにかくシェルターの者達と合流しなければならない。


 事前に聞いていた待ち合わせ場所へ向かう。


 メンバーがはぐれた際に、訪れる場所だ。

 あらかじめ有事の際に行動するパターンのいくつかが決められていたから、それに従う。


 すると、そこには。


「ミレイさん、無事でよかったです。怪我はないですか」

「ああ、幸運な事に。それよりロトは、いないのか?」

「それは」


 パスカルは言葉をためらった。

 それは当然のことだったのだろう。


「ミレイさん、ロトさんは、死んでしまいました」


 怒りの持っていき場を失ってしまった。


 次に会ったら殴ってやろうと思っていたのに。






04



 シェルターから逃走する時、少なからずの被害が出てしまったらしい。


 メンバーがさらに少なくなった。


 ロトは、結局追いつかれてしまったのだ。

 そして帝国の連中に殺された。


 俺とロト。二人が力を合わせたら、守りきれたかもしれなかったのに。


 それでも、最後まで戦ったらしい。


「ロトさんが頑張ってくれなかったら、死んでいた人もいたと思います」


 皆を守りたいという思いは、ロトの愛情は本物だったのだ。


 ただ、そこにミレイが含まれていなかっただけで。


「きっとロトさん、ミレイさんの事が心配だったんですね。普段ならしないようなミスを戦闘中にしていたと聞きます」


 複雑な思いだった。


 どうしてミレイを守るべき仲間の中にいれてくれなかったのか。


 どうすれば、ミレイの仲間になれていたのか。


 答えは永遠に分からない。


 ミレイは、簡単に切り捨てられるほど、未だよそ者だったというのか。


「これから、私達は国を出ていこうと思います」


 今後の事を相談して、中立国へ向かう事になった。


 大国の周辺には、たくさんの小国がある。


 そのどれもが戦争していたが、珍しいことにどことも戦争していない国があったのだ。


 ミレイ達は、そこへ向かう事になった。


 中立といっても、噂。

 確証はない。


 けれど。立ち止まる事はあってはならない。

 消えいった者達のためにも。

 確実に、平穏を得られるかどうかもわからずに、足を進めていく。







 旅の基本は野宿だ。


 小さな町に入って宿をとる事も考えたが、そういったところではよそ者は目立つ。


 主要街道でも同じく。


 けれど、旅人や商人ががよく通る、中継地点での野宿ならば危険性はそれほどでもない。


 細々とした道を通り、めったに人が寄り付かないような町や村に入る事はすくなくなかった。






「魔物が来たぞ!」

「武器をとれ!」


 人の生活圏から離れたところで野宿する事は、危険が多い。


 魔物に襲われたり、野盗に襲われたりするからだ。


 今日も。


「ぐはっ」


「ぐわっ」


「これで全部か。もう隠れている連中はいないな」


 俺達に襲いかかろうとしていた盗賊を撃退した。


 良い事と言えば、空が綺麗な事くらいか。


 大国にいた時と違って、人が少ない場所は空気が澄んでいるからか、空が綺麗だ。


 夜空の星月は、宝石のようだった。


「見張り、ごくろうさまです」

「パスカルか」


 盗賊や魔物に襲われないように、見張りをしていると、交代の時間がきたようだ。


 パスカルが飲み物をもって、やってきた。


「星、綺麗ですね」

「そうだな」

「月も綺麗です」

「田舎だしな」


 しばらく何の会話もなく二人で、夜空を眺めていた。


 静かな時間だったが、どこか心地が良かった。


「景色が良いのは不幸中の幸いです。暗い顔をしてたら、気分も暗くなってしまいます。だから、楽しいことをみつけていきましょう」

「その通りだ」

「私やロトさん、スフレさん達は、こうなる前はただの赤の他人でした。でも、色々あって困難があったから、こうして知り合えて、仲良くなってるんです」

「そうなのか」

「だから、それは大切にしないと」

「確かにな」


 不幸な事ばかりではない。

 ミレイだって、大変な目に逢った。

 それは真実だ。


 けれど、こうした時間に幸せを感じているのも、本当の事だった。


 叶うならば、ずっとこんな時間が続けば。


 心の底からそう思う。


 けれど、水を汲んだ近くの井戸から毒が検出された。


 仲間の数人達がそれで倒れて、夜はつきっきりの看病になった。


 幸い死ぬことにはならかったものの、俺達の間には深い疑心が渦巻いていた。


 現地で食料や飲み物を調達する際は、より慎重にならざるを得なくなった。


 そんな事が重なって、少しずつ疲労が積み重なっていく。






 ある日の晩。


 今日も野宿だった。


 今夜はミレイが夜の見張りをする事になっていた。


 けれど、運が良いのか魔物も野盗も、あまり来なかったのが救いだ。

 

 交代の時間がやってきたので、次の人間を起こして、ミレイは寝袋にもどった。


 肩を叩いて起こす時にはっとして構えられるのはもはや日常だ。


 そのたびにミレイは、なんとも言えない気持ちになる。


 一度ならずに共捕まった事のあるミレイは、疑心の矛先としては良い的だった。


 けれど、そんな嫌な感情は続かない。目をつむると、すぐに睡魔が押し寄せてきた。


 夢の世界が穏やかにミレイを包むこむ。


「――です」


 そのまま眠っていれば、幸せだっただろうか。

 非情な現実を知らずに済んだのだろうか。


 人の気配がして、俺は目を覚ました。


 結局は俺も仲間を疑っていたのだと思い知らせられる。


 何をしにきたのかと思い瞼をあけると、そこにナイフを手にしたスフレがいた。


「何のつもりだ」

「あなたのせいです。全部あなたのせいなんです。そう思わないとやってられません」


 スフレは右手を怪我している。

 今朝、害獣におそわれたからだ。


 今は、慣れない左手で、ナイフを握っていた。


「あなたという人間が来たから、シェルターを放棄しなければならかったんです。ロトさんも死ななければならなかったんです。他の仲間達も、被害を。大体つかまったのに、何で逃げられているんですか、帝国はそんなにやわじゃありません、あなたは普通の人間じゃありませんよ、あやしすぎます。だから、私が皆を守らないと」


 スフレがナイフを振り下ろした。


 俺は間一髪でそれをよける。


「誤解だ。俺は何もしていない」

「いくらだって言えばいいんですよ。どうせ嘘なんですから」


 ミレイの事を信じてくれるようすはないようだった。


 ミレイは、スフレを気絶させうようとした。

 

 しかし、躊躇いのないスフレの行動は素早かった。


 つかみかかって、もみ合いになる。


 そしてその拍子に。


「あ」


 吐息がもれる。


 なれない手でナイフなんて持つからそうなる可能性は高かったのだろう。


 ナイフが、スフレの胸に刺さっていた。


「しっかりしろ。すぐに手当を」


 すぐにナイフを引き抜いて、人を呼ぼうとした。


 しかし。


「死ぬのはあなたもです」


 ミレイが放ったナイフを、スフレが拾う。


 自分の体を気付付けたナイフをためらいもなく持ち、敵意のこもった目でこちらを睨みつける。


「もう、限界なんです。疫病神。皆さん。あなたなんか助けなければよかった」


 そして、彼女はこちらにナイフを振りかぶろうとして。


 がりっ。


 背後からしのびよっていた魔物に頭を食われていた。


 血の匂いで、寄ってきたのだろう。


 魔物は、スフレの頭をくわえたまま、餌を確保しようと後退。


 ずるずるずる。


 血の跡を地面につけながら。


 助けなければ。


 そう思うのだが、体が動かない。


 このまま死ぬのは自業自得だと、そう思っていたからだ。


 全てが手遅れになってから、報告すればいい。


 魔物と戦ったけれど、油断したスフレが死んだのだと。


 けれど、そんな展開は運命が許さない。


「何かあったんです。そんな、スフレさん」


 パスカルがやってきた。

 

 スフレが闇へと消えていく。


「パスカル、見るな」


 彼女は聡明だ。


 ミレイがためらって踏みとどまってしまった事を見抜いてしまう。


「どうして、助けてくれなかったんですか?」

「違う、俺は」

「私が気づいてから、貴方に声をかけるまで一秒ありましたよ」

「っ!」

「こんなの、嘘です。そんなっ、いやぁぁぁ! スフレさんを助けないと!」

「待て、危険だ」

「止めないでください。見捨てた人が」


 俺は何も言い返せなかった。


 パスカルが闇の中へ消えていくのを見送ってしまってから、慌てて追いかけた。






05



 翌朝。


 シェルターの空気は最悪だった。


 ミレイとスフレの口論を、ミレイとパスカルのやりとりを聞いていた者達は、予想以上に多かったようだ。


 ミレイのせいでこんな事になった、という感情をぶつけられる。


 針のむしろなんて表現はなまやさしい。


 息の出来ない真空に放り込まれたような気持ちだった。


 そんな中、ようやくミレイ達は中立国へたどり着いた。


 長かった。


 これで、平穏を手に入れる事ができる。


 それで、組織の空気は少しだけ和らいだ。


 時間があれば、ミレイのことも受け入れてくれるはず。

 頑張り続ければ、失われた信頼は挽回できる。


 その時のミレイは、無邪気にもそう思っていた。


 けれど、運命はどこまでも非情だった。







「国がない」


 中立と言われていた国。


 様々な人間に寛容だと言われていたその国は、ただの廃墟の集合体になっていた。


 いつからそうなっていたのだろう。


 大国を出る時は、確かにあったはずだ。


 けれど、ミレイ達がたどり着くまでに、何かがあったのだ。


 町や村に立ち寄る回数を少なくしていたから、情報を得られなかった。

 それがあだとなった。


「これからどうすればいいんでしょう」


 柄にもなく、パスカルの口から弱音がこぼれた。


 いつでも前向きだった彼女がそうなると、他の者達もその空気に引きずられてしまう。


 よくない兆候だ。


 けれど、その肩に触れる権利は今のミレイにはない。


 何か言葉をかける権利も。


 雰囲気は最悪だった。


 やがて、仲間達はこうなった原因を探し始める。


「何でこんな事になったんだ」

「一体、どこで間違えた」

「そもそも、おかしかったんだ」


 実際にそうであるかどうかなど関係なかった。


 真実を差し置いて、都合の良いまやかしが勝ち始めた。


 彼らは、己で原因を作り始めていた。


「あいつさえ、いなければ」

「あいつが来てからだ」

「いなくなれば、すこしはせいせいするはずだ」


 やがて彼らは俺を取り囲んで罵倒し始めた。


 嫌悪の目。

 嫌悪の言葉。

 嫌悪の空気が、ミレイの体をなぶりつづける。


「違う。俺のせいじゃない。信じてくれ」


 救いを求めるようにパスカルに視線をうつすけれど、その感情をうけとってはもらえない。


 彼女は目をそらした。


 どうしてこうなった。

 それはミレイの方が知りたい。


「よくやってくれた。愚かな囮」


 けれどその場に、ルルと兵隊がやってきたか。


 大勢の軍人がどこからともなく現れる。


 そいつらは、俺達を取り囲んだ。


「なんで、ここに」

「機械神に一瞬でも触れたなら、管理は容易だ。いつでもお前を見る事ができる。泳がせておいて正解だったな。まとめてネズミを駆除できるのだから」


 その瞬間に、悟った。

 あの場から逃げ出せたのは、実力と運じゃなかったのだと。


 ただ、泳がされていただけだったのだと。


 なら、ミレイのせいで、この窮地は生み出された?


 厄介者というのは、あながち間違いではなかったのだ。


 膝をつきそうになった。


 けれど、それでも。


 パスカルが俺達の前に出る。


「逃げて下さい。生き延びてください。一秒でも長く。たとえ何もかもが思い通りにならなかったとしても、心だけは屈してはだめです」


 彼女は、どんな状況でも真っすぐで、力強い。


 パスカルは、まさしく絶望の中に輝く希望だった。


 非情な運命を照らす存在。


 それを聞いた者達は、逃げなかった。


 パルカルを守るように前に出る。


「みなさん」


 俺も前にでなければ。


 彼らと同じ仲間でいるために。


 だけど。


「あんたはだめだ」


 つきとばされた。


 尻もちをつく。


 どこまでいっても俺は例外なのだと、同じ立場には立てやしないのだと。そう示される。


 拒絶されたのだ。


 目の前には固いきずながあった。


 でも、ミレイだけはどうやっても、その絆には触れられない。


 関われない。


 何があっても、お前は敵だと、彼らの瞳が言っていた。


 ルルは、兵士達をけしかける。


「やれ」


 兵士達が襲い掛かってきた。


 パスカルたちは、なすすべもなく倒されていった。


 害虫のように駆除されていった。


 それでもみな、気高い戦士のように満足して逝っていった。


 残された俺だけを置き去りにして。


 血に倒れたパスカルの顔が見られない。


 皆の顔が見られない。


 一人生き残った俺に、ルルが手を差し伸べていた。


「来るか?」


 今、ここで彼の手を払いのければ、俺はシェルターの仲間になれるだろうか。


 いや、死んでも無理だ。


 なら、もう頑張らなくていいのではないだろうか。


 甘い囁きが、俺の心を蝕んでいく。


 最後の一線を、踏み越えさせようとしてく。


 何も考えずにいたミレイは、その手を掴もうとした。


 その指先に触れた。


 けれど、


「まあ、お前の記憶を吹き飛ばしたのは俺だがな」


 俺は、全ての元凶に対して、銃を向けた。


「貴様のせいでっ!」


 だがそれより早く、殺される方が早かった。


 敵の数が多すぎた。


 殴られて蹴られて、ぼこぼこにされた。


 倒れて血が流れる。


 ルル達は、もう興味はないとばかりにその場を後にしていった。


 何もない。


 やがて死ぬ俺以外、ここには何も。


(あなたは力尽きた)


(大きな無念と屈辱と悔恨を胸に)


(あなたは裏切りを受け続けた)


(多くの親しい人から、愛の裏切りを)


(あなただけは愛をもらえなかった)


(かわいそうなあなた。でもそんなあなたを私は)


(そんなあなたをずっと見守っていた私は)





「愛してますよ、ミレイさん」


 何もない荒野で立ち上がった少女は、遠くで待つルルに合流した。




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