HERO License

1HERO 『俺VS見習い天使』

『HERO』…。それは、強く正しくカッコいい憧れの存在。子供の頃、テレビで毎週欠かさず見ていた特撮モノが大好きだった。あんな風になれたら…なんて。


「御社に就職を希望した理由は、最先端のテクノロジー技術を活用した製品を次々と生み出しており、業界のリーディングカンパニーである点に魅力を感じ、私もその一翼を担いたいと思ったからです。」

「なるほど。そうですか…。では、具体的にどの製品にどういった魅力を感じますか?」

「えっ…そ、そうですね…。」

「…はい。わかりました。結果は後日メールでご案内しますので。」

「わかりました…。本日はありがとうございました。」


俺は、佐伯緋色(ひいろ)。都内の大学四年。ただいま就職活動真っ只中だ。周りの友達は内定が出てるなか、俺ときたら二十連敗。おそらく今日の会社を合わせて二十一連敗確定だろう。肩を落として歩いていると、大学の仲間に出くわした。


「おいっ!緋色!スーツ姿ってことは面接帰りなのか?」

「そーだよ!わりぃか!」

「悪くわねぇけど、その様子だとまた敗戦って感じか!名前は『ヒーロー』みたいでカッコいいんだけどなっ!」

「うるせー!」

「まっ、頑張れよ!俺は落ち着いたから、ちょっと遊んでくるわ!」


そう言い残すと、そいつは走り去っていった。


(ヒーロー…ねぇ)


俺の名前については、子供の頃から冷やかされてきた。よく名前負けとか言われる。けど、特撮モノは好きでよくテレビにかぶりついて観ていた。悪いヤツをやっつける正義のヒーローってのに憧れてた。今の俺からは程遠い。時計を見ると、まだ十一時。昼にはまだ少し早いし、少し散歩をすることにした。何も考えずにボーっと歩く。どのくらい時間が経ったか覚えていない。梅雨明けしたばかりで気温も高く蒸していた。スーツのジャケットを脱ぎ、汗を拭いてワイシャツを捲る。ふと我に返るとあまり来たことがない場所にいることに気づいた。辺りを見回すと、路地の奥に何か建物があった。


「なんだ…あれ?」


なぜだか気になり、路地に入ってみた。そこにあったのは、今時珍しい映画館だ。シネコンが主流の時代に潰れずに営業している。ラインナップをチェックしてみると、観たことがない特撮モノが上映している。これから特にすることもないし、喉も渇いていたから入ってみることにした。

中に入ると、子供の頃に行った田舎にあったような映画館だった。俺の他に客は…いない。大丈夫か、これ?と思いつつチケット売場に向かう。


「すみませーん。」


誰も出てこない。


「あのー、すみませーん!。」


そうすると、奥から中年の男の従業員が出てきた。


「ごめん。ごめん。ちょっと荷物整理しててね。」

「はぁ、そうですか。…あの大人一枚お願いします。」

「はい!大人一枚ね!お兄ちゃん、特撮モノとかヒーローは好きかい?」


男は笑いかけながら聞いてきた。


「そう…ですね。」

「だよねー!あんたわかってるねぇー!」


俺の肩を叩きながら、男は楽しそうにしていた。


「うちの映画は最高だから、ゆっくり観ていってよ!はっはっはっ!あっ、これ入場者特典ね!」


勢いに押されながらチケットと入場者特典らしきカードをもらう。もちろん愛想笑いをしながらだが…。

自販機でジュースとポテトチップスを買い、中に入る。…誰もいない。この状態でよく潰れずにやってるなと思いつつ一番見易いど真ん中の席に座る。間もなくすると場内が暗くなった。


冒頭、ヒロインらしき美少女が息を切らして走っている。誰だこれ?こんな女優いたか?それなりにテレビは観ているが見覚えはない。けど、かわいいことは間違いない。内容は、よくある五人組の特撮だった。悪の組織と戦うってやつ。これまた見覚えがない。けど、王道的な内容で普通に観ていられる。物語は進み、お決まりパターンでみんな敵にやられてしまう。


「さぁ、お前たちもここまでだ!」

「まだ私たちは負けない!彼がいるわ!」


ヒロインの迫真の演技。芝居がとても上手く、もっと売れててもいい感じがした。


「クククっ!もう望みはないのだ!覚悟しろー!」

「うわぁぁー!」


敵の一撃でスクリーンが眩しく光る。あまりにも強い光で目を手で覆った。そして、目をゆっくり開ける。


(ちょっと…なんだこれ?)


目の前のスクリーンがテレビの砂嵐のようになっていて何も写っていない。トラブルかと思い、辺りを見回す。


「すみませーん!何も流れてないんですけどー!」


座席を立ち、大声で訴えてみる。何の反応もない。


(なんだよ!故障かよ!)


そう思い、帰る支度をするために一旦座席に座った。ふぅっとため息をついたその時、急に誰かに手を掴まれて、そのまま引っ張られ、映画館から連れ出された。


「えっ!ちょっと!何!?」


だいたい五百メートルくらい全速力で走らされた。


「はぁ…はぁ…もう大丈夫…ね。」

「ちょっと…はぁ…はぁ…何なんだよ!急に…はぁ…はぁ…」


むせながら汗をふき顔をあげた。そこには、女の子の後ろ姿があった。そして、その服装。なんだか見た記憶が…。


「お前っ!さっきの映画のっ!?」

「そうよ。ちょっとそこの喫茶店で休みましょう…もう限界…。」


そう言うと、俺たち二人は喫茶店に入ってアイスコーヒーを注文した。


「あー!美味しいっ!ヒイロ、飲まないの?」

「いや、飲むけど…。ところで、あんた誰?なんで俺を引っ張ってきたんだよっ!」

「私は『リズ』。あなた、危なかったのよ!お礼を言って欲しいわよ!まったく!」

「お礼って…危なかったって何なんだよ。訳がわからねぇ。…って、今、俺の名前言った!?」

「うん!ヒイロでしょ?」

「そう!緋色!って、なんで知ってるんだよ!」

「だって私、天使だから!って言っても、まだ見習いだけどね!」


俺は、自分の耳を疑った。天使ってあの?頭に輪っかがあって、背中に羽があって、弓みたいなの持ってる…あの天使?この女は、俗に言うヤバいヤツ…なのか?


「あのね…あんた。俺をバカにしてる?」

「『あんた』じゃないよ!『リズ』だよ!」

「わかった。…んじゃ、リズ。なんで天使が俺の前にいるの!そもそも、天使って証拠はっ?輪っかは?羽はっ?」

「あー!それねっ!この世界では、一応、見えないようになってるんだ。本当はあるよ!ほらっ、こことここに。」


リズは頭と背中を指差している。


「…俺、帰るわ…。明日も大学あるし。」


正直、付き合ってられない。不採用が続いてストレスで頭がおかしくなったのか。自分は天使だ!なんて女の子と会話してるなんて。


「ちょっと!ヒイロ!」


喫茶店から出ようとドアノブに手をやる。…開かない。何度試してみてもドアは開かなかった。リズの方を見ると、私はわかってたとばかりに頷いている。


「この世界はね、私と一緒に行動しなきゃダメなんだよ!わかった?」


俺は、ゆっくり元の席に座り、アイスコーヒーをイッキ飲みした。


「何これ!?意味わかんないんだけどっ!」

「この世界はね、通称『ミドルワールド』。簡単に言うと『生と死の間の世界』なんだ。」

「生と死の間…の世界…?」

「そう!どっちかと言うと、ヒイロがいた生の世界に近いかな。だから、周りの人はヒイロの世界と変わらないんだけど、違うのはヒイロだけって感じ!」


頭が痛い。リズの言ってることが、まったく理解出来ない。ミドルワールド?生と死の間?俺だけが違う?


「んー…。なかなか理解できないよね。ストレートに言っちゃうけど、ヒイロはもう死んでるんだよ!」

「そうか!死んでるんだ!…って、はぁぁぁ!俺が死んでる!?」

「そっ!死んでる!」

「ちょっと待てっ!俺が死んでるってどういうことなんだっ!?だって、ほらっ!ここにちゃんといるし!」

「うん!ミドルワールドにね!ミドルワールドって、死ぬ予定がなかった人が偶然死んじゃった時に来る世界なんだよ。…しょーがない!ちょっと衝撃的だけど、これ見る?」


リズはスマホを取り出し、俺に動画を見せた。そこには、スーツのジャケットを脱ぎ、汗を拭いてワイシャツを捲る俺が写っている。次の瞬間、頭上から工事現場の鉄骨が落ちてきて下敷きになっていた。俺は、思わず目を背けた。


「ねっ!こういうこと!」

「本当に…俺は死んだのか…?リズ…。」

「うん!死んだね。」


信じられない。まさか、俺が死んでる?その時、さっきのリズの言葉をふと思い出した。


「リズ!ミドルワールドは、死ぬ予定じゃなかった人が来る世界だって言ったよな!じゃ、俺はどうなるんだ?」

「くっくっくっ!いいとこに気づきました!ヒイロくん!そこで、このリズちゃんが登場って訳よ!」


リズは、急に立ち上がり、誇らしげに腰に手を当て前のめりで話し始めた。


「なんと!ヒイロには生き返るチャンスがあるのでーす!そのために、この天使協会正会員の見習い天使リズがお手伝いしまーすっ!そして、見事に生き返った暁には、私も見習いから本当の天使になれるのでーすっ!っと言うことで、よろしくねー!」


リズは、満面の笑顔で俺に握手を求めてきた。そんなリズに俺も思わず握手をしてしまった。いやいや!握手をしている場合ではない!


「それなら、早く生き返らせてくれよ!俺は、死ぬ予定じゃなかったんだろっ!」

「まぁまぁ、焦らない。予定はなかったけど、死んじゃったことは事実。生き返るためには、それなりの条件ってのがあるのよねぇ。」

「条件…?って何!?」

「それはねぇ…『HERO』になること!」

「ヒーロー…になる…?」

「そう。要するに困っている人の手助けをするってことっ!そして、真のHEROになった時に無事生き返れるのでーす!スゴくない?」


ヒーローになれば生き返れる。…?何をすればいいのか具体的にわからない。ただ、俺に残された選択肢はもうこれしかない!とにかくやるしかないんだ!


「わかったよ!やるよ!で、どうすればいいんだ?」

「さっき、映画館のチケット売場で入場者特典もらったでしょ?あっ、ちなみにあそこにいた方は、あー見えても大天使長様。偉い人だから覚えておいてね!さっ、出して!出して!」

「入場者特典?あのカードみたいなやつかな?これ?」

「それっ!これは、『HERO License』って言って、後ろに大天使長様のスタンプが八個揃うと見事達成!晴れて生き返れるんだよ!」

「それってスタンプ…カードじゃ…。」

「『HERO License』っ!ヒイロの運命がかかったスゴい代物なんだからバカにしないよーに!あと、私が見習い天使から卒業できるように頑張ること!」

「わかってるよ!」

「それと、注意事項!ヒイロの生き返りを邪魔してくる死神が出てくるかもしれないから。ほらっ!さっきの映画の敵みたいなの!あいつらは色々な姿や形で死の世界に引き釣りこもうとしてくるんだよ。だからあのまま劇場にいたら、確実にやられてて二度と生き返ることができなくなるところだったんだから!」

「だから、リズは俺を連れ出したってことか!」

「その通り!」


ここまでリズの話を聞いても、まだ半信半疑だった。自分自身に起こっている不思議極まりないこの状況。夢ではないかと思い頬をつねる。こんなベタな事をしてること自体恥ずかしい。俺がヤバいヤツだ。


「じゃ、早速始めよう!何すればいい?」

「…、そ、そうだね…。」

「リズ…。まさかとは思うけど、わからないんじゃ…。」

「そんなこと…あるわけ…ないでしょ!学校で勉強したのは…ここまでなんだから…。」

「マジか!?」

「そもそも、予定外の死なんてレアケースなのっ!とにかく、困っている人を助ける!以上っ!わかったっ?」

「はいっ!わかりました!」

「よろしい!それじゃ、そろそろ帰ろうか?お会計よろしくねっ!」

「えっ?金かかるの?」

「言ったでしょ?ヒイロが生きてた世界と変わらないって。」


俺は、アイスコーヒー二人分の600円を払い、リズと喫茶店を出た。外はすっかり夕方になっていた。


「ヒイロ?」

「何?」

「私、本当の天使になることが夢なんだ。本当の天使になって、天国に来た人たちをたくさん癒してあげたい。予定通り死を迎えた人の中にも、やりたかったことがたくさんあった人たちもいる。そんな人の分までヒイロみたいな人には頑張って欲しいんだよね。だから、精一杯協力するから!」

「リズ…」


そう言うと、リズは今日一番の笑顔を見せてくれた。その笑顔に少し…。


「だから、ヒイロは頑張ってよね!よろしくっ!じゃねー!」


リズはふっと消えて、目の前からいなくなった。


「消えたっ!本当に天使なんだな…。」


俺は、アパートに帰ることにした。駅に向かう街中、人、犬や猫、どれを見ても何も変わっていない。本当に俺は死んだのか…?今でも信じられない。途中、いつも使ってるコンビニで弁当とビールを買う。ありがとうございましたーと店員が言う。俺の姿は見えているようだ。とりあえず幽霊ではないようで安心する。とにかく今日は疲れた。さっさと食べてビールを飲んで寝ようと考えながら部屋のドアを開ける。本当におかしな一日だったと思いつつ電気を点けた。


「ヒイロ!おかえりー!」

「リズっ!なんで俺の部屋にいるんだよっ!」


そこには、リズがくつろいで座っていた。


「はぁぁぁ!どういうこと!?」

「言ったでしょ?この世界では私と一緒に行動しなきゃダメだって!私がいたからドアだって開いたんだよ。」


確かに。いやいや!おかしいでしょ!?


「と、言うわけで、私も当分ここで生活するから!これからよろしくねっ!」


こうして、俺と見習い天使リズとの共同生活が始まった。

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