第6話 Soupir d'amour 恋の溜息②

  『本日付でエレン・カーターを 国王補佐官兼執務長官の副長官に任ずる』


 皆さまこんにちは。

どーも、ローザタニア王国軍隊の精鋭部隊パンサーズのケヴィンです。

またあちょっと数日経った日のことですよ。

暑苦しい夏がいつの間にか終わり、ちょっと涼しげな爽やかな風が吹き始めた秋の朝のことですよ。


あのテロ事件…シャルロット様誘拐事件の後、俺たちローザタニア王国軍隊は平和ボケして中だるみしているってことで色々訓練が強化されたり、軍隊の采配が変更されたりと、色々目まぐるしい日々を送っております。

そんな最中、俺たちお城に勤める使用人や軍に所属する俺たち兵士たちのスペースの廊下にある、お知らせとか掲示してくれるご立派な金縁の掲示板に今日こんな張り紙があったんですよ。

しっかりとした立派な紙に書かれて陛下と執務長官のハンコが押してあって金縁のケースに入れられているその一文を、俺はさっきからずーっと見つめている状況ですよ!


「エレンのやつ、大出世だな!」

「マルクス!…っとホークアイ!」

「アイツ、軍人よりも役人の方が向いているもんな!」

「ケヴィンの次くらいに腕はあるけど実戦向きじゃないもんなぁ」

「いやいや、アイツの方が俺よりも強いよ」


ケヴィンがじーっと掲示板の張り紙を見ているところに同僚のマルクスとホークアイがやって来て、ガシッとケヴィンの肩に腕を置き、溜息をつきながらあーだこうだと言いながら同じく掲示板の張り紙を見ております。ケヴィンがポソッと少し遠慮がちに言うと、マルクスはケヴィンの背中をバシバシ叩いてがははと笑いだしました。


「またまた~!!謙遜すんなよ!でもまぁ確かにエレンのやつ、剣の実技試験に一番いい成績で受かってたもんなぁ。だけど受かっても実戦で使えなかったら俺たち意味ないもんなぁ」

「アイツ、血を見るのが嫌だって言ってたもんな!この間のあの事件の時だって…ヴィンセント様の血を見て気絶してたからな!まぁエレン賢いし、俺たちと違ってきっちりしているし役人の方が向いているかもなぁ」

「前から兼務してたもんな!エレンが執務秘書官の方に専念したら、きっとバルトも少し楽になるだろうしなぁ」

「今バルトも過労で倒れそうな感じだもんな」

「だよな。ってか国王補佐官兼執務長官の副長官ってことはヴィンセント様の直属の部下かぁ」

「怖…っ!」

「俺なら一日ともたないだろうなぁ…」

「いや、一時間でも無理だろ!…ってエレン!」


マルクスとホークアイが再びケラケラ笑いながらそんな話をしていると、ちょうどその時近くで件のエレンが通り過ぎようとしていたのをホークアイが気が付き、手を振って声を掛けました。


「よぅエレン!この度は国王補佐官兼執務長官の副長官着任おめでとう!」

「皆!ありがとう」


むさ苦しいケヴィン、マルクス、ホークアイの三人とは打って変って、一応それなりに筋肉はあるものの他の三人と比べたら少し線が細くスラッとした色白で柔らかい栗毛色の髪に薄いブルーの瞳をした、執務秘書官の制服を着た青年が爽やかに三人の前に現れました。

大柄なホークアイは乗っかるようにエレンの肩に肘を乗せております。いつものことなのでしょうか、エレンは気にすることなくホークアイの顔を見返して微笑んでおります。


「本日付って結構急じゃね?」

「ヴィンセント様が怪我されて以来、執務秘書官室が激務だからね。少しでも早く人手が欲しかったみたいなんだ」

「あぁそうだよな。…でもあそこってよく皆すぐ体調悪くなったり辞めたりするよな。あれか?女王ヴィンセント様からのパワハラが原因とか?」

「あははは!違うよ!もちろん怪我をされたヴィンセント様の補助の役割もあるけど、来年行われる陛下の生誕20年記念式典と、シャルロット様の生誕15歳記念式典の準備とかあるから元々人員を増やす予定だったんだよ」

「あー…なるほど」

「それにまぁ…ヴィンセント様は全部自分でチェックしないと気が済まないタイプだからね。必ずちゃんと全部細かい所まで目を通されるからね」

「小姑みたいだな!」

「まぁそうとも言うよね」


あはははは…という四人の笑い声が廊下に響き渡ります。まだ勤務前でバタバタと慌ただしい時分で、廊下には多くの人が行き交っており、そんな四人の大きな笑い声に近くの人たちはビックリして振り返ったりしております。

それでも四人は気にせずに仲良さげにケラケラと笑い合っておりました。


「そうだ!栄転祝いに今晩酒でも飲みに行こうぜ!」

「あ、ごめん、今晩はちょっと都合悪いんだ」

「なんだ~?彼女とお祝いのデートか?」

「残念ながら彼女は居ないんだ。誰か紹介してよ!じゃなくて…今晩は明日の陛下のラフィーヌ市視察のための準備があるんだ」

「あ、俺明日その警護隊の指揮だわ」

「ケヴィン護衛の隊長だよね。明日宜しくね」

「おう、任せとけ!」

「今から任命式もそこそこ、すぐにその下準備をしなきゃならないんだよ」

「マジか~!着任早々忙しいな」

「ほんとゴメン。遅れたらそれこそヴィンセント様に怒られるし、俺もう行かなきゃ!部署は変わっちゃうけど、また飲みに誘ってくれよな!」


ゴメン、と手で謝るジェスチャーをすると、エレンはサッと踵を返してその場を去って行きました。

颯爽と歩いて行くエレンのその後ろ姿を、取り残された三人は呆然と何かに圧倒された感じで見送っております。


「何か…アイツ一瞬で遠い世界に行っちまったな」

「だな」

「…俺たちも頑張るかぁー」

「とりあえず今日の剣の稽古だな!おいケヴィン、行こうぜ!」

「お、おう…」


ゴーンっと始業五分前の鐘が鳴り響いたのに促され、三人は掲示板の前からのっそりと歩き出しました。

マルクスとホークアイは腕を伸ばしたり軽くストレッチをしながら中庭にある軍の兵士専用の稽古場へと歩いて行きます。その後ろをケヴィンはついて行きますが、エレンが去って行った反対側の廊下を見つめておりますが、もうすでにエレンの姿は行き交う使用人たちの波に飲み込まれてみることができませんでした。

ケヴィン!とマルクスに名前を呼ばれて振り返ると、ケヴィンは急いで二人の後を追って稽古場へと向かって行くのでした―――…。


・・・・・・・・


 さてその日の晩のことですよ。

再び俺、ケヴィンの一人語りから始めますよ。

目まぐるしい一日が終わってもうあたりは暗くなった頃のことですよ。俺は今日一日、皆が引くくらい一心不乱に剣の稽古に熱中してたんだ。おかげでもうクタクタ…。でもね、俺超ルンルンなの。

え?何でかって?聞きたい~?どうしようかなぁ~…え?ウザい?

…すみません。


えっとね、今から俺久々に、俺の超可愛い恋人と俺の家でお家デートなのさ!

お互い忙しかったし、事件もあったから、ゆっくり会うのは十日ぶり?くらいなんだよね。 

え、職場同じだから毎日顔合せてるんじゃないかって?

そりゃあすれ違うこともあるけどさ、でもお互い仕事中だし軽く挨拶して終わりだよ!

だから彼女の顔は見れても全然話ししてないし、恋人同士らしいことなんて一切無いの!!

最近お互い忙しかったし…今日は仕事終わりに一緒に俺んちで爺ちゃんの作ったご飯食べて一緒にゆっくりするんだ♪

で、今日こそキスより先に進めたら~なーんて思っているわけですよ!

えへへ。


さて、またしてもケヴィンの語りから始まりましたが、ここはいつも通り、天の声に戻ります。

オレンジ色の太陽が遠くの山の向こうに落ちて行き、紫がかった紺色の夜の帳を連れてきました。

今日一日のハードな稽古が終わり、同僚たちと汗を流して爽やかに洗濯したての新しい制服に着替え直したケヴィンは使用人の通路から繋がる、城下街へと出る門の近くで彼の恋人、セシルが出てくるのを待っておりました。


「それにしても遅ぇなぁ…。もう15分も俺待ってるじゃん。セシル何かあったのかなぁ…」


ケヴィンは門の近くにある大きな時計にちらっと目をやりました。待ち合わせの18時半からもうすでに時計の針は進み、かれこれ15分ほどケヴィンは門の近くで待ちぼうけをくらっておりました。

しかしケヴィンはそんなことでは怒りません。むしろセシルに何かあったのではないか…と心配してちょっとソワソワした感じでお城の方を見つめておりました。


「遅くなってごめん!ケヴィン~っ!!」

「セシル!」


そうこうしているうちにまた時計の針は進み、なんやかんやでケヴィンは30分以上待ちぼうけをくらっておりました。くしゅんっとくしゃみをして鼻を啜っているところに、聞き覚えのある元気な声が駆け足の音と共に聞こえてきました。


「ごめんケヴィン…っ!ちょっと仕事押しちゃった…っ!だいぶ待ったよね…ほんとゴメン!」

「全然大丈夫だぜ!セシル待っている間も腹筋に力入れて筋トレしてたし!それよりも…大変だったな。お疲れさん!」

「ケヴィン…」


キュッとセシルの手を優しく握り、ケヴィンはニコッと微笑んでセシルを労わります。ホッとしたような嬉しいようなそんなはにかんだ笑顔でセシルは頬を染めてケヴィンを見つめ直し、そのゴツゴツとした大きくて力強いケヴィンの手を握り返します。


「さぁ!じいちゃんがとびきり美味しい飯作ってくれてるはずだから行こうぜ!ぎっくり腰も治って、今日は久々にセシルと一緒にご飯食べるからって爺ちゃん張り切ってたし!きっとめちゃめちゃ美味いもん作ってくれているはずだぜ!」


そんなセシルをみて可愛いなぁ…と思って同じく頬を染めたケヴィンは、セシルの少しオレンジがかったブルネイの髪を撫でます。

二人はお互いにえへへ…と笑い合うと、手を繋いで門をくぐり、お城の外にあるケヴィンの家へと寄り添い合いながら歩き出しました。


・・・・・・・・


 「あぁお腹いっぱい!ロビンお爺ちゃん美味しかったわ!ごちそう様でした!」

「今日のカリカリチキンめっちゃ美味かったぜ爺ちゃん!」

「当たり前じゃ!せっかくセシルがワシの手料理を食べに来てくれるんじゃ!腕によりを掛けて作らんくてどうする!!」

「あはは!ホント、ロビンお爺ちゃんの作ってくれるご飯、私昔っから大好きだわ!」

「こんなワシの料理であればいつでも作ってやるぞ~、セシル!」

「ありがと!はぁ…毎日食べたい!!」


さてさてお城からほど近いケヴィンとその祖父、ローザタニア王国軍の近衛隊長だったロビン翁が暮らす小さな家で、セシルとケヴィン、そしてロビンは楽しく食卓を囲み、ロビンが腕によりを掛けて作ったディナーを楽しくいただき終わりました。

そしてロビンが入れてくれた温かいお茶を飲んで、三人でホッとしております。


「あのカリカリチキンすっごく美味しかった!ねぇロビンお爺ちゃん、今度作り方教えて?」

「構わんよ!しかしセシル、お前さん料理する時間なんかあるのか?毎日毎日遅くまでバタバタしているそうじゃないか」

「まぁ確かに私がキッチンに立つ時間なんて全然ないけど。毎日お城で賄いのご飯しか食べてないわねぇ。久しく実家にも帰ってないし」

「おや…」

「仕方ないわよ。今お城の中グチャグチャだし、それに約半年後にあるシャルロット様の15歳の生誕記念式典と陛下の20歳生誕記念式典が重なっているんだもの。その準備でお城中バタバタよ!」

「だよなぁ。警備強化のため俺たち訓練厳しくなったよ」

「最近ケヴィン達毎日激しい稽古してるもんね!…こっちのパーティの手配も大変よぉ!お招きする近隣諸国の王様達や要人の方へのおもてなしの準備とか!それに陛下の花嫁候補のお姫様たちへの接待の準備とか!執務秘書官の人たちと連携とって進めて行かなきゃいけないから大変よぉ」


セシルは大きく溜息をつき、まるでお酒のように一気にお茶を飲み干しました。すかさずロビンがお茶のお代わりを注ぎこみ、そう言えば…と口を開きました。


「執務秘書官と言えば…あのエレンが国王補佐官兼執務長官の副長官になったそうじゃな!」

「そうなの!エレンが居てくれてホント助かる~!色々きめ細やかで気が利くし、物腰もソフトだからあのクソ大臣たちとヴィンセント様のクッションになってくれて…あぁもうホント助かるっ!!」

「あの歳で副長官とはまぁ大したもんじゃな!おいケヴィンよ!お前もエレンを見習って頑張ってみんか!」

「う~ん…俺はあんまり偉くなりたいとかないしなぁ。会議とか出たくないし!てか馬鹿だし、文字読んでいると頭痛くなってくるし!」

「じゃあ半年後の佐官への昇格試験は受けないの?あれは実技だけでしょ?」

「将官で充分だよ俺は!それにマルクスが受けるって言ってるし、枠は一つだけだから俺が受けなかったら倍率下がるしマルクスが受かりやすくなって良いじゃん!」

「またそう言って人と争うことを好かんのぉお前は…。本当に近衛隊長だったワシの孫か?」

「正真正銘爺ちゃんの孫だよ!」

「競争心の無いヤツじゃのぉ」

「良いじゃん別に…」

「まったくお前と言うやつは…」

「もうちょっとしたら考えるよぉ!…セシル、今から俺の部屋でゆっくりしねぇ?」

「あ、うん…!ロビンお爺ちゃん、ごちそう様でした!」


これ以上ロビンに何か言われるのが嫌だったのか、ケヴィンはお茶を飲み干してそそくさと立ち上がり、セシルをチラッと見て自分の部屋へと足早に帰って行きました。セシルはロビンにごちそう様でした、と挨拶をすると、ロビンとお互い目を合わせて肩をすくめてケビンの後について行きます。

一人取り残されたロビンは、ふぅ…と一つ大きな溜息をするとパタンッと閉められたドアを見てやれやれと言った顔をして、机の上の食器を片づけ始めたのでした。


・・・・・・・・


 さて、ケヴィンの自室へと入って行った二人ですが、ケヴィンの部屋の大きい窓に二人してもたれ掛りながら遠くに見える街の灯りを見ながらとりとめのないお喋りをしておりました。


「今日、この間の事件で半壊した塔の片づけをしてたんだけどね、もうぐちゃぐちゃでホント大変だったわぁ」

「あぁあそこなぁ…。爆発で凄いことになったもんなぁ」

「そうなの!屋上は落ちるし壁も無くなって瓦礫だらけだし…。唯一の救いはあの塔をあんまり使用してなかったことね!移動させるものが少なくて助かったけど、瓦礫の中から探し出すのホント大変だったわ」

「お疲れ、セシル」


そっとケヴィンはセシルの背中に腕を伸ばし、肩を抱き寄せて自分に寄りかかるように近づけました。

ビックリしたセシルは、パッとケヴィンの顔を見上げて赤い顔をして自分を見つめているケヴィンを見つめます。


「…ありがとうケヴィン。そう言うケヴィン達も今大変なんじゃない?大丈夫?」

「うん…まぁそうだなぁ。今訓練がめちゃめちゃ厳しくなったよ。記念式典に向けて俺たち精鋭部隊パンサーズは特にきつくなって来たかなぁ」

「そっかぁ…。でもあんまり無理しないでね?」

「ありがとうセシル。でも…陛下や姫様を…ローザタニアの皆を守るためにはもっと強くなって行かないと駄目だなぁって俺改めて思ったよ」

「ケヴィン…」

「偉くなっちゃったらさ、現場には出ないじゃん?それは俺嫌だなぁって思うんだよね。軍人たるもの、最前線に出ないと意味がないと思うんだよね」

「…」

「ってこの間は全く手も足も出なかったけどな!もっとたくさん稽古して…敵に怯まずに向かって行けるような強い軍人にならないと!」

「そっか…」

「でも…戦いの無い世の中になるのが一番だけどな」

「…そうね」


ケヴィンはさらにセシルを自分の方に寄せて、そのままゆっくりと顔を近づけていきます。ドキドキと高鳴る心臓の音がセシルにも聞こえているんじゃないかと心配になるくらい、ケヴィンの鼓動は大きくドキドキと早いスピードで脈打っております。

そしてケヴィンの唇が、セシルの唇と重なり二人はそのまましばらくお互いの唇の温かさを感じておりました。

そっとセシルが瞳を閉じ、ケヴィンの胸に顔を埋め込みます。ケヴィンはそのままセシルをギュッと抱きしめ、思いのほかセシルが華奢で小さく、そして甘い香りがするのを感じておりました。


「…セシル」

「ケヴィン…」

「…大好きだ」


ケヴィンはセシルをもう一度強く抱きしめると、そのままセシルを抱きかかえてベッドの方へと運び優しくそっとセシルをベッドの上に置きました。驚いて瞳を大きく見開き、ケヴィンの顔を見つめて何か言いたげなセシルの唇をケヴィンの唇が覆います。

キスに慣れていないからか少し乱雑なキスではありましたが、ケヴィンはセシルに一生懸命気持ちの高鳴りをぶつけます。セシルもそれに応えて一生懸命ケヴィンを受け入れます。

そしてケヴィンの手がセシルの身体に触れようとした瞬間、セシルはパニックになってしまってケヴィンを思い切り突き飛ばしてしまいました。


「…っ!」

「あ…ゴメンなさいっ!!」


意外と力の強いセシルに吹っ飛ばされたケヴィンは大きな音を立ててベッドから転がり落ちました。いててて…と頭をさすりながらケヴィンが床から這い上がると、ベッドで申し訳なさそうに謝るセシルに優しく笑いながら声をかけました。


「いや…こっちこそ…。何か急かしてゴメン…怖かったよな!まだお前のその…心の準備が出来てないんだよな…。ゴメンなっ!!」」

「ケヴィン…」

「ん?」


ギュッとさらに強くケヴィンが抱きしめようとしましたが、セシルはその腕を払ってキュッと強く自分の身を守るようなそぶりをして少しケヴィンの腕の中から離れて行きました。


「あのね、心の準備とかじゃなくて…その…あのね、ケヴィン、落ち着いて聞いてほしいの」

「な…なにっ?!」

「前から思っていたんだけど…」

「うん」

「その…私たち、ちょっと距離を置きたいの」

「…え?!」


思いもよらなかった言葉にケヴィンは声が裏返り、そして鷹色の瞳を大きく見開いでケヴィンの顔を真っ直ぐ見つめたままでいるセシルを見つめます。


「ごめんなさい…今日はもう帰るわ。ケヴィン明日ウィリアム様のラフィーヌ市の視察の護衛に就くんでしょ?だったらもうゆっくりと休まないと!」

「セシル…ちょっと待って!」

「ごめんなさいケヴィン。誤解しないで!私…ケヴィンの事好きよ?でも…ちょっと距離を置きたいの」

「…」

「おやすみなさい…」


セシルはそう一言だけ呟くとパタパタと走ってケヴィンの部屋を出て行きました。俊足と名高いセシルの足音がどんどんと遠くなっていくのを、ケヴィンは呆然と立ち竦んだまま聞いております。


風がたなびくローザタニアの秋の日の夜のことです。

静かな月明かりの下、とある一組のカップルの間に冷たい一陣の風が通り抜けて行ったのでした―――…。

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