第五話 Artémis des larmes ~アルテミスの涙~ ⑳

 ところ変わって、セバスチャンは静かに廊下を足早に歩き、パーティーが行われている広間へと戻って参りました。そしてシャルロット様のお世話係のメイドのセシルの姿を見つけると近寄って行きます。


「セシル…新人メイド、メグの姿が見えませんが?」

「セバスチャン!えっと調理場の手伝いをするようにお願いしたのでここには多分居ないと思います」

「そうですか…。それはいつぐらいに頼みましたか?」

「確か…30分ほど前だったかと」

「分かりました。ありがとう」


セバスチャンはすっとお礼をセシルに言うと、踵を翻して広間を出て行きました。

メグに事情聴取をしようとセバスチャンは彼女を探します。本来の持ち場である広間にいるだろうと思いやってきましたがどうやら黒豹と会う前に移動させられていた。…ややこしいなと思い、セバスチャンはメグの足取りを追いかけようとしております。

そしてこれまた足早に静かに調理場へ行くと、シェフやパティシエたちが追加の料理を作ったり賄を食べていたり、また手が空いたものは片付けの準備をしております。ぐるっと調理場を見渡しておりますと口ひげをたくわえた中年の恰幅の良い男性、料理長のピエールがセバスチャンに気が付き声を掛けます。


「どうされました?」

「ピエール殿…。こちらにメグと言うメイドが皿洗いで派遣されたようですが…姿が見えませんねぇ」

「あぁ…。確か30分ほど前に少しだけ来てくれましたね。でも皿洗いが下手くそでね。見るに堪えんのでゴミ捨てをお願いしたんですよ。それが20分ほど前何ですが…まだ戻って来てませんね。会場の方に戻ったのですかねぇ」

「そうですか…」

「料理の方はもう大丈夫でしょうか?」

「えぇ。もう後は歓談やダンスなどでしょうからあと小一時間で終わるでしょう」

「そうですか。じゃあもう新たには作らなくていいですね」

「えぇ。遅くまでご苦労様でした」

「いえ!客人をもてなすのが我々の仕事ですから!」


胸をどーんと叩き、自信満々の笑みでピエールはセバスチャンに答えます。目を細めてセバスチャンは笑顔で返し、遅い時間だというのに活気あふれる調理スタッフ全員皆をねぎらって調理場を離れました。

セバスチャンは今度はゴミ捨て場の方へと向かっていきますと、途中でゴミ箱を2個持っている男性の使用人を見つけました。おや…と思い近寄って声を掛けると、その使用人は聞いてくださいよぉ~っとセバスチャンに訴えかけました。


「セバスチャンさん!もう!調理場担当の奴は何考えてるんですか!袋の口はちゃんと閉まってないし、というか全然違うところに放置してありましたよ!ゴミ箱だってその辺に置いてましたし!!全く!!」

「放置してあった…」

「そうですよ!私さっき会場のゴミを捨てにいたんですけどね、そしたら調理場のゴミがそんな状態で置きっぱなしだったんですよ!ゴミを捨てに行ったんじゃなくてただ置きに行っただけですよアレ!!」

「つまり誰もいなかったんですね?」

「?そうですよ?誰もいませんでした」

「…そうですか。ありがとう」


セバスチャンはふと一瞬黙り込み何かを考え始めました。そしてそのゴミ箱を持ってプンプンしている使用人に礼を言うと踵を返して足早にその場を去っていきます。

ゴミ箱を持った使用人の男性は、何が何だかよく分かっておらずに呆気にとられております。そして小首を傾げて足早に去っていくセバスチャンの背中を見送りました。


「一体彼女はどこに…?」


セバスチャンはそう呟くと使用人たちの住居スペースへとやって来ました。そして女性のフロアの方へと足を進めて行き、メグの部屋をノックしました。

返事が返ってくることも無く、セバスチャンはそっとドアを開けて中を覗き込みます。

若い使用人の部屋は相部屋の様でベッドが2つ並んでおりましたが、どちらも無人で人が居る気配はありませんでした。

置いている物もほとんどなく、暗くて小ざっぱりとした部屋をセバスチャンは見回しますと、一つのベッドの横にあるチェストに何やら小瓶が置かれているのを見つけました。

そっと手に取って慎重に蓋を開けます。そして臭いを嗅ぐと、思いきり顔をしかめて驚きを隠せない表情を表しました。


「これは…」


セバスチャンは小瓶の蓋をしっかりと閉めると、ポケットからハンカチを取り出して包み込んで落とさないようにポケットの奥に仕舞い込みました。

そして先程よりも断然速いスピードで歩きだします。廊下をいくつも渡り歩き、セバスチャンはパーティー会場近くの小さい中庭に面した廊下を歩いておりますと、ふと木陰に誰かが倒れているのを見つけ駆け寄りました。

中庭へと飛び降りその倒れている人影に近寄りますと、セバスチャンは少し驚きその人影を抱き起します。


「メグ…大丈夫ですか、メグ!」

「う…」


倒れているメグの頬を叩くと、一声発してメグは眉をしかめながらゆっくりと瞳を開けました。


「あれ…私…なんでこんな所に…?」

「気が付きましたか。よかったです」

「…セバスチャンさん?」

「気分は?」

「…なんだか頭が割れるように痛いわ…」


情事の際に薬でも盛られていたのかと察したセバスチャンはメグを起こして座らせると、ポケットから先ほどの小瓶を取り出してメグの前にスッと差しだしました。メグはあ…それ…と一言言ってその小瓶を取り返そうと手を伸ばしますがセバスチャンは素早くメグの前から小瓶を避けます。


「さてメグ…貴女には色々とお聞きしたいことがあります」

「…」

「まず貴女はこの小瓶の中身が何だかご存知ですか?」

「知らないわ…」

「本当に?」

「本当よ!この仕事を斡旋してくれた男にもらったのよ!」

「仕事を斡旋してくれた男…」

「そうよ!先月、田舎から出てきて仕事を探しているときに声を掛けてきてくれたのよ!ちょっとエキゾチックな今まで出会ったことのない男で…ちょっといいなぁって思っていたら向こうも私を気に入ったって言ってくれて。たまにお城の近くに来るからその時に会おうって言ってくれて、会うようになったのよ!…それでその度にこの小瓶を渡されて、植物の栄養剤だからお庭にばらまいとけって言われてるのよ!」

「中身が何か分からないものを?」

「だってそう言われているんだもの…何かよく分かんないけど…そう言われたから…」


肉体の快楽のためなら何でもするような頭の軽い女で、そう言うところをこのメグと言う娘はただ利用されているだけだと思ったセバスチャンは一つ溜息をつきました。メグはとりあえず怒られていることだけは理解したのかバツの悪そうな顔をしております。ですがイマイチよく状況を理解していないような雰囲気も感じます。


「明日の朝一番で、貴女は実家に帰りなさい」

「え…っ?!」


セバスチャンは横目でチラッとメグを見ると、冷たい声でそうメグに言い渡しました。メグは大きな声でそう叫ぶと、さらに訳が分からないと言った様な顔でセバスチャンを見てオドオドとしております。


「貴女のような方はこのお城のメイドとしてふさわしくありません。今日までの給料を渡しますから明日朝一番にここを出て行くように」

「そ…そんなっ!」

「ただでさえ、貴女の勤務態度に関して苦情が出ております。たかがメイド、されどメイド。ここはローザタニアの国王陛下の住まわれるお城。そして貴女はここのメイドだった。メイドにも品格というものがございます。失礼ながら貴女にはその品格が備わっていなかった」

「…」

「それでは…失礼します」


セバスチャンは強い態度でそうメグに言い渡すと背を向けて足早に中庭をあとにしました。そして足早にパーティー会場へと向かいます。

華やかな音楽が徐々に近づいて行きます。セバスチャンはそっとパーティー会場の扉を開けて中を見回します。

ちょうどリーヴォニアのアドルフ陛下のスピーチの最中でした。客人は皆アドルフ陛下の方を注視しております。

ダンスフロアの方では中央付近にシャルロット様とゲルハルト王子が仲良さげに微笑み合い、フロアのテラス近くの方ではヴィンセントとエレナが寄り添って立っております。

ただ一人、黒豹だけが何かを企んでいるのか奥の壁にもたれ掛って気だるげな表情でシャンパンを飲みながら口元に笑みを浮かべております。

セバスチャンは音楽とワルツが華やぐダンスフロアを通り抜けて黒豹に近づこうとしたその瞬間です。

外から何かが爆発するような音が聞こえてきて、窓ガラスをガタガタと揺らしました。


「な…なんだ…っ?!」


その音に驚いた会場にいた人々は驚きざわつき始めます。すると今度はパーティー会場の近くの庭から爆発音が聞こえてきました。突風が吹き、窓ガラスが数枚割れて煙や砂塵が部屋に入り込み辺りは視界が悪くなってしまいました。


「きゃあっ!」

「い…一体何なんだっ!」


煙が充満する広間でセバスチャンが辺りを見渡し黒豹が先ほどいた奥の壁の方を確認します。しかしそこにはもう黒豹の姿はありませんでした。


「…っ!」


クソッとセバスチャンは小さく呟きますが、すぐに落ち着きを取り戻して黒豹の姿を探します。


「皆さん落ち着いてください!」


主賓席の方から、ウィリアム様がよく通る大きな声で会場にいる皆に声を掛けます。人々はざわざわと戸惑いながらもウィリアム様の方に注視しました。


「皆さん落ち着いて!お怪我をされた方は居ませんか?とりあえず皆お城の奥へと避難ください!」


割れたガラスでケガをした人々を先に誘導し、パーティー会場にいた人々をお城の奥の部屋へと案内していこうとする最中、またしても外の方から爆発音が聞こえてきました。

人々は悲鳴を上げ急ぎ足でお城の奥へと避難していきます。


「ブリダンヌ侯爵!」

「ヴィンセント殿っ!エレナっ!!」

「お父様っ!」


ヴィンセントはエレナの手を引き、娘を探していたブリダンヌ侯爵の前に連れて行きました。

恐怖で今にも泣きそうな顔をして震えているエレナを見つけたブリダンヌ侯爵は力強く飛びついてきた娘を抱きしめます。


「…申し訳ありませんが侯爵、エレナを奥の安全な場所へお連れください」

「分かった。娘をありがとう」

「いえ。エレナ、お父上について行ってくださいね」

「ヴィンセント様はご一緒には行かれないのですか…?」

「私はここで指揮を取らねばなりません」

「そんな危険なこと…」

「大丈夫ですから。さぁ早く…」


エレナは不安そうな顔でそう尋ねると、ヴィンセントはにっこりとエレナを安心させるように優しく微笑みます。さぁ早く…と侯爵に促されて、エレナは名残惜しそうにお城の奥へと避難していきました。

エレナと侯爵を見送ったあと、ヴィンセントは一瞬でスッと穏やかな顔からキリッとした精悍な表情に変わりました。そして逃げ惑う客人の間から、シャルロット様のお姿を探そうと未だ煙が充満する広間を鋭い視線で見回します。

一方、上座のウィリアム様も驚いて少しパニックになっているアドルフ陛下を使用人に案内を頼み先にお城の奥へ避難させました。そしてその姿を見送った後、煙たい広間の方を振り返り奥のダンスフロアの方にいるであろうシャルロット様の姿を探します。


「シャル…っ!!」


シャルロット様とゲルハルト王子は驚き慌てている人々に声を掛けて誘導しておりました。

パニックになっている十数人の男女の集団がシャルロット様とゲルハルト王子の間を駆け抜けていきます。


「きゃ…っ!」

「シャルロット様!」


集団に巻き込まれ、シャルロット様とゲルハルト王子の間は割かれてしまいました。嵐のようにバタバタと駆け抜けていく集団がシャルロット様を吹っ飛ばします。倒れそうになるところを誰かがシャルロット様の手を引きます。

そして集団が駆け抜け煙が流されたその場にはシャルロット様のお姿はありませんでした。

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