第五話 Artémis des larmes ~アルテミスの涙~ ⑱

 「まぁご覧になって!シャルロット様とゲルハルト王子がワルツを踊られているわ!!」

「先日の歓迎パーティーでも一緒に踊られていたなぁ!なかなかお似合いのカップルじゃないか!」

「ホント…お二人とも瑞々しい清楚な雰囲気でとても素敵だわ…」


ダンスフロアの方に躍り出たシャルロット様とゲルハルト王子は、音楽団の奏でる優雅なワルツの音に身を委ねてしっとりとしたワルツを踏んでおりました。

本日は珍しく、シャルロット様は暴走することなく平穏にワルツを踊られております。

しかしどこか心ここに非ずと言った虚ろな雰囲気を纏い、ぼんやりとゲルハルト王子のアイスブルーの瞳を見つめているのでした。


「…シャルロット様?どうかされましたか?」

「あ…ごめんなさい。ワルツを踊るのに必死で…」

「いえ…。今日は先日よりもだいぶ上達されているように思えます…。もしかして…練習してくださっていたのですか?」

「ワルツのカウントの練習はしたわ」

「あぁそれで!先日よりもしっかりとリズムが取れていらっしゃる!」

「今日はまだゲルハルト王子の足を踏んでいないわ」


お二人は顔を見合わせてあはははは…と笑い合いました。

ちょうど音楽も一気に盛り上がりを見せると、お二人はクルクルと一気に回り始めました。

気分が盛り上がって来たのか、ゲルハルト王子はクルクルと回りながらヒョイっとシャルロット様を持ち上げてリフトしました。


「きゃ…!」


不意のことに驚かれたシャルロット様を、ゲルハルト王子は年上の余裕でニコッと微笑んでおりました。

周りにいてお二人を温かく見守っていた大人たちはそんなお二人に歓声を上げております。

んもぅ…っ!と一瞬素の表情で怒られたシャルロット様をご覧になってゲルハルト王子は少し驚いた表情を見せた後、プッと吹き出して少年の様に笑い始めました。いっけない!とあ…とした表情でシャルロット様は少し固まってしまいましたが、目の前でまぁまぁ豪快に笑っているゲルハルト王子につられて、シャルロット様も屈託ない満面の笑みで笑ってしまいました。

遠くの主賓席からその様子をご覧になっているウィリアム様とアドルフ陛下はニッコリと微笑んでいらっしゃっているのが見えます。

パーティー会場の「プリムラの間」は大変和やかに、かつ大賑わいを見せているのでした。


・・・・・・・・


 「何だか…広間は大賑わいですわね」


オレンジ色をしたロウソクの炎がゆらゆら揺れる燭台の灯りの下、人気もまばらでどこかムーディーなテラスでソファーに座ってヴィンセントとお話をしていたエレナは、パーティー会場から聞こえてくる歓声に耳を奪われ視線をそちらにやろうと振り返ろうとしました。

するとグイッと優しくも顎に指を添わされ、驚いたエレナはパっと元の方向にお顔を戻しました。


「中の様子が気になりますか?」

「…ヴィンセント様」


月明かりと星の煌めきの下、紫色をしたアメジストの様に研ぎ澄まされたヴィンセントの瞳がエレナの身体を刺すように見つめております。

エレナはドキドキ…と心臓の鼓動が早く、そして強くなっていくのを感じておりました。


「もう少しゆっくりと貴女と二人で居たい」

「…」

「エレナ、その可愛らしいお顔をこっちを向いて」


ヴィンセントはそっとエレナの頬を優しく撫でます。熱を帯びて真っ赤に染まっているエレナのお顔は暗い夜の闇の中でもハッキリとヴィンセントには見えておりました。


「エレナ…可愛い人だ」

「ヴィンセント様…」

「エレナ…」

「…っ!」


ヴィンセントはゆっくりとお顔を近づけてエレナの唇に自分の唇を重ね合わせました。驚いたエレナの口から何か言葉が発せられる前にもう一度ヴィンセントは唇を重ねて喋られないようにしてしまいました。

突然のキスに驚き逃げようとするエレナの身体をグイッと強く抱き、逃げられないようにしっかりと抱きしめます。

エレナの瞳は大きく見開かれ、呼吸も出来ないほどの驚きに満ちておりました。


「…っ!ヴィ…ヴィンセント様…っ!」

「エレナ…」


額をくっ付けたままの距離で、ヴィンセントは一度ゆっくりと重ねていた唇を離します。

エレナは放心状態でヴィンセントのお顔を見つめたままでした。


「…」

「…すみません、少し強引でしたね。反応が可愛らしく…つい…」

「い…いいえ…。私の方こそ…この歳になってこんな子どもみたいな反応しか出来なくて…。さぞかしヴィンセント様をがっかりさせてしまっているのかと思うと…恥ずかしいですわ」

「そんなことありませんよ。とても新鮮で可愛らしい…」

「ヴィ…ヴィンセント様はこういうこと、慣れていらっしゃるのね」

「まぁ…それなりには」

「あ…!ごめんなさい。野暮な事をお聞きしてしまいましたわ…」

「いいえ」


なるほど、実に典型的な生真面目でお堅い初心な娘だな…とヴィンセントは頭の隅でふと思いましたが、それもまぁいいだろうと思い、フッと微笑みながらもう一度エレナの頬を優しく撫でて唇を重ねました。

ヴィンセントの情熱的な口づけに、段々とエレナの表情が溶かされていきます。次第にうっとりと瞳を閉じ、ヴィンセントのぶつけてくる情熱に反応をし始めました。


「…ヴィンセント様…もう…これ以上は私…」

「そうですね…。今日はここまでにしておきましょう」

「でも…とても体の芯から溶けてしまいそうなくらい素敵なキスでしたわ…」

「…キスくらい、いつでもして差し上げますよ」

「まぁ…」


エレナはヴィンセントの胸にそっと自分のお顔を寄せて、心の底から湧き上がってくるじんわりとした幸せを感じておりました。ヴィンセントもどこか彼女を愛らしいと思い、珍しく穏やかな顔をしてエレナを抱きしめております。


「でもそろそろ…戻りません?私ヴィンセント様とワルツを踊りたいですわ」

「…喜んで」


少し甘えたようにヴィンセントのお顔を見上げるエレナを愛おしく思ったのか、ヴィンセントはエレナのおでこにキスをして返事をすると、スッと立ち上がり手を差しだします。エレナはその手をそっと取り立ち上がりますが、バランスを崩して倒れそうになってしまいました。するとすぐさまヴィンセントはエレナを支え、倒れないようにしっかりと抱きとめます。

そして二人は笑い合いながら腕を組んでテラスから去って行きました。


「本当に平和ボケした国ですねぇ…ローザタニアは」


葉巻の煙を揺らし、テラスを見下ろせるお城の一室の窓際に寄り添いながら李 凰華リ・オウカの偽名を使ってパーティーに来ている劉 黒豹リュウ・ヘイボウは、ヴィンセントとエレナの一部始終を見ておりました。

ハッと馬鹿にしたように嘲笑すると、そのまま宙を見つめて葉巻を大きく吸ってふぅ…と細く息を吐きます。

ガチャ…っと扉が開くと一人のメイドが中を恐る恐るゆっくりと覗き込みます。

劉 黒豹の姿を見つけたそのメイドはぱぁ…と笑顔を輝かせて黒豹に駆け寄ってきました。

黒豹は口角を少し上げて微笑むと、両手を広げてそのメイドを迎え入れます。メイドは黒豹の腕の中にすっぽり包み込まれてぎゅっと黒豹を抱きしめました。


「…っ!会いたかった…っ!!」

「えぇ、私もアナタにお会いしたかったですよ。私の可愛いメグ…」

「うふふ❤️もぉー!全然連絡くれないんだからぁ〜!メグ、寂しかったぁ」

「申し訳ないメグ…。色々と仕事が立て込んでいたので」

「もう会えないかと思ってたぁ〜!もぅ…抜け出してくるの大変だったのよ?急に調理場の手伝いに行けって言われて…もうどうしようかと思ったぁ~!」


淡い金髪の髪を揺らしてメグは黒豹の胸の中で上目遣いで甘えた声を出します。

そんなメグとは対照的に、黒豹は冷めた瞳で遠くを見つめております。


「…会えない時間が、気持ちを盛り上げるんですよ」

「分かっているけどそんなの寂しいわ!」

「おやおや…とんだ甘えん坊さんだ」

「ふふふ…」


大好きな人に出会えた少女の様にメグは幸せそうな顔で黒豹に抱きつき返します。

黒豹は相変わらず冷めた瞳で遠くを見ながら、ドアの外で隠れているセバスチャンの部下の気配を確認すると、メグの耳元で声を潜めて囁きます。


「それで…メグ。ちゃんとお願いしてた通りにしてくれていますか?」

「もちろんよ!ちゃんと毎日アナタに言われた通りに、この粉をお庭にばらまいているわ」

「ありがとうございます」

「大好きなアナタの頼みなんか断れないわ!でも…あれ一体なの粉なの?」

「そんなこと貴女は知らなくていいんですよ、メグ」

「え~?でも気になるわぁ」

「…魔法の粉ですよ」

「魔法の粉?」

「えぇ。そんなことよりもメグ…。時間はそんなにも無いけれどご褒美をあげましょう。さぁ…」


黒豹は甘えてくるメグのおでこをキスすると、メグは嬉しそうな顔でまた再び黒豹に抱きついてその唇にむしゃぶりつき様にブチューっとキスの雨を降らしました。

黒豹はメグの身体をギュッと強く抱きしめて二人はそのままとろけるような甘い時間を過ごします。

するとドアの外で隠れていたセバスチャンの部下の気配が遠くなりました。その様子を察知した黒豹は、メグの甘い吐息を部屋中に響かせるように仕向けだしたのでした。

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