第五話 Artémis des larmes ~アルテミスの涙~ ⑨
「大分たくさん踊りましたね」
「そうね!」
「お疲れでしょう、少しあちらでドリンクでもいただきましょう」
華やかなワルツが終わり、シャルロット様とゲルハルト王子は休憩のために一度ダンスフロアから出て大広間から繋がっているテラスの方へと移動されました。
ゲルハルト王子はボーイからシュワシュワと泡立つ炭酸入りのソフトドリンクを2つ貰いシャルロット様に手渡すと、お二人は乾杯と言ってグラスを交わしました。
少し涼しげな初秋の風とスッキリとした炭酸がダンスの熱で熱くなったお二人の身体を通り抜けます。
「とても華やかで美しいパーティーですね」
「そう?」
「えぇ。
「そう?でもその割にはゲルハルト王子ワルツとてもお上手だったわ」
「紳士の嗜みですから一応ダンスは習っております」
「まぁ!」
「それにシャルロット様がとても楽しそうに朗らかに踊られていて…つい私もノッてしまいました」
「まぁ!嬉しいわ」
お二人はお顔を見合わせて笑い合い、とても楽しそうに和やかな雰囲気でパーティーを楽しまれておりました。なんだか若いお二人はとてもいいムードのように見えます。周りの大人たちもそんな様子のお二人を微笑ましく見守っておられました。
とそこへ、リーヴォニア国の従者がススス…っとゲルハルト王子の方に寄ってきて一礼をすると、そして耳元でお父上がお探しでしたよ、と告げられました。
「シャルロット様…申し訳ございません。父が私を探しているようで…少し席を外しても…?」
「構わないわ。きっと挨拶回りとかされるのね」
「えぇおそらく。本当に申し訳ございません」
「大丈夫よ。気にしないで」
「ありがとうございます。それでは少しの間…失礼いたします」
ゲルハルト王子はスッとシャルロット様に一礼をされると、マントを翻して従者と共にお城の中の大広間へと戻って行かれました。
その後ろ姿が見えなくなるまでシャルロット様は見送っていらっしゃいましたが、ゲルハルト王子の姿が人混みに消えて見えなくなってしまうと、一つふぅ…吐息を吐きくるっと振り返えろうとした瞬間、後ろにいた人物に思いっきりドンッとぶつかってしまいました。
「きゃ…っ!」
「おっと…っ!」
「あ…っ!ごめんなさい…!」
背中合わせのような状態でシャルロット様はぶつかってしまい、後ろにいた人物ーーー…涼しげな瞳をした黒曜石のように黒く艶やな髪の青年は手に持っていたグラスからドリンクを少し零してしまい、自分の袖口を濡らしてしまいました。
シャルロット様はその様子を見てあっと一言驚きの声を発すると、すぐさまその青年に謝りました。
「いえ、お気になさらずマドモアゼル。…っ!貴女様は…シャルロット様っ!こちらこそとんだ失礼をいたしました…。お怪我などはございませんか?」
「私は大丈夫よ!それよりもムッシューのお洋服を汚してしまったわ…。本当にごめんなさい…」
「そんな!謝らないでください。私も不注意でした」
「でも…シミにならない?」
「ほんの少しシャンパンがかかっただけです。お気になさらず…ほら、大丈夫ですよ」
「ホントだわ!良かった…」
青年はスッキリとした涼しげな瞳を細めてにっこりと微笑み、ポケットからハンカチを取り出すとそっと濡れた部分をささっと拭きました。
依然として申し訳なさそうなお顔で自分を見つめているシャルロット様がぱぁっと表情を一転させ綻んだ笑顔を見て可愛らしいと思われたのか、青年はシャルロット様に気が付かれないようにフッと小さく微笑みます。
「ご心配をお掛けして申し訳ございませんでした」
「いいえ、こちらこそよ!どうぞこの後も楽しんでいらしてね!えっと…ムッシュー…」
「あ!申し遅れました。私は
「
「はい。友人は私の事をコウと呼びます。どうぞお見知りおきを…美しいプリンセス」
「コウ…?」
「あだ名です」
「コウ…」
「はい」
「姫様~っ!シャルロット様~っ!!」
とそこへシャルロット様のお名前を呼ぶ声が聞こえてきました。ぱっとシャルロット様が振り返ると、そこにはいつもより綺麗な格好をしたばあやが息を切らして駆け寄ってきました。
「ばあや!」
「もーっ!探しましたよシャルロット様!!」
「どうしたの?そんなに息を切らして」
「ウィリアム様がお呼びですよ!そろそろご挨拶のお時間ですよ!」
「あ…いっけない!そうだったわね!」
「ほら、早く姫様…っ!!」
「ちょっとばあやったら!」
「お引止めして申し訳ございません。麗しい姫様…またいつかどこかでお会い出来れば光栄です」
するとその場の空気を読んだのか、コウはスッと頭を下げて一歩引きさがりました。シャルロット様はえぇ、と一言だけコウに告げるとばあやに引っ張られてその場をあとにしました。
「何を企んでいらっしゃるのですか?」
「…セバスチャン殿」
いつの間にか執事長のセバスチャンがコウの後ろにスッと立っており、周りの人々に聞こえないくらいの声で口を動かさずに話しかけております。その気配に気が付いたコウは横目でセバスチャンを見ると、細い瞳をさらに細くして微笑みます。
「別に何も企んでなどおりませんよ。本日はガストン大臣の友人の貿易商の
「…左様ですか。しかし…いったい貴方はいくつお名前をお持ちなんです?」
「そんなこと
「そうでしたね」
「…しかしシャルロット様はお噂以上にお美しいですね。まだ少し幼さは抜けておりませんがあと1、2年もすれば誰もが見惚れる絶世の美女になられるでしょうね。非常に楽しみだ」
「姫様に近づかれるのはご遠慮いただきたく存じます」
「…あははは。美しいモノが好きなんですよ。…ってそう睨まないでください。今日は私何もする予定ありませんから」
「…貴方はされる予定はない。しかし…?」
「今宵は月が明るい。神秘的な月の光に魅せられて狂わされて…何かが起こるかも知れませんね」
「
「それでは失礼いたしますよ」
二人は視線を一切交わすことなく話し終わると、コウ―――…
セバスチャンは背中でその後ろ姿を見送ると、一度瞳を閉じて一つ息を吐き気持ちを整えて大広間の中へと戻って行ったのでした。
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