第二話 運命の女 ~Femme fatale~ ⑤

 「ウチのセバスチャンやばあやたちの入れるお茶も美味しいけれど、マイクの入れるお茶も一味違って美味しいわぁ」

「お褒めに預かり光栄ですシャルロット様」

「お爺ちゃまの焼いた桃のタルトも美味しいわ!桃とカスタードのバランスが絶妙で美味しい❤」

「そうかそうか❤お前が美味しく食べてくれてとても嬉しいぞ❤さぁ、まだまだあるからたんとお食べなさい」

「わぁーい❤」


ロベール公爵は目じりを思いっきり下げて美味しそうに桃のタルトを頬張るシャルロット様を、まるで小動物が一生懸命に餌を頬張っているのを優しく見守るように愛おしそうに見ておりました。

そして空になったシャルロット様のお皿にいそいそとタルトを切り分けて差し上げて甲斐甲斐しくお給仕のようなことをしております。


「お爺様…お気持ちは嬉しいのですが、これ以上シャルにおやつを与えてしまうとディナーに差し障りが…」


その様子を見守っていらしたウィリアム様でしたが、あまりにもシャルロット様がハイペースでタルトを召し上がるので少し心配になってストップを掛けようと言いにくそうにお二人の会話の中に入っていかれました。


「ん~?そうか?甘いものは別腹じゃろうに」

「そうよお兄様!甘いものは別腹よ!」

「…そう言ってディナーを残したら怒るぞ」

「ちゃんといただくわよぉ」


心配されるウィリアム様に対してロベール公爵とシャルロット様はどうして?といったキョトンとしたお顔で見返されます。ウィリアム様は少し呆れたように眉頭をくっ付け、シャルット様の頬っぺたにくっ付いているクリームを優しく指で拭ってあげました。


「…あのぉ」

「?」

「えっと…そろそろ本題に入ってもいいかなぁ~?」


三人がほのぼのとお茶をされているところにおずおずと申し訳なさそうに、ドミニク様は意見するように手が延ばされました。


「あ…そう言えば」

「何じゃ~せっかくワシら楽しくお茶をしていたのにっ!!水を差す出ない、バカ息子よ!」

「え、今から家族会議するんじゃなかったの父上…」

「お前の阿呆が取り繕ったような顔を見とるよりシャルロットの笑顔を見ていた方が何万倍も幸せで身体に良いわいっ!!」


フンッとけんもほろろにドミニク様を鼻で笑うかのように冷たく答えられると、ロベール公爵は紅茶を一口飲まれソファーにふんぞり返りました。


「ご家族でほっこりされるのも良いですが…ドミニク様の仰る通りそろそろ本題に入りましょう。でないと全く話が進む気配がありませんのでいい加減重たい腰を上げませんか、皆様」

「確かに…お爺様、そろそろ本題に入りませんか?お気持ちも大分落ち着いてこられたことでしょうし」


ソファーの後ろに控えていたヴィンセントが少しだけ前に身を乗り出して呆れ返ってめんどくさそうに溜息をつきながら突っ込み、ウィリアム様も同調するように進言をされました。

ロベール公爵は右の眉を上げてチラッと片目でヴィンセントをチラッと見ると、腹をくくられたかのようにお尻を浮かしてソファーに座り直し、腕を組んでフンッと息を吐き捨てました。


「気持ちは全然落ち着いてなどおらぬが…まぁよい。ヴィンセントよ、ざっくりとした親戚じゃがワシらメルヴェイユ家とは関係がないお主が中立な立場でこの会議の議長をしてくれぬか」

「まぁめんどくさいですが話が一切進む気がしないので仕方ないですね…めんどくさいですが私がこの家族会議の議長を務めましょう」


さっきよりもっと思いっきりめんどくさそうな顔をしたヴィンセントが部屋の端から椅子を一脚持ってきてズカズカと皆の前に座ると、スゥッと息を吸って深呼吸をして一旦瞳を閉じ、ゆっくりと開くと冷たい水晶のような美しい紫色をした瞳で全員のお顔をゆっくりと見られました。


「…それでは、メルヴェイユ家の壮大なる家族会議を始めたいと思います。原告、ロベール・ヴィクトール・ド・メルヴェイユ公爵、被告、ドミニク・ド・メルヴェイユ公爵。立会人はウィリアム・アーサー・フィリップ国王と妹君のシャルロット・マリー・ローズ姫。そして裁判官は私ヴィンセント・ルイ=シャルル・スチュアートが務めさせていただきます」

「原告って…」

「細かいことは気になさらないでください、ロベール公爵」

「…まるでワシが悪いみたいではないか」

「無駄なお喋りはお控えください」

「ぐぬぬ…」

「では…まずはドミニク様の言い分からお聞きいたしましょうか。とりあえず一から順に事実を話していただけますか?」

「う…うん、分かったよ」


おずおずとドミニク様が立ち上がると右手を胸に当ててまずはヴィンセント方を見て軽く一礼をし、その後ウィリアム様の方にゆっくりとお辞儀をされると意を決したように話し始めました。


「…父上!私のジャンヌの結婚をどうして認めてくれないのですかっ!こんなにもジャンヌのことを誠心誠意愛しているのにっ!!」

「馬鹿者っ!!順を追って話をせいと言われたであろうがっ!!」

「どうして父上は分かってくないのですかっ!!身分がそんなに大事ですか!?ジャンヌは確かに平民です。しかも異国からの出稼ぎの労働階級者だっ!!だけどそれがなんです!彼女は愛情深く慈愛に満ちたとてても優しい人だ!そんな彼女のことを知ろうともせずに門前払いとは…エルザスの名君、ロベール・ヴィクトール・ド・メルヴェイユの名が泣きますよっ!!」

「何を申すかこの若造が~っ!!だからお前はまだまだ甘いと言っておるんじゃっ!!お前のようなボンボン育ちで甘やかされて育った御曹司なんざ、場末の女からしたら騙すなどちょろいもんなんじゃっ!!おおかた少しばかり優しくされただけでコロッと行っちまったんじゃろうて…っ!!よいか、ドミニクよ、お前はアホで軽くて頼りないがそれでもこのエルザスの領主であるメルヴェイユ家の跡取りなのじゃっ!!嫁には然るべき良家のご令嬢を迎えねばならぬのじゃっ!!それなのにお前ときたら…30も過ぎてまだ独身でフラフラと遊んで暮らしておって…そしてやっと結婚したいと言って連れてこようとした女は異国の平民で下級の労働階級者…っ!!立場と言う者を考えろっ!!」

「父上っ!!貴方は差別をされるのですかっ!!」

「ワシは基本的には差別などしとうないっ!!だがこのメルヴェイユ家の嫁として迎え入れるとなると話は別じゃっ!!」


ロベール公爵とドミニク様はどんどんとヒートアップしていき、おでこがくっ付いてもなおお互いジリジリと鼻息荒く肩を揺らして寄っていきます。

シャルロット様はお二人のそんな様子を大きな瞳をさらに大きく見開いてビックリしたような表情でウィリアム様の後ろに隠れるように引いて見ておられました。ウィリアム様はそんなお二人をなだめながらべりっと間から引き離しましたが、お互いまだ鼻息荒く興奮している様子です。

ロベール公爵は乱れた洋服を直しながら横目でチラッと息の上っているドミニク様の様子をご覧になって、一瞬考えた後ボソッと吐き捨てるように一言発されました。


「フン…っ!まぁ…せめてどうしてもというのなら…妾くらいの立場なら目を瞑ってもやれぬが…」

「…なんですってっ!?」


ロベール公爵の仰った言葉に眉をしかめ困惑された表情のドミニク様は震えながらお顔を上げました。


「今言った通りじゃ!メルヴェイユの名は与えてやらんが…妻ではなく妾としてなら今後その娘と付き合い続ければよいのだ」

「父上っ!ジャンヌに対する冒涜だっ!!今の言葉を取り消していただきたい!!」

「ドミニクっ!!お前もいい加減自分のことを知れっ!お前はこのメルヴェイユ家のたった一人の跡取りで…そしてこのローザタニアの国王の親戚なんじゃっ!!もし万が一なにかあったらお前はどう責任を取るつもりじゃっ!」

「それは…っ!!」

「ワシの言うことが聞けぬのであれば…お前はもうワシの息子でも何でもないっ!!さっさとここを出て行け!!」

「父上…っ!!」

「この家は…ワシの弟に家督を譲る!もう決めたっ!!お前にはメルヴェイユ家の財産は一切渡すつもりはない…その身一つでそのジャンヌと言う娘と結婚でも何でもするがよい!」

「そんな…あんまりだっ!!」

「当たり前じゃっ!」

「…っ!!」

「あ…ドミニク叔父様っ!!」


ドミニク様は悲愴に満ちたお顔を震わせ、握りしめた行き場のない拳でご自身の太ももを一発殴るとパッと身を翻して駆け出してティーサロンから出て行かれました。シャルロット様は部屋を出て行かれたドミニク様を追いかけようとされましたが、ウィリアム様がそれを制止されました。


「お兄様…」

「少し冷静になっていただこう。すぐにはこの家を出て行かれないはずだ」

「でも…っ!やっぱり私、叔父様が心配だわっ」


シャルロット様はウィリアム様の制止を振り切って、ドレスの裾を翻しながら素早い足取りでドミニク様の後を追われて部屋を出て行かれました。


「シャルっ!!…全く仕方ないな…」

「えーっと…まぁ最初っから説明してくださいと申しあげたにも関わらずヒートアップされてしまいましたねぇ」

「すまぬ…ヴィンセント裁判長よ…」

「まぁ良いです。ちょうどキャンキャンと煩い感情的になりやすい姫様も退室されましたし。ここは第三者に話を伺いましょうか。ボリス殿、その辺に居るのでしょう?」


少し申し訳なく感じたのかポリポリと掻いてシュンとしているロベール公爵を尻目に、ヴィンセントは呆れたように溜息をつくと大きな声を出してボリスを呼び出しました。


「ボリスっ!お主まだおったのか…」

「申し訳ございません大旦那様。帰ろうと思ったのですが、こちらにいらっしゃるヴィンセント様に残るように言われましたので…」

「この家の顧問弁護士であるボリス殿に伺った方が一番まともな判断が出来るでしょう。ちゃんとそのジャンヌって女性のことも調べているんでしょう?」

「はぁ…まぁまだ調査中の所もありますが、ある程度は…」

「ではお話しいただこうではありませんか、ボリス殿」

「はぁ…。よろしいでしょうか、大旦那様」

「構わんよ…」


ヴィンセントの攻めたてるような冷たい視線とを背中に感じビクビクしているボリスはロベール公爵の方をチラッと見てお話をしてよいのかお伺いを立てます。ロベール公爵はもう疲れ果てたのか、瞳を閉じて溜息をついてソファーに腰掛けると腕を組んで半ばやけになっているような態度でした。


「で、では…僭越ながらメルヴェイユ家の顧問弁護士であります私、ボリス・ウィルソンが嘘偽りなく真実をお話しさせていただきます」

「うむ」


ウィリアム様もソファーに座り直して姿勢を正し、ボリスの方に身体の向きを変えて報告を聞こうと身構えておりました。ヴィンセントは少し斜に構えてソファーに座り直して足を組んで座りどうでもいいような表情でしたが、一応議長だか裁判官だかこの話の進行役であるため、仕方なしにはじめてくださいとボリスに告げました。

ボリスはネクタイの位置をキュッと直し、んんっと喉の調子を整えるとメモを片手に話し始めました。


「…ドミニク様の恋人―――…ジャンヌについてですが、本名はジャンヌ・ジュノー。年齢は20歳でして、彼女は北の方にあります小国ルテーリャ出身でして…半年ほど前にこちらのローザタニアに4つ下の弟と一緒に出稼ぎにやって来たようです。その後母親と10離れたもう一人の弟がやって来てますね。そして一家ががここペルージュに流れ着いたのは3か月ほど前のようで、ジャンヌはその後すぐに『ラ・ベール』という仕立て屋でお針子として働き出したようです」

「ふむ…」

「仕事態度はいたって真面目で丁寧と評判の様でして、少しこちらの言葉が分からないようで客とのやり取りに関して若干の意志疎通に問題があるようですが彼女自身の性格などには問題はないようです。私も客のフリをしてジャンヌに近づいてみましたが噂通りの丁寧な仕立ての仕事っぷり、そして言葉が不十分ながらも一生懸命に接客をしようとしており悪い印象はございませんでした」

「ふむ…仕事の面では真面目そうな印象で悪くなさそうですよ、お爺様」

「フンっ!」


ウィリアム様が優しく微笑んでロベール公爵に話しかけましたが、ロベール公爵は腕を組んだままプイッとそっぽを向かれてしまいました。


「しかし…10歳以上歳の離れている娘と恋仲になるとは…ドミニク様なかなかやりましたね」

「まぁ…ドミニク様も口を閉ざして真顔でシュッとされておりましたら甥っ子の陛下に似た感じではございますので…」

「フン…っ!ドミニクはローザタニアのバラとまで謳われたワシの妻、クリスティーヌにそっくりじゃからなっ!!ドミニクもじゃが姉の―――…ウィリアムとシャルロットの母でもあるマグリットもクリスティーヌそっくりの顔じゃったわい」

「まぁあの甘いマスクにすっごいボケをかますへっぽこ…母性本能をくすぐられたんでしょうかね?私には一切理解できませんが」

「ヴィンセント様相変わらず鋭い切れ味ですね」

「まぁ気にせず続きを」


しれっとヴィンセントは毒を吐きくとボリスはその毒気にドキドキヒヤヒヤしておりましたが、ウィリアム様もロベール公爵ももう特には気にされていなかったのでそのまま引き続き報告を続けられました。


「えっと…お二人の出会いは完全にドミニク様の一目惚れの様です。激しい雨の日に店先で雨宿りしていたら、ずぶ濡れのドミニク様にジャンヌがタオルとホットミルクを差出したのが始まりですね。美人が多くて有名なルテーリャ出身のジャンヌに完全に一目惚れされたようです。そしてその日以降ドミニク様は地道に毎日愛の告白をされたりプレゼント攻撃などされてジャンヌを落としたようですね」

「分かりやすい」

「ジャンヌも最初は戸惑って断っていたようですが…次第にドミニク様のお誘いを受け入れるようになったようです」

「フン…ッどうせ金に目が眩んだんだろう!ドミニクめ…ウチの財産を使い込みしやったからな」

「どれくらいですか?」

「まぁ…中流階級の年収分くらいじゃな」


ロベール公爵が恥ずかしそうにぽそっと呟かれると、ウィリアム様はあ…っと天を仰ぐように上を見つめ、ヴィンセントはあーあ…と呆れて溜息をつかれました。


「叔父上…」

「やっちゃいましたね、ドミニク様」

「自分で稼いだ金なら何の問題もないわいっ!じゃがあいつは趣味に毛が生えた金にもならん程度の作曲しかしとらんと毎日毎日フラフラとどこぞで遊びほうけておるし、ほとんど金など稼いでおらんっ!情けない話じゃ…」

「お爺様…」

「そしてついにあのバカ息子は、ワシの大切な思い出の別荘を勝手に売ろうとしていたんじゃ…っ!もうそんな奴は勘当じゃっ!!」

「あー…それはロベール様当然のことですね」

「じゃろっ!?あの別荘は…妻のクリスティーヌも生きていたころ、よく家族で避暑に行った思い出の別荘なんじゃ。マグリットもドミニクも小さいころからよくその別荘に行って楽しく過ごした大切な思い出の別荘なんじゃっ!それをあ奴は勝手に売ろうとしていたんじゃっ!!」

「許せませんね」

「せめてワシに相談してくれていたら、少しは考えてやってもいいんじゃ。しかし親の持ち物を親に内緒で勝手にどうにかしては絶対にならんっ!!あ奴はもともと馬鹿ではあるが完全に馬鹿になっておるっ!!そんな風にしてしまった女なんかろくでもない女に決まっているっ!!」

「お爺様…」

「ドミニクは…昔っから勉強も出来ず武道もダメで、全てにおいて姉のマグリットの方が勝っておった。少しくらい馬鹿でも…正直で真面目に生きてくれれば周りが助けてくれるじゃろうし大丈夫かと思っていたが、どうやらそうではなくなったようじゃ…。それにな、ウィリアムよ…ワシが結婚を反対している理由はもう一つある」


ふかふかのソファーの背に身を投げるように背を置き、ロベール公爵はまた大きな溜息をつかれると瞳を閉じて眉間の皺をさらに深く刻まれました。


「え?」

「ボリス、続きを」

「あ…はい大旦那様。えっと―――…」


ロベール公爵がボリスに合図をされるとボリスは再びんんっと喉の調子を整えて、メモを捲りました。そして深刻な表情で話し始めると、先ほどまで穏やかな表情で聞いておられたウィリアム様とヴィンセントの表情が静かな水面に1滴水を垂らし手で来た波紋のようにだんだんと曇りだされたのでした―――…。

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