第8話 ガルベラは思い出す
地面にしゃがむタクミの隣で、同じくしゃがんだナタムが、彼の背中を軽く叩いて励ましている。
そんな二人の様子を見ながら、ガルベラ・グランディーンは思い出していた。
タクミ・ヒムラ。
異世界から来た、火魔法の魔法使い。
彼と初めて会ったのは、ちょうど一週間前の、このくらいの時間だった。
(ああ、もう面倒くさい……)
誰の誘いでここに居たのか不明だったが、城の敷地内で貴族令嬢のお姉様方に捕まってしまっていた。
彼女たちに会うといつも捕まる。
聞いてもいない話を永遠と俺に話し、お世辞で返した言葉は倍で受け止める……結構厄介な存在だと常に思う。
勿論彼女たちは私より身分は下だ。
だがここで身分を使い力づくで追い払うのはどうなのか、と思うのも現実で。
将来、大陸国の人々との外交を仕事としたい私にとっては、言葉や接し方で上手くやり取りしていく事も必要必須な技術の一つだった。
だから彼女たちとのやりとり、これも修行のうち。そう思いたい……でも、ああうるさい、どうやって彼女らの話を切り上げようか。
そう思っていた矢先のことだった。
突然、目の前に黒い煙が現れると、線が動いて円を描き、その円に沿って文字が書かれ始めた。
異様な雰囲気だ。辺りの空気が急激に冷えた気がした。目を凝らし文字列に視線を送る。
(授業で教わった、あの魔法陣に似ている気がする)
覚えのある魔法陣。だがこうして実物を見るのは初めてだ。だってあの時、先生が言っていたから。「我々には作ることのできない謎の魔法陣です」と。
それまで甲高い声をあげて喋っていたお姉様方も、見慣れぬものの出現に気付いてか話をやめ、警戒をし始め一歩、二歩と後退りしていった。
流石はこの国の民だ。貴族令嬢といえど、彼女たちにも戦闘の構えが身についている。
自分の身は自分で守れよ、と心の中で言葉を話しつつ、視線は魔法陣から離さなかった。
魔法陣が完成した。と同時に陣が消え、中央から何か大きな塊りが落ちてきた。
魔物かもしれない。
そう思い、指先に魔力を集めたが、それは直ぐに解くこととなった。
明らかに落ちてきたのが人間だったからである。
『……っ! っ痛え…』
黒い髪が目に入る。開いた瞳も同じように黒い。
外見を見る限り、自分と同じ人間のようだ。
背丈も同じくらいの、黒目黒髪の青年。顔付きは堀が浅く、どこか子どもっぽさがあるようにも感じられるが……同い年くらいだろう。
彼は髪の黒さよりはやや薄い、灰色をした服を着ていた。色味は地味なのに、その服の形からは品を感じる。また服の中央には赤い生地を下げ、光沢感のある装飾品があり、それも一目で上物だということが分かった。
『って昼?! なんで……ってここどこだっ!?』
地面に倒れてぼんやりとしていたその青年が、仰向けになると、少しの間をおいて、急に起き上がり何かを言い出した。
聞き取ることができない。
黒い魔法陣に、見慣れぬ姿、そして初めて耳にする言葉。
これは間違いない、彼は異世界人だ。
一歩彼に近づく。すると彼も私に気付き身体を起こした。
『すみません、ここどこですか?』
何かを私に話しているのだが全く分からない。
だが、何をしたらいいのか分からないわけではない。なぜなら私はこの解決方法を知っているから。
「ガルベラ様? その方、変な魔法陣から出てきましたのよ?!」お姉様方が後ろで何か口々に言っていたが気にしなかった。
根拠は何処にもなかった。
でも確かに今感じたのだ、『彼は安全だ』と。
互いの言葉が通じず、不安そうな表情を見せた彼と目が合う。
「君、来たまえ」
言葉は分からなくともきっと通じる。
そう信じて声を掛け、彼の背中を軽く押し、自分に着いてこいと身振りをした。
すると彼は静かに私の後をついてきた。
そうとなれば「彼の相手があるから」とお姉様方から離れた。いい時に現れてくれた彼に感謝とそのお礼をしなければ、そう思い足を進める。
城の中へと入れば、周りの騎士たちに声をかけていった。そのまま客室まで進み、椅子に座るよう彼に促す。
椅子を見つめ、それから俺に顔を向けた彼。
私から笑顔を向ければ彼は頭を下げた後、静かに腰を下ろした。
「ガルベラ様、お持ち致しました」
騎士の一人が金属製の首飾りを持ってきた。手に取ればチャリ……と小さな音が鳴るのが聞こえる。
これは翻訳の魔法陣が刻まれた首飾りだ。これに魔力を流すと相手と話ができるようになる。
主に大陸国から客が訪れた時、言語の異なる者同士ですぐに会話ができるよう、各国が協力して開発した魔法具だった。
貴重な物で、王族や外交に携わる一部の貴族しか持たない翻訳の首飾り。
それを一つ持ってきたのだ。彼に渡すために。彼が首飾りを手にした時に、私がこの首飾りに魔力を送れば、互いに言葉が通じるようになるはずだから。
小さく音を立てて、首飾りを机に置く。
見知らぬ土地へ来て、見知らぬ者から差し出されたものを、人はそう簡単に手に取るだろうか。そう思ったが目の前の彼は躊躇いもなく直ぐに首飾りを手で持った。
思っていたよりも警戒心の薄い人のようだ。
となれば、と首飾りに向かって魔力を送る。
「私の話す言葉がお分かりになりますか」
彼が驚いた顔をした。これは成功のようだ。
「聞こえます、あの、……私の名前はヒムラタクミです」
「ヒムラ……タクミ、ヒムラ?」
「名前がタクミです。ヒムラは家名です」
「そうか。タクミ、失礼した。私の名前はガルベラ・グランディーン。この国ジラーフラの第三王子だ」
名乗った途端、彼が僅かに動きを止める。
「お、王子様ですか。お初にお目にかかります。……あの、ここは一体」
そして彼は深々と頭を下げると、話を始めた。
二ホンという国に住んでいたが、仕事の帰り道で黒い影に足を盗られ、気が付いたら私の前に落ちてきたのだという。
歳は今年二十三、伴侶はおらず両親は他界しており、独り身である。
私が「君は違う世界へ来たと思われる」と話すと、驚いた顔をした彼は少しの間考え込む様子を見せたが、「そうなんですね」と言うと静かに笑った。
(突然世界を渡った者が、こうも静かにいられるのだろうか。私だったらもっと動揺すると思うのだが)
民族の違いか、それとも単なる年齢の差か、今はまだ感情の見えにくい青年に興味が沸く。
それでも彼を疑おうとしないのには、ちゃんとした理由があった。
彼が現れたあの魔法陣。それが異世界とこの世界を繋ぐ魔法陣であると分かったのは、過去にも彼と同じように魔法陣を通ってきた人たちの記録があるからだ。我が国ジラーフラの記録ではなく、大陸国の記録ではあるのだが。
もちろん魔法陣そのものの詳しいことは未だ分かっていない。
いつ、どこで、どの様な条件で陣が形成されるのか。またなぜ魔法陣が出現するのか、なぜ一方的にしか異世界人が来ないのか……など、殆どが謎のままだ。
だが、過去の記録からその魔法陣を通ってきた人は必ず異世界から来ている、という事だけは分かっていた。
そのため過去の記録をもとに様々な話し合いがされた結果、自国に異世界人が現れた場合は国民として受け入れ、国が一年間の生活の保護を行うよう、各国共通の規律までもが作られていた。
バタン、と大きな音を立てて部屋の扉が開く。
「入るぞ、……ガルベラ! 異世界からの人間を保護したと聞いたが本当か!」
「あ、兄さん」
「あ、じゃないだろう。……お前は何故私の仕事を知りながら、報告もせずに勝手に対応するのだ!」
「それは、直感で安全だと思ったからです!」
「馬鹿か」
許可もなく部屋に入れるのは王族の人間だけだ。
声がして振り向くと鬼の形相をした兄・ランタナ第二王子が大きな足音と共に迫ってきた。
正直にタクミの事を兄に伝えると兄は大きなため息を吐いて、彼の方へ向きを変えた。
「ガルベラの兄、ランタナだ。君に幾つか質問をさせていただく」
「はい。あの」
「何だ?」
「お二人はコスプレイヤーとかではないですよね?」
「「……こすぷれ?」」
兄ランタナは主に国内の異常情報をまとめ、対応する仕事をしていた。
その中に異世界ついての事案も含まれていた。
そして彼からは、もしも異世界の魔法陣に遭遇したら、直ぐにその場を離れるよう忠告されていたのだ。魔法陣の中から何が現れるかまでは分からないから、と。
すっかり忘れていた。
幾つかの質問をしていった兄は、再び大きなため息を吐く。
「ガルベラ、今回は相手がタクミで良かったな」
どうやら彼は安全な人間らしい。
ほら、やっぱり俺の直感は正しかったじゃないか。
兄とタクミが改めて挨拶をしているところを横目で見ながら、用意されていたお茶を口に含んだ。すると「後はガルベラの好きにしなさい」と言い残し兄は去っていく。
椅子に座り黙っている異世界人タクミは、俺の視線に気が付くとこちらを向いた。
黒い髪に黒い瞳。
吸い込まれそうな闇色の瞳をしている。
神秘的だ、彼の色は。まるで火山地帯で見つかる宝石のような色をしている。
さて、何か話をしよう、そう思い彼に今後の希望を尋ねてみると、彼は「仕事をして一人で生活出来るようになりたい」と言った。
仕事を紹介するのが手っ取り早いとは思った。
だが〝魔法のない世界〟から来たという彼の話を聞いて、この方が面白くなるんじゃないかと思い、私は彼に王宮学園の入学を勧めてみた。
「魔法を使う?」
「ああ、この世界は魔法が存在する。誰もが当たり前に持つ力だ。タクミの世界には無かったのだな?」
「はい、なので驚きました」
驚いたというが、彼からは先ほどよりも驚いたような様子は見えず、殆ど表情も変わらない。
もともと表情の乏しい種族なのだろうか。そう思うとますます彼に興味が湧いてきた。
「タクミ。タクミが良ければ私と友人にならないか?」
「え?」
「私はタクミともっと話がしたい。そして私もタクミにこの国の話がしたい。
一年という期限付きだが、私と一緒に学園に通って勉強をしないか?」
なんだかナタムと初めて会った時と同じ感覚がする。
相手が安全だとか素性が分かっている、とか関係なく『この人とは仲良くなれそう』という直感。
今までこの直感が外れたことは無かった。
先ほどその直感に頼ることを叱られたばかりな気がするのだが……まあいい。
どうだろう、と彼の返事を待っていると、乏しかった表情が一気に笑みに変わった。
「分かりました、ありがとうございます。王子様、これからどうぞよろしくお願いします」
よかった、私たちと同じようにちゃんと笑ってくれる人だった。安心してほっと息を吐く。
「私の事は愛称で構わない。敬語もいらない。今日から友達だ」
「ガルベラ……うん、よろしく!」
あの時、思い切って話をしてみて良かったと今でもそう思う。
友達宣言をしてからのタクミは、私が驚くほど態度がガラッと変わった。
その理由が気になって話を聞いてみると「初対面だったから仕事の時の態度を取っていたんだよ」と言っていた。
仕事と私生活であれだけ態度を変えられるのか、もしかしたら彼は結構凄腕の人間かもしれない。
そして客室で簡単にこの国の事を説明した後、両親にタクミの紹介をしたら、二人とも快くタクミを受け入れてくれた。
母からは貴方の勉強になると思うから、貴方が責任を持って保護してあげなさい、とも言われた。
再び客室へとタクミを案内し、何日かはここで生活してよいと伝えると「ありがとう」と彼は再び頭を下げた。
彼の入学の連絡を学園にするよう、周りに指示を出したり、彼の身の回りのものを揃えるよう指示を出す。夕食を済ませてから更にあれこれと終わらせて、寝る前にお茶を……と客室を伺ったところ、「タクミ様は眠られております」と近侍から報告が入った。
疲れていたのだろう、そう思いその日は彼を起こす事はなく。出来ればこの国のお茶を飲んでもらいたかったのだが。
それは明日の朝、飲んでもらえばいいだろう。
そう思っていた自分を叱りたいと思ったのは、その次の日の朝のことだった。
ただならぬ空気を感じて飛び起き、その気配を目指して中庭へと出れば、タクミが取り押さえられていた。
よりによって、あのロゼリスにだ。
彼女は彼を花泥棒だと言う。
まさか本当に? 私の勘が外れた?
そう顔を青ざめた途端、彼の口から飛び出した言葉に、私も周りの騎士たちも、そしてあのロゼリスまでもが呆然としてしまった。
「……はあ? 何でわざわざ花なんかを盗まなきゃいけないんですか」
その言葉をまさか彼女相手に言い返すとは。
そして彼は、自分で自分の潔白を証明した事に気づいていない。
その状況に気付いたら楽しくて楽しくて。
これから面白いことが起こりそう、そう感じた。
いや、昨日のうちに事を済ませなかった自分に叱る気持ちはちゃんとある。彼に謝罪を述べたのち、幼い子に教えるように、分かりやすい言葉で説明をすれば、「俺こそ勝手に触ってごめん」と今度は彼が呆けた顔で謝った。
私の勘は、昔から不思議と当たるのだ。
彼は大丈夫。
その勘を今も信じたい。
そう思わざるを得ないのは、その彼が今、とある壁にぶつかっているからだった。
火魔法の特化型。
私と同じ特化型ではある。
が、気になるのは彼が土魔法ではなく火魔法であることだった。
土魔法5を持つ魔法使いは、もちろん国民全体数からしたら少なくはある。
だが王族の中には過去にも何人か存在していて、それ以外の者でも土魔法を得意とする者が多かった。
子どもの魔法の種類が親と同じになることも多く、私の曽祖父も土魔法5を持っていたと父から聞いている。そのため王家に残る記録からも、土魔法に特化した王族が王族としてどんな魔法使いとして活躍したかを幼い頃から知っていた。
水魔法5の魔法使いは、土魔法5よりも多い。流石は建国神話の中でも、創造の魔法と表現されるだけの事はある。
世界的にも水魔法使いは多いが、海に囲まれた土地柄なのか、我が国は特に水魔法使いが多かった。
水魔法を得意とする多くの国民と、土魔法を得意とする王族で構成された我が国では、自然とその二種を生かした仕事が多く存在するようになっていた。
それに比べて火魔法はどうだろうか。
火魔法1~2はよくいるが、その数は水魔法や土魔法と比べると圧倒的に少なく、火魔法を得意としている者で身近にいる者といえば、騎士隊員くらいだった。
魔物や他国から襲撃を受けた際、即効性のある彼らの火魔法は戦力になる。その為、火魔法を扱える者が騎士団に入団する率は高い。
タクミが火魔法は攻撃的な印象だと言っていたが、その感覚は間違っていないと思う。
(私が知る限り、我が国では火魔法5の者はたった一人しかいない)
……そして今、二人目がタクミになった。
友人宣言をしてからは、保護者いうよりは、仲間として色々と補佐をするつもりではいたが、タクミの魔力の型には正直驚きを隠せなかった。
異世界から来た、火魔法に特化した魔法使い。
きっと特別な魔法使いになる気がする。
彼はこの国に繁栄をもたらす存在となるだろうか、それとも脅威となってしまうだろうか。
自分としては、最初に感じた『彼は安全だ』という己の感覚を信じたいところだが。
でも先ずは、落ちてきたのが自分の元であったことに感謝したい。自分の元なら、彼から話も聞けるだろうし、支援も沢山できるだろうから、と。
(彼の為にも、そしてこの国のためにも、彼の事を全力で補佐しよう)
こんな風に話を聞いたりして。
そう心に刻むと、ガルベラは彼の胸元につけられた赤い星をじっと見つめた。
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