第9話 ???年────憎悪の醸成

 東地区教導師長一家惨殺事件から三年後――ダスティン・ブラックウッドは、亡きクレハ・ミタニの隠し子、イチヨウ・ミタニを保護していることを発表した。

 イチヨウの母が元娼婦であったこと、ブラックウッドに保護されるまで、イチヨウが貧民街スラムの酒場で働いていたこと、彼女が文字の読み書きすらままならなかったことを、ブラックウッドはあっさりと公表した。

 今は亡きのために、せめて彼が残した忘れ形見にそれ相応の教育を施したい。ブラックウッドの行いは、多くの人々に美談として受け入れられていた。

 だが、イチヨウ本人に向けられる視線は、実に冷ややかだった。

「良かったなあ。ブラックウッドの旦那に拾ってもらって。男に股を開いて暮らしていた酒場女が今ではお嬢様だ」

「あの子、お嬢様ぶってるけど、元々は娼婦の娘なんでしょ? どうせ今でも男に色目を使って、色々甘めに見てもらってるんでしょうよ」

 ブラックウッドは賞賛を浴びたが、イチヨウには冷笑が浴びせられた。彼女が何を成し遂げても、それらは全てブラックウッドの手柄になった。

 さすがブラックウッド卿。酒場の女を、ここまで育て上げるとは、なんと素晴らしい男であろうか。

 彼らが褒め称えるのは、あくまでもイチヨウの背後に居るブラックウッドだ。イチヨウではない。

 いつからか、イチヨウはお人形さんドールと呼ばれるようになった。ブラックウッド卿が手元に置く、彼の意のままに動く、可愛い可愛いお人形。

 人形ドールはまだマシだった。実際には、人々はイチヨウのことを操り人形マリオネットだと嘲笑った。

「随分とご立派なことを言ってるが、あれはあの操り人形マリオネットちゃんじゃなくてが考えたことだろ。女があんなことを思いつくはずがない」

「あんなお澄まし顔しちゃってるけどさ、結局は全部のおかげでしょ。良いわよねえ、何の努力もしないで、教導師長になれるのよ。恥ずかしくないのかしら」

 ブラックウッドが聖人、善人、人格者だと称えられる一方で、人々はひたすらイチヨウのことを貶し続けた。

 自分の頭では何も考えない、どうせ男に色目を使っているに決まっている、女だからと甘やかされているに違いない、パパが居なければ何も出来ないくせに調子に乗っているいけ好かない女。

 彼らは知らない。甘やかされるどころか、イチヨウには何の自由も与えられていなかったことを。

 所作、言葉遣い、声の高さから吐息の回数まで。ブラックウッドの理想からほんの少しでも外れると、数時間は罵倒された。鞭や拳が飛んできた回数は数え切れない。

 それでも彼らは感謝しろと言うのだろうか。貧民街スラムに産まれた汚らわしい女の後ろ盾となり、育ててやったのだからと。

(··········殺してやる)

 表向きは、ただひたすらブラックウッドに付き従う頭の軽い女の振りをしながら、イチヨウの胸中には怒りの炎が燃え盛っていた。

(権力や腕力で女を押さえつけ、女を人間ではなく所有物として扱う男どもも、そんな男に尻尾を振る奴隷女も、殺してやるわ)

 ブラックウッドの手の内に捕らわれてから、八年後。彼はイチヨウとの婚約を大々的に発表した。

 

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