広津さんおたおめ

「ヒロツ!」

「エリス嬢、何か御用でも?」

本部の地下駐車場へ降りる昇降機前、ポートマフィア百人長・広津柳浪は突然沸いて出た少女の声に動ぜず振り返り、その小さなファースト・レディに礼をとった。

長い金色の髪、大きな碧の瞳、白い肌に赤いドレスを纏う西洋人形めいた容姿の少女は、にこりと微笑むと背中に隠していた白いレースのリボンがついた新緑色の袋を広津に差し出してくる。

「おシゴトお疲れ様! 此れは私とリンタロウからよ。お誕生日おめでとう。明日からもヨロシクね!」

「此れは此れは……随分有り難いものを」

僅かに漂ってきた香りに破顔して丁重に受け取る。極一般的にも馴染み深い紅茶だが、此れは幹部や来客用に何年も前から契約で確保されている高級品であろう。今年の分は最近の流行でさぞ市場の小売価格が上がるに違いないと考えていたところだったので心底有り難く受け取った。抑首領が呉れるものを拒否する権利はないが、あの上司は不要なものを寄越したりはしないのだ。

「お礼に伺いたいのですが……本日はご多忙で?」

「自業自得よ! ヒロツが来ると言い訳して遊んじゃうから今度ね。

また美味しいお茶と珈琲を飲ませて頂戴」

「承知しました。では機会がありましたら」

 応えてまた礼を取ると、「ええ、お願いね」と小鳥のさえずりのような可憐な声を残してパタパタと軽い足音が遠ざかって途切れたのを聴き届けて広津は顔を上げた。

「ふむ……」

 結構な量を分けてくれたようで、そこそこに重い贈答品を眺めて口の端を上げて笑みを深くする。先程エリスに向けていた喜びと感謝の微笑みとは違う少々意地の悪い笑みだ。

「……先ずは部下達の腹と舌にたっぷりとこの味を覚えさせてやらねば」

 どんなに高級品の味など判らないと泣き言を云う部下も、何度も胃を紅茶で漬け込まれるうちに区別がつくようになるであろう。要するに慣れなのだ。此れも教育である。

今年の茶葉の出来についての情報や、明日からの腕磨きの予定を機嫌よく立てながら広津は帰路を辿った。


〈了〉

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