宇宙人たちの夕暮れ

ぽてゆき

宇宙人たちの夕暮れ

 黄昏の並木道、3人の女子高生がおしゃべりしながら歩いている。


「ねえ、内緒だよ……」


 3人の中で一番小柄な少女マイが、声をひそめて語り出した。


「えっ? なに? また太ったの?」


 ケラケラ笑いながら茶化したのは、3人の中で一番毒舌な少女カンナ。


「もう、まだ何も聞いて無いのにひどいじゃない! 確かにマイちゃん、ちょっとふっくらしたようにも見えるけど、太ったまでは行かないし、そもそもそれを本人に言っちゃダメなんだからね!」


 カンナを諭すナナミは、心の中で優しさと天然を飼い慣らしている系少女。

 そんな2人の性格・性質を知り尽くしてるマイは、あえてスルーして話を続けた。


「内緒だけどね、私……宇宙人なんだ」

「ふーん、そんなことか……って、突然ぶっこんで来たなおい!」

「カンナちゃん、驚くことはないわ。だって、マイちゃんはいつも大体そんなことばかり言ってるもの」

「うん、2人ともとにかく私の話を真剣に聞いて。本当に宇宙人なの。2人のこと、心から親友だと思ってるから打ち明けることにしたの」

「だーかーら、どうせ嘘付くならそんなんじゃなくて──」


 そう言いかけたカンナだったが、冗談みのかけらもないマイの真顔を見て、「えっ、マジの話なの……?」と、声のトーンを下げた。


「うんマジなんだ。ねえ、うちにある車の色って知ってる?」

「えっ、マイんちの車? えっと、コンサート会場に送って貰った時のあれでしょ? 色? って、全然意識してなかったけど……確か……」

「シルバーだよ、ねっ、マイちゃん」

「うん、ナナミ正解」

「きー、悔しいー! ……って、だからなに!?」

「分からない? 宇宙人が乗ってるUFOの色ってほとんどシルバーだよね……ってことは?」

「ま、まさか……宇宙人だからマイんちの車の色がシルバーなの!? うっそ。それじゃ、本当に宇宙人だったんだ……って、なるわけあるかい! めちゃくちゃありがちな色じゃん! それだけで宇宙人って言うなら、そこら中みんな宇宙人だらけでしょが!」


 と、言ったそばから通りがかった家のガレージにシルバーのセダンを見つけたカンナは、それを指差しながら叫んだ。


「よく聞いて。それだけじゃないの。私んちの家の鍵も実は……銀色なの」

「キャー! 車だけならまだしも、鍵まで銀色なの!? マイちゃん、本当に宇宙人だったのね……」

「いやいやいや、なに言ってんのナナミ! 鍵なんてほとんど銀でしょ? 逆に、それ以外の色を見たこと無いぐらい銀ばかりじゃん!」

「うん、カンナの言い分はよくわかる。でも、これを見てくれたらきっと信じてくれるはず」


 そう言って、マイは鞄の中からスマホを取り出し、自分の口元に近づけた。


「ヘイ、ニュレリ。私の本当の家がある場所はどこ?」


 AIアドバイザーのニュレリに問いかけるマイ。

 すると……。


「アナタ、の、ホントウの家、を、地図アプリで表示、します」


 カタコトの言葉と共に、スマホの画面が地図アプリに切り替わった。


「ほらこれ……」


 マイは、ニュレリが提示した本当の家が映るスマホ画面を両隣の2人が見えるように腕を伸ばした。


「ウソ……う、宇宙……宇宙の地図!?」

「ほらカンナちゃん、マイちゃんの言ってたことは本当だったでしょ? 私は最初からずっと信じてたんだから」

「う、うん……これを見せられたらぐうの音も出ないよ……っていうか、地図アプリって宇宙の地図も見れるんだ知らなかったヤバッ……」


 さすが、小さな頃からスマホに触れてきた生粋のスマホ世代だけあって、ずっと懐疑的だったカンナですら、スマホの中に住むAI秘書のニュレリによって一気に肯定派に変わった。


「マイが宇宙人だってのは分かった。それじゃ、なんでこの地球にやってきたの? 数え切れないぐらい沢山の星があるのに」


 と、カンナはスマホ画面に映る宇宙を見つめながら問いかけた。


「とても綺麗な星だから近くで見てみたくて……って、それもそうなんだけど、カンナとナナミには真実を話す。だって親友だから」

「マイ……」

「マイちゃん……」

「うん。実はね……私たちは、地球を乗っ取るためにやってきたの……!」

「えー!? ま、ま、マジで!?」

「カンナちゃんダメだよ疑っちゃ。マイちゃんは私たちを信頼して真実を話すって言ってくれたんだから」

「い、いや、そうだけど、『乗っ取る』だよ!? ナナミはそれ聞いて平気なの!?」

「しょうがないじゃない。それが真実なら」

「そっか……って、なるかい! 受け入れ体勢どんだけ~!」


 いつもよりも大げさにツッコむカンナ。

 マイはそんな彼女の肩に優しく右手をポンッと置いた。


「こんな話、すぐに信じられなくて当然だよ。でも、私は2人に知っておいて欲しかった。ただそれだけだから」

「マイ……。じゃあ、仮にその話を信じるとして、どうやって乗っ取るつもりなの? って、そんなの言えるわけないか……」

「ううん、この話を切り出すなら、2人にはとにかく何でも話さなきゃって覚悟は決めてるから。乗っ取る方法、それは……」

「う、うん……」

「イシュンデシハイカニオック装置っていう名前の装置を使うの。パパとママが実家の惑星から持って来たヤツ。これを使うと、あっという間に乗っ取る事ができちゃうんだって……」

「マ、マジ!? こわっ! ヤバッ! ミナイデワタシノパイオッツ装置ヤバッ!」

「カンナちゃん、名前全然違うから。間違えるにも程があるよ……ププッ……」


 と、いつも冷静なナナミが思わず吹きだす。

 意外と、その手のド直球なしょうもないオヤジギャグ的なネタに弱いのだ。


「ほんと、私が意を決して告白してるのにカンナったら……でも、そういう所が好きなんだけど!」

「へへっ、どーも! って冗談はさておき、その恐ろしすぎる装置って使おうと思えばすぐに使えるもんなの?」

「うん。地球に来るまでの間でちゃんと準備は済んでるから、やろうと思えばいつでもやれるってさ」

「うわっ、やっぱそうなんだ……。でも、まだ使って無いってこと……だよね?」

「うん。使って無いし、使う気も無いみたい」

「そうなんだ。マイちゃんありがとう。マイちゃんのパパとママもありがとう。ほら、カンナちゃんも感謝しておきなさい」

「お、おう、ありがとうマイ……って、いやいや! 使う気が無いのは地球人として助かるけど、一体どうして? 乗っ取りに来たんでしょ?」

「うん。私も含めて3人とも地球の生活満喫しちゃってるから……かな? パパは隠れみのってことでIT企業に勤めてるんだけど、宇宙人としての最先端知識を活用しまくってあっという間に出世しちゃってるし、ママはママでその知識を美容と健康に活かした独自のアンチエイジング法を編みだして何冊も本を出して儲けまくりだし、私は……こうやって最高の友達と幸せな時間を過ごせちゃってるから! 乗っ取るなんてもったいない……てね」

「マイ……」

「マイちゃん……」


 オレンジに染まる空の下、制服を着た3人は誰からともなく寄り添って、ギュッと抱きしめ合った。


「それにね……」


 と、2人の体から手を離しながらおもむろに語り出すマイ。


「実は今度、松本先輩に告白しようかなって思ってて……」

「……うそーっ!! あの歴代最高の生徒会長と言われるカリスマ中のカリスマに!? って、マイあんた、サッカー部の鈴木が好きだったんじゃなかったっけ?」

「カンナちゃん、情報古いよ。マイちゃんがつい最近まで好きだったのは文芸部の川島君」

「そ、そうだったの? って、どっちにしても今は松本先輩なんでしょ!? マイは可愛くて頭も良いし……って、もしかして宇宙人だから!? いやいや、それはともかく、どんだけハイスペックでも松本先輩だけは無理だよ! だって、カリスマモデルの芸能人と付き合ってるって噂聞いたよ私! さすがに手が届かない……ちょっと待って。マイ、あんたもしかして……」

「私も思った。マイちゃんもしかして……」

「フフフ、さすが私の親友。察しちゃったみたいね」


 不敵に笑うマイ。

 ゴクリと唾を飲み込むカンナとナナミ。


「……そう、あの装置を使っちゃおうかなって!」

「マ、マジか……! あの、恐るべき、ミナイデワタシノ──」

「カンナちゃん! それやめて! 夜思い出しちゃって絶対寝られなくなるから……」

「分かった分かった! えっと……なんだっけ?」

「イシュンデシハイカニオック装置だよ! それを使えば、あのカリスマと付き合うことだって容易いこと……フッフッフ……」

「マイ、あんたワルだよ……宇宙一のね……。でも……めちゃくちゃ面白そうそれ! いつやるの、いつやるの!?」

「うん。カンナちゃんの気持ち分かる。私も凄く気になるもの……ていうか、私も気になってる人がいて……」

「えっ、ホント? お堅いナナミが恋しちゃってんの?」

「うわっ、マジ? 大事件じゃん! マイが宇宙人ってこと以上の大事件!」

「フフッ、ホントそうだね。ねえナナミ、誰? 誰なの誰なの??」

「えっと……レオナルド君……キャッ、恥ずかしい……!」


 と、照れて赤く染まるほっぺたを両手で隠すナナミ。

  

「えー!? あの超絶イケメンハーフのレオ様!?」


 声を張り上げて驚くマイ。


「マジか! カリスマ松本先輩に匹敵するぐらいの大物じゃんか! 大人しそうな顔していつの間に……このこの!」


 カンナは笑いながらナナミの脇腹を指で突っつきだした。


「ちょ、ちょっとやめてよカンナちゃん、も~。いつの間にって言っても、ただ好きになっちゃっただけなんだから。上手く行くなんてこれっぽっちも思ってないし……」

「フフフ、お嬢さん。そんな時に使える良いモノありまっせ……」


 マイはわざとらしく口元を歪めながら、ヒッヒッヒと笑ってみせた。


「えっ? ウソでしょマイ……あんたまさか……」

「ヒッヒッヒ……私がなんのためにこの星へ来たのか分かったよ。それは、最高の男子と付き合うため。そして、親友の恋愛を応援するため……!」

「マイちゃん! ありがとう!」

「フフフ、どういたしまして。そんじゃ早速、どんな流れでイシュンデシハイカニオック装置を使えば良いか作戦会議を……」

「ちょっと待った! 2人だけずるい! 私だって……」

「あら、カンナちゃん。あなたも好きな人いたの?」

「い、いるよ……!」

「うそっ! 全然知らなかった! 誰? 誰なの誰なの??」

「えっと……って、なんか急に恥ずかしくなってきたんだけど! それにマイって宇宙人なんでしょ? そんなマイになんか話したりなんかしたら、宇宙中に広まっちゃったりしないでしょうね……」

「失礼な! っていうか、地球だって宇宙の一部なんだから、カンナもナナミも同じ宇宙人だよ!」

「……うん。そうだよね。マイちゃんの言うとおりだよ。だからカンナちゃん、早く好きな人教えてよ」

「そっか……って、単に知りたいだけでしょが! 分かった分かった。じゃあ、2人とも、ちょっとこっち来な……」


 と、カンナは2人を手招きして自分の口元に呼び寄せた。

 そして、「ホントに内緒だよ……ぼそぼそぼそっ……」と小声で耳打ちすると、2人は揃って「えーっ!?」と声をあげた。


「カ、カンナちゃんほんと!?」

「ウソでしょ!? 私たちの相手よりも凄いよある意味!」

「マジなんだな……これが」


 そう呟くカンナの表情を見て、マイとナナミは冗談じゃないことを悟った。


「これは、歩きながらする話じゃないよね……」

「うんうん。私が意を決して宇宙人だって告白したのが恥ずかしいぐらい。これは、じっくり腰を据えて話すほどの案件よ……ってことで、ファミレス行き決定!」

「うん賛成! 私、タピオカミルクティーパフェ食べる!」

「おっ、良いじゃんナナミ。それじゃ、私はイチゴ生クリームパンケーキサンドタワー!」

「おいおい! マイ、また太る気?」

「大丈夫なんだなそれが。宇宙仕込みのダイエット法を知ってるから……フフフ」

「マジか! それじゃ私は……トリプルハンバーグステーキ!!」


 カンナが元気よく手を上げながら、とてもおやつとは思えないメニューを叫んだ瞬間、マイとナナミは思いきり笑い出した。

 ウケたウケたとばかりに、カンナも一緒に笑い出す。

 

 宇宙の片隅にある夕焼けが綺麗なこの星には、宇宙人たちの笑顔がよく似合う。

 



〈了〉

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