挑め!冒険者ギルド!

 パーティーを追放された盗賊シフに最大の試練が訪れてから、数日が経った。

 恐るべき強敵、施設を初めて利用する際の気恥ずかしさを相手に、シフはポチをお風呂に入れたり、酒を呑んだり、再放送や先行配信をすることでなんとか戦わずに済ませていた。

 しかし、ここ最近は酒を呑んでいると魔道士ツンのじっとりとした物理的重みすら感じる視線を受け、戦士リキにはなにかと説教をされるようになり、暗黒冥炎獣デスヘルケルベロスのポチには露骨に見下される態度を取られるようになる。

 盗賊シフ、最大の危機の到来であった。


「ぴぇー」

 太陽は空高くにあり、シフはノミオスの酒場にある。

 甲高い声で泣き、酒を煽る。

「こういう時に限って、ゴウマ君は長期迷宮攻略に行ってるし、このままだと美味しくお酒が飲めないよぉ」

「と言ってもシフさんがなんとかしないといけませんからね……」

 依頼を受けるだけなら、レイヴが勇気を振り絞るだけで良いが、シフ自身が冒険者ギルドで依頼を受注しなければ、この状況は解決されない。


「僕と初めて話した時のように受付の人に話しかけられないんですか?」

 元勇者で現無職のレイヴが豆とグヴァル肉のよそ見煮を食べながら尋ねる。

 この酒場で最も安いメニューである。


 グヴァルは主に家畜を襲う最下層の四足魔獣であり、その肉はどこをとっても硬く、いやな臭みがあるが、数だけは多いので食品としてはポピュラーである。

 豆の品質は粗悪であり、粒はやけに小さく黒ずんでいる。

 それを酒の製造過程で出来る不純酒液と獣醤でぐずぐずになるまで煮込んだものが、豆とグヴァル肉のよそ見煮である。

 味が異様に濃いが、グヴァル肉に一応食べ物としての食感をもたせられたことは評価されている。


 閑話休題。


「あのさ、レイヴ君と話すことと冒険者ギルドの受付の人と話すことはぜんっぜん、難易度が違うんだよね」

「と、いいますと」

 シフは少しだけ顔を赤らめて、レイヴの耳元でそっと囁く。


「レイヴ君の方から話しかけてきてくれたから」

「えっ……」

「向こうから話しかけてくれる分にはアタシだって話しやすいし、メン募の主としてはこっちの方がイニシアチブ握ってるから、こっちから話しかけないといけない上に、ホームの冒険者ギルドにいる受付さんと話すのはわけが違うんだよ」

「参考になります」

 照れくさそうにシフがクソのような言葉を吐き捨て、レイヴが真剣な顔でメモをとる。祝福するかのような太陽の光は酒場の屋根に阻まれて、シフとレイヴを照らさない。それは二人の未来を暗示するかのようであった。


「しかし、難しい難しいと言っても、逃げるわけにはいきませんよ」

「ぴぇー……でも確かにそうだねぇ」

「そうと決まれば善は急げです!!」

 言うや否や、レイヴが立ち上がり外に出んとシフの腕を掴んだ。

 シフは顔を膨らませ、主人に望む方向と別方向に連れて行かれる柴犬が如くに拒絶する。


「甘いよ、レイヴ君……!!君は急がば回れという言葉を知っているかな?」

「知りません……不勉強なもので……」

「急ぐとガバが発生するから、回れって意味なんだよ」

「勉強になります、で回れって何をどう回ればいいんでしょう」

「さぁ……でもアタシはただ酒を呑んでいるわけじゃないからね、この飲酒行為に答えはあると思うんだ」

「酔いを回す……と?」

「フフ……そういうこと」

「そうか、確かに飲酒すると気分が大きくなったりするからなぁ」

「急がば回れ、だよレイヴ君」

「勉強になります」

 シフは瓶から直接酒を煽り始め、レイヴは再び着席しシフの言葉をメモに書き留める。今二人はゆっくりと、しかし確かに冒険者ギルドへの歩を進めていた。


「シフちゃん、飲酒時の冒険者ギルド利用は禁止だよ」

 不思議なことに、歩きでも急ブレーキの衝撃は大きいらしい。

 シフは天を仰いだが、そこにあるものは神の玉座ではなく、汚い天井である。

 レイヴはメモに一文を付け加え、シフに向き直った。

 そしてシフに助言を送る謎の男はA級冒険者、イーヌーガ・スッキャデである。

 

「万策尽きた……もうダメだ……このまま一生入手した金貨で投資を行って、飲んだくれる日々が続くんだ……!!」

「そ、そんな……」

 シフが絶望に涙を流し、レイヴがその場に膝から落ち崩れる。

 イーヌーガは心の中で「羨ましいなぁ」と思ったが、それは口にしない。

 彼には決意があるのだ、シフを絶対に立ち直させるという決意が。


 イーヌーガはポチに餌を与えている一味の一人であった。

 ポチは非常に賢く、そして人間の欲望を煽り立てる。

 人の犬に餌をやってはいけないと思いつつも、その理性を嘲笑うかのようにポチは欲望の火種に風を送る。

 暗黒冥炎獣デスヘルケルベロスの名は伊達ではない。

 幾人もの冒険者がポチの毒牙にかかり、餌をやることとなった。

 そして、一度餌をやればズブズブと沼に落ちていくこととなる。


 ポチは一度餌をくれた人間が、餌をくれそうにない時――切なそうな瞳でじぃっと見る。目を潤ませて、何も言わずじぃっと見るのだ。

 これはいけない、罪悪感を刺激された冒険者はポチに餌を与えることとなる。

 そうやってズブズブと悪の権化であるポチは肥え太っていくのだ。


 もはや、イーヌーガはポチの毒がから逃れることは出来ない。

 出来ることと言えば、シフに恩を売ってポチの件がバレた時になぁなぁにすることぐらいだ。

 シフを絶対に立ち直させるのだ!そして、ポチの件がバレた際はその功績を持って手打ちとする!

 イーヌーガの心に保身の炎が燃えていた。

 青色の炎である。

 冷たく見えるが、その実、赤い炎よりも熱い。


「とりあえず酒を抜くんだ、そして……シフちゃんにはこういう手段がある!!」

「こ、これは……」

 イーヌーガが手渡した二枚のビラの内、一枚をレイヴに回した後、シフはじっくりとそのビラを見た。


「初級冒険者向け、コミュニケーション力育成講座!!」

「冒険者ギルドに所属していれば受講は無料!」

「何故、このような講座を……?」

 レイヴは手をピンと伸ばして、イーヌーガに尋ねる。


「冒険者も結局はコミュ力が重要だからね、報酬の調整や救援の要求、そんな色々な目的のために開講されたんだ」

「なるほど……これは僕にとってもよい修行になりそうだ」

 レイヴはニヤリと笑い、ビラの裏の場所や日程を確認した。

 レイヴは向上心と好奇心に旺盛なタイプの無職である。


「なるほど……アタシもこれで恥ずかしがらずに冒険者ギルドの受付に質問できるかもしれないなぁ」

「そういうことだぜシフちゃん!」

「ふむ……ところで……えーっと?」

「イーヌーガだ」

「イーヌーガさん、一回目と二回目の講座は終わっているようですね」

「ああ、でも安心してくれ。途中から講座に参加しても問題はないんだぜ」

「なるほど……僕たちは三回目から参加というわけですか、どうでしょうシフさん」

 シフは大きくうなずき、ゆっくりと「無理だね」と言った。


「な、なんでだよシフちゃん!?」

「そうですよ、シフさん!!またとない機会ですよ!?」

「フフ……甘いよイーヌーガ君、レイヴ君……二回も講義があったなら、参加者内の人間関係はなんか安定してるんだよ?そんな中に参加するの気まずいじゃん!!」

「なっ!?」


 盗賊シフは恐怖していた。

 途中参加ということで、注目を集めることになるかもしれない。

 まず、その可能性が嫌だ。

 盗賊は注目される時点で不利な立場に立つし、シフ個人としても恥ずかしいのであんまり目立ちたくない。


 そして、コミュニケーション講座ということで、実践練習が存在する可能性は高い。

 そして知り合いのレイヴではなく、既に出来上がった関係性の仲に入れられる可能性も高い。


 コミュニケーション力を鍛える前に、ズタボロにされてしまう。


「けどコミュニケーション講座は悪くないから、来季から参加しようかな」

 数ヶ月先の未来を見据え、シフが笑顔で言った。

 その未来は、あまりにも遠い。

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