奴隷解放!テコ入れろヒロイン!

「アタシに何が足りないのかわかったよ」

「努力か?」

「深慮でしょ」

「グルル……我に対する敬意よ」

 今日も今日とてノミオスの酒場、理不尽な理由でパーティーメンバーを追放することとなった戦士のリキ、魔道士のツン、暗黒冥炎獣ヘルデスケルベロスのポチと理不尽な理由でパーティーから追放された盗賊シフが同席し、酒を酌み交わしていた。


「ちーがーうー!そういう精神的なものじゃなくぇ!もっと実体のあるもの!」

「……そもそも追放されてからのお前の活動に実体が無いんだよな」

「実体よりも失態をなんとかしなさいよ」

 シフは威圧的に、ジョッキの麦酒を飲み干すと、叩きつけるようにテーブルに置いた。

 重々しい音が鳴る。

 裁判の時に裁判長がガンってやるやつガベルめいて、このテーブルに静寂を生む。


「奴隷ヒロイン、アタシには奴隷ヒロインが足りないんだよね」

「は?」

 リキから漏れたものは言葉ではなかった。

 ほとんど反射的に口から出た、理解不能を伝える音である。

 ただ一文字の音が、時にどんな言葉よりも雄弁に感情を物語る時がある、今だ。

 ツンは言葉すら発さず、理解できぬものを見る表情を浮かべ、ポチはあくびをした後にぺたん、ぺたんと尻尾を縦に二度振り下ろした。

 空気はひどく冷たかったが、シフはそれを気にすることなく言葉を続ける。


「えー、アタシの現状について真剣に考えてみました」

「真剣に考えたんなら、パーティーに復帰しろよ」

「パーティーを追放され、孤独に空回りを続ける日々……」

「アンタの現状を孤独って言うなら、世界中の辞書を作り直す必要があるわね」

「先が見えぬ現状に、読者のフラストレーションも溜まる一方……本当にこれは追放ものなのか!?」


「グルル……愚かなる人間よ、腹が減ったぞ」

「そういえば、まだシフの釣った魚があったわね」

「あれ、美味かったな……ツンなんて何皿もおかわりしてたし」

「ちょっと……別に美味しいと思ってるわけじゃないんだから!捨てるのがもったいなかっただけよ!!」

「ククク……我に与える前にちゃんと骨は外すことだな、哀れなる人間よ……」

「もーっ!ちょっと静かにしててよ!!アタシが話してるじゃない!!」

 シフが頬を膨らませる。

「お前の話、益体がなさすぎるんだよな」

「じゃあ、飴ちゃんあげる。舐めながら静かに聞いててね」

 ポチは魚を食べ、リキとツンは飴を口の中で転がす。

 興味なさげな視線を一身に受け、シフは再び話し始める。


「そこで登場するのが奴隷ヒロインだよ。まぁ、なんていうか悪いやつにさらわれたことで、帰るべき場所をなくして、未来も閉ざされたヒロインみたいな子のことなんだけどさ」

 ポチがどうでもよさげに大きなあくびを一つし、その場に伏せた。

 リキは飴を噛み砕くことに腐心し、ツンはポチの垂れた耳を引っ張ってはパタンと落とすを繰り返す。


「まず、アタシが奴隷商人みたいな悪いやつを倒すわけだから、そこで撮れ高が一つ発生します。次に絶望的な境遇から助け出すことで奴隷ヒロインがアタシのことを好きになり、画面の可愛さが上がります。あと、ちやほやしてくれるだろうし、何かしら目的も示してくれると思うので、将来も安定します……どう?完璧な計画じゃない?」

「お前が奴隷のように働けよ」

 飴を噛み砕いたリキが無慈悲に言った。

「……でもリキ、悪人と戦うという姿勢は今の無職シフにとっては大きな一歩よ」

「……まぁ、たしかに、そうだな」

 苦々しげにリキが言う。

 現状のシフはちょっとした生ゴミのようなものだが、ポテンシャル自体はあるのだ。実際に行動してみれば、最初にシフが言ったようにあるいは現状のパーティーとはまた別にビッグな冒険者になる可能性はある。


「よし、じゃあ明日はちょっと奴隷商人の馬車とか探してみるよ!」

「……おう、気をつけてな」

「ちゃんとハンカチを持ってくのよ」

「悪しき人間の魂を我が土産とするが良い……!!」


***


 翌日、ノミオスの酒場。

「適当に30分ぐらい探したけど、見つからなかったよ奴隷商人」

「……だろうな」


 あえて口に出して、シフのやる気を削ごうとは思わなかったが、奴隷売買は現在ではごく一部の例外を除いて禁止である。

 もちろん、悪の種とは尽きないもので、このような現状に奴隷商としての勝機を見出すものもいるだろうが、そのような人間を適当に30分探した程度で見つけることは出来ないのだ。

 

「でも、テコ入れは必要だと思うから……やっておこうと思うよ!!奴隷商人から奴隷ヒロインを助けるやつ!!」

「は?」


***


 夜の草原を、金色の獣が駆ける。

 何かを引きずっている、犬ぞりであった。

 まるで雪原を行くかのように、二人の人間を乗せて軽やかに動いている。

 男と金髪の少女である。

 目的地は何処か。

 街道を大きく離れていることから察するに、あまり良い場所ではないだろう。


「おまえはきょうからどれいになるのだ、たかくうってやるぜぇ」

 抑揚のない恐ろしい口調で、男が少女の未来を告げる。

「きゃー」

 やはり少女は抑揚のない口調で、悲鳴を上げた。

 極限まで感情が排されたこの世の地獄がここにあった。


「待てッ!!」

「なにものだ」

 その時、犬ぞりの前に立ちはだかる子供のように小柄な少女が一人。

 追放されし盗賊シフである。

 

「お嬢さん!!助けに来ましたよ!!」

「きゃー、ばかみたいね」

「なんだときさま」

 男が犬ぞりから降りて、剣の切っ先をシフに向けた。

 砲口を前にするかのような威圧感に、少女は冷や汗を流す。

 しかし、その視線は敵から逸らさない。


「グウォーッ!!」

 満月に向けて、金色の獣が吠える。

 それが合図であった。

「おれのじゃまをするやつはしねい」

 男の剣がシフの心臓を狙って突かれる。

 シフは決して男から目を離したりはしていない、しかし剣の切っ先はシフのすぐ目の前にあった。

 男の剣は速いのだ。

 相手との距離を詰める足さばきが、目で追えぬほどに速い。

 突きの早さが、一秒をはるか遠くに感じるほどに速い。

 砲口に身を投げ出すかのように、シフはあえて前に進んだ。

 身体を倒し、男の股に滑り込んで無理やりくぐり抜け、そのまま犬ぞりへと向かった。

 男が振り返った時にはもう遅い、犬ぞりはシフと少女を乗せて走り出している。

 シフは男ほど速くはない。

 だが、虚を突くのが抜群に上手い。

 強敵を相手にしても、針の穴に綱を通すような無茶が出来る。


「お嬢さん、大丈夫ですか」

「……気は済んだ?」

「ダメだよ、ツン!アタシに助け出された奴隷ヒロインなんだから、もっとそれっぽくしないと!」


 シフの異様な熱意に押されるような形で、リキ達は奴隷商人達を演じることとなった。

 もっとも、基本的にはポチの散歩がメインであって、奴隷ヒロインの救出はそのついでである。


「気は済んだかって聞いてるの」

 ツンが同じ質問を二度繰り返す。

 夜の闇でも不服の表情を隠しきれてはいない、いやそもそも隠す気はないのだろうが。


「いやー……やっぱあれだね」

「なによ」

「ちゃんとした救出をやらないと意味ないよね」


 ツンの拳がシフの頭頂部に振り下ろされた。

 ポチが月に向かって吠える。

 結局、この夜に解放されたのはポチの散歩への欲求だけであった。

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