なんか流行ってるらしいからパーティーから追放してくれって頼んだら追放してくれたけど無職になっただけだった
春海水亭
追放!後悔してももう遅い!
「なんかさ、パーティーから追放されるみたいな奴が流行ってるらしくて」
ノミオスの酒場は、今日もクエストを終えた冒険者たちのにぎやかな喧騒に包まれている。
このテーブルの客もまた、冒険者パーティーである。
戦士のリキ、魔道士のツン、暗黒冥炎獣デスヘルケルベロスのポチ、そして盗賊のシフとバランスの取れたメンバー四人で構成されている。
「パーティー追放?」
訝しげに戦士リキが言った。
流行と言うには随分恐ろしいものである。
パーティーメンバーが追放されることなど、よっぽどの事態である。何が例を考えてみても、追放されるメンバーの素性がよっぽど悪くて憲兵に引き渡す時か、あるいは自分たちで始末をつける時ぐらいしか思い浮かばない。
「治安悪すぎるだろ」
「違うよ!リキ君が言ってるのは悪のパーティー追放!アタシが言ってるのは善のパーティー追放!」
戦士リキの言葉に、盗賊シフが頬を膨らませる。そんなシフの様子はリキとの身長差も相まって、同じ冒険者パーティーというよりは、兄と小さい妹のようである。
「バッカじゃない!?パーティー追放に善も悪もないでしょ!」
シフの言葉に唇を尖らせたのは金髪の美少女、ツンだ。
汚言の呪いをかけられた彼女は、簡単に説明すると、好きなものを好きと言えないが、嫌いなものは嫌いと言える非常にややこしい状態にある。
このパーティーの目的は生計維持を除けば、ツンの汚言の呪いを解除する何かしらの手段の入手である。
ちなみに「ツンちゃん、もともとこんなんだから呪いが解けなくても困らないよね〜」とは、シフの言である。
「いやね、一般的なパーティー追放はいわば追放される側に非がある悪のパーティー追放、けど最近流行のパーティー追放は追放する側が無能で、実は優秀なメンバーを全く評価せず、理不尽に追放するという追放される側が善の新しいパーティー追放なんだよ!」
「そんなパーティーが流行になってるなら、それはそれで治安が最悪だと思うが……」
「そんでさぁ!追放されたメンバーは新たなパーティーメンバーに才能を見いだされたりしてハッピーになり、追放した側は落ちぶれていく……そしてお客さんはざまぁ!とスッキリする、それが流行なの!どう!?」
「どうって言われてもどうもしないわよ、馬鹿じゃないの?」
「俺らには関係ない話だよな」
「いやいやいやいや、アタシを見なよ!」
シフが椅子の上に立ち、小さい胸を張った。
「椅子は身長にカウントされねぇぞ」
「椅子の上に立つの危ないわよ、落ちて死になさい」
「ちーがーうー!わっかんないかなぁ!?」
「グルル……愚かな人間よ、餌の時間だ……人間の魂を捧げるが良い」
その時、冥炎獣デスヘルケルベロスのポチが雄叫びを上げた。恐るべき戦闘能力を持ち、上級モンスターですら二秒で噛み殺す最高位モンスターである。
その金色の毛並は柔らかく、耳は垂れ、一見すると温和な目をしているが、その瞳の奥には人間を支配してやろうという野望の炎が燃えている。一日に要求する散歩の回数は容赦のない五回。鼻の頭が乾いている時は要注意である。
「人間の魂なんてねぇよ、牛肉でいいな?」
「愚かなる人間よ……その選択を後悔するなよ?」
リキが取り出した生の牛肉を射竦めるようなポチの恐るべき目が狙った。
その凄惨なる宴を待ちきれぬとでも言うかのように、ポチは涎をダラダラと垂れ流している。
「待て、待てだよ〜ポチ」
「グウウ……この我を待たせるとは……後悔するなよ、矮小なる人間よ」
シフの言葉に、牛肉を前にしてポチは動きを止める。
暗黒冥炎獣デスヘルケルベロスは知性が高く、当然「待て」も出来る。
恐るべき真実であった。
「っていうか、生肉を持ち運ぶのは衛生的に最悪だからやめてほしいんだけど!マジで最悪!死ね!」
「つまりツンちゃんは本当はリキのこと好きだって言いたいんだよね」
「なっ……ちが!今はそんなこと関係ないでしょ!!永久にその肉体を地獄の悪魔に貪り食われてしまえ!!」
赤面するツン、にやにやと笑うシフ、生肉を凝視するポチ、ポチを撫でるリキ。吹き飛ぶ衛生観念の問題。
「ツンの言いたいことはぜってぇそれじゃねぇだろ」
「いいんだよ!ツンちゃんのことはさぁ!!そんなことよりアタシのことだよ、アーターシ!」
霧散した話題のかけらを拾い集めて、作り直すかのようだった。
シフは大声を出し、自分を指差す。
「アタシはさぁ!理解無きパーティーメンバーの君たちに苛まれるんだよ!!盗賊なんて戦闘で役に立たないし、職業名からして下賤ってことでさぁ!!それで追放したがってるの?わかる?」
「いや、お前は戦闘でも役に立ってるよ、動き速いし」
「アンタがいなかったら誰が罠外したり、隠し通路見つけたりすんのよ、バカなの?」
「矮小なる人間にしては我を撫ぜるのが上手い、褒めてつかわす」
「照れるなぁ」
シフは頬を赤く染めて、頭をかいた。
「でも褒められたくないのアタシは!!逆境にあってこそ私の物語は始まるの!!おわかり!?」
「おわからんが」
「理解に苦しむけど、そんなにパーティーを抜けたいの?」
「矮小なる人間よ、そろそろ我を解き放つが良い……!!我の我慢も限界に近いぞ……」
リキとツンは呆れた表情を浮かべ、ポチは生肉を前によだれをダラダラと垂れ流す。
「あー、ごめんポチ!よし!」
「クク……血の宴の始まりだ……!!」
尻尾を振りながら、ポチは肉を貪り始める。
その容赦なき食欲、暗黒冥炎獣デスヘルケルベロス、なんたる恐ろしい怪物か。
「とにかくアタシは決めたんだからね!このパーティーを追放される!!そしてアタシのすごい才能でビッグになるの!!」
「別に辞めたいなら辞めて構わんというか止めれんが」
「辞めるんじゃなくて追放されるの!」
「あー、追放しても構わんが……じゃあ、なに俺ら今後落ちぶれていくのか?」
「落ちぶれていくよ!でも安心して、君たちがピンチの時はアタシがちゃんと助けてきっちりとマウンティングするからね!!」
「死ねばいいのに……!」
汚言の呪いによるものか、真実からくる言葉か。
このツンの言葉がどちらであるかを見分けるのは簡単なことであった。
「なんでだろうな、100%お前の落ち度で追放してやりたいなぁという欲が湧いてきたぞ」
「いい傾向だね!やっぱり自主性っていうのは大事だからね!じゃあアタシをパーティーから追放するって思いっきり叫んで!」
「んじゃ、手続きは明日やるけど、シフお前をパーティーから追放する」
「っしぃ!」
強く握られた拳は、なによりもシフの喜びを表していた。
「んじゃ、アタシはパーティーから追放されたからね、今後はパーティーメンバーじゃなくてタダの友達だからね、勘違いしないでよね」
「友達ぃ!?バッカじゃないの!?アンタなんかと私が友達なわけないじゃない!!」
「やめろ、なんか無駄に関係がややこしくなる」
「矮小なる人間よ……パーティーから抜けても我の地上散策の責務、ゆめゆめ忘れるでないぞ……」
追放されたシフは、しかしテーブルを移るわけでもなく、同じテーブルで再び酒を呑み、ポチの頭を撫でる。
「けど流行だからって言って、なんで急にパーティーを抜け」
「追放」
「あー……、くっそ、めんどいな……追放されたんだよ」
「まぁ、流行ってるっぽいからね……来てる風には乗っておきたいよアタシは」
「バカね、アンタに風は吹いてないわ」
ツンの言葉を気にも留めず、シフは酒を口に運ぶ。
そして、どこか遠い目をして言った。
「それに……アタシがビッグになれば、そっちでツンちゃんの呪いを解く方法が見つかるんじゃないかなって……」
「シフ……別に私の呪いのこと考えてくれて嬉しくなんてないんだからね!」
シフから顔を背けたツン、だがその頬の色が言葉以上の本音を語っている。
その一方でリキの脳裏には「下手の考え休むに似たり」という言葉が浮かんでいたが、言葉には出さなかった。
「アタシ……この追放をきっかけにビッグになるよ!!金を持ち、落ちぶれた元パーティーメンバーの君たちを顎で使えるぐらいの金を稼ぐし、ツンちゃんの呪いも解くよ!!」
「まぁ……その……頑張れ……」
何を言うべきか悩んだ末に、リキはそれだけを口にした。
「頑張るだけ無駄だと思うけど、せいぜい無駄な努力をしてみることね!」
ツンは本音とも呪いとも判断しづらい言葉を口にし。
「矮小なる人間よ……そろそろ我に地上を走り回らせるがよい……!」
ポチは尻尾を大いに振って、暗黒冥炎獣デスヘルケルベロスにふさわしい要求を口にする。
「アタシを追放したこと、後悔してももう遅いんだからね!!」
パーティーを追放された盗賊シフの新しい物語が、ポチの散歩を終わらせた後に始まろうとしていた。
***
翌日、ノミオスの酒場。
今日も元パーティーメンバー達と共に、シフは酒を飲み交わしていた。
「いやー……アタシという才能を見出す人間が全くいないし、どのパーティーも大体メンツが決まってるせいで入れてもらえないから、早速後悔してきたよ」
「後悔が早い!!」
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