第7話 好きと信頼

エレンと街へ出かける。アイザックに頼まれた買い物を済ませ、そろそろ帰ろうかと思っていると、教会に人が集まっていた。エレンは気になって近づいて行く。結婚式だ。白い衣装を着た新郎新婦が笑い合っていた。


「きれい…」


呟くエレンは普通の女の子そのものだった。


(結婚か…人間同士は良いな…)


ヴァンパイアであるデュランは心を通わせても必ず最後は1人になってしまう。いつからか恋愛なども虚しいと思うようになっていた。


まだ、どちらかの片思いなら耐えられる。ただ思い合ってしまった2人の別れほど辛いものは無かった。だからデュランは無意識に人の心を遠ざけるようになっていた。


「あれ何?」


「あれは結婚式をしているんだよ」


「けっこん?」


「愛し合ってる2人が一緒になるんだよ」


「あいしあうって…何?」


こういう概念のようなことを説明するのは難しい。デュランも正直よく分からなかった。


「ああ?お互い…好きってことだろ?」


「じゃあ、デュランとエレンはあいしてる…ね」


そう言われて思わず照れるデュラン。話をはぐらかそうとしていると人々が何やらザワザワし始める。

2人で教会に視線を戻すと何かが真っすぐエレンに向かって飛んできた。エレンは、よく分からないまま、それが落ちないように受け止める。


エレンが受け止めたものは新婦の花束だった。美男美女に花束がプラスされ、まるで絵画のような2人に、そこに居た人たちは見とれ、そのあと大きな歓声と拍手が巻き起こる。人々は『おめでとう!』と言っていた。


「コレ何?」


エレンは花束を見てキョトンとしている。デュランは微笑むと


「次に幸せな結婚が出来るのはエレンだって。良かったな」


と言うとエレンは嬉しそうな顔をするがデュランの心には影が広がる。


(その相手は…きっと俺じゃない…)


ヴァンパイアである自分は絶対に結婚しないと決めていた。


「行こう」


と静かに言ってエレンの手を繋ぎ歩き出した。


***


「ほら、頼まれてたもの」


「おっ、ありがとな」


アイザックの仕事場に顔を出し買ってきた物を渡す。アイザックの奥さんがエレンに


「あら、エレンちゃん。綺麗ね。それ」


と言うと、エレンはニコッとして


「けっこんしき、みた」


と言って花束を見せる。


「あらぁ良かったわねぇ」


「ねぇ…エレンのこと、あいしてる?」


前触れもなく聞いたエレンの質問に何の躊躇もなく奥さんは


「ええ、もちろん愛しているわよ」


「アイザックはエレン、あいしてる?」


「ああ、愛しているよ」


アイザック家はこういう家族に対する愛情表現を普段からしているので何の抵抗もなく言えるのだろう。この2人の『愛している』は、もちろん『本当の娘のように』というような親子愛だ。すると続けてエレンは仕事場に一緒にいたゲイルとカーティスに笑顔で


「ねぇエレン、あいしてる?」


『ええ゛?』


突然降って来た火の粉に驚く2人。もちろん兄弟はエレンを本当の妹のように可愛いと思っているが年頃の彼らにとってこの質問はまた別である。


『えっとぉ…そのぉ』


と顔を真っ赤にして戸惑う2人。デュランは慌てて


「コラぁ!年頃の男性にそんなこと言うんじゃありません!!」


と言いながらエレンを無理矢理、引っ張って行った。

残された赤い顔の兄弟の間に立ち2人の肩に手をつくアイザック。兄弟は父の顔を見るとアイザックは無言で頭を振って見せた。



慌てて家に入りデュランは話をする。


「エレン。『愛してる』は、一生に1人だけ。本当に好きな人にしか言っちゃダメ」


本当は全くそんなことないのだが、エレンがさっきの調子で色々な人に言ったら大変なことになりそうだった。


「じゃあ、エレン。デュランに愛してるって、いうね」


そこで自分の名前が出てきて嬉しいながらも動揺するデュラン。


「俺はっ…言わないからな」


「じゃあ、エレンが毎日言う」


「ダメ!」


「じゃあ、いつ言うの?」


「そういうことは…死ぬときにでも言えばいいんだよ」


「…わかった」


少し寂しそうに言うエレン。可哀そうに思うが毎日『愛してる』攻撃なんて…恋愛を遠ざけてきたデュランにとっては耐え難いものだった。


***


ある日、今度はアイザックと一緒に教会にやってきた。デュランとアイザックは売上の一部を教会の子供たちに寄付していたのだ。デュランも、こうして教会に来ていればヴァンパイアとバレることはなかった。


誰もいない教会で静かに話す2人。


「お前、本当に変わったな。エレンといる時なんかよく笑うし。それに仕事も。前は、どうしたら売れるか?とか、そんな感じで作ってたけど、今は出来た物を愛おしそうに見てるっていうか…良い傾向だな」


確かに昔は生活の為にやっていた。宝石はどの時代も必ず重宝され衰えることがない。しかも身分が高い者達と関われる方が都合が良かった。


ただ…エレンの為に髪飾りを作ったとき何かが変わった気がする。

『くだらない』と思っていたものが誰かの喜びになっていた。

それが今の自分に影響するなんて…そういうことは封印した方が楽に生きられたはずだった。だから忘れていたのに。


「俺は…もう全てどうでもいいと思ってた。誰かを好きとか愛してるとか、いつか終わるのに虚しいってな。でもエレンと過ごすうちに変わってきた。どうすればいいんだろうなぁ俺は…」


「恋愛が虚しいとか、若い癖にずいぶんと爺臭くないか?」


茶化すように言うアイザックに、しかし真剣な顔で話し始める。自分がヴァンパイアであること。ヴァンパイアがどういう存在であるかを。


「どんなに誰かと愛しあっても相手は先に居なくなる。どんなに地位や名声を得ても一時の高揚でしかない。どんなに酷いことをしても、人として許されないことをしても…俺を罰っしていた奴らも最後はみんな居なくなってしまった。俺は…ヴァンパイアなんだ。これからも…だからエレンの方が必ず先に居なくなる。でも、そんなの耐えられそうにないんだ。だから、その時は…俺の首を切ってくれ。頼む…」


切実に頼むデュラン。アイザックも信じられないという顔で聞いていたが、冷静に


「なぁ…物凄く現実的なこと言うが、たぶん、俺の方が先に居なくなるぞ。エレンよりも」


「は?」


「そりゃ、そうだろ。エレンは俺より、うん十年若いんだ。その大役は他の誰かに頼め。まぁつまり、そんな先のことを気にしても仕方がないってことだろ」


「人間のお前にとっては凄い先のことでも千年以上生きてる俺にとっては一瞬なんだよ」


「そっか。お前は爺ちゃんだったんだな。どうりで。イケメンのくせに女遊びもしないし」


「爺ちゃんはやめろ!ってか年上なんだから敬え!」


「そうか。知らなかったこととはいえ悪かったな。今度肩でも、もんでやるぜ。爺ちゃん」


「バぁカ!俺の身体は若いんだよ」


いつものように豪快に笑いながら言うアイザック。こんな風に言い合いながらもデュランは救われていた。ヴァンパイアと告白しても全く態度を変えないアイザックに心から感謝していた。


(こいつと別れるのも辛すぎるな…何やってんだ?俺は…)


自嘲するデュランの心に何故か温かいものが広がっていった。

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