第9話 チュートリアルダンジョン第1層 その4

「それじゃあ、開けるよ?」

「はいです! ワクワクするですね!」

「えぇ~、そうかなぁ?」

「プレイヤーさんはなんでそんなにテンション低いのです? 宝箱ですよ??」

「なんでって、そりゃあ。」


宝箱なのに鍵がかけられていないと分かったから、かな。

だって、ねぇ?なんでわざわざ宝箱に入れていると言うのに、鍵をかけていないの?それ、宝箱に入れる意味は???

もしかして『見栄えのため』なのだろうか...。


おっといけない、あまりの出来事に意識が明後日の方向へと向いてしまっていた。楽しみにしているナビちゃんに水を差すわけにもいかないので、気を取り直して蓋のふちに手をかけ持ち上げる。すると、宝箱は難なく開いてしまった。感動もなにもあったものではない。


それでも中身が気にならないわけではないので、ナビちゃんと一緒に身を乗り出して宝箱の中を覗き込む。本来なら宝箱内に注目しないといけないのだが.......ここでもまた、思いがけないアクシデントが舞い降りて来た。


と言うのも、宝箱の中を覗くためには内部が見える位置に身を乗り出さないといけない。それを僕とナビちゃん、2人が同時に行うとどうなるか。


(近い...!!)


お互いが宝箱の中を見るために近寄ったと言うことは、そう。今までで一番、ナビちゃんとの距離が近くなったのだ。実際に舞い降りてきたのはアクシデントと言うよりも...妖精だったのである。




間近で見るナビちゃんの横顔はなるほど、『妖精』と言うだけあって幼く見えるもののロシア人形のような美しささえ魅せている。

日本人顔と言うわけではないが、堀が深いというわけでもないので十分に親しみ易く感じる。


そんなナビちゃんの周りには金の長髪が重力に逆らいフワフワと揺蕩たゆたっている。背の羽もあまり羽ばたいていないことからして、恐らくは羽で飛んでいると言うより魔法的な現象で浮いているのだろう。とても神秘的である。妖精?むしろ天使なのでは?羽あるし。天使のリング?そんなの、ナビちゃんから後光リングが差して見えるわ。


小柄で肉体的な凹凸はあまり見られないが、まるで寝間着ネグリジェなのではと言いたくなるほどの薄着と合間から見える白く滑らかな肌はなんとも可憐。

それになんと言ってもかぼちゃパンツ!

寝間着ネグリジェを下から覗かれる対策も兼ねているのかもしれないが、そんなことはこの際どうだっていい。誰だ、こんな可愛いキャラクターを作成したやつは!?拍手を!送りたいッ!!

だが運営、てめぇは駄目だッ!これほど可愛いナビちゃんをダンジョンに閉じ込めるなんて所業システム、僕は一生許さんぞッ!!!



一通り溜まっていたものを吐き出したお陰で少し落ち着いたわけだけど、それはそれとして...今なら手を伸ばすだけでナビちゃんに触れられるのでは?ナビちゃんは今、宝箱の中へと意識が向いてしまっている。完全に無防備な状態だ。


...いや、でもさすがにここで勝手に触れようものなら好感度下がっちゃいそうだからなぁ。それってセクハラだもんなぁ。

伸びそうになる腕を必死に抑え、代わりに宝箱へと注意を向けることにする。

ナビちゃんに触れるにはまだ好感度が足りていないんだ。今はそのときではない。


尚、宝箱の中身はナビちゃんと言う特大の神秘に比べると路傍の石と言えるような品物だった。石というか木だけど。


「なるほど、木刀か。」

「未鑑定品の木刀ですね!」


つばが付いているわけでもないので、見た目はほぼほぼただの木の棒であるが、切っ先が斜めになっているのと、全体的に楕円形になっているので恐らくは木刀なのだと思われる。

もしかして、ログインボーナスは武器を預けた人への救済措置も兼ねているのだろうか?まさに僕も武器に困っていたところなので、これは素直にありがたい。


それにしても、そうか。確かに宝箱の中身が木の棒だけなら、誰も鍵をかけたりはしないだろう。うんうん、そう考えればおかしくないね。宝箱に木の棒を入れる不自然ささえ気にしなければなにもおかしくない。

宝箱って子供のおもちゃ箱かなんかなの?



「入手したアイテムは握るだけでは装備したことにはならないので注意してくださいね! 」


宝箱から取り出した木刀を多角的に眺めていた僕にナビちゃんがアドバイスをくれる。そういえば装備するためには一度アイテム欄に収納する必要があるんだった。


「アイテム欄への入れ方は、と...。」


アイテム欄に入れたいアイテムに触れた状態で『アイテム欄に入れ』と念じるだけ。

尚、この文言は自身が分かりさえすればいいので人によっては『inv in』(インベントリ IN)等、好きに略して使われているらしい。


一般的なフィールドでは重量さえ問題なければいくらでもアイテムを持ち運ぶことができる(その重量が問題なのでやはりいくらでもは持てない)のだが、アトランダム・ダンジョン内では逆にアイテム重量の制限が解除される代わりに所持アイテムの枠数に制限が掛けられている。

アイテム欄には14個分しか枠が用意されていない。

長時間ダンジョンにこもるのであればいささ心許こころもとない枠数ではあるが、この辺はナビちゃんから聞いた内容からなんとかなりそうな気もするんだよね。


また、これはダンジョン内外問わずではあるがアイテム欄には生物は収納できない。



ともあれ手に待っていた木刀をアイテム欄へと収納してみると、アイテム欄に『木刀』との文字が追加された。詳細を表示してみてもやはり『未鑑定の木刀』と映し出されるだけである。


「...。」

「.....装備しないのです?」


ナビちゃんからはなんとなく『またか』みたいな視線を感じる。でも仕方がないと思うんだよね。未鑑定の装備品あるあるが気になってしまうのだ。


「この武器、呪われていたりはしない?」


ローグライクダンジョンもの定番の『装備したが最後、なんらかのデバフ発動と共に呪いを解除しないと装備解除もできない』システムである。

序盤に酷いのを引いてしまうとそれだけで詰んでしまう可能性まであった。


「ああ、なるほどです。 そのご懸念は他の方からも上げられておりましたですが、現実的に考えるならそれほどの呪いが付いた武器ってレア物ですよね? そんなものが、こんなチュートリアルダンジョンから出てきたりしないのですよ?」


呪いの時点で現実的かどうかは難しいところではあるけども...それもそうか。

呪われた品がそこかしこに溢れかえっている世界観じゃなくて良かった。もしそんな世界観だったら.....それはそれで楽しめただろうけども。


「じゃあ、鑑定しなくても普通に使えるの?」

「はいです。 なのでちゃちゃっと装備してブンブン振り回してみると良いのですよ!」


振り回すって僕そんな子供じゃないんだけど...と言いかけて思い出した。そういえば僕、見た目年齢を5歳若返らせたんだったね。

元々、少女と見間違われるほど線が細いのに5歳も若返らせたとなるとそりゃあ子供扱いもされるってものか。

しまったな、これからは色んな人から子供扱いされることになるかもしれない。そんなことでは兄の威厳なんてあったものじゃない。妹と合流するまでに打開策をなにか考えないといけないね...。


それと呪いがないことには一安心なのだがその分、装備することでアイテムが自動鑑定される、所謂『漢鑑定』システムもないことが分かった。これからは装備品を複数入手したときに取捨選択で困ることになりそうだ。

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