アサギマダラの旅を追いかけて

読天文之

第1話ぼくは昆虫と話せる

六月の終わり、気温が急激きゅうげきに上がり、夏が来たと全身が感じていた。

ぼく・山代紫野やましろしのは、一人で教室を抜けて校庭に出た。

ぼくの学校の校庭には小さな池があって、この時期になるといろんな種類のトンボがとんでくるんだ。

「お、今日もたくさんいるなあ。」

水色があざやかなオオシオカラトンボ、黄色と黒のたてじまがかっこいいサナエトンボ、そして黄緑色の最速ギンヤンマ。

ここにはぼくが見ただけで、五種類ごしゅるいのトンボがいる。

ぼくは人差し指を池の方へと出した、するとオオシオカラトンボがぼくの人差し指にとまった。

『やあ、あんた今日も来てくれたんだ。』

ぼくの頭の中にオオシオカラトンボの声が聞こえてきた。

「うん、ぼくはいつも君に会うのが楽しみなんだ。」

『そうか、それにしてもあんたの指はええとまりごごちだ。しばらく動かんといてくれ』

「わかった、それでそろそろお嫁さん見つかった?」

『いやー、そう簡単には見つからないよ。ほかのところに行かないと、見つからないのかな?』

「やっぱり君たちも大変なんだね。」

『これくらいどうということ・・・、あっ私はこれで。』

そう言うとオオシオカラトンボは、ぼくの人差し指から飛び去った。

そして背中に強い力が入り、ぼくの体が池の中へ落ちていった。

池は浅いからぼくは立ち上がれたけど、池の外では四人の男子が大笑いしていた。

「あはははは、ビシャビシャだ!」

「こいつ本当にどんくさいよな、おれたちが背後に来ることに気付いていないなんて。」

「お前は池の中でアメンボと遊んでいろ!」

「そうだ、そうだ!虫っこ!」

四人の男子はぼくに悪口をいい続けた。

でもぼくは平気だ、こういうことは今までにもたくさんあったから・・・。

ぼくは池から出ると、一人で教室へ戻っていった。

ずぶぬれになったぼくは、周りからかなり目立ってしまったようだ。

「山代、どうした!ずぶぬれじゃないか!」

担任たんにん波田間先生はたませんせいがぼくに気がついて、保健室からタオルを持ってくると、ぼくの体をふいてくれた。

「ごめんなさい、ぼくがどんくさいから池から突き落とされてしまったんです。」

「突き落とされた?誰だそんなことをするのは・・・。」

「いつもの四人。」

「あいつらか・・・、またガツンと言っておいてやるからな。」

波田間先生の言葉はとてもうれしかった。

だけどぼくの秘密を伝えても、信じてはくれないだろう。

ぼくの秘密・・・、それは昆虫こんちゅうと会話できるということだ。








今年も七月になり、本格的ほんかくてきに暑くなった。

ぼくはあつい自分の部屋で、学校の宿題にとりくんでいる。

ぼくは去年から、学校に来ていない。

それはぼくが学校がっこうでイジメられているからだ。

それはぼくが昆虫と話せる能力を持っているから。

この能力に気づいたのはぼくが四歳よんさいのころ、保育園ほいくえんの庭で見つけたテントウムシをゆびせたら、そのテントウムシの声が聞こえたんだ。

ぼくはもともと、人見知りで友だちを作ることが苦手。だから保育園での休み時間は、庭で昆虫を見つけては指に乗せてお話していたんだ。

最初はだれもなにも言わなかったけど、小学生になってから「変なヤツ」とか「頭がおかしいヤツ」と周りから見られて、イジメられるようになった。

先生はぼくをかばってくれたけど・・・、母さんはぼくを気味悪い目で見るようになった。そしていつもこう言うようになった。

「虫なんかと話しているからイジメられるのよ、これからは先生やクラスメイトと会話しなさい。」

母さんはぼくにいつもそう言っていた・・・、母さんは今までぼくにやさしくしてくれていたのに、一体どうしちゃったの?

まわりにはぼくのことを理解してくれる人はほとんどいなかった、ぼくはいつも昆虫のように一人ぼっちだった。

そしていつか「昆虫のように一人で生きていたい。」と思うようになって、ぼくは学校に行かなくなったんだ。

「どこにも味方なんていない・・・、みんなぼくのことが見えていない・・・、まるで昆虫だ。」

ぼくはそんな思いを抱えながら毎日を過ごしていた。

そんなある日、ふだんぼくに話しかけない母さんがぼくに声をかけた。

「今日、あんたにお客さんが来るから、リビングで待っていなさい。」

ぼくは母さんの言う通りにした。

リビングでたいくつそうに待っていると、家のインターホンがなった。

母さんが玄関に行って少しすると、母さんがお客さんを連れてリビングに入っていった。

「こちら、野崎蜻蛉のざきとんぼさん。私の知り合いよ。」

「こんにちわ、野崎です。君が柴乃くんだね?」

野崎さんはめがねをかけたやさしそうな印象いんしょうをしていた。

「はい、そうです。」

「ぼくは昆虫学者こんちゅうがくしゃなんだ、君と同じで昆虫こんちゅうが大好きだ。これを見てくれ」

野崎さんは持ってきたカバンから、昆虫の写真を見せた。

「うわあ・・・、すごい!!」

写真に写っていたのは、どれも図鑑ずかんでしか見れないインドネシアやブラジルのアマゾンで撮影さつえいされた、色んな昆虫こんちゅうの写真だ。

あざやかな色にまわりに合わせた擬態ぎたい、ハチなどの危ない昆虫をまねたものに光かがやくものまで、様々な昆虫こんちゅう絵画かいがのようにいろんな色使いで存在していた。

「すごい・・・、本当にきれいだ。これは野崎さんが、ったものなの?」

「ああ、もちろん。二年前から去年まで撮影したものだけど、いろんなところをまわって撮影したんだ。」

「野崎さん、ごめんなさいね。こんな虫の写真でウキウキになる子で、こんなの普通じゃないよね。」

母さんから冷たい言葉が出た、野崎さんは「そんなことないよ」と苦笑いしたけど、ぼくはとても落ち込んだ。

「それでうちの子に何か用事があるんだったね?」

母さんが野崎さんに言った。

「ああ、そうだった。実は紫乃くんに、ぜひ参加してほしいことがあるんだ。」

そう言って野崎さんは、カバンから書類を出した。

「アサギマダラ追跡プロジェクト」

書類にはこう書かれていた。

「アサギマダラ・・・、もしかして旅をするチョウですか?」

「お、よく知ってるね。その通りだ。」

アサギマダラは秋になると本州ほんしゅうから南西諸島なんせいしょとう台湾たいわんへと渡るチョウ、大きさはアゲハチョウよりは大きくて白のマダラ模様がきれいなチョウなんだ。

「それでアサギマダラ追跡プロジェクトって何?」

「私は大学でチョウについて研究していて、今回は大学をあげてアサギマダラの渡りについて大規模だいきぼな研究をすることになったんだ。そこで君の昆虫と会話できる能力のうりよく必要ひつようなんだ。」

「ぼくの能力?」

「君にアサギマダラの声を聞いて、どこに向かうのかを教えてほしいんだ。そして私たちはアサギマダラがどこへ、どの方角へ飛ぶのかを教えてほしいんだ。」

つまりアサギマダラの研究のために、ぼくの能力が必要ということだ。

・・・そういえば、ぼくはだれかから必要とされたことなんて、あまりなかった。

昆虫と会話できる能力なんて役に立たないなんてことは自分でもわかっている、母さんから「もし能力があったら、瞬間移動しゅんかんいどうとかちゅうくのとか、もう少し実用的じつようてきなのが良かったのに。」とまで言われたんだから。

だけど昆虫と会話すること自体は楽しかったから、自分だけの役に立てばいいと思っていた。

それが自分以外の人の役に立つ時がくるなんて、ちっとも思わなかった・・・。

「野崎さん、ぼく『アサギマダラ追跡プロジェクト』に参加します。」

「お、本当か!」

「え!?紫乃、あんた本気なの?」

野崎さんと母さんは、ぼくを見ておどろいた。

「ぼくの能力がだれかの役に立てるなんて、夢にも思わなかった。だからぼくの力を、ここで思いっきり使って、ぼくは他人から、そしてなにより母さんから認められたい。だからぼくを参加させてください!」

ぼくは野崎さんに頭を下げてお願いした。

「おどろいたよ・・・、最初ことわられるんじゃないかと思っていた。だけど君がやる気なら、参加させてあげるよ。」

「まあ、学校にすら行かない子だし、少しは外に出てくれたほうがいいわね。」

野崎さんと母さんはいいよと言ってくれた、ぼくはプロジェクトに参加できることができてうれしくなった。

「アサギマダラは一体ぼくにどんな声を聞かせてくれるんだろう・・・?今から楽しみだな・・・。」

ぼくはウキウキした気分がおさえられなくなった。

「野崎さん、虫が好きで頭のおかしいわが子ですが、どうかよろしくお願いいたします。」

「いやいや、頭のおかしい子なんてことはないですよ。あの子はただ昆虫が好きなすばらしい子です。もっと自信を持ってください」

「それでぼくは、いつプロジェクトに参加できるの?」

「プロジェクトが始まるのは三日後だ、その時に迎えに来るよ。」

「わかった、楽しみに待っているよ。」

その後、野崎さんは「三日後にまた来る」と言って帰っていった。

その後ぼくは、母さんに野崎さんのことを聞いてみた。

「ねえ、野崎さんって母さんの知り合い?」

「まあ、大学生のころの知り合いね。あのころは、よく野崎さんと一緒に研究をしていたわね。私は大学を卒業して働いたけど、野崎さんは大学に残って研究を続けるって言っていたわ。」

「そうなんだ、ぼくも大学で昆虫の研究をしたいな・・・。」

「そのためには、不登校を直さないとダメよ。」

母さんはキッパリと言った、それはわかっているけど・・・。

学校に行こうとする気持ちはあっても、いざ行こうとすると色んな不安を感じてしまい、げんかん前で心がくじけてしまうんだ。

ぼくは三日後がとても楽しみで、当日まで待ち遠しい気分になった。










そして三日後の午前六時ごぜんろくじ、ぼくは用意した荷物の入ったカバンを持ってリビングで待っていた。

「あんたのうきうきした顔見るの、久しぶりね。もう見れないかと思っていたわ。」

「そんなこと言わないでよ、ぼくだってうれしくなることはあるんだから。」

「毎日、そんな感じで学校に行ってくれたらいいのに・・・。」

お母さんはぼくが学校に行くことしか頭にない、だけどぼくはプロジェクトに参加できるうれしさで気にならなかった。

そして十分後、野崎さんがぼくを迎えに来た。

「野崎さん、いよいよ行くんだよね?」

「ああ、もちろん。柴乃くん、とても楽しみな顔をしているね。目がキラキラしているよ。」

野崎さんはぼくの顔を見て言った。

「うん、だってアサギマダラを見れるんだもん。今まで図鑑ずかんでしか見たことないから、生きているのを見るのは初めてなんだ。」

「そうか、まあこの辺りでは見ない昆虫だからね。それじゃあ、出発だ!」

「野崎さん、変な息子ですがよろしくお願いします。」

「はい、またなにかあったら連絡するので大丈夫だいじょうぶです。」

そしてぼくは野崎さんの運転するワゴン車に乗って、プロジェクトが行われる兵庫県立甲山森林公園ひょうごけんりつかぶとやましんりんこうえんへ向かった。

「そこに大学のプロジェクトチームが待っているんだ、そこでアサギマダラを捕獲してマーキングする。そしてマーキングしたアサギマダラを君の指にのせて行き先を教えてもらうんだ。」

「わかったよ、それで森林公園しんりんこうえんまではどれくらいかかる?」

「車で一時間、かなり遠いよ。」

「じゃあ、ねてるよ。ついたら起こして。」

「ああ、それじゃあお休み。」

そしてぼくは助手席で、のんびりとねむった。

いつもより朝早く起きたからすぐにねむれたけど、すぐに目的地に到着した。

「さあ、ついたよ。起きなさい」

野崎さんにかたをゆすられてぼくは目が覚めた。

ぼくは目をこすると、ワゴン車からおりた。

朝の森林公園はまだ暑くなくてすずしくて、気持よかった。

野崎さんはワゴン車から荷物をおろすと、「ついておいで」とぼくを案内した。

森林公園を歩いて五分ほどすると、五人の人が集まっているところに到着とうちゃくした。

「おーい、みんな!つれてきたぞ!!」

「来たか、野崎!!」

一人の男がぼくと野崎さんのところにやってきた。

紹介しょうかいするよ、プロジェクトリーダーの蝶野華生ちょうのはなおさんだ。」

「はじめまして、蝶野だ。君が昆虫と話せる少年だね。」

「はい、柴乃しのといいます。プロジェクトに参加させてくれてありがとうございます。」

「ふーん・・・、見たところふつうの少年にしか見えないが、本当に昆虫と会話ができるのか?」

蝶野さんはぼくの前でうでをくんだ。

「うん、ぼくは昆虫と話せるんだ。信じられないけど、ぼくには声が聞こえるんだ。」

「なるほどね・・・、じゃあ今からアサギマダラのマーキングをはじめよう。」

蝶野さんはそう言うと、他の四人と一緒にマーキングの準備を始めた。

「蝶野さん・・・、ぼくのこと信じてくれたかな?」

「ああ、信じてくれたさ。君のことは以前から話していたんだけど、ぜひ会ってみたいと言っていたよ。」

ぼくは野崎さんの言葉を聞いて少し安心した。

そしてぼくのアサギマダラを追いかけていく旅が始まるんだ・・・。













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