ブレイブアカデミー~魔王の子孫をいじめないで!~
斜偲泳(ななしの えい)
第1話 魔導列車でこんにちは
「すごいなぁ。見渡す限り建物で、畑なんか一つもない。あんな大きなの見た事ないよ。ベルファレストとは全然違う。やっぱり王都ってすごいんだなぁ」
魔導列車の車窓に貼り付き、ニコ=ブレイブハートは目を輝かせた。
今年で十六になる少年だが、幼さの抜けない顔立ちのせいでもっと若く見える。率直に言えば子供のようだ。愛らしい容姿に艶やかで癖のない黒髪、小さな背が相まって、少女と間違えそうである。傍らには愛用の小盾と刃の潰れた肉厚の片手剣を置いてあるが、不釣り合いな感じが否めない。
窓の外には、アールマイア合州国の中心地、大王都エレノアールの街並みが流れている。整然とした通りに背の高い建物が隙間なく並ぶ様は、本土最北端にあるベルファレスト州の田舎町からやってきたニコには衝撃的だった。車窓から見える範囲だけでも、ベルファレスト州の全人口よりも多いのではないだろうか。そう思ってしまうくらい、北方の雪国は寂れていた。
「エレノアール盟立勇者学校もすごいんだろうなぁ。えっと、アカデミーって呼ぶのが通なんだっけ? 合州国中から優秀な学生が集まってるらしいけど、友達沢山出来るかなぁ」
乗客に微笑ましい目で見られている事にも気づかず、ニコは胸に膨らむ期待を言葉にした。
エレノアール盟立勇者学校は職業勇者の資格を取る事が出来る、由緒正しい職業術士育成機関だ。名のある勇者の多くがここの卒業生である。職業勇者はアールマイア合州国公認の戦闘術士資格で、資格のない者が戦闘術士の仕事をするには職業勇者とパーティーを組む必要がある。他にも職業勇者には逮捕権や武装登録の免除、勇者同盟を通じた仕事の斡旋や立ち入り禁止区域の進入許可等多くの特典があった。元々は身勝手な振る舞いで問題を起こしがちな冒険者を登録制にした事が始まりらしい。
なにはともあれ、便利な資格には違いない。辺境のベルファレストは貧しくろくな仕事がない。貧しい国では報酬も少ないので勇者が寄り付かず、慢性的な勇者不足に悩まされていた。
だったら僕が勇者になればいい!
そういうわけで職業勇者になるべくやってきたニコだった。
先生はどんな人だろう。面白い人だといいな。そんな事を考えながら飽きもせずに外の景色を眺めていると、不意に前方車両と繋がる扉が開いた。
現れたのは人相の悪い二人組の男である。
駅を出てからそれなりに時間が経っていた。かといって、次の駅はまだ先だ。立って歩く必要はないはずだが。
不思議に思っていると、二人組は扉を背にして立ち止まり、獲物を物色するような表情で車内を眺めた。真ん中のジャガイモみたいな禿げ頭が懐に手を突っ込む。
取り出したのはシリンダー式の魔銃だった。
ベルファレストでは珍しいが、以前パーティーを組んだ勇者が使っていたので知っている。
魔銃には自動式と手動式の二種類があって、前者は魔晶弾を必要とし、放てる術は銃身に刻まれた一種類だけだ。手動式は魔晶弾を必要とせず、シリンダーのそれぞれに魔術式が刻まれている為、穴の数だけ異なる術を放てる。後者は魔力を必要とするので魔術士でなければ使う事は出来ないが。
どうやらこれは前者らしい。
ジャガイモ男が天井に向けて引き金を引くと、撃鉄が魔晶弾を割る硬質の音が涼やかに響いた。一瞬遅れて、ボン! と低い破裂音が聞こえ、拳大の衝撃弾が天井をビスケットみたいに砕いた。
「動くんじゃねぇ! 列車強盗だ! 死にたくなけりゃ金目の物を膝の上に広げな!」
乗客の悲鳴をジャガイモ頭の怒声が塗りつぶす。
わぉわぉ! 列車強盗だ!
新聞の中でした見た事のない存在にニコは興奮した。
やっぱり都会ってすごいんだなぁ!
感動しながら、ニコはどうしたものかと悩んだ。やっぱり止めた方がいいのかな?
ニコは後ろの方の席に座っていた。強盗とは距離がある。使える術の中に飛び道具はない。
考えている内に狐顔の男が大きな旅行鞄を手に集金を始めた。既に何両か荒らした後らしく、中身は半分程埋まっている。
「おい。その首にかかってる首飾りもだ」
「こ、これだけは! 母の形見なんです!」
「知った事かよ! 早く外せ! 殴られてぇのか!」
真ん中ぐらいの席に座っていると若い女性と口論になると、胸倉を掴んで拳を振り上げた。
「ちょっとぉ! なにしてるんですか!」
びっくりしてニコは立ち上がった。
「なんだてめぇ……ガキは引っ込んで――」
「なんだじゃないよ! 女の人に手をあげるなんて、恥ずかしいと思わないんですか!」
「あぁ? うざってぇガキが。てめぇも殴られてぇか! あぁ!?」
乱暴に女性を放すと、狐顔がこちらにやってきて、胸元を掴もうと手を伸ばした。ニコは手首を掴み返し、思いきり引き寄せる。
「――うぉ!?」
バランスを崩して前のめりになる男の顔面に頭突きを食らわせる。
「――んべっ!?」
頭が跳ね上がった所に股間を蹴り上げた。
「――んほぉ!?」
股間を両手で抑えながら、狐顔の男が膝を着いて丸くなる。
「ガキガキ言わないでよ! もうすぐ十六才になるんだから!」
ぷくりと頬を膨らませ、ふんすとニコが鼻を鳴らす。
「調子に乗るなよ」
ジャガイモ頭が低く呻ると、ニコに魔重を向けた。
「そんな物人に向けたら危ないよ!」
「そうとも。こいつはあぶねぇ武器だ。引き金を引けばズドン。一巻の終わりだ。わかったら、そこで伸びてる馬鹿の代わりにバックを持って集金しろ」
「え、いやだけど」
「なら死ぬか? 俺はそれでも構わねぇが」
「無理じゃないかな。魔銃を当てるのって結構難しいって言うし、関係ない人に当たるだけだと思うけど」
「そうとも。いう事を聞かなきゃてめぇのせいで無関係な人間が死ぬ。それでもいいのか?」
ジャガイモ頭が勝ち誇る。
「それはやだ!」
ニコはひょいと席に引っ込み、小盾を左手に、片手剣を右手に構えた。
「
全身に魔力を漲らせると、通路に飛び出し駆けだした。
「戦闘術士だと!?」
ぎょっとして、、ジャガイモ頭は引き金を引く。
思った通り狙いは外れ、衝撃弾は三つ先の席に座る赤子を抱いた母親の元へと跳んでいった。
「危ない!?」
ニコは強化した脚力で加速し、突きだしたナマクラ剣の側面で衝撃弾を受け止めた。足を止めず、そのまま駆け抜ける。
「クソが!?」
矢のように突進するニコに焦り、ジャガイモ男が引き金を引きまくる。
「だめだってば!?」
こうなるとニコは大忙しだ。右に左に飛び回り、ジャガイモ頭の凶弾から乗客を救う。
程なくしてジャガイモ頭は魔晶弾を撃ち尽くし、駆け寄ったニコに剣で殴られ大人しくなった。
「もう! 危ないんんだから!」
気絶したジャガイモ頭に言うと、ニコは足元の魔銃を遠くに蹴飛ばした。
乗客達はしばし茫然とすると、助かった事に気づき歓声をあげた。
「すごいな坊主! 大した強さだ!」
「本当! おかげで助かったわ!」
拍手喝采、乗客達に褒められて、ニコはにへらと頬を緩ませる。
「いや~。当然の事をしただけなので」
そうは言っても満更ではない。褒められるのは気持ちが良いものである。
「もしかして坊主、アカデミーの新入生か?」
「はい。ベルファレストからやってきました」
「あら、未来の勇者様じゃない! あなたならきっと大物になれるわ。折角だから名前を教えて」
「いいですよ。ニコって言います。ニコ=ブレイブハート」
「ブレイブハート!?」
それを聞いた乗客達が驚いて顔を見合わせる。
「ブレイブハートって、あのブレイブハートか?」
「えへへへ。自慢するみたいで恥ずかしいんだけど、そのブレイブハートです」
照れながらニコは言う。
「すごいじゃない! 伝説の勇者ロッド=ブレイブハートの子孫って事でしょう? 握手してちょうだい!」
乗客は大騒ぎ。あんまりちやほやされるので、ニコは恥ずかしい気分になってくる。
昔々、この大陸は悪い王様に支配されていました。王様は物凄い力を持った魔術士で、天気を変えるなんて朝飯前、呪文一つで竜を殺し、玉座にいながら大陸中の魔物を意のままに操る事が出来ました。魔術士の王にして魔物の王。そんな王様を人々は恐れ、魔王と呼びます。
けれど悪い王様の悪政はいつまでもは続きません。不満を持った人々が立ち上がり、その中には力を持った人々がいました。
剣士ロッドもその一人です。彼は強化魔術以外はからっきしでしたが、勇気を魔力に変える力で多くの窮地を乗り切り、ついには仲間と共に魔王を倒してしまいます。
折れぬ剣、勇気の剣士、不死身のロッド、そして一番有名な二つ名の大勇者。
そしてロッドは素朴な人でした。
仲間達が王様になったり貴族に取り立てられる中、ロッドは旅の途中で一目ぼれした女性の暮らす辺境の雪国へと旅立ち、ひっそり静かに暮らしたのでした。
めでたしめでたし。
そうして出来た子孫がニコである。ちなみにひ孫だ。
「それじゃあ! まだ列車強盗の仲間がいるかもしれないので!」
興奮する乗客に別れを告げ、ニコは隣の車両へと移動した。
驚く乗客達になんでもないで~すとにこやかに手を振って、どんどん先に進んでいく。
何両か進むが仲間とは出会わない。二人っきりの列車強盗だったのだろうか?
それならそれでいいのだが、なんにしても先頭車両までは行く必要がある。
途中でニコは食堂車に行きついた。さっきの強盗が退かしたのか、乗客の姿はない。
左に二人掛け、右に四人掛けのテーブルが並ぶ食堂車にはちらほらと食べかけの料理が残っている。中には手付かずの物もあった。
きゅるるるる~。ニコのお腹に飼っている虫が可愛らしい声で鳴いた。
「そういえば朝から何も食べてないや」
由緒正しい貧乏勇者の家系である。町にやってくる職業勇者の助手をして小金を貯めていたがニコだが、アカデミーの入学費用で全部消し飛んでしまった。それでも足りず、町のみんなにカンパして貰った程である。旅費も僅かだ。ひもじい節約生活である。
「……もったいないし、報酬代わりという事で……」
誰にともなく言い訳をすると、ニコはステーキセットが丸まる残った席に腰かけた。
「いただきま~す」
魔術士は大食いで、戦闘術士は特にそうだ。小柄なニコも例に漏れない。ステーキ、パン、サラダ、スープが手品のように消えていく。全然足りない。次にまともに食べられるのはいつになるかわからない。一度火のついた食欲は治まらず、ニコはあっちこっちの席を飛び回って残っている料理を頬張った。大きく膨らんだ頬は冬に備えるリスのようである。
と。
不意に前方の扉が開き、怪しい人物が姿を現した。黒いローブ着た何者かは、フードを目深に下ろして顔を隠している。
怪しい。絶対に強盗の仲間だ!
そう決めつけるとニコは慌てて口の中身を飲み下し、足元に置いていた片手剣を握った。
黒ローブが右手を突きだす、袖口から覗いた指先が塩のように真っ白に見えたのは見間違いだろうか。
「――ッ!?」
直後、力場の矢を腹に受けてニコは吹き飛んだ。
「――ッけほ、けほ……なに今の?」
驚いて呟く。咄嗟に腹に魔力を集めて防御した。というか、意識せずともそうなるのだが。物が飛んできた時に咄嗟に手が出るのに似ている。魔術士は魔力を知覚し操る能力があり、魔力操作を鍛えると自然に魔力を集めた初歩的な防御を行えるようになる。
とは言え、力場の矢自体は大した威力ではなかった。使えもしないで言うのはなんだが、低級で粗末な術である。実際ダメージは全くない。問題は、そんな術を成すすべなく食らってしまった事だ。
魔術の発動には予備動作が必要だ。魔力を練り上げ、収束させ、形を与える術化の作業だ。やり方や術によって増えたり減ったりするだろうが、全くないという事はあり得ない。魔銃ですら、魔晶弾を砕いた時の魔力の解放と、銃身に刻まれた魔術式による術化の流れがある。ちなみにニコの強化術は練り上げた膨大な魔力を収束させているだけなので術化の工程はない。というか、術化が必要になるような難しい術は使えなかった。付け加えるなら、呪文は必ずしも必要ではない。魔力を操る作業は頭の中で複雑な粘度細工をこねるのに似ている。目指す形をはっきりと口に出せば形を定めやすくなる。その程度のものである。中には詠唱に構成を織り交ぜて複雑な術を使う者もいるらしいが、生憎ニコはそちらのタイプではない。
ともかく、黒衣の魔術士は予備動作なしで魔術を放ったのである。術化や収束はおろか、魔力の練り上げすら省力して。虚空からいきなり術が飛び出したから、反応が遅れてしまった。そうでなければあんな魔術を食らったりはしない。
あり得ない事である。魔力は可能性の力であり、魔術は可能性に形を与える術である。最低でも、魔力がなければ始まらない。無からはなにも起こらないのだ。
立ち上がると、黒衣の魔術士は再び力場の矢を放ってくる。気持ちは既に切り替えた。
あり得ない事はあり得ない。そのように見えるなら、なにか仕掛けがあるのだろう。わからないなら、この場であれこれ考えても仕方ない。
予備動作を感じようとするのは諦めて、その上で予備動作を探した。魔術の予備動作以外にも、人には行動を起こす際の独特の気配がある。殺気と言うか、間と言うか。そういったものに注意を向ければ、魔術的な予備動作が感じられなくても対処は出来る。
すぐ対応し、二発目は小盾で防ぐ。もう見切った。相手は素人だ。放つぞ! という気配が見え見えである。
相手もそれに気づいたらしい。怯えるように一歩下がると、さらなる放つぞ! を醸し出して腕を振る。
瞬間、ニコは見た。花が咲くように構成が弾ける。それも、あちこちで。火花のように一瞬だが、それでも構成はあった。予備動作の話をするなら、構成は練り上げた魔力が収束した位置で発生する。この手の術なら大抵は手の先だ。続けて撃つなら同じ位置に構成が残る。わざわざ別の場所に収束させて術化させる意味はない。まぁ、さっきみたいに不意を打つ効果はあるだろうが。それによって生じる隙の方が遥かに大きい。普通ならそうなのだが、この術士には関係ないらしい。なんにせよ、構成は術者の身体とは離れた位置にめちゃくちゃに発生している。謎は深まるばかりだ。
ともあれ。
続けざまに放たれた力場の矢を一刀で薙ぎ払い、ニコは右手の壁に飛んだ。足裏に魔力を集めて壁に吸い付かせると、右の壁から天井、左の壁とぐるりと回るように駆けながら距離を詰める。
黒衣の魔術士は翻弄されて、あらぬ所に力場の矢をばら撒く。
あっさり距離を詰めると、ニコは片手剣を構えて飛びかかろうとした。
「――うわぁっ!?」
カーブに差し掛かったのか、列車が激しく揺れて足元を取られる。
結果、半ば転ぶような形で黒衣の魔術士に体当たりをする。
「なんだよもぅ!」
立ち上がろうと踏ん張った手が柔らかな物を掴んだ。
「……へ?」
気づけばニコは黒衣の魔術士に馬乗りになっていた。
左手は胸の辺りをガッチリつかんでいる。
やば、女の人だった。
確認するまでもない。今のドタバタで黒衣の魔術士の顔を隠すフードが下りていた。
一瞬見惚れてしまう程の綺麗な顔がそこにはあった。どこか陰のある、陰気というか卑屈そうな雰囲気はあったが、美人である事は間違いない。歳は同じくらい。長い髪は雪のように白く、肌の色は夏の雲のように白い。黄金色の瞳と赤い唇だけが色を持っている。そんな人、初めてみた。
……いや。
……まてよ?
知っている。
ニコは彼女の事を知っている。
正確には、この真っ白い髪と肌、金色の目を知っている。
「……魔王の、子孫?」
恐怖に顔を引きつらせ、涙を浮かべて固まっていた少女は、その一言で魔法が解けた様にハッとして、こちらを睨んだ。
泣き出しそうな気弱な瞳が、明るすぎる満月のようにぎらぎらと輝く。
やばい。
そう思った時には手遅れだった。
「――私に、触るなぁあああ!?」
絶叫が遠のいて、ニコの意識は闇に飲まれた。
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