空中戦
さすがは六華というべきだろうか。高梨と大差ないスピードで鍋の具材を食べ進め始める。どさくさに紛れながらも堂々と食べ進めるにも関わらず、
このままでは、まずい。
とはいえ、想定外のことではなかった。
カランカラン
その音に反応して、料理人が料理を持って現れる。そして、両者の鍋の中に肉団子を入れていった。
やがて、順調に食べ進めていた六華は肉団子にも手をつける。その瞬間、彼女の表情が変わった。
――第一の爆弾……ですのよ。
董子は心の中でほくそ笑む。
六華の顔色を読むに、花椒の塊に当たったのだ。麻辣鍋の辣とは唐辛子の辛味を指すものだが、麻とは花椒や山椒の痺れる味わいのことを指している。激辛アスリートの中にも、この麻味への耐性を鍛えていないものが多く、六華もまた苦手としていた。
従妹であり、幾度となく彼女を負かせている董子はそのことを熟知している。舌が痺れ、その食の進みは鈍ることだろう。
だが、予想に反して、六華はなかなかに健闘していた。舌がユワンユワンと揺れ、もう味もろくに感じられなくなっているだろうに、根性だけで食べ進めているようだ。
――成長した、ということかしら。三十路も過ぎてるのに、がんばるじゃないですか。
驚きながらも、それでも手が尽きたわけではなかった。
がんばりは評価しないでもない。でも、それで勝てなければ、結局は0点なのだ。
六華がさらに肉団子を口に入れた。覚悟の表情が見て取れる。先ほどと同じように花椒が破裂することを恐れたのだろう。
だが、それは花椒ではなかった。口に入れた瞬間、六華はゲホゲホとむせ返り、目からは涙を流す。肉団子に入っていたのはカラシだった。
カラシもまたカプサイシンの辛味とはまた違う辛さを持った調味料である。カプサイシンは慣れるが、カラシに慣れることはない。
――第二の爆弾ですのよ。これでトドメ……かしらぁ。
しかし、ここで六華は予想外の行動に出る。なんと〆用のうどんを口にしたのだ。それを飲み込むことで、カラシへの肉体への反応、むせ返りを止めた。
生うどんという未知なるものを食べるリスクを残してでも、噎せ返ることのリスクを排除したのだ。さすがに、取捨選択の判断が速い。
そのまま、鍋の具材を次々に食べていく。
この状況に焦ったのか、打開を必要と判断したのか、葡萄風信子が立ち上がった。
そして、威風堂々とした歩みで六華に近づくと、その腹に正拳を打ち込んだ。次の瞬間、葡萄風信子が倒れ込む。
「ギャーッ」
葡萄風信子らしからぬ取り乱した悲鳴を上げた。その様子を六華が見下すような目で眺めている。
「あらぁ、何かしたのかしらねぇ。食事中に席を立つなんて、はしたないことをするから、こうなるんですのよぉ」
そう言うと、オホホホホホホと高笑いを上げた。
その手には血の付いたフォークが握られている。葡萄風信子の正拳が叩き込まれる場所を予想して、フォークを仕込んでいたようだった。
「この二階堂六華に一度見た技が通じると思ったのかしら。愚か、ですわね」
六華はさらにオホホホホホホと高笑いを上げる。
まずい。調子に乗らせてしまっている。こんな時の
「
董子が声をかけると、葡萄風信子はビクッと青ざめた表情を向ける。彼女が恐れるのは対戦相手ではなかった。葡萄風信子には平然とした風を装う董子が怖い。
「交代しましょう。六華お姉様には私が直々にお相手して差し上げますからあ」
葡萄風信子は絶望したような表情で董子を見ると、その顔を項垂れて、席を譲った。
「申し訳ありません。私の力が足りないばかりに……」
董子は葡萄風信子の言葉など届かないとばかりに一切の反応を示さない。
そして、席に着くと、鍋の具材を箸で掴み、放り投げる。放物線を描き、大根が降ってきた。それを董子は口でキャッチし、もぐもぐと食べる。
これこそ、董子が冠する
それに、董子の策はそれだけではなかった。
部屋の温度がどんどんと上がり続ける。涼やかなワンピース姿の董子ならまだしも、初冬に備え、厚着をしていた六華には堪えた。意識が朦朧とするように、その顔色が生気を失っていく。
「ふふ、六華お姉様、そのセーターをお脱ぎになってはいかがかしら。その下には下着しか着ていないのでしょう。だから、脱ぐことを戸惑っておられる。でも、このままでは熱中症で倒れるばかりでしてよ」
董子のふんわりとした仮面はすでに剥がれ、邪悪な笑みを
六華は彼女の言葉通りに追い詰められている。
「私は
六華はどうにか強がろうとしたのだろうが、その後の言葉が続かない。もう意識が絶え絶えであった。
バシャー
急に六華の頭に水がかけられる。
「二階堂さん、タッチです。ここからは私が戦います」
その声は倒れ込んでいた高梨日葵のものだった。
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