激辛十六闘士

「へへっ、ここは任せてくれよ」


 虎島とらじまはそう言った。

 中嶋屋デパートに入り込んだ彼らを待ち受けたのは多数の激辛闘士げきからファイターであった。これから一人一人を倒さねばならないと考えると途方もない。

 だが、当然ながら、虎島には勝算と思惑がある。


「俺のことは気にすることはないぜ。この場で朽ち果てることも覚悟している。

 お前らこそ、死ぬんじゃないぜ」


 なんとなくカッコいいことを虎島が言う。

 日葵ひまり六華りっかはポカンとしながらも頷く。


「あんたの死、無駄にしないよ」


 そう口にしたのは六華だ。日葵は「別に死なないんじゃ」と一抹の思いを口にする。

 しかし、落ち着いてもいられない。日葵と六華は小走りでエレベーターに向かい、ボタンを押す。しばらくして、エレベーターの扉が開き、二人はそれに乗り消えていった。


「おい、料理の準備はできているのか?」


 二人が消えたのを確認すると、高圧的な態度で虎島が尋ねる。

 闘士たちはそれを聞いてニヤリと笑った。


「我らは激辛十六闘士トワイライト・フレンドシップ・ソウル。お前ひとりで何ができるというのだ」


 その言葉を虎島は流す。


「で、料理は何があるの? ふむふむ、唐辛子鍋が四人前あるんだ? それ、全然足りないでしょ。ここには十六人いるんだからさ」


 そう言うと、虎島はスマホを取り出すと、電話をかけた。


 トゥルルルルトゥルルルルル


「ああ、鹿島かしまか。鍋が必要なんだよ十六人前。いや、十七人前かな。できる?

 え? 今、店やってるって? そんなのバイトに任せていいんだよ。今日、馬坂君が入ってるでしょ。もう半年近くやってるし、彼ならやれるって。

 何? できるとかできないとかじゃないんだよ! やるしかねぇんだ! わかってんのかよ」


 何やら揉めていたが、待つこと一時間ほど、鹿島が材料と鍋を持って現れた。そして、唐辛子鍋に手を入れると、瞬く間に鍋を改良していく。気が付くと、唐辛子鍋四人前はカレー鍋十七人前へと変貌していた。

 そして、闘士一人一人に鍋を置いていく。


「用意ができたな。それでは勝負だ!」


     ◇   ◇   ◇


 虎島はほくそ笑んでいた。

 人吉ひとよし恒臓つねぞうを助けに行くのは必要なことだ。だが、それもポーズでいい。実際に拉致した奴らに会うのは避けたかった。なぜなら、かったるいからだ。


 そこで今回の勝負を買って出たのだ。都合のいいことに有象無象の激辛グルメファイターが十六人いる。これだけの人数を相手にすると言うことで、自然に、かつヒロイックにこの場に留まることができた。

 もっとも、人数差なんて大した意味がない。この勝負は激辛への耐久力とその上での食べる速さ、その二つで決まる。この中で一番強い奴一人に勝つのも、十六人全員に勝つのも、実際には同じことなのだ。


「勝負始め!」


 審判の宣言が響いた。

 激辛十六闘士トワイライト・フレンドシップ・ソウルが目の前に置かれた鍋を一斉に食べ始める。

 虎島の前にもグツグツと煮えたぎるカレー鍋があった。


 勝算はある。そのために、鹿島を呼んだのだ。

 ここは本来アウェイの地であり、不確定要素が多すぎて、何が起きるかわからない。そのため、勝算を得ることなどできない。実力で相手を上回るのが一番確実な戦法となるだろう。

 だが、料理人が自分の息のかかったものなら、どうか。本来ホームである十六闘士がアウェイとなり、逆にこちらがホームの利を得る。


 鹿島のカレーであれば食べ慣れており、攻略もしやすい。逆に、十六闘士たちはこのじわじわと舌と喉を侵食する辛さには慣れない。

 どちらが有利かなんて、火を見るより明らかだろう。


 余裕の表情で鍋の具をよそう。キャベツ、ニンジン、椎茸、それに鶏肉。

 まずはキャベツから。口に入れ、具材を齧る。


「辛っ!」


 その瞬間に、火を喉元に入れたような激痛が走った。究辛カレーのじわじわとくる辛さではない。口に入れた瞬間にその破壊の力を剥き出しにするカプサイシンの塊のようだった。それでいてじわじわと辛さが押し寄せる感覚も変わっていない。

 元々置かれていた唐辛子鍋。それを元に作ったからだろうか。究辛カレーだけでなく、唐辛子鍋の特性も活かしてしまったというのか。


 こうなると、十六闘士に有利となってしまったかもしれない。そう思い、彼らの様子を窺うが、誰も彼も予想以上の激辛を味わったかのように悶絶している。

 あくまで四人前の唐辛子鍋を十七人前にしたのだ。それよりも直接的な辛さは下がっているはずだろう。

 ということは……。


「鹿島ぁっ!」


 虎島は吠えた。その視線の先にはしたり顔で締めの雑炊の支度をする鹿島の姿がある。

 急に店から呼び出したので怒っているのだろうか。カレー鍋の辛さが常軌を逸しているのはこの男の仕業だったのだ。


 ニンジンの甘さが辛さを引き立てていた。シイタケの旨味とともに熱が破裂する。鶏肉の旨味は同時に痛みを伴っていた。

 そして、なにより、そのスープは熱と痛みしか感じないほどの激辛と化しているのだ。

 しかし負けていい戦いではない。虎島はどうにか根性を振り絞って、具材のすべてを平らげる。


「では、雑炊にしますね」


 鹿島がご飯を入れ、溶き卵を加え、三つ葉を散らした。

 本来なら美味しそうに見える雑炊なのだが、その辛さは容易に想像できる。

 虎島はげっそりとした表情で雑炊を口にした。


「――――っ!!」


 音のない悲鳴を上げる。それは想像の範疇を越えるほどに辛かった。

 虎島は原因を探る。ペットボトルに入った水が目に入った。一見して無色透明だが、どこか青みがかっているように感じる。

 青唐辛子や青いハバネロのエキスを抽出したものなのではないだろうか。それを米を炊く水の代わりに使用したのだろう。ご飯の持つ辛さが尋常ではない。


「しかし、これで終わる」


 見ると、十六闘士たちも苦しんでいる。その中の一人は苦しみながらも雑炊の最後の一杯に手をかけていた。勝利の道筋が見える。

 虎島は雑炊を一気に掻き込み、水で一気に流そた。激辛において途中で水を飲むことは禁じ手とされる。水は辛さの被害を広げ、辛さへの慣れをリセットしてしまう。

 だが、今は途中ではない。詰めだ。雑炊を水で無理やり胃の中に流し入れることでスピードを上げたのだ。


「ゲホッゲホッゲホッ」


 虎島はむせ上がるが、鍋を平らげていた。十六闘士の全員に先駆け、勝利を得たのだ。

 だが、同時に虎島は倒れ込む。これ以上、何もできる気がしない。ただ、うずくまり、時が過ぎるのを待ちたかった。


 グイッ


 その虎島の身体を鹿島が支えた。胃の中の痛み、熱さ、刺激がひっくり返る。慣れつつあった痛みの位置が変わり、また新たな激痛が胃の中に撒き散らされた。

 その苦しみによる嗚咽を上書きするように、鹿島が声をかける。


「虎島さん、行きましょう。このビルの最上階に用があるんですよね」


 鹿島が虎島に肩を貸し、引っ張るように歩きだす。一歩進むごとに、胃の中がひっくり返り、新たな激痛が襲った。


「……おい、余計なことは――」


 虎島は激痛に耐えながらも声を上げたが、それは鹿島の耳には入らない。一歩、一歩、苦痛に喘ぎながらも、鹿島に運ばれていく。

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