どこまでも飛躍するロングスカート

重里

どこまでも飛躍するロングスカート

 今日も今日とてそのご自慢の脚を露わに披露目している欲情バカ女が俺の前を通り過ぎていく。半年ほど前に入社した女子社員、庶務課の貫田奈々枝だ。

 年齢23歳。165cm。そこそこ長身な彼女は自分の肢体の魅せ方というものをよく知っている。それにホイホイと釣られる男どもの多い事と言ったら。


「あっ、ごめんなさい~。今日の会議の資料、コピーまだですぅ」


 困り顔なのか笑顔なのかわからないようなぶりっ子顔を作り、特売のごとき媚を売りつける。

 何が、まだですぅ……だ。

 だがミニスカートから伸びる脚をこれでもかというほどにアピールしてくる彼女を本気で叱れる男などいやしない。

 そう、俺以外は。


 「あ、あのさ……コピーくらい早めにしといてくれる……かな?」


 俺の勇気ある言葉に内心びびりまくったのだろう。貫田奈々枝はこちらを見もしない。


「……はい。はぁ~い」


 彼女は高いヒールをカツンカツンとわざとらしく鳴らしながら立ち去っていった。

 まったくもって、このミニスカートというやつは男を狂わす。あの頑固で偏屈で口のくさい部長ですら貫田の脚には勝てない。

 だが俺から見ればこんなものは、焼肉屋でいきなりカルビを何人前も貪り食うがあまりに他の肉を美味しく食べられなくなるようなものだ。

 もしくはバイキングでご飯ものを先に沢山食べてしまったゆえに他の物を食べたくても食べられなくなるようなものだ。

 欲望や感覚を直接的に刺激するものを無理やりに押し付け、理性で考えさせる隙を与える間もなく共感を得ようとするその押し売り的な心根。それが俺は気にくわないのだ。

 俺は貫田という女の生脚を見ていると、そういう押し付けがましさ、あさましさを感じる。


「おはようございます。今日は朝から営業会議ですね」


 俺のすさんだ心を癒す声が聞こえた。振り向かなくてもその声の主はでわかる。だがやはり振り向く。もちろんご名答。同じ営業一課の福江美奈さんだ。


「貫田がまぁたコピー取ってないっていうから、今叱ってたところなんだよ」

「そうなんですね……。もう時間あまりないですから、私手伝ってきますね」

「いや、福江さんがわざわざ……」


 俺が言っている間に彼女はもう小走りで貫田のところへ向かっていた。小走りする福江さんは今日もロングスカートだ。

 軽そうな生地で作られたその長くヒラヒラしたスカートが脚に巻き付き少し走りにくそうにしている。

 だが、それが良い。

 ロングスカート。貫田よりもすこし小柄な福江さんはロングスカートを履いてくる日が多い。彼女が入社して3年経つが、彼女の生脚など見れた事があっただろうか。

 だが、そこが良いのだ。

 ふわりとゆれるロングスカートが脚に巻き付くようにぴたりと密着――彼女の肢体の造形がはっきりと浮かび上がるその一瞬。

 優れた彫刻家は石の中に既に埋まっているものを掘り出すように作業をするという。彼女のロングスカートから浮き出されるその造形はまさにそれだ。

 どのような美がそのスカートの中に隠されているのかを想像し続ける日々の回答を間接的にあたえてくれるこの瞬間。俺の想像力ははっきりとした飛躍をみせる。

 隠されているからこそ得られるこの素晴らしい飛躍。超・飛躍。

 ロングスカートの中は見えない。見えないからこそ素晴らしいのだ。おパンツなどがみえてしまいそうなほどのミニスカートはどうにも想像力を掻き立てない。

 ましてやまかり間違っておパンツが見えてしまったりなどしてみろ。それこそ幻滅という言葉以外でどうその虚無感をあらわすことができようか。

 見えないという事は、その中は生足なのか、そうでないのかすらもわからない。

 もしかしたら案外ふくよかなのかもしれないし、思っていた以上に筋肉がついているのかもしれない。

 見えないのだからわからない。シュレディンガーならきっとこう言うだろう。


「スカートをめくるまで、生足かどうかは決定していない」


 彼女は今日もロングスカートを履いている。重ね合わさる彼女の御御足を今日も想像しつつ、俺は朝の会議に向かう。

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