ハオルチアの窓の瞳

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ハオルチアの窓の瞳

 麗しきハオルチアは今日も窓辺で眠っている。光に当たるだけで、透けるような肌を持つ人の形をしたモノ。妖精や九十九神、妖怪の類いだと本人は言うが、別に何も人間に良いことをしたり逆に害を成したりということは無いらしい。

 太陽に向けて葉を伸ばすように、人間に向けて手を伸ばしそうとしたらこうなった。ただそれだけ━━と彼は言う。しかし実際に彼から私に触れたことはほとんどないのでは無かろうか。

 腕枕にしている手とは反対の、膝の上で力を抜いている手にそっと手を重ねる。血の代わりに水が通り、血管の代わりに維管束が通る手のひらは、人と変わらない感触をしていた。

 同じように窓辺のへりに頭を預けて、間近で彼を眺める。深い新緑の色の髪の間には、閉じられた目があった。記憶に残る瞳の色を思い出しながら、この麗らかな陽光に照らされたらどんなに綺麗だろうかと想像する。

 ゆっくりと、目を開ける。

 視線に気付いたのだろう。視点の覚束ない瞳がこちらを向いて焦点を合わせる。光に透かされた瞳はガラスのように透明で、エメラルドのように貴く輝いた。

 ハオルチアの━━窓の瞳だ。

「僕は、眠っている訳ではないよ」

 葉の上で玉になった雨粒が落ちるような、一言一言を言い聞かせるような声色で彼が言う。

「光合成中?」

「そうだね」

「起きてたの?」

「植物は眠らない。休むことはあったとしても、いつもあなたを見ている」

「全部見てたんだ」

「ああ、君がどんな目で僕のことを見ていたのかも」

 その言葉に思考が止まる。どんな目を自分がしていたのかなんて鏡がないから分からない……けれど。何を思って見ていたのか、を考えれば答えなど自ずと分かる。

 頬が急速に熱くなるのを感じて、顔を伏せた。

 私はハオルチアのことを美しく麗しく愛しいと思っていた。全部バレているとでもいうのだろうか。

「こっちを向いて。その目でもっと僕をみて」

 繋いだままの手を包み込むように握り、俯いた私に前を見るように促した。私は前を向けない。絶対に、顔を見られたくない。

「僕も多分、君の瞳に同じことを思っているよ。植物にはない動の瞳は美しいものであるとね。顔を上げて。君の全ての表情を知りたいから」

 顎の下を指が滑り、前を向くように促される。小さく息を吐いて目を合わせると、満足そうにまなじりが緩む。

「……赤く紅葉しているね。おいで、甘やかしてあげる」

 そう言って腕を開いて手を引くものだから、誘われるままに私は飛び込んでしまう。目が合わないように肩の上に顎を乗せて、腕を回した。陽光に照らされていたからか、その肌は人の肌のように温かくて安心した。干したばかりの布団に包まれるような心地よさを感じる。

「暖かい。布団みたいだ」

「綿は植物だろう?」

「同じなんだ」

「眠ってしまっても構わないよ」

 甘やかされるままに、身体を預けた。肌の触り心地も良くて、首筋を、腕を、堪能するように触る。

「ハオルチアは葉に水を貯めるから、僕の肌も少し弾力があるだろう?」

「うん、暖かいけどどこかひんやりとしていて気持ちいい」

 ハオルチアは小さな二号鉢に植えられた多肉植物だ。そんなハオルチアがこうして私を包み込んでいるのは不思議なことであったが、ただ今は安心ばかりが身を包む。

 植物の癒しを全身に感じながら、私は深く午睡に落ちた。

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ハオルチアの窓の瞳 2121 @kanata2121

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