無邪気の恐怖
焦らないように心がけてくれてはいるようだが、二人の動きはかなり微妙だった。
ミアはまだしもルークまでそわそわした雰囲気で、あっという間に部屋の模様替えをしてくれたのは、微笑ましい反面で少し呆れてしまう。
そんなに気になるのだろうか?
「ミア、さっき言ってた魔法を見せてもらおうか」
「はーい!」
それぞれの任務を終え、意気揚々と庭に出た二人を見守りながら私も花壇の世話に勤しむ。
魔法薬を作るために私も頑張らなければならないが…何をどうしたら分からない。本当に出来るかとひっそりと不安と戦っている間にも二人の会話は進んでいく。
「今から俺はこの森の奥の方へ行く。ミアは10秒経ったら、声を届ける魔法とやらを使って俺に声を届けてみてくれ。どこまで届くか距離を測るから、声は俺がここに戻ってくるまで出し続けるように」
「はーい!なんて言えばいいの?」
「なんでもいい。では行くぞ10秒後だからな?」
「うん!」
ミアの返事の後ルークは消える。
二人きりになった花壇で彼女は数を数え始めた。
「頑張ってね、ミアちゃん」
やがて子供らしいあどけない数え方で10秒数え終わったミアに、花壇の近くに座ったまま声をかけると、彼女はニコニコ笑顔で私に頷く。
「ありがとう。お姉ちゃん。ミア頑張る!」
そういうと早速ミアは大きく息を吸って、おそらく名一杯の音量で言葉を放った。
「お姉ちゃんはお兄ちゃんの愛人なんですかぁぁぁ!!」
「ミアちゃんっ!?何をっ!!??」
マジュラトウに水をあげようとしていた私は鼓膜を劈くような声で放たれた言葉に勢いよく振り返る。
しかし素早く反応出来たのはそこまでで、後の動きが取れない。パニック状態の脳が次の指令を出して来ないのだ。
そうしている間にもミアはルークの指示通りもう一度大きく息を吸った。
「お姉ちゃんは––ふむっ!」
「お前は大声で何を言っている!?」
止めようとする私の前にルークが勢いよく現れ、真っ赤な顔でミアの口を手で塞ぐ。ミアはすぐにその手を小さな手で退け、ぷうっと頬をリスのように膨らませた。
「お兄ちゃんがなんでもいいって…」
どうして口を塞がれたのか意味がわからないと言いたげに不満げな声を上げるミアは、至ってマイペース。
一方のルークはまだ興奮している。私は…放心状態だ。
「確かに言ったが、お前は愛人なんて意味がわかって言っているのか!?どっから覚えた!?」
「知ってるよ!結婚してないけど大好きな人の事でしょ!前に村の人たちに聞いたもん!」
声を荒げるルークにミアは腰に手を当ててフンッと背中を逸らす。
『沢山言葉を知ってて偉いでしょう?』と言っている様子にルークは疲れたようにガックリと肩を落とした。
「…違う」
呟かれた弱々しい声に、ミアは悲しそうな表情をして肩を落とす。
覚えた言葉の意味が違っただけにしては、やけに残念そうで…嫌な予感を感じ始めた時、彼女は信じられない事を口にした。
「そうなんだ…お兄ちゃんとお姉ちゃん仲良く一緒に寝てたから愛人だと思ったのに…お兄ちゃんはお姉ちゃんの事を大好きじゃないんだ…」
「はぁ!?なっ、なんでそんな事知って––っ!」
最後まで言い切る前に『犯人はお前か!?』と言いたげな、カッと見開かれた顔を私に向けたルーク。
怖くはないが迫力のある顔に私は咄嗟に首をひたすら横に振った。流石の私もそんな事話すわけがない。
私も彼のように半分パニックになりながら助けを求めるようにミアを見ると、彼女はキョトンとした顔で小首を傾げた。
「朝起きてお姉ちゃんのお手伝いをしようとしてお部屋に入ったら、お兄ちゃんもお姉ちゃんもまだ寝てたの」
そういうことか…
今朝は偶然タイミングが合ったと思ったが、ミアはずっと私が起きるのを待っていたのかもしれない。
そして昨日『何かあったら直ぐに来て良いからね』と私が言ったせいか、ルークも勝手に部屋に入った事を責める様子はなく、力が抜けたように顔を伏せ、右手でその顔を覆い隠した。
「…やっぱり昨日は起きておくべきだったな…」
「えっと…ごめんね?」
これがこの場での適切な言葉なのか自信がなく疑問系で謝ると、ミアの表情が突然輝き、元気よくピョンッと飛び跳ねて私とルークのちょうど真ん中の位置に立つ。そして無垢な瞳で私たちを交互に見た。
「もしかして、二人とも喧嘩してたの?今ごめんなさいしたから愛人に戻った?」
「はぁ…ミア、俺が言った違うはそういう事じゃない。俺は愛人の意味が違うと言ったんだ」
「違うの?じゃあどういう意味?」
返答に口籠るルークは助けを求めるようにチラリと私を見る。
そんな目をされても…子供の質問は地獄だ…。どこまで質問されるかわかったもんじゃない。しかもこの手の質問は知識云々以前の問題。何を聞かれても答え難い。
ワクワクした顔で答えを待つミアを前に二人で呆然としていると、家の扉が大きな音を立てて開き、血相を変えたハンスがヌッと現れた。
「ミアッ!ルーク様と香草様に何を!」
「お父さん!もう歩けるの?」
いや、きっと無理に歩いてきたのだろう。慌てふためいているハンスは私とルークの顔を見てサッと顔を青くする。
「申し訳ありません!申し訳ありません!本当に申し訳ありません!!」
「いえ…えっと…大丈夫です…お気になさらず…」
あまりの勢いに引き攣ってしまう顔でそう声をかけると、ハンスは扉の出入り口に捕まりながらおそらく精一杯だろう深さまで頭を下げた。
「本当に申し訳ございません。ミア、ちょっと来なさい!」
「えぇ〜ミア、これからお兄ちゃんに魔法を教えてもらうの!」
ハンスは何かに捕まっていないと歩けないので、外にいる彼女を焦った顔で何度も呼び寄せるが、全力で拒否するミアはハンスの方へ歩いて行く気配はなかった。
初めて見るミアの駄々。しかし今までのように呑気に見守ってはいられない。まさか一緒に寝ていた件を両親にも話していたり––?
想像したくない事を考えているとルークが全てを諦めたような力のない目でミアを見る。
「…ミア、とりあえず父親と話してこい。魔法はそれからじゃないと教えない」
「…はーい」
ようやく父に連れられるミアの背を見送りながら私たちはホッと胸を撫で下ろ…せない。
ミアの投下した爆弾により気まずい雰囲気が漂い、どうしようかとオロオロしていると、口火を切ったのはまさかのルークだった。
「…まったく…子供というのは恐ろしいな…」
力の無い疲れ切った声。
でもそこに怒りの声は混じっていなかった。純粋に疲れている声に私の緊張は幾分か緩む。
ここは昨晩の件には触れずに、少しずつ話を逸らしていくのが最善だろう。
「そうだね…ちなみにルークはどこにいたの?」
「…ここから4、5キロ離れた場所だ。ただ、最初に行った地点がそこだったから、おそらくもっと遠くまで届いているな」
「それ…すごくない?」
どれだけ大声を出してもそこまで長距離まで声は届かないはずだ。
素直に驚いているとルークも伏せ気味だった顔を上げて感心したような表情を作る。
「あぁ、常人の成せる技じゃない。原理は不明だがあれは高位魔法に入るレベルだと思う」
高位魔法は1つ使えるだけでも凄いらしい。どうやらミアは魔法の才能があるようだ。
そんな魔法が使える子なら、使いたがっていた風魔法も使えるようになるのだろうか?
「じゃあミアちゃんに魔法を教えるの?」
興味本位で問いかけるとルークは少し考え込む。
「…そうだな…本人もやる気があるようだし、仕方ない。それにここにいる間の暇つぶしにもなるだろう。さっきの魔法は難しいが…生活に役立つ魔法を教えるか…」
面倒臭そうにしているが結局は断らずに、ミアの為の魔法を教えようとするのだから、本当に優しい。
態度は子供にはちょっと怖いんじゃないかな?と思ってしまう態度だけれど…ミアは気にしていないようだし、何より彼らしくてそれもまた良いのかもしれない。
「すごく良いと思う。がんばってね、ルーク先生」
「先生…か。そうだな。その名に恥じぬよう俺も励むとしよう」
そこまで重い意味で言ったのではないので戸惑うが、優しい笑顔を作ったルークは少し楽しそうに見えたので、私は何も言わずに口角を上げ頷いた。
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