街と後輩

「準備はいいか?」

「…うん」


街へ行くにあたり、移動魔法を使う際にどうやってくっついて行くかの妥協点を再度探すことになった私たち。

前回の事があったので強く否定はできない私は、絶対に離さないという条件の元、ルークの腕に私が抱きつく形で渋々同意する。それでも結構恥ずかしいけれど、抱き抱えられるよりは随分マシだ。



「着いたぞ」


ルークの合図で目を開けるとそこはひとけのない平地。

視界には石の壁とルークの家ほどではないが沢山の草木ばかりで周りに人の気配はない。どこが街なのかと疑問に思い後ろを振り返ると、開けた道が目に入る。



「わぁ!すごい!」


道に出るように数歩進むと、木々で遮られていた視界は広がり人や馬車が行き交っている様子が目に映った。謎の石の壁は街を囲う塀だったようで、壁が途切れた部分には大きな木の門。そして傍にはファンタジーの世界でよく見る門番が立っている。少し心が高鳴る光景。



「いくぞ」


ルークに連れられるがまま門番の元へ歩く。

門番はチラリとこちらを見るとまだ少し距離のある私たちに向かってビシッと背筋を正した。



「ルーク様!ようこそおいで下さいました!」


門番の言葉に何も返さずチラリと彼を見ただけで通り過ぎていくルーク。こんな態度をしている人にその態度はどうなのよ?

呆れつつも彼を追うが、私の通路は門番によって阻まれる。



「こらっ!勝手に入っちゃダメだ。通行証を見せなさい」

「…通行証?」


片手を出して通行証というものを催促する門兵。ルークは今素通りで入っていたのに…。そもそも通行証って何?

戸惑い立ちすくんでいると、戻ってきたルークが門番の背後から声をかける。



「こいつは俺のメイドだ」


それだけ言ってカードサイズの木の板を門兵に差し出したルーク。門番はルークの声にビックっと飛び上がり、勢いよく体を180度回転させ彼に向き合うと、彼が差し出した木の板を賞状を受け取るかのように両手で受け取り、90度近く腰を折って頭を下げる。



「大変失礼いたしました!ルーク様のメイドとは存じつ…失礼な態度をお許しください」

「…気にするな。門兵として正しい対応だ」


ルークがいつもの面倒くさそうな表情でそう言った途端、門兵は勢いよく顔をあげ、素早い動きで私たちに道を開ける。



「寛大なお心に感謝いたします」


軍隊の訓練のような大きな声を発した門番は、また90度腰を折って渡された通行証をよく確認することもなくそのまま両手で返却する。その通行証を片手で受け取るとルークは何事もなかったようにスタスタと歩き出した。



「ほら、行くぞ」


私の横で腰を折り続けている門番。これを見てよくそんな反応でいられるものだ。戸惑いつつも門番に小さく頭を下げた後、彼の後を追って門をくぐると、初めて見る光景が視界に広がった。門を中心にして左側は石造りの家が立ち並んだ住宅街のような光景、右側はどこまで続いているのだろうと思うほど大きな建物が立っており、規則正しい感覚でトンネルのような入り口が並んでいる。あれは、一体何の建物なのだろうか?初めて見る外の世界に呆気に取られていると、彼は迷うことなく謎の建物の方に足を進める。

人が横に並んでも10人は並べそうなくらい大きなトンネルをくぐるとそこは別世界。天井はガラスで覆われ、左右には市場のように商品を外に並べたお店が視界の先まで並んでいた。

そしてこの世界に来て初めて見るたくさんの人。店先で呼び込みをする人と並んだ商品を眺めるお客さんは時折親しげに会話をし笑顔を浮かべている。何だか活気のある場所だ。建物の作りは違うけど、元の世界で例えるなら昔ながらの商店街のような場所なのだろうか?こういう雰囲気は結構好きだ。



「見てっ、ルーク様がいらしているわ!」


ワクワクしながら歩きつつもお店を見ていると、突然悲鳴に似た女性の声がルークの名を呼ぶ。その声を皮切りに商店街にいる人全員の視線がルークに集まった。

皆、本当に皆が会話することをやめ、彼に道を開けるように一斉に端に寄る。



(何⁉︎何が起こっているの⁉︎)


豹変した空気に私は立ち止まりキョロキョロ周りを伺う。

女性の多くは遠巻きにうっとりとした表情でルークを見つめ、男性は目を輝かせルークに憧れの視線を向けていた。

恐れ嫌われて距離を置かれているわけではなさそうだが、その光景は異常だ。

人が多く賑わいのある商店街だったのに、一瞬にして静まり返った光景に恐怖すら感じていると、ルークはいつも通りの表情と声のトーンで私を呼んだ。



「香草、何してる。早くこい」


足を止め数メートル後ろにいる私を少し大きな声で呼ぶルーク。その声は広い道でも、静まり返っている空間ではよく響いた。

彼の声に商店街にいる人全員の視線が私に集まる。そして先程までシンとしていた人たちが、突然ザワザワと騒がしくなり私は小さく震えた。



「…ルーク…これは…」


無数の視線に耐えきれず、逃げるようにルークに駆け寄り極力小さな声で問いかけると、ルークは表情を変えることなく歩き出す。



「いつものことだ。気にするな」


そんなことできるわけがない。

チラリと周囲を見るだけで…いや見なくても女性の視線が痛い。直視しなくても敵視されているのがヒシヒシと伝わってくるのだ。はっきり言ってかなり居心地が悪い。

せめてなるべく人から見られないように、ルークの後ろで隠れる様にして歩いていると独り言のようなルークの声が私の頭に降ってくる。



「まずは衣服か…子供用の既製服を売っている店…」

「いや、子供じゃなくて大人の服が欲しいんだけど」


彼の言葉に周囲に気づかれないような小声ですかさず抗議する。

あんな魔法まで使って、まだ信じてないのかとジトっとした目で見るがルークは気づかない。彼は歩きながら宙を眺め何かを考える素振りを見せながら淡々と言葉を返す。



「大人用の既製服で香草のサイズは存在しない。希望の服はオーダーメイドで作らせるが、完成するまでの服は子供服で我慢するんだな」


オーダーメイド…聞くだけで高そうな響き。

自分で稼ぐ手立てが無い今、オーダーメイドの服を頼むのは心が痛む。とはいえ子供服を着る事にも抵抗がある…

痛い視線から現実逃避するように脳内で格闘していると、シンとした空間を破るように男性の声が響いた。



「ルークさん!街に来るなんて珍しいですね!どうしたんですか?」

「ロイド、良いところに来たな」


ルークの名を呼び、周りの空気に臆する事なく近づいてきたのは彼よりも背が高い栗色の髪の男の人。ルークよりも年上に見えるその人は、ルークと同じ服を着ている。宮廷魔術師の先輩…だろうか?でもさん付けしている…

ルークの背後に隠れながらこっそり様子を伺う私を、ルークは強引に引きづり出し、ロイドの前に立たせた。



「こいつに合う既製服が売っている店を知らないか?」

「えっと…その子は?」

「森で拾った…昨日から俺のメイドとして働く事になった」

「森で⁉︎しかもルークさんのメイド⁉︎」


栗色よりも少し濃い茶色い目が困惑の目に変わる。そしてその声に周囲のざわめきが大きくなった。

できることならすぐにでも逃げたしたい空気。もう周囲を見るのは怖すぎて視界を狭めるように俯く。

けれど、そんな私の視界に人懐っこい笑みを浮かべたロイドが映り込んできた。



「…大きな声を出してごめんね。俺はロイド。ルークさんの後輩だよ」


私の視線に合わせるようにしゃがみ込み優しい笑顔を浮かべているロイド。その笑顔に少し安堵した私は彼の挨拶に答えようとおずおずと口を開く。

後輩だった事には少し驚くが、よく考えれば年上の人が後輩だって社会人なら普通だ。



「…えっと…は—」

「こいつは香草だ」


苗字を名乗ろうとした私の言葉をルークが遮る。何かまずいことでも?戸惑う私に、ロイドはニカっと歯を見せ私の頭に大きな手を乗せた。



「香草ちゃんか。香草ちゃんはいくつなのかな?」

「えっ…えっと…」


突然の質問と、核心をつく内容に言葉を失う。

心なしか周囲の人が…特に女性たちが鋭い目をした気がした。ここでうっかり変なことを言ったら非常にまずいということは本能が告げている。

レオとルークも私の年齢で色々言っていた。本当の歳を言っていいのだろうか?それとも、二人の言っていた見ため年齢を告げた方がいいのだろうか?言葉に詰まっていると、私の代わりに抑揚のない声でルークが答えた。



「香草は俺の家の森で倒れていたところを助けたんだが、それ以前の記憶が一切ないんだ。もちろん、年齢も覚えてない」


にさらに設定を追加した話を聞いたロイドは悲しそうな表情を浮かべ私を見る。けれどすぐにその表情は消え、再び優しい顔を私に向けると頭に置いていた手で私の髪をワシワシと撫で回した。



「そっか…これからよろしくね、香草ちゃん」


普通に聞いたら聞いたことに気まずさを覚える設定だ。それゆえの行動なのだろうか?だとしたら優しい人なのだろうけど、私の頭を撫でる力は少し加減が抜けていた。

あまりの力に首まで持っていかれそうになるのを必死に耐えているとルークがそれを静止する。



「…それで、店を知っているのか?知らないのか?」

「そうでしたね!平民服を売っている店なら知ってます。そこならきっと香草ちゃんサイズの既製服もあると思いますよ」

「そうか、ならその店の場所を教えてくれ」

「わかりました。これから案内…いや、俺が香草ちゃんを連れて行きましょうか?きっと、他にも揃えるものがあるんですよね?ルークさんはそっちを揃えに行ったほうが効率が良く無いですか?」



それはちょっと不安がある。知らない街で知らない人と2人で買い物…。

1人で行こうとしておいてなんだけれど、実際に街に入ると未知のことだらけで恐怖だ。ここまで来たなら一緒にいてほしい。

けれどそんな事を願っても、ルークが私のことを気にするはずがなかった。



「なら、よろしく頼む。生活する上で必要な衣服を適当に見繕ってやってくれ」

「わかりました!」


ルークはスラックスのポケットから巾着を出しロイドに手渡すと、私に目もくれずどこかにさっさと歩いて行ってしまう。そしてそんな彼を追うかのように周りの人たちも一緒に移動して行った。まるでアイドル。本当にすごい人気だ…。



「…いやぁ…いつ見てもあれは凄いよね…香草ちゃんもびっくりしたでしょう?」


私の心を読んだかのようにロイドはルークの背を見つめながら苦笑する。私もまたそんな彼に同調するように頷いた。



「はい。ルーク…様は本当にモテるんですね…」


メイドという事なので一応様づけすると、まだ恐怖が残る声色の私にロイドは大きく頷いた。



「平民、貴族にも分け隔てない態度。そしてあの見た目に実力…ルークさんのファンは男女、身分問わずに沢山いるんだよ」


分け隔てない態度…と言うより単に常識がないだけなような気もしてしまうけど…

ともかく、ようやく人目から逃げられた私はホッとする。『ふぅっ』と久しぶりにも感じる新鮮な空気を体に取り込んでいると、突然ロイドに手を取られた。

驚き彼を見ると彼は優しい笑顔で私を見ている。初対面だけれど…この人はニコニコしていて親しみやすい。



「俺たちも行こうか。サイズの合わない服は危ないよ。転んだら大変だから手を繋いでいこうね」

「ありがとうございます…でも1人で歩けますので」


完全に子供扱い。これは何歳だと思われている対応なのだろう?ルーク達が言っていた年齢にしたってこんな接し方をするだろうか?

やんわり断り彼の手から自らの手を取り上げると、彼は口角は維持したまま困り眉を作る。



「俺、堅苦しいの苦手なんだよね。だから、様なんてはいらないよ。普通にロイドって呼んで。敬語もいらない」


その言葉に私は悩む。気持ちは嬉しいけれど、流石にそれは少し抵抗がある。しかも彼はおそらく年上だ。30代半ばくらいに見える彼を呼び捨てして、その上タメ口なんて…

『本当に良いのだろうか?』と悩むが、優しい笑みを浮かべている彼の申し出を真っ向から拒絶するのも気がひけるし、この世界の敬語のルールもまだよくわかっていない。



「じゃあ…ロイドさん…って呼んでもいいですか?」

「もちろん。俺も香草って呼んでいい?」

「はい」


伺うように問いかけると、ロイドは口を弓形に曲げ、太陽のような笑みを見せて頷いた。ルークとは正反対の彼。すっかり安心感を覚えた私は心からの笑みを彼に返した。

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