第13章、浩太の葛藤

一週間がたって浩太の傷もだいぶ治りようやく自宅に帰ってきた。

「さあ、浩太帰りついたぞ」

父親が優しく浩太の肩を抱き玄関まで支えて歩いた。


「今日は退院祝いにお寿司でも取ろうかしらね」

母親も優しく浩太に話しかけた。


家の玄関をくぐって、すぐの靴箱の上に芳香剤を置いてありいつもはその匂いがとてもくどいと感じるのだが、一週間ぶりに帰って来てその匂いを嗅いだらなんだかとても懐かしく、ほっとする匂いに感じられた。


「わー、とてもいい匂い」


思わず声にでてしまった。


その時、母親が玄関のチャイムを誤って鳴らしてしまった。


ピンポーン


「わぁー」


チャイムの音で浩太はあの時のことを急に思い出し、怖くなって耳を塞いぎその場に座りこんでしまった。


「浩太だいじょうぶか」


父親が慌てて駆け寄りそっと後ろからだきよせるが、恐怖で体中が震え、まったく立っていられなくなってしまった。


「お母さん毛布を持ってきなさい」


今度は、母親が持って来た毛布をかけながら、


「退院、やっぱりまだ早かったんじゃないの」


と口を挟むと、浩太は心配を掛けまいと、


「大丈夫、大丈夫だから」


そう言うと、父親の手をかりてゆっくりと立ち上がり、そのまま二階の自分の部屋に

すべりこむように入っていった。


「しばらく、何も考えず、休めばいいよ」



父親はそう言うと浩太の背中を軽くさすり部屋から出ていった。


心配になったかかしは浩太に話しかけた。


「浩太、大丈夫か?

チャイムの音でまた思い出したんだな。

かなり怖い思いしたもんな」


「かかしさんか、なんとか大丈夫だよ。

有り難う。」


浩太はかかしの心使いがとても嬉しかった。


「あの時の事、お父さん、お母さんに言わなくて大丈夫なのか?」


かかしの問いに対して浩太は、


「うん、実はお父さんとお母さんの事だけど、本当のお父さん、お母さんではないんだ。

本当のお父さん、お母さんは、僕がまだ小さい時、三人で車で旅行中、交通事故にあって死んじゃったんだ。

真ん中の車線から、はみ出して走ってきたトラックとぶつかって、前の座席に乗っていたお父さんとお母さんは即死で、そして、後ろに乗っていた僕だけが、奇跡的に助かったんだ。

いったん、施設に預けられたんだけど、お父さんの弟に子供がいなくて、二人の強い希望で引き取られたんだ。

今までずっと本当の子供の様にそりゃ優しくしてくれたから、よけいに心配させたくなくて、今までずっといじめられていたことも今回の事も言えなかったんだ。」


かかしは、言葉につまった。


続けて、浩太が話し続けた。


「お父さんは優しくて本当の事話しても大丈夫なのだけど、逆に優しすぎるから返って本当の事言い出しにくかったんだ。

お母さんはとても心配症なんで、本当の事話したらびっくりしてどんなことになるかわからくてとても心配で言えなかったんだ。

病院でどんなだったか、考えれば判るだろ」


かかしには浩太の胸の痛みが直接伝わってきた。


「そうか、そうだったんだ。

本当に今まで辛かったな」


その優しいかかしの言葉で浩太は今まで我慢してきた感情が一気にあふれ出し、とめどなく大粒のなみだが目からぽつり、ぽつりとあふれておち始めた。

しかし、泣いているのを両親にきずかれない様に声を出す事だけは、なんとか我慢した。


するとかかしが、

「無理に気持を抑えなくていいんじゃないの。

もうこうなったら全てを打ち明けて、すっきりした方がいいと思うよ。

浩太一人で抱え込まなくていいじゃん」


かかしがそう優しくかたりかけると、浩太はもう全ての気持を抑えきれなくて、大きく泣き崩れていった。


一階にいたお父さん、お母さんはその異変にきずいて、二階の浩太の部屋に慌ててかけあがってきた。


ガチャ


「浩太、どうしたんだ、大丈夫か、なにかあったのか」


優しい父親の言葉で、浩太の感情は更にたかまった。


しばらくして、やっと浩太は落ち着きを取り戻し、


「お父さん、お母さん、心配かけてほんとにごめんよ、僕、全てを打ち明けることにしたよ」


それから浩太は学校でのいじめのこと、救急車で運ばれたあの日のこと、そして心配かけたくなくて、いままでの事を言いだせなかった事。


そして最後に今まで育ててくれたお礼。

浩太の気持がまだ落ち着いてないため、上手く話せなかったが、二人の夫婦には十分すぎるほどその気持ちは伝わった。


そしていつのまにかこの二人の頬からも大粒の涙が流れおちてきた。


三人は頬にこぼれおちた大粒の涙を指で拭いながら、話を続けた。


「よし、一階に降りてお寿司でも食べよう。

きょうは浩太の好きな、ウニとイクラ、多めに頼んでいるぞ。

好きなだけ食べていいぞ」


その言葉に反応したお母さんはプッと吹き出して、


「まあ、お父さんたら」


「はははははははは」


三人の大きな笑い声が家中に響きわたった。


次回、第14章、浩太の決意



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