ひとつの顛末と、3つの危機

 東の森の奥で発見された伐採跡地に、コソコソ

と何かを建設しようとしていた作業員が軍によって確保され、彼らが吐いた事によれば、ジャッカロープは正真正銘、ミモレザ公国から無許可で乱獲し、レイ王国へ持ち込んだもの。


 万能薬を大量生産して一儲けしようと企んだ権力者と汚職大工が結託。


 しかし恐るべき俊速と跳躍をもつジャッカロープ達は、何かのはずみで脱走し、今回の騒動に繋がった。


 主犯はレイオーク管理局の副局長であるバリー・ウトロクド。つまり、ゲーリーの父親を中心にこの計画は企てられていた。


 国家間の友好を揺るがす事態に、王城で重役についているという叔父もさすがにカバーしきれなかったようだ。バリーは行方をくらまし、警察隊によって指名手配。あれほど大手を振って学園内を闊歩していたゲーリーはあっさり退学処分となった。


「本気で上手くいくとでも思ってたのかしら、そんなお粗末な計画、バレるに決まってるじゃないの。バカなの?」


 事の顛末を聞いたシェーネルは紅茶をテーブルに配りながら、辛辣に嘆息した。


 週始めの放課後の生徒会。窓際に敷かれた異国風の敷物の上では、セラカとマリとリオがボードゲームに興じている。ユリナはテーブルで書類に目を通している。


 それぞれ思い思いに過ごし、笑い声や話し声が飛び交う室内で、ミリカはエアートの作ったお菓子を頬張りながら言った。


「でも良かったよ。ジャッカロープは無事にミモレザ公国に返せたみたいだし、ゲーリーもいなくなってくれたし」


「本当。これでリオ君やシェーネルちゃんも安心して学園に出られるね!」


「どうだか!あいつ以外にもろくでもない奴なんていっぱいいるからな。マリ、チェック」


「ああっ!」


 マリの駒を、リオがひょいと取り上げる。セラカは他人が勝負しているのを横で眺めるのが楽しいらしく、ただ笑っている。


「でも、こうも呆気なく終わるっていうのは何だか拍子抜けね。どう痛めつけて退学に追い込もうか考えていたとこなのに」


 シェーネルは怖いことを言いながら給湯室に戻って行った。すっかりその場所が彼女の定位置になり、いつも来るようになってくれてミリカは嬉しい。


「エアート先輩は、何か知ってたんじゃないかと思ってたんですけど、私の考えすぎですかね?」


「管理局の帳簿と実際の出費記録に食い違いがあるのは把握してましたし、金を使い込んでいそうな人物は考えるまでもなく予想出来ましたよ。でもまさか、幻獣を密輸していたとは」


「出費記録って……、管理局の帳簿をどうやって見れるんですか?」


「企業秘密です」


 眼鏡の奥で微笑み、そのまま彼も給湯室へと消えてしまった。


「先輩……?」


「というのは冗談で、」


「!?」


 ひょっこり顔を出したエアートが、


「そういうのを探るには、ロークス先生にお願いするのが一番なんですよ」


 と言い、再び給湯室へ引っ込んだ。シェーネルとの会話が聞こえる。


「管理局を私物にしていたバリー副局長は、街中の殆どのギルドから嫌われ者だった。今回の件で汚職も浄化されるし、学園の差別主義グループもなりを潜めるだろう。ミリカ達のお手柄だ。えらいぞ」


 学園でも一二を争う程の人気イケメン、いやイケウーマン。そんな先輩に褒められたら、誰だって胸がときめいて顔が赤くなってしまうだろう。


「あ、ありがとうございます、えへへ……ねぇみんな、カレン先輩に褒められたよ!」


 窓際のほうへ声を掛けると、それぞれガッツポーズをするなどの反応が返ってきた。


 カレンは、テーブルに浮かぶ薄桃色の水晶玉のような球体に手をかざしている。球体の中に浮かぶ人影は、今ここにいない2人……アルトとユーファスの戦闘中の姿だ。彼らは午後の授業をパスし、今現在も東の洞窟で魔物退治にあたっている。


「先輩、それがオーブですか?」


「そうだ。見るのははじめてか?」


 そのオーブと呼ばれた球体から目を離さないまま激しく頷いていると、カレンは席を譲って、ミリカをオーブの前に座らせてくれた。


「手をかざすと、指先の動きに連動して現場のオーブが動く。慣れたら念じるだけでいい」


 対となるもう一つのオーブが、アルトとユーファスがいる現場にあるという事だ。ミリカの手の動きに合わせて、彼らを見守るオーブは上下左右に浮遊移動している。その様子がここにあるオーブに映し出されている。こんな道具があったのかと驚いた。


「操者の命令を、あちらのオーブへと伝えて、支援行動をとってくれるんだ。使いこなせばかなり頼もしい味方になってくれる」


 そのままカレンの教え通りに、見よう見まねで操作した。立体三角形に縁取られたマナの壁が2人を守ったり、アルトの持つ剣を強化したり、魔力の衝撃波で攻撃までしてくれる。


『トライバリア』『エイムウェポン』『マジックウェーブ』。無属性の3つの基本魔術を操り、遠隔操作で遠くの仲間を助けるための魔道具。


 『支援オーブ』というその名の通り、薄暗く狭い洞窟の中であっても、戦う2人をよく援護していた。


「これって、先輩達にも私達の声は聞こえるんですか?」


『聞こえてるぞ』


 ユーファスが戦いながら応答した。ザストの強酸唾液を躱し、狭い地形を器用に走りながらザストの足元を集中的に狙う。彼も、ミリカと同じく走り撃ちが出来る魔術師のようだった。


『エーゼン、トライバリアを頼む』


「は、はい!」


 2人の頭上にオーブを移動させ、三角形のマナの殻で2人を包む。敵からの攻撃を防いだユーファスは足を止めて攻撃魔法を詠唱する時間を得られた。


「これ、すごいですね!これなら離れていても仲間を助けられます」


「でも欠点もある。高価なことと、操作が難しいことだ」


「あっ」


 トライバリアは消えた。ミリカが口を開いた際に集中力が途切れたからだ。


「ご、ごめんなさい」


 カレンは笑い、現場の2人も気にしていない様子だ。


「私がやるから、マリヤ先生が来るまで好きに過ごしてるといい」


「はーい……」


 幸いにも、2人の戦況は順調で、今のところオーブの支援無しでも問題はないようだった。だからこそカレンはミリカにやらせてくれたのだろう。先輩達の優しさに感謝しつつ、ミリカはカレンの集中を邪魔しないようにユリナの隣の席へと戻った。


 ギルド、テスト、オーブ。この学園は習得しなければならない技術がたくさんある。


「ユリナはオーブ操作したことある?」


「ええ。でも私は前線で戦う方が向いているみたい」


「確かに」と笑った。


 午後の西日が窓から差し込み、まるで夕焼け色のヴェールがかかったようだ。ユリナの金髪にも茜がさして、より鮮やかだった。


 生徒会を見渡し、一年生がみんな揃っていることを確認しては自然と頬が緩む。


 冬も終わりの、春先の生徒会室で、なまあたたかい空気に微睡んだ頃。テラスに人影があるのが見えて、ミリカは席を立って廊下へ出た。


「ロークス先生!」


 眼下の校庭を眺めていたロークスが振り返った。

 存在感を強調しない。表情にも変化がない。ユリナのそれとは違って、仮面で素顔を隠したような計算に包まれた冷たい表情、盗賊あるいは暗殺者のような。


 斥候スカウトの教師に相応しい人材がいるとすれば、まさに彼だと思った。


「俺が言った意味を理解できたか」


 初日にミリカを叱った。冷たい声が記憶に蘇る。


「初日で、みんなとも初対面なのに、いきなり互いを信頼しろって言われても無茶です。だから最初は先生には不満がいっぱいでした」


 そういうものは一緒に過ごしていくうちに生まれるものだ。急に要求されたって困ると、クレームのひとつでも言ってやろうと思っていた。


「でもギルドって、時には別のギルドの人たちと居合わせて共闘する事もあるんですね。初対面だろうが長年一緒にいようが、志は一緒。戦闘を生業にする者同士、敵を同じくした瞬間から仲間になる……っていう事だったんですよね?」


 満足のいく返答が得られたのか、ロークスは口元だけで微かに笑った。そうして雰囲気を柔らかくしていれば生徒たちが寄ってくるのにと思う。


「どんな状況でも戦える臨機応変さと、大人や軍人にも劣らない戦略。それがこの学園のトップである生徒会に求められる能力だ。お前達の腕が立つのは分かっているが、それだけじゃギルドはやっていけない。俺は補佐であると同時に監視役でもあるんだ」


「だから、いつも私達を見守ってくれてるんですね?」


「気付いていたか」


「誰なのかまでは分かりませんでした。でも何度か、誰かに見られているような気がしてて」


斥候スカウトの気配を察知できるのは、勘や洞察力に優れているという事。お前は多分、平原や明るい場所よりも、暗い場所での感覚を頼りにする戦闘が得意なはずだ。自分の得意分野を覚えておくといい」


「はい!」


 相変わらずつんとしているが、はじめて会った時の刺すような冷たさは感じなかった。


「あ、先生も紅茶とお菓子いかがです?」


「結構だ」


 やはり乗らない。冷たいのではなく、もともと人付き合いが得意ではないらしい。


「そ、そんな事言わずに、先生も行きましょうよ!」


「引っ張るな」


 という具合で攻防を続けていると、ヒールを鳴らして廊下を行くマリヤの姿が見えた。ミリカは慌てて生徒会室に戻り、扉口で振り返ると、既にロークスの姿はなかった。


「残る問題はまだ山積みよ」


 ミリカ以外の全員が席につき、テーブルの中央に浮かぶオーブには洞窟で魔物退治を着々と進める2人。


 マリヤは上座に立ち、全員を見渡した。


「東の洞窟も魔物の数が増える一方。ゴブリン村の件は生徒の編成を考えなければならないし、前期テストも控えてる。私がまだ来ていないからといって呑気にゲームで遊んでる場合じゃないのよ」


「まぁまぁ、私がいいって言ったんですよ、先生」


 ギクッとする一年勢をカレンがかばう。なぜかカレンとエアートには、彼女はそこまで厳しくないようだった。


 ミリカが席についてすぐの事だ。


 慌てた足音と、勢いよく扉が開く音に、全員が入口を振り返った。


「先生~~~!!3年生のグループが、オーガ退治に失敗して帰還しました!!」


 青い髪を少々振り乱し、息を切らしながら報告をするアーミア。助手室からここまで一気に走ってきたらしいが、前にもこんな事があったような。


「それと、南西方面から冒険者とギルドが一斉撤退しました。もうすぐ街に警報が鳴ります!」


 それを聞いて、少なくとも一年生の間には、にわかに動揺が走る。ミリカは隣のユリナに聞く。


「つまりどういう事?」


「ゴブリン達が街に襲撃してくるって事」


 えっ、と言葉につまるミリカを傍に、リオがアーミアに聞く。


「オーガはこっちに向かってないだろ?」


「ううん。3年生が仕留め損ねた一匹が、仲間を引き連れてこっちへ向かっている様子なの」


「それじゃあ、二つの勢力が今この街へ攻めてきているという事ですね」


 特に慌てるでもなくエアートが言い、マリヤは面々を見渡して早速グループの振り分けを思案しているようだった。


 今までにも何度か起こった事なのだろう。4年生の2人とマリヤはそこまで深刻な顔をしていないところを見るに、ミリカはそう思った。だが、すぐに彼女らの顔色が変わった。


「2人とも、大丈夫か」


 カレンが叫ぶオーブの向こう。アルトとユーファスは今まで何の問題もなく好調に狩りを続けていたはずだ。


 だが地下三層に差し掛かった途端、どこからともなく湧いて出る魔物達に取り囲まれる2人が映った。


「せ、先輩!」


『なんだ……こいつら!』


 ここまでの数は見たことがないとカレンは言う。ただでさえ狭い洞窟内、前例のない事態に2人は追い込まれて行く。


『ユーファス、あれを』


 アルトが見ろと促した先には、体を引きずり這いよる音と、目だけが不気味に光るおどろおどろしい影。通路をみっちり塞ぎそうな程の巨体。紫色の湿った外皮。


『あいつは……!』


「2人とも、逃げなさい」


 マリヤがそう言っても、取り囲まれた2人は逃げ場がない。そしてその影は何かを振り下ろし……


「「先輩ッ!!!!」」


 周囲の何もかもを巻き込んだ衝撃は、2人を守っていたトライバリアをオーブもろとも粉々に砕く。


 片割れを失ったオーブは何も映さない、ただの物言わぬ球体と化した。

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