二章

ギルド学園の一日

 レイオーク国立中央ギルド学園。


 多種族国家であるレイ王国の中心地、中央都市レイオークの中央区にある、旧レイオーク城を活用して開校された学園である。


 A~Fまでの通常クラスのほか、剣士ソルジャー騎士ナイト修道士モンク魔術師ウィザード聖職者クレリック斥候スカウトの6種からなる戦闘クラスによって編成される。普段は通常クラスで一般教養を学び、戦闘技術や専門知識を戦闘クラスで身に付ける。


 一日の授業は5時限で終了、部活動や同好会は無し。だが、ここからがギルド学園の本番である。

 

 毎日寄せられる、街中からのおびただしい数の依頼書でびっしりと埋まった掲示板。放課後の生徒達は、ここから自分に合った依頼を選び、受付窓口で手続きをする。


 依頼の種類は、魔物退治、害獣駆除、素材収集から始まり、迷子や紛失物の探索や単純なお手伝いまで様々。


 1年生のうちはごく弱い魔物を退治するか、迷子の子供を探したりただのお遣いをこなしたり。


 3・4年生ともなれば大型の魔物討伐や、稀なケースでは要人警護なども。軍を頼れば良いのではというような案件までもギルドに依頼される事がある。


 軍は国にとって甚大な被害をもたらす可能性のある事件でなければ動かず、市民に寄り添わない場合が多い。国家の犬と揶揄されている理由だ。したがって、困った時は軍ではなくギルドを頼るのが一般的となっている。


 ギルドには、『冒険者ギルド』『戦闘ギルド』『生産ギルド』の3種類あり、我らがレイオーク国立中央ギルド学園は『戦闘ギルド』に該当する。姉妹校のレイオーク国立南ギルド学園は『生産ギルド』である。


 遠征届けを出せば遠征も可能。また、緊急の依頼が入った際には授業中でも特定の生徒の呼び出しがかかり、その場合の授業は出席扱いとなる。


 遂行できる生徒がいないと判断された難易度の高い依頼は生徒会へ持ち込まれる。高い戦闘力を誇る生徒や、頭脳明晰な秀才、あるいは特殊な能力を持つ者などが、生徒会に選ばれる。


 先にも記述した通り、レイ王国は多種族国家であり、当然このレイオーク国立中央ギルド学園にも世界中の国から未来有望な若者が集められている。


 一部を除いて、生徒達は種族の隔りなく尊重し合い、お互いを仲間と認め合い、共に切磋琢磨している。そんな街を、学園を、ミリカは素敵だと思った。





 一時限目はミリカの得意な文学の授業だった。後から聞いたところによると、ユリナはこの授業が苦手らしい。確かに、思ったことをあまり口に出さない性格に見えるからに、感情を文章化したり、文章を深く読んで解釈するということが苦手だと言われれば納得できる。しかし隣の席で静かに授業を受けるユリナは眉間に皺を寄せたり唸ったりすることもなく、あくまで真面目に問題に向き合うだけ。ミスティ先生に当てられると、少し時間を掛けながらも自分の考えを述べる。ミスティは模範となる回答が得られたらしく、眼鏡をクイッと上げて満足げな表情をした。


 二時限目は大の苦手な数学の授業だった。しかも教科担当はマリヤ。


 ああ、解らない。指数関数?対数関数?


 食べても美味しくなさそうな無慈悲な数字の羅列がミリカを追い詰める。マリヤの厳しい目がミリカを捉える。そんな責めるような目で見ないで先生。怖いよ。解らないものは解らないのだから。


 ふと隣のユリナの様子を伺うと、最後の問題まで綺麗な字で完璧に、何の迷いもなくスラスラと。美人な上に頭も良いなんて、神は二物を与えるのね。


 三・四時限目は戦闘演習。ミリカもミリカで魔法の走り撃ちを披露して生徒達から拍手喝采だったが、ユリナが大剣を振るう姿がダイナミックで格好良く、ずっと見ていたいと思った。


 彼女に弱点というものがあるのだろうか。


「あはっ、ミリカちゃん疲れてる。まだお昼だよ?」


 午前の部で早々にバテた。体力には自信があったのに。


 さすがギルド学園なだけあって、戦闘系の授業が設けられてスキルを学べる機会があるのというのは良い。しかしそれだけでなく、世界に出しても恥ずかしくない社会人に育て上げる為に一般教養のレベルも高い。


 完全に侮っていた。戦闘と勉学、どちらも頑張らなきゃいけないなんて。ここは大変な学園である。


「魂が抜けそうになっちゃってるよ、ウケる。大丈夫?お昼ごはん、買ってこようか」


「あらまぁ~、慣れないうちは大変よねぇ、この学園は」


 ドトリ、キャロット、アランシアがやって来て、机に突っ伏すミリカを見て笑い合った。


 ドトリは髪と瞳が、秋の森に落ちている木の実のような色をしていてコロンとした可愛らしさのある女の子だった。最初に緊張していたミリカに話し掛けてくれたのが彼女で、彼女と仲の良いキャロットとアランシアとも、自然と仲良くなった。


 背中にふわふわしてそうな羽が生えているキャロットとアランシア。2人は有翼人で、ドトリだけが人間だ。


 キャロットは落ち着いた色の金髪をポニーテールに括り、『ウケる』が口癖の茶目っ気たっぷりな少女。アランシアはおっとりとした口調が特徴で、髪はウェーブのかかった長い黒髪。どこかお姉さん的な雰囲気を纏っている。


 ミリカは疲れ果てたおっさんのような奇声を発しながらのっそりと体を起こした。その様子に3人は更に笑う。


 ともかく、お昼だ。消耗した分たくさん食べてやる。


「3人はどこで食べるの?」


「食堂だよ。ミリカちゃん達は?」


「売店!」


 隣にいるユリナと一緒に、だ。


 この学園は贅沢なことに選べる食事スタイル。食堂で友達と談笑しながら食べるも良し、売店で購入して好きな場所で食べるも良し、そして寮の共同キッチンを使ってお弁当を作ってくるも良し。自由な校風、最高。


「あ!それだったらたまごパンがおすすめだよ!」


「え~?私は紅茶ケーキが一番だと思うなぁ~」


「アランシア、それ、お昼じゃなくてティータイムじゃん。やっぱりサンドイッチよね」


「違うよキャロット。たまごパンだってば!」


「たまごパンなんてお子様のおやつでしょ。だからドトリはまだまだ子供だって言われるのよ」


「また子供って言った!違うもん!ていうか3人とも同い年でしょ!」


「ドトリは寝相も悪いし~、なんにも無いところで転んだりするし~、思った事すぐ顔に出るし~……ってことで、やっぱり子供だわぁ、うふふ」


「んもー!アランシアまで!」


 3人のやり取りを見てミリカは声を出して笑った。気心の知れた3人のじゃれ合いを見ていると、自分の心まで賑やかで楽しい気持ちになってくる。


 思った事がすぐ顔に出るというあたりが自分にも当てはまっていてギクリとしたことは内緒だ。


「ドトリちゃん達って、どこで友達になったの?幼馴染?」


「私とキャロットは幼馴染なの~。それで、前過程でドトリと出会って~」


「そうそう。ドトリったら、あたし達の背中の羽を見てキラキラした目で迫ってきてさ、『それって羽?本当に飛べるの?雨に濡れても大丈夫?触ってもいい?』って。昨日のミリカちゃんもあの時のドトリみたいにキラキラした目だったよ。まじウケる」


「2人は似てるわぁ~うふふ」


 似ていると指摘されたミリカとドトリは見合って恥ずかしそうに照れ笑いをした。


 前過程とは、この学園に入学する前の見習い期間のことを指す。前過程に通っていなくても試験に合格すれば本入学できるのだが、前過程ではギルド関連の事や戦闘のノウハウ等を未経験の子供にも丁寧に指導してくれる為、人気が高い。


「こうやって違う種族の人とも仲良くなれて良かったね!」


「うん!田舎から出てきて本当に良かった!」


 守りたい、この笑顔。


「でもミリカちゃん、この学園もいい人ばかりじゃないから気を付けてね?」


「?」


「特に、Fクラスのクソ野郎共」


 唐突な暴言に、思わず少し笑いながら「えぇ?」と聞き返すとキャロットが真面目に説明を始めた。


「ゲーリーっていう人間の男なんだけど……あ、ユリナさんは知ってるよね?剣士ソルジャークラスにいるデカい奴。取り巻きを何人も連れてて、人間以外の種族をいじめる典型的なクズだよ。前過程の時、何人もあいつに目をつけられて辞めちゃった」


「それって、学園側は何もしてくれないの?」


「よくあるパターンだよ。親が偉い人なの」


「あー……」


 なるほど、察した。


「この学園には、見て見ぬふりの先生と、生徒を守ろうとしてくれてる先生がいるよ」


「だからミリカちゃんも気を付けてねぇ~?」


「でも私は人間だから、気を付けるのはキャロットちゃんとアランシアちゃんの方なんじゃ?」


「前過程の時にね、人魚の女子生徒を庇った人間があいつに大怪我を負わされて辞めていった事があったから、怖くて他の種族と口を聞けない生徒もいるんだよ」


 そう言ったドトリの、常に絶やさなかった笑顔が曇る。


「ふーん。じゃあ、私が大勢の人と仲良くなれば、そいつの標的が私に向かって、その間はみんなが安全になれるというわけだ」


「ミ、ミリカちゃん?」


 ミリカの瞳に炎が宿る。


「そんな悪党が怖くて私が人間関係を諦めると思うか!!笑止!!野生のモグラに教科書を食べられてもめげずに頑張って生きてきた私を舐めんな!!」


「モグラ……?」


「ゲーリーなんて水っぽい排泄物みたいな名前した奴に、せっかくスタートした私の華の学園生活が奪われてたまるかってんだ!そいつがどんな奴だろうが、私達は堂々としてればいいのよ!ドトリちゃんだってこの2人との関係をやめたくはないでしょ?」


 ドトリがミリカの迫力にすっかり感化され、同じように瞳に炎が燃え上がった。


「もちろんだよ!!私もキャロットとアランシアとずっと一緒にいたいもん!!ゲーリーなんか怖くない!」


「私達はどんな障害だって乗り越えるッッ!」


「わーっはっは!!!!」


「ぶはっ、ウケる」


「あらあらぁ~」


「ミリカ、そろそろ行くわよ」


 収集がつかなくなるまで共鳴する前に、ユリナは2人を引き離す判断を下した。


「ユリナもさ、もっと輪に入ってくればいいのに。3人ともいい人だよ?」


 晴天に恵まれた昼休み。噴水広場にはさわやかな風がそよぐ。いい気持ちだ。


「馴れ合うのがあまり得意ではないの」


「もうユリナったら……」


 売店でユリナが大量のサンドイッチを購入したのを見てミリカの目玉が飛び出た。その量を一人で食べるというのか。


「次の授業は確か戦闘クラスだったよね?そのゲーリーとやらがどいつなのかを見てみようじゃないの」


「今日は第一校庭が剣士クラスで、第二校庭を魔術師クラスが使うから、遠くからなら確認できると思うわ」


「よし!」


「あまり深追いしないほうがいいと思うけど」


「しないしない、ちょっと見るだけだし。……でも、もしドトリちゃん達がそいつに何かされるような事があれば黙ってられないと思うな」


 ミリカの希望で広場の見晴らしの良いところに場所を決めて、昼食を食べた後は午後の授業だ。


 五時限目は戦闘クラスの授業。ユリナが言っていた通り、校庭は魔術師と剣士が使った。


「見える?」


 ドトリが聞いてきた。


「うん。あの背が高くて筋肉ガチ勢みたいなムキムキゴリマッチョの奴でしょ?ストレア人なんだね、同じストレア人でもユリナとは大違い。馬鹿力で強そうだけど周りへの配慮無しにブンブン剣を振り回してて品が無い。まわりを見下して驕った態度なのもムカつくし、自分が一番強いと思ってそう。無駄に力だけあるのがタチ悪いね。取り巻きの男達も機嫌を窺って取り入ってるだけだし、絶対仲間と連携なんて出来ないよあの人。ていうか真の仲間なんている?いなさそうだよ」


「わはっ、ミリカちゃん毒舌~」


「ロークス先生ったら、あんな厳しいこと言ってきたけどもっと指導するべき人いるじゃん」


「ロークス先生って2年の斥候スカウトクラスの外部講師だよね?生徒会の補佐の」


「そうそう、生徒会で叱られたの。あの先生の言うこと確かに正しいけど言い方が冷たくてヘコむ……ていうか、あの先生もあいつらには何も言わないの?」


「ロークス先生はどうでもいい人には怒りもしないんだって。あと、前過程で辞めちゃった子がそれ以上追い打ちをかけられないように匿ったって噂が……」


「えっ?」


「さっきキャロットが言ってた、生徒を守ろうとしてくれる先生っていうのはね、ミスティ先生とマリヤ先生とレプロメテル先生、それから外部講師のマカロン先生とロークス先生だよ。それ以外の先生は自己保身に走ってばかり。覚えておいてね、困った時は今言った先生達を頼ってね」


「コラーッ!!そこの2人、サボってると怒りの落雷モノボルト落としちゃうぞー!!」


「わわっ、はぁーい!!今行きまーす!!……先生に見つかっちゃったね。マジの雷落とされる前に訓練に戻ろっか」


「あ、うん……そうだね。ドトリちゃん、私と組まない?」


「もちろん!私もそうしたいと思ってたよ!ミリカちゃんの走り撃ち見て盗む気満々だからね。いつか私も走りながらバンバン撃ってやるんだから!」


「いいね!走り撃ちコンビって呼ばれるかも」


「あははっ、行こ!」

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