初任務
そんなわけで、マリヤの説教を食らった事で少々テンションの低い者もいるが、新メンバーであるミリカを迎えて、改めて生徒会では自己紹介が始まっていた。
「ええっと……ミリカ・エーゼンです!ユリナと同じAクラスで、戦闘クラスは
まずは金髪に青い瞳が印象的なクラスメイト。
「一年A
「うん。よろしくね!」
続いて、先程飛び出してきた小柄な少女、マリ・ノーレンサイノ。
「私は1年E
「うんうん!目が合ったよね?他の人たちより背が小さかったから覚えてるよ!」
「うぅ……身長のことは言わないでぇ」
ツインテールの茶髪に黄色い瞳。何かを壊したらしいセラカ・ラスタリスタ。
「1年C
「そ、その耳と尻尾……お願い!触らせて!……えっ!?いいの?えへへ、では遠慮なく……はぁ~~~~っっ、もふもふ~~~~~~」
ミリカの手が届くよう、少し屈んで耳を触らせてくれたセラカは撫でられた犬のように目を細めた。
リオ・トヴェルタ。少し癖のある青くて綺麗な髪。一年生で唯一の男子だ。
「1年D
「うん。さっきはごめんなさい、感激しちゃってつい……」
「別に人間全部が嫌いなわけじゃない。けど、ジロジロ見たり触ってきたりするのは不快だからやめてくれ。シェーネルにもな」
1年C
強気な性格を思わせる切長の目は紫色で、エメラルドブルーの髪はおそらく座高よりも長いと思われる。
「よろしく」
「よ、よろしくお願いします……」
微妙に距離がある。人間に対する警戒心が強いようだ。
人魚は人間に狩られた歴史がある。
「俺は2年のアルト・クロヌス。種族は人間だ」
黒髪で落ち着いた顔立ちの先輩。見るからに真面目そうな雰囲気をしている。先程の騒動ではやれやれという顔をして呆れていた。
「2年のユーファス・リファイアだ。よろしくな」
ダークブラウンの髪と瞳の、一見すると地味で大人しそうな先輩だが、先程の騒動で思いきり笑っていた。
「私はエアート・ビスクと申します。よろしくお願いしますね」
一人だけ物腰の柔らかい彼は4年生。眼鏡をかけているからか、いくらか大人びて見える。
「生徒会長のカレン・ウォルヴだ」
生徒会長、つまりはこの学園のトップで、その風格はまるで百戦錬磨の戦士のよう。女のミリカでも惚れてしまいそうなイケメンオーラだ。
そんなカレンは、先程は後輩の粗相にすっかり困り顔だったのが、今ではキリッとした表情でさすがの貫禄を感じさせた。
学年で整理すると、1年生はユリナ、セラカ、マリ、シェーネル、リオの5人にミリカを加えて6人。
2年生はアルト、ユーファスの2人。4年生はカレンとエアートの2人。3年生はいない。
以上の10名に監督を務めるマリヤと、補佐的な役割の者があと2人いるらしいが今はいない。やばい、覚えるのが大変だ。
「ええと……マリさんにシェーネルさん、アルトさん……ええっと……」
「ゆっくりでいいさ。そのうち覚える」
癖のある長い赤髪が特徴的な先輩が言った。この人はカレン先輩だ。先程から思っていたが、彼女はすごく頼れそうというか、こう、ずっしりとした大黒柱的な存在感なのは生徒会長だからだろうか?シンプルに格好良い。
「挨拶は済ませたわね?それじゃあ始めるから席について」
(やっぱりテキパキ捌いていく先生なんだなぁ)
マリヤの合図で各自テーブルのまわりに集まろうとしたとき、入り口のドアが勢いよく開いた。
「先生~~~!!魔物退治に行った3年生の子達が、怪我して帰ってきちゃいました!」
グレーのジレベストにロングスカートを合わせた女性職員が飛び込んできた。その髪は青く、耳があるはずの場所には魚のヒレのようなものがついている。彼女も人魚だ。
ユリナが「先生の助手のアーミアさん」と耳打ちで教えてくれた。
アーミアは驚いているミリカににっこりと会釈をしながら説明を続ける。
「
ダブルブッキングですね。とカレンが笑った。
マリヤは持っていた書類を置いて、控えめな溜息をつく。と、意味ありげにミリカ達1年生のほうを見やった。
嫌な予感がした。
「うん、そんな気はしてた。寮に行く予定だったのに授業に参加して、今度こそ寮に行く予定だったのが生徒会にお邪魔することになって、そして最終的にこんなふうになるって予感はしてた!ねぇ大丈夫?私ついさっき来たばかりなのに、まだ一時間しか授業受けてないのに大丈夫!?」
「あの先生、涼しい顔して結構Sっ気あるよな」
「そういう問題!?」
学園を出て、東門からレイオークの外へ出た。街の住民達の中には「仕事かい?頑張ってな」などと声を掛けてくれる者もいた。
魔物が出現したのは東の森という、小物しか出なくて駆け出し冒険者達の狩場になっている場所だった。本来なら洞窟に生息しているはずの、ザストという魔物が何故か森に現れたということで、ミリカ達ギルド学園の生徒会の一年生だけで退治に向かうことになったのだ。
一般の生徒では解決することが難しい依頼を請け負うのが、生徒会の仕事のひとつなのだという。
『ザスト程度の相手なら1年生だけで充分ね、6人でさっさと倒してきなさい』
との事だ。武器と防具をそそくさと装備して学園を出発させられ、今に至る。
「3年生が倒せなかった相手なのに、私達で倒せるの?」
「さぁ?そもそも1年生だけで生徒会任務につくっていうのが初めてだからな」
「えぇっ!?」
リオから聞かされた衝撃の事実に驚くミリカ。その声にシェーネルが顔を顰めた。
「うるさいわね。大きな声を出さないでよ」
「ご、ごめんなさい……」
マリが不安そうな顔で振り返る。
「で、でも、私一人で5人もサポートすることなんてできるかな……?」
「無理だろ、お前ただでさえ弱いんだから」
マリの目に涙が溜まり始めたので、シェーネルが「リオ」と咎めた。
全くもって不安しかない。
聞けば、これまでは生徒会に回ってきた魔物討伐などの依頼は上級生と一緒に片付けていたらしい。それが今回はじめて1年生単独でやるのだとか。ミリカなんて、まだ
「あたしは
一番前をずんずん進むセラカは、大丈夫大丈夫。と余裕たっぷりに笑っている。
ミリカは一番後ろをユリナと並んで歩きながら、彼らの歩く後ろ姿をみて、名前と外見的特徴などを照らし合わせて頭に叩き込んだ。リオとマリは身長が同じくらいなんだなぁとか、シェーネルはずば抜けてスタイルがいいなとか、セラカとはさっき廊下ですれ違ったような気がするなとか思いながら。
「あの~、リオ君」
「何だ?」
「こんな時にあれなんだけどさ、その」
「?」
「その耳、あとで触らせてもらっても」
「だ、駄目に決まってんだろ!」
自警団と思わしき軽装備の男たちが振り返る。ちょうど猛スピードで走ってきたセラカが凄い跳躍力で大きく上に飛んだところだった。
そのまま前方にいた昆虫型の魔物にドロップキックをかます。
「な、なにあれ!気持ち悪い!」
黄白色地に黒い斑点模様の胴体から、前脚、中脚、後脚がそれぞれて生えており、シルエットは昆虫のカマドウマに似ているがその体長は3メートルを優に超える。
「あれがザストだよ……けど何か、こないだのよりデカくね?」
「リオ、大きさの感想はいいから
シェーネルとリオが、マリを守るように位置につき、横にいたユリナはセラカにならって前へ飛び出す。その背中に担がれていた自分の身長ほどもある剣を抜きながら。
(あんな大剣を振り回して戦うなんて……
「ギルド学園の奴らだ。手柄を取られてたまるかよ……!」
アーミアが言っていた街のギルドの者達だろうか。協力しあうという関係にはないみたいだ。
「お前戦えるのか?」
「え、えっと……少しだけ」
「何でもいいけど、邪魔だけはしないでくれよ。
「あ、でも」
「《
リオが盾を構えて魔力を込めると、マナの盾が生成された。マリとシェーネルも呪文を唱えはじめる。
「うーん……」
前方では既にザストとの交戦が始まっていた。まわりの協力者達も加勢するが、やはり一筋縄ではいかないようだ。
後ろで魔法を撃ってろと言われても、確かにそれでもいいのだけど、それよりは……
「……っ!?ミリカちゃん?」
突然、後衛の陣から外れて走り出したミリカに3人はぎょっとした。
「お、おい!」
「何を考えているの」
前にいた2人もミリカに気付く。
「ち、ちょっとちょっと!あの子どうしちゃったの?戦い方が分かんないの?」
「いや……」
ユリナは驚かなかった。彼女の才能は既にマリヤから聞いていたから。
なにも考えずに自殺まがいの事をしているわけでは、もちろんない。仲間から一人離れる理由が彼女にはあるのだ。
同じ
ミリカの杖が、詠唱に反応して魔力を帯びる。
「《
離れた場所から撃たれた攻撃魔法。激怒したザストが跳び掛かってくるのをギリギリで躱し、走りながら次々と繰り出される。リオ達は驚愕した。
「あいつ、走り撃ちができたのか」
魔法の走り撃ち。それを会得するのは大人でも難しく、学園の生徒で出来る者は数少ない。
「近付かれないよう距離をとりながら連続で魔法を撃つなんていう高度なテクニック、大人でも容易に出来ることじゃないのに」
「いくらギルド学園の奴らとはいえ、あんな子供が……」
よそのギルドの者達から、そんな言葉が漏れたりしていた。
正直なところ、これがすごい事だとは思わない。
詠唱に精神やら神経やらを全集中しなければならない魔術師にとって、確かに走り撃ちは至難の技だろう。けれど、これは向き不向きや、環境によるものだと思う。
組織に所属する魔術師や聖職者は、騎士や剣士などの護衛してくれる存在がいるか、もしくは同じ役職の者同士で固まって陣形を作って戦うのが基本で、そもそも走り撃ちの訓練をする必要がないのだ。
ミリカにしてみれば、今そこでシェーネルがやっているような、二重詠唱……つまり2種類の魔法を同時に発動させる技術のほうがよっぽど難しい。
シェーネルは今、自分達の身を護る
でもやはり、『走る魔術師』のほうが人々の注目を集めるらしい。なぜなら、皆「!?」という顔をしているから。
「へぇ~!すごいじゃん!」
「セラカ、関心している暇はないわ」
敵の注意を、前衛である自分達が引きつけておかなければ、ミリカの負担が大きい。
セラカのキック。続いてユリナの振り下ろした剣がザストの胴を切り裂き、緑色の体液が噴き出す。
「《
シェーネルの呪文によって生成された無数の鋭利な氷が飛んで行く。
視界いっぱいの、凄まじい量の氷の槍だ。成人の魔術師でも、相当な魔力が無ければあれほどの魔術は扱えない。
(凄い……)
だが、それでもザスト倒れるに至らず、むしろ興奮してその場にいた別のギルドの戦士たちを薙ぎ払ってしまった。
「た……大変!」
「行くな!」
マリが怪我人に駆け寄ろうとするのをリオが引き止める。ザストの3つの目が自分達に狙いを定めたからだ。今にシェーネルに飛び掛かる体勢だ。
「まずい……!」
そう判断し、盾を構えながら前へひとっ飛び。そのまま正面衝突して足止めをする。力の差は互角だ。その隙にユリナとセラカが左右から攻撃を仕掛けたが、ものすごい力で薙ぎ払われた尾によってユリナが木の幹に叩きつけられた。
「ユリナ!」「ユリナちゃん!」
セラカは幹に着地していて、そのまま足場に利用して蹴り上がる。疾風を纏った拳を一発入れ込んだが、カウンターをまともに食らって投げ出されてしまった。
マリはたまらなくなって2人のもとへ走って行ってしまった。ヒーラーを一人で行動させるのは危険だというのに。
「お、おい!マリ、行くなって!」
それに気を取られた一瞬の隙を、ザストは見逃さなかった。後ろで詠唱していたシェーネルごとまとめて跳ね飛ばし、走っているマリとの間合いもあっという間に詰めた。打たれ弱い
ミリカが駆けつけるより早く、無事に着地していたセラカが地面を蹴って飛び込み、ザストに重いパンチを入れ込んだ。
「みんなーっ、大丈夫っ?」
相手が怯んでいる今のうちに態勢を立て直さなければ。しかし、セラカの呼びかけに答えたのは人の声ではなかった。
ゴゴゴッ。と、木々の向こうからすごい音がする。そして茂みの奥からこちら側へ転がり込んできた数名の人影……手負いの戦士達だ。そして……
「来る」
起き上がったユリナが剣を構え直した。
木々を薙ぎ倒しながらこちらへ突進してきたのは、二体の興奮状態のザスト。
考える余裕など無く、ユリナとセラカで一体ずつ受ける。攻撃が重く、衝撃で体がじんじんした。
一方ミリカは、一体目のザストとマリとの間に間一髪で滑り込んで、
「《
防壁魔法でザストを食い止めた。倒れているマリを捕食しようとしていたのだ、血の気が引く思いだった。
「あ……ミリカさん」
「マリさん、大丈夫?」
「う、うん!私は平気。それよりリオ君達が……」
2人のほうを見やると、ちょうど立ち上がったところだ。
それから三体のザストを相手に奮闘したが、はっきり言って苦戦を要した。ミリカが薄々思っていたことは、戦闘を続けていくうちに確信に変わっていった。
チームワークが取れていない。
一人一人の戦闘力はかなり高くみえるのに、それぞれが思い思いに行動しているせいで倒せるはずのものが倒せないでいる。おまけに今日はどういうわけか、そこまで強くないはずのザストが凶暴化しているんだと、リオが戦いの合間に漏らしていた。
何とか一体は倒したが、残る二体のザストは更に強く、今や立っているのはセラカと自分だけだった。いや、自分も、気を抜いたらどうなっていたか分からない。
「うぅ……っ」
呻くマリを必死でかばう。慣れない戦闘で体力は限界だったが絶対に見捨てる事はできない。だが……
(目眩が)
ミリカの欠点はマナの保有量が少ないことだ。大きな魔法が撃てない、だからシェーネルが作り出した大量の氷の槍を凄いと思った。ミリカがあの量の魔法を撃てばマナ不足でぶっ倒れる。
走り撃ちはできる為、魔術師のくせにスタミナだけはあるのだが。
「《
脚を焼き切ってやると、巨体がバランスを崩した。だが、二体目のザストが真横から飛び込んでくるのに気付くのが遅れた。
「……っ!!」
パックリと開かれた大きな口器……顔を伏せる寸前、そんなものが視界の端に映り、すべてのものがスローモーションに見えた。
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