みっどがるず!
鈴葉 祈
プロローグ
Opening
少女は空を見上げていた。
伸ばした指の隙間から落ちる陽光が、緑色の瞳にきらきらと反射する。
しっかり踏みしめた大地に、どこまでも澄み渡る青い空。自らの使命と決意を胸に、少女は大きく息を吸って、肺を地上の空気でいっぱいに満たした。
中央都市レイオーク(旧城下街)。
かつてレイ王国の城下街であったここは、王城の移転に伴い、町の活気も徐々に失われてゆくだろうと思われていた。ところが、空き城を活用して新たな学園が開校されると、一転してこの国の中心地と呼ばれる程にまで賑やかさを取り戻していった。
その学園、レイオーク国立中央ギルド学園の生徒は、皆がギルドに所属している。
学園自体がひとつのギルドとして機能しており、たびたび依頼が舞い込んでは生徒達が問題解決の為に国中を飛び回る。というのがこの学園の日常風景である。
机上の勉学だけでは育めない社会経験、豊かな人格、責任感を身につけた生徒達が毎年この学園を巣立って行き、世界中で活躍しているのだ。
そのような学園に、なぜ自分のような者が転入できたのかというと。
「お待ちしていました。ミリカ・エーゼンさん」
大きな門の前で、金髪の女性が待っていた。馬車を降りたミリカはそちらへ向かい、彼女と握手を交わす。
「こ、こんにちは!今日からお世話になります!」
「私が今日から貴方の担任を務めます、マリヤ・スミルノヴァと申します。といっても、もう知ってますね」
ミリカがこの学園に来られるように取り計らってくれたのは彼女。常に冷静で淡白。表情が読めず、何を考えているのかよく分からない。仕事は非常に出来そうなタイプの女性だ。
彼女の背後で思いきり存在感を主張している旧レイオーク城の迫力に、思わず感銘の息を漏らしながら見上げてみたりする。
「行きましょう」
マリヤはそんなミリカの表情を見て、わずかに口角を上げたような気もするけれど、淡々とミリカを学園内へと案内した。
王城だったのをある程度校舎にリメイクしているようだが、高い天井から下がるシャンデリアや、モノクロ調の大理石の床に敷かれた赤い絨毯なんかはとても学校とは思えない内装だ。廊下の左右にずらっと並ぶ重厚感ある両開きの扉は、王城だった頃のゲストルームで、全て教室になっている。
「今は昼休みで、貴方はこの後の午後の授業から参加できます。一旦、私の教員室でスケジュールの説明を」
廊下をずんずん進む2人を、すれ違う生徒達が振り返る。
談笑しながら小走りで噴水広場のほうへ向かっていた集団が、「廊下は走らない」とのマリヤの一言で慌てて歩きに切り替える。
その中から、獣の耳を生やしたツインテールの女子生徒が立ち止まり、黄色い虹彩の目でミリカの後ろ姿を見た。
「セラカ何してんの?行くよ」
「あ、うん!」
廊下の壁沿いには、優雅な彫りが施された木製のフレームに布張りの座面が縫い付けられたベンチや、肉厚なクッションの豪華なソファなんかが所々に置かれていて、昼食を終えた生徒達がそこに座って仲良く雑談をしている。ミリカ達が通ると、皆が顔を上げて、見覚えのない少女が教師に連れられて廊下を歩いて行く様子を物珍しそうに見ていた。
窓の外に目を向けると、青空の下、女子生徒が木に寄りかかって時間を潰している。その容姿はあまりにも美しく、しかし人間とは異なる青い髪と、魚のヒレのような耳。
彼女は、校舎内を2つの人影が移動していくのを視界の隅で見つけたようだった。
2人が通り過ぎた曲がり角を、先程と同じく青い髪に人外の耳を生やした少年が歩いてくる。彼もまた学園の制服を身につけ、今しがた自分の前を横切った2人を誰だろうかと二度見した。
ミリカがふと教室の方へ目をやると、教室内の大勢の生徒達からの注目が、廊下を歩く自分に集中していることに気が付く。腕を引っ張られて連れて来られた獣人族の女子生徒と目が合った。
オレンジがかったブラウンの髪をボブカットに切り揃え、一体なにがあったの?とでも言いたげな表情のその生徒は、目の前を通り過ぎるミリカに早速気が付くと、みとれたかのようにその姿を目で追っていた。
「制服、似合っていますよ」
「えっ?あ……ど、どうも」
不意なマリヤの褒め言葉に、思わず顔を赤くする。
一般学校の制服とは違って、ここの生徒が着ているのは戦いやすそうな戦士服や魔力を活かしやすいケープなど、さも戦闘が身近にある者のような格好で、デザインもバラバラである。左胸に校章が付けられていることだけが統一されている。
「制服兼、戦闘服ですね。授業中は重い鎧や武器などは教室の隣にある更衣室に置いてあるので、すぐに戦闘準備を整えられるようになっています」
「すぐに……って、急な戦闘もあるという事ですか?」
「依頼を受ける頻度はその生徒によって様々で、個人のペースに任せていますが、急を要する依頼が入ると授業中でも適任の生徒を呼び出して向かわせるという事が稀にありますね……ここです」
いつのまにかマリヤの教員室に到着したようだった。
扉を開けて中へ入るマリヤの後に続くと、賑やかだった廊下とは打って変わって静まりかえった空間。背の高い本棚が並べられていて少し窮屈に感じるが、それでも元は城だったというくらいだからさすがに一部屋が広い。本ばかりがあるというわけではなく、雑貨や観葉植物なども適度に飾られていて、見栄えにも気を遣っている印象。
といっても備品が備品だけに、特に飾りもしないままでも田舎者のミリカの目には十分なものだ。赤い布張りの椅子はともかく、天板が真紅の鉱石でできているデスクなんて一体いくらするのだろう。部屋の隅の方に追いやられている脚付きキャビネットにまでいちいち繊細な彫刻がなされている。
じろじろと部屋を見回されても特に気を悪くした様子を見せず、マリヤは話を切り出した。
「ここでは皆、学生であると同時に社会人として、国に貢献して行くことになる」
淡々と、転入にあたって伝えるべきことを喋り続けるマリヤを見て、ミリカは思う。仕事中の連絡業務や授業等ではいくらでも話す人なのだろう、でも自分の個人的な領域までは踏み込ませない、そして余計な無駄話や私情は挟まない。そういう断固とした態度が、道中つかつかと歩き続ける後ろ姿からも伝わっていた。
「今から重要な話をするわね。廊下に誰もいないのを確認してから、扉を閉めなさい」
ミリカは顔を上げた。
鋭い光と危うい翳りを見え隠れさせる緑色の瞳に映り込んだのは、意外にも行儀悪く机に寄り掛かっているマリヤの姿。いまいち本意を掴みかねるこの担任教師は、色のない世界を見るかのように無表情な自分を、真っ直ぐに見据えていた。
教員室は廊下の中間ほどにあったが、少し離れた場所で数人の生徒がたむろしている以外に、人の気配はなかった。
彼らの話は盛り上がっているらしい、湧き上がる歓喜の声がここにまで響いてくるが、ここでの話があちらに聞こえることはないだろう。近くに人気がないことを確認したミリカは室内へ戻る。
ガチャン。と、重厚な音を立てて扉が閉まった。
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