第24話 予報

 光矢が部屋からいなくなると、入れ替わりに一人の男が入ってきた。

 特徴らしい特徴がない、至って平凡な顔立ちだが、髪は目立っている。

 右半分の髪が黒、左半分の髪が白であるうえ、後ろでくくっている。

 だぼだぼのシャツに半パン。サンダル姿で入ってきた彼は、ポケットに手をつっ込んだまま、近くのスツールを壁際まで引っ張り、ジュースの缶を開けた。

 甘ったるいリンゴの香りが漂う。


「彼、俺が隣にいること、たぶん気づきました」


 顔に似合わない高めの声が響いた。

 千丈が「ほう」と感嘆を漏らす。


「唐真多(からまた)の微弱な気配に気づくか。やはり適性は図抜けてるな」

「最初から重殻持ちだったのですから、当然と言えば当然。それより――南郷(なんごう)、あなたの葛切に対する印象はどうですか? 《醒零》を間近で見ての感想は?」


 海馬の質問に南郷唐真多(なんごうからまた)と呼ばれた青年は、悩む素振りを見せる。

 リンゴジュースをあおり、腕組みをして壁に背を預けた。


「そんなに難しいのか?」

「難しい……」

「善か悪かで言えば?」

「微妙」

「ほんとか?」


 千丈の問いを受け、南郷が空になった缶を振った。

 体を前に出し、前かがみになると二人に視線を向けた。


「あいつ――たぶん一人じゃない。《曜力》にぶれがあるんで」

「……弓玄と同じってことか?」

「弓玄とはまた違う感じがするんですけど、今は名言できませんね」

「様子見が必要ってことは確定か。悪いやつには見えないけどなあ。萌もそこは断言してる」


 千丈が机に腰かけて腕を組む。

 海馬がその様子を窺いつつ、尋ねた。


「千丈さん、元々、葛切は羽斗さんの連絡から始まりましたよね?」

「ああ……そうだな」

「この件になると急に歯切れが悪くなることと、何か関係があるのですか?」

「今はまだ言えん。ただ……無関係ではないかもしれん」

「要領を得ない答えですね」

「憶測で言うべきじゃないからな」


 千丈はそう言ったきり、口を閉ざした。

 それ以上の答えを得られないと悟ったのか、海馬が南郷に視線を移した。


「葛切の《曜力》はどの程度ですか」

「今は弓玄に遠く及ばない。《世斬蔵》を使えるようになるまでは時間がかかるんじゃないかな」

「だが、葛切は俺が一当たりした段階で、すでに《醒零》状態の応用技術に手を伸ばしていた」

「確かに……私が感じた危機感も――過去に経験したものと、もし同じだとしたら、得体が知れない」


 海馬が珍しく眉を寄せると、千丈が手を打ち鳴らした。


「総合すると、《揺り影》では様子見しつつ、弓玄を側につける案か」

「異議ありません。南郷は?」

「俺は予報専門なんで。二人に任せます」

「よし、じゃあ、それで行くか。で、肝心の《揺り影》だが――」


 千丈が立ち上がる。


「予報士、南郷唐真多の予想は?」

「《曜力》の流れ具合、《黒曜》の反応から見て、変わらず二日後」

「明日はブリーフィングだな。海馬、メンバーに伝達」

「もう済ませました」

「あれ? 北大我にも伝えたか?」

「萌さんにお願いしました。カウンセリングに行くでしょうから」

「さすが、海馬。完璧だな」

「そうだといいですがね……」


 海馬は難しい顔で窓の外に視線を向けた。


「完璧にこなせるのはいつも準備だけですから」


 そう言った彼の顔にはいつにない不安が滲んでいた。



 ***



 二日後。

 ニンブルマキアのメンバーは会議室に集まっていた。

 千丈は急遽、用事で三途渡町を離れることになったが、当日の全てを任された海馬の表情に不安はなかった。

 何度も経験しているメンバーも同様だ。

 海馬夏樹を筆頭に、

 ――八重山萌

 ――石榴速人

 ――白友菜花菜

 ――北大我亜美

 ――佐垣弓玄

 ――南郷唐真多

 そして、一人不安を隠せない葛切光矢。

 

「南郷の予報では、昼頃に《揺り影》がくる。場所は不明だが、おそらく毎度恒例の《世無》の集落周辺だろう」


 海馬が簡易の地図を取りだし、ホワイトボードに貼りつけた。

 光矢の方に視線をやり、「ここだ」と言いつつ、指で示した。

 そこは、北大我に案内された本屋のある地区だった。


「一か所目には、いつも通り私と石榴で当たる。問題ないな、石榴?」

「もちろん」


 紫髪の長身の男が、椅子の背もたれに背中を預ける。


「もし二か所目が現れた場合は――弓玄と葛切で当たってもらう」


 光矢が人知れず喉をならすと同時に、佐垣が片手を上げた。


「俺一人でやれますよ」

「それは理解しているが、今回は葛切に見せる意味がある。葛切はまだ、ニンブルマキアで前線に立つ、立たないの結論が出せてない。一つの判断材料にしたい。我々にとっても葛切にとってもな」

「……了解しました」


 佐垣が茶髪をかき上げながら、光矢に鋭い視線を向けた。

 口に出さずとも言葉は伝わった――まだ、決めてないのかよ、と。


「ほとんどが二か所目で終わるが、最悪三か所目に《揺り影》が現れた場合は、北大我と白友で。どうしようもない場合は南郷に出てもらう。ただ、南郷が出るとその後の予報が止まるから、できるだけ私か石榴のカバーで対応する。萌さんはいつも通り、連絡役をお願いします」

「了解しました」


 小柄な八重山が椅子に座ったまま「みなさん、ご無事で」と頭を下げた。


「各自、いつでも行けるよう準備を怠るな。南郷が確定判断を行うまでは自由行動とする。葛切だけは通信機を渡すので残るように。では解散」


 海馬の言葉とともに、メンバーが部屋を出て行く。「ああ、何しよっかな」と腕を天井に向けた北大我と光矢の目が合った。


「……死ぬなよ」


 彼女は聞こえない程度の小声で言って、「萌、朝食行こう」と部屋を出た。

 続いて石榴がすれ違いざまに肩を叩く。


「まあ、《揺り影》なんて日常茶飯事だから。心配すんな」


 白友が微笑みながら、石榴の横から顔を出す。


「緊張してるみたいね。大丈夫よ。弓玄がついてるし。もし……活躍できたらお姉さんが、いいことしてあげよっかな」

「俺には?」

「速人はすれてるからダメー。じゃあまたあとで、光矢くん」


 余裕の表情で白友が出て行く。

 石榴もその後に続いた。


「葛切」


 呼んだのは海馬だった。

 チョーカーに似たタイプの通信機が手渡される。そして、「首に巻け」という指示に従い、身につける。


「救援が必要なら横のボタンを押して連絡しろ。全員に伝わるから、一番近いやつが助けにくる。ただし、絶対に来るとは思うな。自分で対処が難しい場合は、まず逃げて態勢を整えることを考えろ」


 海馬はそう言って、八重山や南郷と共に出て行った。

 残った佐垣が近づいた。


「葛切、お前、《醒零》は使えるのか?」

「……使える、と思う」

「そうか」


 佐垣はそれだけ聞いて部屋を出ようとする。しかし、途中で足を止め――


「迂闊に使うなよ。邪魔になる」


 そう言って身を翻した。

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