第22話 力の使い道
羽斗のおかげだろう。帰りはトラブルに巻き込まれなかった。
帯留辺の言葉通りなら、街中での戦いを誰かが監視していたようだが、そんな気配を感じ取ることはできなかった。
北大我が気だるそうに車の窓から片腕を出し、反対の手でハンドルを握っている。
「こーやの服が買えなかった」
ぼやく北大我の上着は格安ブランドで買ったパーカーに変わった。
《境界渡り》との戦いで胸の部分が大きく裂けてしまったので、光矢が一番手近な店で買ってきたのだ。
「ここで待ってるからなるべく急いで」と言われ、お金を預かって店にかけこんだ光矢だが、自分の服すら買ったことがないのに、人の服を選ぶことなどまず無理だ。
Mサイズという情報だけを忘れないように店内をうろついたものの、レディースコーナーの服の種類の多さに面食らった。
店員におすすめを聞くのも憚られ、困り切った光矢は、とりあえずマネキンが着ていたピンク色のパーカーと同じものをひったくるように手に取った。
さらに「レジはセルフでお願いします」と店員に案内され右往左往し、結局やり方がわからずに一から教えてもらうはめになった。
光矢は逃げるように店をあとにし、北大我の待つ路地裏に走った。
「ごめん、待たせて」
「どんなの買ってくれたの?」
光矢は恐る恐るパーカーを広げた。
大半がピンク色のビニール生地でジップ部分が白いものだ。値札が首元でぶら下がっている。
不思議な緊張感があり、ごくりとのどを鳴らした。
北大我の切れ長の瞳が上から下までさっと流れた。
「ん。ありがと」
細い両腕が伸びて、彼女がお礼と共に受け取った。
値札も取らず、さっと羽織ってジップを首元まで上げた。
下のパンツと組み合わさるとランニングを始めようとする格好にも見えるが、少しアンバランスだ。
「そんなので良かった?」
「全然。胸元隠せればなんでも」
北大我は一つのびをしてから、路地を出た。
そして、今に至る。
「次はあの街はやめとこう」
「賛成。あいつらとは二度と会いたくないし。で、次は?」
「次?」
北大我が金髪を風に揺らし、不思議そうに光矢を見ていた。
無免許運転の彼女に、慌てて「前、前」と注意し、光矢は言う。
「次ってなに?」
「また、本を仕入れにいくでしょ? いつにするかってこと」
「そんなの……まだ決まってないけど」
「もう決めとけば?」
「え、海馬さんとか千丈さんに聞いてからじゃないと。それに、あんなことがあったから、次は認めてもらえないかも」
「それはたぶん大丈夫。ニンブルマキアは強い意思を尊重するから。海馬さんの受け売りだけど」
「そういえば……そんなこと言ってたな」
「もし――」
「ん?」
「予定が空いてたら、車のせてあげてもいいけど」
「……うん、それは……助かる」
光矢は少し間を空けて答えた。
免許証の問題や、自分の車を持てるのかなど聞いてみたいことはたくさんあったが、どの質問も今するべきじゃないと思った。
北大我が無言でカーラジオのボリュームを上げた。
聞いたことがない音楽に合わせ、車内に綺麗な鼻歌が流れた。
***
「二人ともお帰りなさい」
ホームに帰った二人を出迎えたのは八重山萌だった。
今日はショートポニーテールの位置がだいぶ上になっていて、より快活な印象を与える。
「ただいまー、萌。疲れたー」
「はいはい。じゃあ、亜美ちゃんはカウンセリング行きましょっか」
小柄な八重山に身体を預けるように抱き着いた北大我は、安心したように「ありがと」と口にした。
彼女の体の横からひょっこり顔をのぞかせた八重山が、「光矢さんは、前の部屋に上がってください」と促す。
「海馬さんと千丈さんがお待ちですよ」
「あ……わかりました。行ってきます」
わずかに名残惜しさを感じた光矢だったが、八重山は北大我の手を引いて別の方向に向かう。
彼女の微笑む姿には安堵と嬉しさがない交ぜに浮かんでいるように見えた。
それに対し、北大我の背中は子供のように小さく見えた。
光矢は複雑な思いを胸に抱く。
当たり前のように《醒零》を使いこなし、《境界渡り》に対して一歩も引かずに戦える彼女も、《世得》になる前には色々あったのだろう。
あのときの姿を思い出せば、生前に何があったのかは想像がつくが、そこに踏み込みたいとは思わない。
光矢にとって触れられたくない義理の両親の話が、北大我にとってのそれなのだ。
「溺死……か」
しかし、どうして溺死に繋がったのかは気にならないと言えば嘘になる。
北大我が何年前に死んだかは知らない。
――お前、死んでから何年経った?
帯留辺は彼女にそう言った。
もしかすると十年以上経過していて、実年齢は26歳あたりという可能性だってある。
「俺ならどうするだろうな……」
もし、どこかの街で、北大我が命を失った原因となった高校生たちに偶然出くわしたとしたら――
そして、その人間が十年経った今、平穏に生きていると知り、北大我を再び追い込むような事態になったら。
光矢は迷わずその人間たちに何らかの制裁を与えるだろう。《醒零》の力を使ってでも。
学校にいた《世無》の一人である、浦元千衣も言っていた。
――バカ親を殺してやりたいって気持ちもあるけど
自分が命を絶った原因が親だったら、そう思うのは当然だ。
――俺が苦しんで死んでも親はのうのうと生きてるし、クラスのやつらも三日経てば忘れるだろうな
光矢が言った言葉だ。
自分も義理の両親に出会い、以前のように悪態を吐いたなら。
「みんな、どうやって割り切ってるんだ」
ニンブルマキアの自己紹介の際、全員が死因を話した。
多かれ少なかれ、その死因に関係した人間がいるはずだ。
力を手に入れたとき、その人間に危害を加えようと考えなかったのだろうか。
光矢はそこまで考えて、勢いよく首を振った。
こんなことはあまり考えない方がいい。
考えれば考えるほど暗い深みにはまるうえ、八重山や北大我に顔向けできなくなる気がする。
「さあ、報告に行くか」
光矢は気持ちを切り替え、膨らんだビニール袋を胸に抱えて階段を登った。
初めての仕入れで手に入れた本だ。
海馬の許可さえあれば、《世無》の本屋で並べてもらえるそうだ。
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