5.聖ドラグス暦1859年日眠りし月28日と1860年日出月3日
親愛なる アラン・スミシー様
心温まるお返事をありがとうございます。アランおじ様がそうやってわたくしを気にかけて下さるだけでどれだけ救われるでしょう!
おじ様がローラント邸の夜会にいらしてくださると聞いて、しかもわたくしに会ってくださるとおっしゃって、わたくしはきっと世界一幸せ者ですわ。おじ様が言った通りにいたします。ローラント邸の執事の方が声をかけてくださるまで、あの次男坊にも耐えて見せますわ。おじ様に会えることがどれだけわたくしの心の支えになるか、きっとおじ様の想像以上です。今までにない短い文章ですが、お気になさないで。速達で送ろうと思っておりますから、文章も早く書かなければいけないんですわ。よい年越しをなさってくださいね。
あなたに勇気をいただいた レイチェル
追伸
わたくしが当日どれだけ着飾っていてもそれはあの次男坊のためではなくおじ様に会えるからだということをお忘れにならないでください。オスカー様も会場にはいらっしゃるでしょうけれど、あの方には挨拶しかしませんもの。
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心から愛する わたくしの アラン・スミシー様
夜会のお礼をするのに手紙ほどふさわしいものはないと思います。特にあなたとわたくしの関係においては。アランおじ様のおかげで何もかもうまくいきました! 腹立たしいことに! ええ、あなた様がなんと思おうともわたくしの手紙であなた様はアランおじ様です。
夜会では本当にありがとうございました。ローラント家の執事の方に呼ばれてわたくしが両親やあの次男坊と一緒に向かった先、あの魔術の炎が浮いた美しい庭園にあなた様が立っていらしたとき、きっと一番驚いたのはわたくしでしたわ。その上、あなた様は「彼女から色々と相談を受けて、ぜひお話したいと思っていたのです」なんてもったいぶって、わたくしが手紙でお願いした通りに、わたくしやメアホルンにあの次男坊がいかにふさわしくないかすぐにわたくしの両親に説明なさいましたね。最初からその後の話が目的だったなんて! わたくしがおじ様に会えること、おじ様がわたくしを助けてくれること、どれほど幸福に思っていたのかわかってらっしゃらなかったの?
あなた様が「レイチェル嬢にはもっとふさわしい結婚相手がいますよ」と言ったときの両親の顔といったら! 今日もまだ両親は浮かれきっていて、メアホルンの跡取り問題をどうするかなんて話し合いもしていないのです。養子を迎えるつもりなのかしら? それとも主家のトゥーランに、一度メアホルンをお返しなさるのかしら? おじ様ならきっといい案を考えて下さるのでしょうね。
わたくしの方はまだ怒っているのです。あんなに信頼していたおじ様に騙されていたのですもの、当然じゃありません? 確かに最初の頃、おじ様は名前とローラント翁の知り合いだとしかおっしゃらなかったわ。でもローラント翁のお知り合いならそれなりの年齢の方だと思うのが普通じゃありませんこと? お知り合いだなんて! 夜会でローラント翁がわたくしの魔道具に興味を持ってくださるきっかけを与えて下さったのは感謝いたしますが、ローラント翁がずっとおかしそうに笑ってらっしゃって本当に恥ずかしかったのです。
わたくし、おじ様に感謝していいのか怒っていいのかさっぱりわかりません。でもとにかくおじ様がわたくしの将来のことを真剣に考えて下さっていたことだけはわかりましたわ。魔術関連のお仕事ではありませんが、きっとわたくしの魔術の才能も充分に活かしていただけると思いますもの。おじ様はわたくしが魔術や魔道具の研究をこれからもつづけていく、と言っても反対なさらないでしょう? もちろん、それだけでわたくしを妻にとおっしゃったわけではないこともちゃんとわかっております。
わたくし、おじ様に色々と赤裸々にお話しすぎてしまったと思います。本当に恥ずかしいことです。でもお約束ですから、卒業まで今まで通りにお手紙を書きます。卒業後も手紙のやり取りをつづけたいとお願いするつもりでしたけれど、おじ様はどう思われます? わたくしは同じ家に住んでいてもこうして手紙をやり取りするのはとても素敵なことだと思いますけれど。きっとあなた様からの返事もいただけそうですしね。
よくよく考えてみれば、あなた様はわたくしに会ったことがあるとおっしゃっていましたし、最初からわたくしの本当の瞳の色をご存じで「虹色の瞳の女性がいたら」なんておっしゃったのね。最初からわたくしに直接会いに来たらよかったのに! あのせいでわたくしがどんな目にあったのか、あなた様が気にすると思ってわたくし黙っていたけれど、もうそんな気にはなれませんわ。あなた様にもちゃんと償っていただきます。まずはちゃんとこの手紙に返事を書いてくださいまし。
あなたを心から愛する あなたの レイチェル
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雪深いトゥーランにあるトゥーラン城の自室で、執事や侍女が見たら眉をしかめそうなくらいだらしなく肘掛け椅子に腰かけてオスカーは読み終えた手紙をもう一度最初から目でたどりながら、にっこりと頬を緩めた。
それから伸びをして立ち上がると、豪華ではないがさりげなく施された細工の美しい執務机へと向かった。ミミズクと雫草のローラント家の紋章が入った便箋を取り出し、使い慣れたペンにインクをつける。少し右に傾いた癖があるが女性らしい美しさを携えた字で書かれた「あなたを心から愛する あなたの レイチェル」の文字を愛おし気に撫で、オスカーはゆっくりと便箋にペンを走らせた。
誰よりも愛しい 私の レイチェル・パーシヴァル
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