4.聖ドラグス暦1859年宵長の月13日と日眠りし月23日




親愛なる アラン・スミシー様




 すっかり秋も終わりに近づき、わたくしの実家があるメアホルンはきっと木々も色づき美しい風景が広がっていると思います。それとももう散りはじめているかしら?

 おじ様はメアホルンにお越しになったことがありまして? 決して広くはない領地ですが、穏やかで本当にいいところなのです。いつかおじ様をご案内できたらと思っています。自然の美しさならばきっと風光明媚と名高いウィルロンドにも負けませんわ。


 先日、古語の授業で小テストが行われましたが、いつもよりよい点数が取れましたので先生に褒めていただけました。おじ様もご存知だとは思いますが、最終学年というのは授業においてどの科目も基本的には今まで学んできたことのおさらいという面が大きく、新しいことを学ぶ代わりに社交や領地経営などの卒業後に関するお話を先生からうかがうことが多いのです。ところが古語の先生はわたくしたちが忘れた頃に小テストを行うのでございます。わたくしは古語で書かれた魔術書などもよく目にしますので、他の同級生がうっかり忘れてしまったこともちゃんと覚えていたのですわ。でも、古語って魔術書を読む以外で必要なさそうですし、他の同級生の方たちが忘れてしまうのもしょうがないと思いません?


 魔術書といえば、わたくしは週末に勇気を持って借りていた魔術書をオスカー様に返しに行ったのです。はじめて本をお借りした後も、オスカー様はたびたびわたくしに興味深い魔術書を貸してくださっておりました。でもそれもこれでおしまいです。わたくしは本を返してオスカー様にもうこれっきり会わないとお伝えしてまいりました。ウィノナは何か言いたそうでしたけれど、わたくしがされていることをオスカー様に知られてしまうことが恐ろしくて――仕方ないことなのです。

 オスカー様は優しく理由をたずねて下さいましたが、わたくしは「両親に婚約者でもない男性と夜会に行ったことを注意されてしまったから」と嘘をつくより他ありませんでした。おじ様はわたくしのことを意気地なしだとお思いでしょうね。オスカー様は軽率だったと謝ってくださったのですが、本当に申し訳ないことをしてしまいました。彼にハーディモア様から幸福がもたらされますように! もちろんおじ様の幸福もわたくしはいつもハーディモア様にお祈りいたしております。わたくしのことは心配なさらないで。




愛をこめて レイチェル






***   ***






 憂鬱な秋が終わり、もっと気が滅入る冬がやって来ようとしていた。アラン・スミシーへの手紙は変わらずに送りつづけている。冬の休暇が終わって春が来て、また次の夏を迎える前にこの手紙の義務も終わってしまうのだと思うとレイチェルはさみしかった。春先にでも、アラン・スミシーに卒業後も変わらずに手紙を送っていいかたずねるつもりだ。


 オスカー・ローラントにはあれ以来会っていない。逆にどこぞの伯爵家の次男坊からはお茶会や夜会に何度か誘われ、基本的には学業の優先を理由に断っていたが両親に強く言われた時だけは仕方なく誘いに応じていた。次男の人となりはともかく、家柄的に縁談に申し分ないと両親は考えているのだろうとレイチェルは判断していたが、次男に会うたびにいっそ修道女にでもなりたい気分になっていた。


 令嬢たちの嫌がらせはもう常習化してしまっている。ウィノナは何か言いたそうにしているが、レイチェルは決して彼女に口出しや告げ口をさせなかった。虹色の瞳になるレンズもまた令嬢たちに定着していたが、常に装着している令嬢の中でこの頃視力が落ちてきている者がいるらしく「やっぱり……」と内心呆れずにはいられなかった。


 オスカー様はどうしているかしら? 虹色の瞳になった令嬢たちを見るたびに、彼女らがその姿で夜会に行ったと聞くたびに、レイチェルは気になっていた。もう理想の女性を見つけてしまったかもしれない。虹色の瞳がまがい物でもかまわないというのであれば――でもレイチェルはどちらかというと彼の言葉は結婚を先延ばしにするための方便だったと思っているので、結局彼がこの人だという女性に出会ってしまえば令嬢たちの努力は無駄になるのではと考えていた。






 冬至を過ぎると学校は冬期休暇に入る。王都での社交シーズンも――王都の社交シーズンは春から夏至、秋から冬至までの二期に渡る――終わり、領地のある貴族はほとんど王都から領地へと引っ込んでしまう。年越しを家族や親しい人と過ごすためだ。正直なところ寮に残りたかったが当然許されず、レイチェルもまた故郷のメアホルンに帰省することになった。


 雪に覆われたメアホルンはおそろしいくらい静かで、屋敷の自室から見る景色はまるで一枚の絵画のようだ。遠くでキラキラと光っているのはトゥーラン河だろう。メアホルンは河を越えないため、対岸はトゥーラン領の一部のはずだ。ローラント家が治める、トゥーラン領の――。


 帰省してすぐに、年が明けたらトゥーラン城で行われる新年を祝う夜会に出席するのだと両親に告げられてレイチェルは落ち込んでいた。トゥーランは主家なので欠席するわけにはいかないが、嫡男であるオスカーがいないはずがない。しかもあのどこぞの次男坊も呼んでいるのだと言われてしまえばもう言葉も出なかった。

 部屋にこもり、ウィノナが淹れてくれた温かな紅茶を飲みながらレイチェルは机に向かっていた。手紙を書こう――この気持ちを吐き出せる一番の相手はアラン・スミシー以外に思いつかなかった。それに、






***






親愛なる アラン・スミシー様




 もうすぐ一年が終わり、新しい一年がやってきますね。アランおじ様はどんな一年をお過ごしでしたか? わたくしは新学期がはじまってからの色々なことが濃密すぎて、もう夏より前のことを覚えていませんの。わたくしの手紙で、きっとおじ様のほうがわたくしのことに詳しいのではないかしら?

 今、わたくしはメアホルンの自室におります。ウィノナがおいしい紅茶を淹れてくれて、部屋は暖炉と魔道具ですっかり温まっております。外は真っ白でとても美しいわ。ウィノナは紅茶を淹れるのが誰よりも上手なので、いつかおじ様が我が家にお越しになることがあったら彼女に紅茶を淹れてもらいますね。


 さて、おじ様は新年にトゥーラン城で行われる夜会のことをご存知でしょうか? ローラント翁のお知り合いなのだからきっとご存知でしょうね。わたくしもわたくしの家族もそれに招待されておりますので、トゥーラン城に赴くことになっているのです。

 それに、なんと両親があのどこぞの次男坊も呼んでしまったのです! 両親は本気でわたくしと次男坊の結婚を考えているようですが、わたくしはこの頃、いっそ修道女になってしまいたいとさえ考えております。魔術に関わる仕事ではありませんが、きっとその方がいいのです。あの方と結婚なんてしたくありません。そのためにオスカー様と会うのをやめたわけではありませんのに――。


 こうしておじ様へのお手紙にオスカー様の名前を出すのは随分と久しぶりのことのように思います。正直申し上げますと、わたくしはオスカー様に会わなくなった後も、しばしばあの方のことを考えておりました。こんな風に一人の殿方のことを考えるのははじめてでどうしたらいいのかわからずにおります。でも令嬢たちの中で虹色の瞳になるレンズが定着して、きっとあの方も素敵な女性を見つけられたのではないかしら? あまり考えたくはないことですが。

 それで、こんなことをお願いするのは厚かましいと思っておりますが、もしおじ様がトゥーラン城で行われる夜会にお越しになるようでしたら、その時に両親にあのどこぞの次男坊がメアホルンの跡取りにふさわしくないことを伝えてほしいのです。わたくしを今まで助けて下さったおじ様の言葉なら、きっと両親も聞いてくれると思うのです。

 あの次男坊はわたくしの両親の前ではいい顔をしていますが、実際はとても軽薄で、お金遣いも荒く、わたくしの口から言うのははばかられますが娼館に通っているのでございます! そんな方を夫に迎えることが、どうしてできるでしょうか?


 おじ様、お願いいたします。頼りになるのはおじ様だけなのでございます。わたくしのお願いを聞いてください。必ず、どんなことをしても、お礼はいたします。




あなただけが頼りの レイチェル






***






 ぎゅっと眉根を寄せて、レイチェルは書き終えたばかりの手紙を封筒に入れるとすぐに手紙を出してきて欲しいと下男に頼んだ。レイチェルは未だかつてないくらいにアラン・スミシーからの返事が来ることを願っていた。



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